15、不器用な人達
「ビックリさせちゃってごめんね。
何の説明も無くこんな姿見せられたら、そりゃあ驚くよね」
そう冗談めかしながら語るライラさんの表情は、未だに疲れを隠しきれていない、苦しそうな感じの苦笑いを浮かべています。
先ほど小部屋の前で、ライラさんの様子の変化に驚いた場面から数分後。
今は二人とも小部屋の中に入り、椅子に座って向かい合って話をしています。
最初、私は動揺して何度も体調は大丈夫なのかと問いかけてしまい、私が心配していたはずが、逆にライラさんに心配をかけさせてしまうという、元も子もない結果になってしまいました。
うぅ……、反省です。
完全に取り乱してしまいました……。
「ええっと、それで、私の体調は大丈夫なのかどうか。だったけ。
うん、まあ、大丈夫かと問われちゃうと、全然大丈夫じゃないんだけど……。
あ、そんな、今にも泣きそうな顔しないで! 大丈夫だから、ホント!
この体調不良みたいなのは、時間が経てば必ず治る物だから」
「……ぐすっ、ほんどう、なのでずか……?」
「うん! ホントーに大丈夫! ウソついてない! 少し休めばちゃんと治る!」
「……それなら、よがっだでず……」
大丈夫に見えないライラさんの弱々しい様子に、私は心配になりすぎて、我慢できずに半分泣きかけていると。
ライラさんが慌てた様子で駆け寄り、子供をあやすように私を抱きしめ、気持ちを落ち着かせようと背中をぽんぽんと優しく叩いてくれました。
うぅぅ……、これじゃあ本当に見た目通りの小さな子供なのです。
心配かけてしまってごめんなさいなのです……。
その後、ライラさんのお陰でなんとか落ち着きを取り戻した私は、『何故自分がこんなに疲れていたのか?』というそもそもの疑問について、説明してもらえることになりました。
「私の担当作業は、知っての通り薬草の洗浄なんだけど、この“洗浄”の方法が、私の場合はちょっと特殊なの」
「それって、もしかして」
「そう。スズカちゃんにも前に一回使って見せた、精霊さんの魔法で洗浄してるの。
そして、精霊さんにお願い事をしてもらうには、私の中にある“元気の源”みたいなものをあげないといけなくてね。
その関係で、私もちょっと疲れちゃうの」
ちょっとって……。
私には、ライラさんが今にも過労で倒れてしまいそうに思えて、気が気ではありません。
それにやっぱり、水で洗ったりする洗浄方法じゃなかったんですね。
でも、なぜ洗浄するだけなのに、わざわざ精霊さんの力を借りて……?
私がそう疑問に思っていると、ライラさんが薬草っぽいイラストと異世界の文字が書かれた、一枚の紙を手渡してくれました。
「これを読んでくれれば、なんで私が精霊さんの魔法を使ってもらってるのか。
賢いスズカちゃんならきっとこれで、大体分かると思うよ」
か、賢いって、そんなことありえませんのに……。
うぅ、とにかく渡された紙を呼んで見ましょうか。
異世界の文字は、COAOの自動翻訳機能のおかげで、見た文字の翻訳文を専用ウインドウに表示してくれるので、私でもしっかり読めますし。
深緑草
レア度:★★★☆☆☆☆☆☆☆
入手先:緑の精霊が多く住まう森などでの採取。
効果:薬草よりも効果量の高い、貴重な薬草。
挽いて塗り薬にするだけでも、効き目は抜群。
ただし、採取後は余り状態を保てず、不純物が混ざったり、水に晒すと、薬効が極端に減るため、専用の技術が必要。
主な製法は、相性のいい精霊術の《洗浄》で汚れを取り除き、それを専用機材を用いて挽き、《保存》を掛けた専用の木製容器に保管するのが良いとされている。
「ここに書いてある、精霊術って……」
「うん。精霊さんにお願いして、精霊さん達にしか使えない魔法を使ってもらうのが、精霊術って言われてる物だね。
そして私は、この町で唯一、精霊さんとお話ができる“精霊術師”なんだ」
「そうだったんですね……。
唯一。ということは、その精霊術師さんは、珍しい存在なのですか?」
「たぶん世界的に見ても、精霊さんとお話できる人は、あんまりいないんじゃないかな?
精霊さんって元々、恥ずかしがり屋さんが多いからね」
なるほど、ライラさんの説明のお陰で、いくつかの疑問が解けました。
この渡された紙に書いてある通りなら、要約すれば、今量産中の傷薬は、ライラさんがいないと作ることが出来ないようですね。
しかも、調薬の専門家であるゼパルドさんが、ライラさんが手伝う事を了承している辺り、他に傷薬を大量に用意する方法が無いのでしょうね。
でなければ、ライラさんがこんなに疲れる作業をしているのを知っていて、ゼパルドさんがそれを止めない。なんてこと、考えにくいですし……。
「あ。そういえば、スズカちゃんは何か用があって私のところに来たんじゃないの?」
「あ、はい。実はゼパルドさんに頼まれて、ライラさんの様子を見に来たのです。
とっても心配してそうな様子でしたよ」
「そうなんだ。ゼパ爺に頼まれて様子を…………へ?」
うん? あれ?
ライラさんが急に、『ハトが豆鉄砲を食らったような顔』と形容するのが最も相応しいような、そんな唖然とした表情で固まってしまいました。
「……ぜ、ゼパ爺が、私を心配して……?」
「はい。そうですけ…ど……」
あ。もしかして、この事って言わない方がよかったんじゃ……?
最初に薬屋さんに来た時も、名前で呼んでたのを隠していたようですし。
「そう……。あのゼパ爺が、私を心配して……うふ、うふふ」
「あ、あの、ライラ……さん?」
「教えてくれてありがとねー!」
―――ガチャ、バタン!
ああ! ライラさんが急に疲れなど吹っ飛んだ満面の笑みを浮かべて、部屋を出て行かれました!?
な、なんだかとても嫌な予感がします、急いで後を追いかけましょう!
「―――ゼ・パ・じ・い~!」
「なんじゃ、急に気持ち悪い声なんぞ出しおって」
「スズカちゃんから聞いたよー? ゼパ爺が、私の事を心配してたって」
「んなっ!?」
ああ、間に合わなかったっ!?
「スズカ! おま、余計なこと言いおったなっ!」
「ひいっ!?」
「ゼパ爺ったら、そーんな大きな声出しちゃって。
そんな照れなくてもぉ、誤魔化さなくてい・い・の・にぃ~」
あぁ、ライラさんが物凄いニヤニヤした顔で、ゼパルドさんの肩をポンポン叩いてます。
完全にウザさ120%な、たちの悪い粘着の仕方をしています!
「だあああああ! やめんかこのアホ娘がっ!!」
「きゃー! ゼパ爺が怒ったー! にっげろーいひゃっはー!」
「あああったく! ワシが行ったら付け上がるのが目に見えておったから、わざわざお前さんを向かわせたっちゅうのに!」
「ず、ずびばぜん……、ごべんなざいでずぅ……」
「な、なぜお前さんがそんなに泣いておるんじゃっ!?」
「あー、ゼパ爺がスズカちゃん泣かせたー」
「おま、元はと言えば、お前が調子に乗るんが悪いんじゃろうが!」
「えー! 人のせいにしないでよー! ぶーぶー」
「じゃかあしいわ! このバカモンがああああああああっっ!!!!」
……その後、事態の収集が着かなくなる程に大騒ぎになってしまった調合室内では。
一人黙々と薬研を挽いていたメルシーのおかげで、傷薬製造が間に合わなくなる最悪の危機を、なんとか回避することが出来ました……。
口は、災いの元です……。
―――ゴロゴロ、ゴロゴロ。
メルシー「……楽しい」