12、白い人形
「はぁ……」
レガシーさんは、戻ってきた宿屋のベッドに腰を下ろし、顔を手で被いながら悩ましげに深い溜息を吐く。
「レガシーさん、大丈夫ですか?」
「ええ、まあ。体の方は大丈夫です。
COAOにはFFOFFという、誤射に因る味方への攻撃ダメージを0にする機能があるので、どこも怪我などはありません」
あれほど盛大に吹き飛んだのに、ダメージ0なんですね。
本当にCOAOの仕様は、世界の摂理を色々と捻じ曲げまくっているのです……。
大煙幕の召喚劇から数十分後、私達三人はとりあえず落ち着いて話せる場所に移ろうということで、一旦宿屋の自室へと戻ってきました。
町に帰ってくる途中、町の入り口の衛兵さんに、
『まぁーたどえらい格好のべっぴんさんを、連れて来たもんだなぁ』
と言われ、途轍もなく目立ちながら通る事になってしまいましたが。
「それにしても、本当に凄いお召し物で御座るな……」
お人形さんを観察しながらのレガシーさんの発言は、私も全く持って同意見です。
それだけ、お人形さんの格好は異彩を放っているのですから。
鮮やかな色彩を放つ、ワインレッドの紅い瞳という一点を除けば。
足のつま先から頭の天辺まで。
髪、肌、ドレス、その全てが完全完璧に白一色です。
何の比喩でも大袈裟な表現でもなく、徹底した完全統一です。
……まあ、肌だけは人間的な温かみを再現するためなのか、若干肌色に近しいですが、それでも思わずうっとりと見とれてしまう様な、そんな綺麗な美白さです!
「そこまでじっと見つめられていると、流石に私も恥ずかしいのですけれど。
特に召喚者様の熱視線は、体に穴が開いてしまいそうなほどに」
「え?」
「うふふふ……」
身長は、かなり小柄で150cm前後くらいでしょうか?
それでも、等身大のお人形さんが、動いて、喋って、語りかけて戴けるだなんて、まるで夢のようです!
顔以外一切の露出の無いその衣装は、全身至る所にふんだんにあしらわれた可愛らしいフリルと、一つ一つに格式高い栄華が詰め込まれたかのような細やかな刺繍とが相まって、その姿は最早、地上に舞い降りた女神様のようです……!
「主殿。あるじどのー? 夢中なところすみませぬが、ちょっと帰ってきてくだされー」
「……ハッ! いけません、余りの美しさに見蕩れていました」
「あ、主殿……」
危ないです。
あのお人形さんは、魔性の魅力を秘めています。
きっと、さぞやマジカルな召喚獣さんなのでしょう!
「……催促をするようで、申し訳ないのですが」
「はい、どうしましたか?」
「そろそろ私にも、召喚者様のお名前を、教えていただきたいのですが。
あと、出来れば私の新たな名付けも」
ハッ! そうでした。
また忘れて後回しになってしまうところでした。
……ええっと、なんでしょう。
そこはかとなく怒っている?
うぅ、お人形さんはとても綺麗なのですが、先ほどから一ミリも変わらずに無表情を貫き、声のトーンも常に一定の平坦さを保ち続けているので、感情を読み取る事が全然出来ません。
美しいバラにはトゲがあるとよく言いますが、お人形さんの場合は、美しさをその内に閉じ込めた、絶対零度の氷の結晶なのかもしれません……。
「私の名前はスズカといいます。
そしてこちらの執事さんが、お人形さんと同じ召喚獣さんであるレガシーさんです」
「レガシーです。今後ともよろしくお願い致します」
「こちらこそ、末永く、よろしくお願い致します」
なんでしょう。
この、宿の一室で交わされる、姿勢正しい一礼の応酬は……。
片や美男子執事、片や女神様改め、お姫様のような白いお人形さん。
ここが宿屋ではなく、王宮とかでしたら違和感は無いのでしょうが……。
もはや召喚獣というより、王侯貴族召喚とスキル名を改めた方がいいかもしれません。
「それでは、お人形さんのお名前を決めましょう!
お人形さんは、なにか名付けの希望とかはありませんか?」
何か要望が無いと、ネーミングセンスが壊滅的な私が、地獄を見てしまいます……。
「そうですね……。出来れば、短く、可愛らしい名前であると好ましいです」
「み、短くて可愛らしい、ですか……」
まさかの長さ指定。
これは予想外です。難易度が跳ね上がりました!
ど、どうしましょう。
自分から聞いたことなので、もはや後戻りは許されません。
なんとかして、条件を満たすいい名前を思いつかなければ……!
この前の時のような凄惨な悲劇は、どうにかして避けないと。
「……うーん……、うぬぬぬぬぅ……!」
私の無い頭で、必死に最優の答えを導き出そうと、もがき、苦しみ、悩みつくし。
そして数分が経った後、遂に一つの答えへと辿り着きました。
「―――“メルシー”!」
「「……」」
ピシィッと、以前にも感じた凍てついた空気が、部屋中の雰囲気を、一瞬で凍らせてしまった気がしました。
……あ、れ?
………………また、やらかし、ました、か……?
「しかして、その心は?」
そんな、なぞかけのオチを聞くような問いかけ方しないでください、レガシーさん!?
ぐぬぬ……、しかし、名前を言ってしまったからには、答えないわけにもいきませんし……。
……今回も、腹を括って、ちゃんと正直に答えましょう。
それが、名付けた者としての責任ですから。
「その……、お人形さんの“白”という部分と、とても丁寧な物腰が、なんとなくレガシーさんと似通っているのが印象的で。
こんなに白くて綺麗な兄妹さんがいたら、とっても素敵だなぁ、と思って。
それで、レガシーさんと似た響きの、短くて、可愛い感じのにしたら、こう…なっ……て…………」
ダメです。
途中からどんどん自信が無くなっていって、最後の方は殆ど声が小さくなりすぎて、出ていませんでした。
ああ、天国のおとうさん、おかあさん。
スズカは過去の教訓を活かせない、ダメダメな子です……。
そして、私が自分の愚かさに悲嘆し、思わず膝からその場に崩れかけそうになったその時。
「―――とてもいいお名前ですね、素敵です。
メルシーだなんて、そんな優しい意味が込められた名を戴けて、私は幸せ者です」
「……え?」
そう語るお人形さんの表情は、とても、とても僅かなものでしたが。
優しく、本当に嬉しそうに眼を細め、朗らかな笑顔を見せていました。
「それでしたら、レガシー様をお兄様と、スズカ様を妹様と、親愛を込めて是非、そうお呼びさせて下さい」
「ふみゃあっ!!!!」
「主殿!?」
メルシーさんの不意打ちとも言うべき可愛らしさ満天の発言を受け、私は心射抜かれその場に崩れ落ちました。
マズいです!
メルシーさんの申し出が尊すぎて鼻血が出そうですっ!!
この世の楽園がここにあったのです!!!
「妹様、一体どうなされたのですか?」
「い、いえ、なんでもありません。
ただ、異世界に転生して心底良かったなぁと、しみじみそう思っただけなので……」
天国のお父さん、お母さん。
スズカの人生は、今この瞬間のためにあったのかもしれません。
お人形さんのお姉さんが、お人形さんのお姉さんが出来ました!!
うふふ、うふふふふ……。
「主殿、ちょっとその笑い方は、気持ち悪い部類に入っているで御座るよ……」
「お兄様、妹様を気持ち悪いだなんて、そんな酷い事を仰られてはいけませんよ?」
「あ、いや、その……。申し訳ないで、御座る……」
あ、あのたまに怖い雰囲気すら見せるレガシーさんを諌めた……!?
やはり、流石のレガシーさんでも、メルシーさんの朗らかパワーには敵わないようですね。
恐るべし、メルシーさん。
「そうです。折角お二人とお近付きになれましたのですし、ここはより一層、私のことを知っていただく為に、ステータスをお見せいたしますね」
そう提案すると、メルシーさんは早速、空中にステータスウインドウを展開させ、私の方へと送り出してくれました。
メルシーさんのステータスですか。
一体どんな可愛らしいスキルを、お持ちなんでしょうか?
名前:メルシー
性別:女性型
年齢:ナイショです。
固体:《人形》
種族:神性・唯一種
Lv:1
職業:主人に愛でられるお仕事
HP:45/45
MP:05/05
筋力:30
頑強:06
体力:09
知力:01
精神:01
器用:01
抵抗:00
幸運:《ERROR》
ユニークスキル
《暴力術:Lv.1》
《???》
《???》
《???》
《???》
エクストラスキル
《夏炉冬扇》
《行雲流水》
《明鏡止水》
パッシブスキル
《強化術:Lv.1》《狂化術:Lv.1》《凶化術:Lv.1》
《怪力乱神:Lv.1》《バーサーク:Lv.1》《精神崩壊:Lv.1》
《記憶術:Lv.1》《修復術:Lv.1》《遊戯術:Lv.1》
アクティブスキル
《パワー》
《殴る》《蹴る》《頭突き》
《握り潰す》《捻り潰す》《叩き潰す》
称号
《鮮血人形》《壊れない機械》《狂神》
《エルダーアーク》《ステゴロ最強》
《皆殺し》《神殺し》《ハメ殺し》
「…………」
ステータスから目を離し、メルシーさんを見る。
そこには、相変わらず僅かな笑みを携えている彼女がいた。
もう一度、ステータスを見る。
「…………」
二度見。
三度見。
四度見をして、ようやくステータスに表示された意味を、理解する。
私、今度こそ、死ぬかもしれません……。
さあ、ここからが本当の始まりですよー!




