伍 資料館と小人
何年間も雨風にさらされ、まともな手入れを受けていなさそうな外見。それが住宅街から少し外れたところに佇むアイヌ資料館の姿である。展示品の保存状態はあまりよくなさそうだ。
「本当にここなのですか、晃一さん」
「看板があるし、そうだと思うが」
軽く叩けば今にも崩れそうな木製看板が掲げられている。紫苑は怪訝そうに資料館を見ている。
「はあ、しかし、気配はありますね」
おんぼろ資料館の向こうを透かして見るようにしながら紫苑が呟いた。漆黒の瞳が周囲を吸い込むように深くなる。この八咫烏に透視能力はないから向こう側は見えてはいないのだろうが、こいつがいるって言っているのならいるのだろう。俺も少し気配を感じる。
地面に降ろされたコロコニが周囲を見回して目を輝かせた。俺と紫苑の手を掴んでぶんぶんと振る。
「ここです! ありがとうございます! カムイ様、お供さん!」
だから俺はお供じゃないんだよなあ。
コロコニは俺達の手を離すと、資料館の方へとてとて走って行った。後を追おうとした俺の鼻先に雫が落ちる。雨……? 違う、これは。
見上げると、薄い灰色の雲から小さな白い粒がゆっくりと舞い下りて来ていた。これは家に帰ったら雪かきが必要かもしれないな。そっと差し出した手に落ちて消えゆく結晶でほんの少しの冷たさを感じながら俺はコロコニの後を追う。
資料館の建物を過ぎ、木々の間を縫って進んでいくと蕗の群生地があった。身長三十センチから五十センチほどの小人達が侵入者に気が付いて慌てふためいている。木を削って作ったらしい短剣を手に俺に突進してくるやつまでいた。しかし、それは紫苑が軽くあしらって追い払ってくれた。
大騒ぎな小人達の間にコロコニが入って行く。
「ただいま、コロコニです。この方々はボクをここまで連れてきてくださったカムイ様とお供さんなんです。敵ではありません」
「コロコニ?」
「本当に?」
「どこに行ってたんだ」
「心配させやがって」
小人――コロポックル達がコロコニを囲んで無事を喜ぶ。村まで送り届けたし、これで俺達の仕事は終わりかな。
輪の中から出てきたコロコニはもう一度俺達の手を掴む。小さな手が一生懸命に握ってくるので少し痛いが、俺は笑顔を作って誤魔化す。紫苑は隣で相変わらず涼やかな顔をしているので、神というより菩薩のようだ。
「本当にありがとうございました。お二人のおかげで、陰摩羅鬼からの疑いも晴れましたし、コタンに帰ってくることができました」
「もう迷子になるんじゃないぞ」
「はい!」
深々とお辞儀をするコロコニと、手を振るコロポックル達に見送られて俺達はアイヌ資料館の裏を後にした。雪は次第に強くなっているようだったので、俺はマフラーを巻き直す。
「今夜も積もりそうですね」
薄っすら白くなったカラスがそう言って微笑んだ。