14、予兆
「な、なんじゃ、その真っ白い小娘は?」
時刻は、お昼過ぎ。
場面は、ゼパルドさんの薬屋さんin調合室。
私達がお店に入ると、開口一番、メルシーの事についてゼパルドさんに聞かれてしまいました。
まあ、そうですよね。
紅い瞳以外、全身白一色の人がいきなり入ってきたら、私も驚く自信があります。
ライラさんが、あの二人の鎧騎士さんたちの受付処理を終わらせるのを待ち、合流の後に私達はそれぞれいつも通り、クエストをこなすお仕事へ向かいました。
レガシーさんはこれまたいつも通り別行動。
メルシーは、私とライラさんと一緒に、お馴染みの薬研挽き・仕分け・ヤスリがけの3点セットコースに同行です。
二体目の召喚獣さんを召喚するという目的は果たしましたが、それでも生活費を稼ぐとゆう意味合いでは、これからもクエストを続ける必要はありますからね。
それになにより、溜まってしまった分のクエストを手伝ってあげないと、ライラさんが可哀想ですし。
また泣き付かれてしまいそうな、そんな未来が容易に想像できます……。
「この子は、スズカちゃんのお姉さんのメルシーちゃんだよ」
「メルシーと申します。どうぞ、よしなに」
「お、おう……?」
ゼパルドさんが、メルシーの上品なカーテシーに思わずたじろいでいます。
思わぬところで、貴重な場面を目撃してしまいました。
「それじゃあゼパ爺、私は薬草洗浄してくるねー」
「おう、やってこい」
「ラージャー! ひゃっはー!」
いつもの様に元気一杯な掛け声の元、ライラさんが薬草の洗浄ために一人別室へと向かっていきました。
ライラさんは、今日もテンション高めですね。
「……」
「? ゼパルドさん、どうしましたか?」
「なんでもない、気にするな」
ライラさんが移動したあと、ゼパルドさんは珍しく調合の手を止め、彼女が立ち去った方へと振り向いていました。
私がどうしたのだろうと思って声をかけると、素っ気無い返答の後、再び何事もなかったように作業に戻られました。
何か気になったのでしょうか……?
それから暫くして、私が黙々と薬研挽きの単純作業を楽しんでいると。
「……あのメルシーとか言う嬢ちゃんは、ずっとあのままでおるつもりなのか?
さっきから、一切微だにせずに固まっておって、不気味で仕方がないぞ」
遂に耐え切れなくなったのか、ゼパルドさんが、部屋の隅で椅子に座りながら、私達を観察し続けているメルシーの姿の事を、私に聞いてきました。
まあ、メルシーはお人形さんですし。
動かずにじっとしてるのも、ある意味ではそれもお人形さんのお仕事だと思いますし。
「私としては、メルシーに見つめられながら作業できるのは、最高の職場環境なのですよ……、うふふ……」
「ワシが落ち着かんのじゃ!
……まったく、ライラと違ってお前さんはマトモな部類だと思っとったのに、変な方向に進むんじゃないわい。
……そうじゃな、とりあえずヒマしておるのなら、白い嬢ちゃんはスズカと薬研挽きを変わってやってくれ」
なん……ですと……!?
「こ、交代って。もしかして、さっきの発言を職務態度の不真面目と判断なされて、私を、く、クビに……」
「なーに訳の分からんこと言っとるんじゃ。単純にお前さんには、別の事を頼みたいから交代させるんじゃよ」
「あ、あぁ……、なんだ、そうだったんですね、あはは……」
ビックリしました。
一瞬、これが噂の肩たたきと言う物なのかと
思って、全身の血の気が引きました……。
そんな勘違いをしつつ、ゼパルドさんに軽くお叱りを受けながらも、メルシーに協力要請を出されました。
その申し出をされた当の本人はと言うと、自分では判断に困っているのか、私の方をじっと見つめていて、指示を仰いで欲しそうな様子でした。
「メルシー、私の変わりに手伝ってもらってもいいですか?」
「はい、わかりました。妹様が、そう仰られるのでしたら」
私がそうお願いすると、メルシーは快諾してくれました。
「ふん、姉妹揃って奇妙な奴らじゃ。妹を様付けするなんて間柄、お前さんたち以外で見た事無いわい」
「あ、あはは……」
や、やっぱりそこはツッコミを入れられますよね……。
あ、メルシーがまた様付けの事を理解できなくて、無限思考にハマってしまっています!
その事については考えなくていいので、こっちに来てください。
「それで、私に頼みたい事というのは?」
「ああ。……ちょっくら、ワシの代わりにライラの様子を見てきてくれ」
「え、ライラさんの、ですか?」
急にどうしたのでしょうか。
薬研挽き以外でゼパルドさんに頼まれたのは、今回が初めてです。
さっきライラさんが去った後を見ていたのは、私では分からない何かについて、ゼパルドさんは気づいたのかも知れません
「ワシにはまだやらなきゃならん事が山ほどあるからな。
……それに、ワシが行ってもどうせケンカ腰になって、マトモに話も出来んしのう」
「ゼパルドさん……」
……やっぱり、ゼパルドさんはとっても優しい方なのかも知れません。
気にしていないようで、ホントはしっかりと他の人の事を気にかけていて。
何かおかしいところがあったら、今みたいに相手が大丈夫かと気遣ってくれて。
ただちょっと、私に代わりに頼む辺りは、不器用なのかもしれませんけど……。
それでも、ゼパルドさんはいい人なんだなって、私はそう思います。
そして、私はゼパルドさんに頼まれ、ライラさんの様子を見に行ったのですが……。
辿り着いた先は、意外なことに、ゼパルドさんの寝室の隣にある、何の変哲もない小さな小部屋の前でした。
ライラさんは薬草を洗浄する作業をこなしていると聞いていたので、私はてっきり台所か、もしくは裏庭の井戸のそばかと思っていました。
ここって、ただの普通の部屋っぽいですけど、洗浄室か何かなのでしょうか?
―――コン、コン。
「ライラさん、今よろしいでしょうか?」
「え、その声って、スズカちゃん?
一体どうしたの、急に私のほうに来ちゃって」
そう言いながら、慌ててドアを開けて出迎えてくれたライラさんは―――
「ライラ……さん……?」
―――いつもの元気な姿とは打って変わり、なんとか頑張って、無理に笑顔を作っているような、そんな弱々しくも疲れた表情をしていました。
区切りのいいところを意識すると、どうにも微妙に短くなってしまいますね……。