10、調子が、狂う
今回から作中で視点変更がなされます。
《side:レガシー》ならレガシー視点、《side:スズカ》ならスズカ視点です。
分かりやすさ重視でこの仕様に致しました。
それとステータスの見方は
能力:一番最後に表示した数値 → 成長して変動した数値(成長時の上昇量の数値)
です。
―――《side:レガシー》―――
二日目の夜。
初日と同じく、その日一日の簡単な報告会を、割り当てられた宿の部屋内で行う。
既に昨日の稼ぎ分で、宿泊の延長は終わらせています。
私と同じく、向かい合わせでベッドに腰掛けている主殿の表情は明るい。
「ふふふ、上がっています。二日目にして、またレベルが上ってしまったのです」
主殿の喜びの理由は分かりやすく、クエスト達成に因る経験値獲得を経て、ベースレベルが上昇した事が嬉しいようです。
その楽しげな姿は、まさにゲームを始めたての子供。
努力の成果が文字通り、目に見えて分かるというのは、快感にも似た高揚感をもたらすのでしょう。
因みに、ベースレベルとは、キャラクター本体の強さの段階を表す数字。
技や魔法などのスキルレベルとは、また違った物。
本来ならベースレベルが上昇する事は、喜ばしい事なのですが……。
主殿のステータスの成長具合を見ていますと、COAOの知識を有している私には、一概に喜べそうにもありません。
名前:スズカ
Lv:1 → 3(2)
職業:召喚術士
HP:05/05
MP:05 → 10/15(10)
筋力:01
頑強:01
体力:01
知力:01 → 03(2)
精神:01 → 03(2)
器用:01 → 03(2)
抵抗:01
幸運:01
……開発陣のいつもの戯言で、話にだけは聞いていましたが。
この数値の低さは、一種の狂気を感じさせます。
スキル、《運命式召喚術》によるデメリット。
それは、召喚術士としての能力を完全特化型にさせるための代償であり、この場合の完全特化の意味合いは、“召喚獣を召喚する”ことのみに、全ての要素の力を集中させるという事。
能力値の成長も、その『全ての要素』の内の一つ。であったようです。
この場合は、例え上昇値が1だったとしても、成長しただけよかったと言うべきですか……、ね。
当然、そのような事は口が裂けても主殿には言えません。
私も、そんな事を考えたくて考えているわけではありませんから。
自分のステータスを表示させ、上昇値を確認する。
名前:レガシー
Lv:1 → 3
職業:王宮付き執事長
HP:100 → 125/155(55)
MP:95 → 100/105(10)
筋力:13 → 19(6)
頑強:14 → 17(3)
体力:20 → 31(11)
知力:19 → 21(2)
精神:14 → 19(5)
器用:20 → 32(12)
抵抗:11 → 16(5)
幸運:06 → 11(5)
改めて、主殿との余りにも違いすぎる成長度合いに対し、内心頭を抱えたくなる気持ちで一杯になりますよ……
元々の能力値は、これはもはや固体としての違いなので、抜きにさせてもらいます。
ですが、能力の上昇値については、人間側も召喚獣側も同じです。
なので、運命式のデメリットさえなければ、主殿も同程度には成長してもおかしくはありませんでした。
COAOというゲームは、能力値の違いではなく、スキルとプレイヤーの技術と発想力を主軸にして、戦うことをコンセプトに作られています。
ですので、本来ならば余程レベル差が開き過ぎでもしない限り、能力値は余り気にしなくてもいいのですが……。
主殿の場合は、最早その次元の話ではありません
下手をすれば、私がほんの少しでも害意を以って触れただけで、その命を奪い取ってしまいかねない。
それほどまでに、今の主殿は、脆く、儚い。
そうゆう次元に生きる存在に、なってしまわれたのです。
「あ、良ければ、レガシーさんのステータスも見させてもらっていいですか?」
「ええ、もちろんで御座る。どうぞ、ご確認下され」
くっ、人が真面目に物を考えているところを、忌々しき忍者口調めが……!
……いけませんね。私としたことが、開発陣共への憎しみの余り、危うく素を晒すところでした。
とにかく!
端的に言えば、主殿は今、何かの拍子にいつ死んでもおかしくない状態です。
本来なら、その事実を主殿に伝え、レベルが上がり切るまで、宿に缶詰状態で待機し続けておいてほしいところなのですが。
主殿はまだ、心身ともに幼く、いつ死んでもおかしくないという事実を知った際、そこに生じる心労は計り知れないでしょう。
……あと、本当はこれが、主殿に事実を伝えない一番の理由なのですが。
『あー、やっぱさぁ。ストレスってのは、精神的にだけじゃなく、肉体的にもダメージがデカいと思うんだよねぇ』
などと、過去に開発陣共がのたまっていた事がありまして……。
……あいつ等なら。
あいつ等なら、公表しないで新仕様を闇実装する程度、やりかねない。
そんな恐ろしい危険性が潜んでいるかも知れない状況で、明らかに気が弱そうな主殿に、これ以上の心労をかけさせるわけには行きません……。
出来れば常時お傍に仕え、日常に潜む些細な危険からすらも、お守りしてさしあげたい。
ですが、それではきっと経験値稼ぎの効率が目に見えて落ち、この状況が無意味に引き伸ばされていくだけでしょう。
なによりも、我が主、スズカ様は異常に人の動向に敏感なお方です。
一体何が主殿をそこまでさせたのかは、私には計りかねますが、変に警護の度合いを引き上げれば、察しのいい主殿はすぐに過剰に守られていると感じ取るでしょうし……。
……あぁ、あああぁ!
考えれば考えるほどにドツボにハマって行く。
何故、何故です。
単独行動時には、何の問題も無く普段通りに振舞うことが出来るというのに。
何故なのですか。
主殿と一緒にいると、何故にここまで調子が狂う。
普段は厳重に封じている余計な物まで、勝手に流出してくる始末。
……主殿に原因がある?
いや、馬鹿な。それは絶対にありえない。
ありえない、はず……。
……これ以上、深く追求するのは、やめておきましょう。
なんの益もない。
効率的でもない。
私らしくもない。
悩みで潰れるなど、人間でもあるまい。
たかだか二日程度で音を上げるほど、安い頭は組まれてはいないのです。
ここは当初の予定通り、主殿には最短で二体目の召喚獣を呼び出す事を優先してもらい。一刻も早く、一体が主殿を守り、もう一体が戦闘で経験値を稼ぐ体制を整えましょう。
そうすれば二体目に続き、三体目、四体目へと繋ぐ事が出来ます。
それが、結果として一番、主殿の身を守る事となるはずです。
「……あ、あの……」
「……どうかいたしましたか、主殿」
「あ……。その、眠くなってきましたので、私はそろそろ寝ますね」
「はい、おやすみなさいませ」
「……おやすみなさいです」
そう私に告げた主殿が、自分のベッドの中に潜り込み、眠りに就きました。
さて、私は睡眠を摂る必要性はありませんが、明日もなるべく多くクエストをこなしておきたいですし、念のために体は休ませておきましょう。
一日でも早く、主殿に安息の日々を送っていただくためにも……。
―――《side:スズカ》―――
「…………」
私は、ベッドの中でただじっと、時が過ぎ去ってくれるのを待ちました。
何かが、変でした。
レガシーさんの、雰囲気が。
今まで一度も見た事もないような、何かおかしな雰囲気が。
一瞬。一瞬だけ、変わった気がして。
見た目は、何もおかしな様子はありませんでした。
なのに。
何故か、何故なのか、おかしいと思ってしまって。
気づいた時には、レガシーさんに声をかけていました。
何か話そうと思って、声をかけたのではなく。
変わってしまいそうな彼の存在を、そのままに留めておきたくて。
……なんでしょうか。
変ですね、私。
次回予告、ようやっと二体目の召喚獣登場。
お楽しみに。