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参 彼の事情

 翼を広げる紫苑を見て、陰摩羅鬼はくつくつと笑いを零した。大抵の妖は恐れをなして逃げ出すところだが、神々しさを放っても陰摩羅鬼には効果がないようだ。中国由来の妖ということで日本の神を見ても特に何も思わないということだろうか。それとも、動物神では神力が足りないのか。


「我は追って来たのだ。そこの小人はこそ泥だ。我の大事なものを奪っていた」


 憎らしくて仕方がないと言った風に陰摩羅鬼はコロコニを睨みつけた。「本当ですか」と訊ねる紫苑に対してコロコニは首を横に振っているが、嘘をついている可能性もある。逆に陰摩羅鬼が嘘をついている可能性もあるのだ。どっちも簡単には信用できないな。


 仮にコロコニの言っていることが本当ならば、理由もなく連れ去られ、とてつもない恐怖を覚えている。だから俺達はこいつを守ってやらなければならない。対して、陰摩羅鬼の言っていることが本当ならば、このおっさんは泥棒である小人を追って日本までやって来たことになる。それならば俺達はこの小人を差し出した方がいいだろう。しかし、おそらく前者だろうな。コロコニは北海道に住むコロポックルだ。こいつが中国まで行って泥棒をしてくるなどということはないように思われる。


「陰摩羅鬼。あんたは何を盗まれたんだ」

「いただきものを、な」


 睨まれ続けているコロコニが紫苑の足にしがみ付いた。


「ずっと昔、物好きな人の子に貰ったものだ」


 鋭かった陰摩羅鬼の目が一瞬柔らかく笑う。人を食い散らかすような妖かと思ったが、こいつにもそういう交流があったのか。それに、随分と思い入れがありそうだ。


「なるほど、それは大切なものですね。心中お察しします」

「ええー! カムイ様はボクの味方じゃないんですかあー!」

「陰摩羅鬼、詳しい話を聞かせてくれるか」





 コロコニと陰摩羅鬼を連れて家に帰る。連れ帰ったところで家族には見えないのだから問題ないだろう。俺の部屋で俺達と陰摩羅鬼は対峙する。


「人の子。汝はもしや翡翠の覡ではないか」

「知っているのか」

「かつて日の本にわたり、導かれた者がいると古の物語に残っている。まさか我自身が出会うことになるとはな」


 陰摩羅鬼は大きく頷きながら語っているが、コロコニは取れそうなくらい首を捻っている。最初からずっと紫苑の神力に魅せられてばかりで俺のことを気にしていないようだったから、やはりこいつは翡翠の覡については知らないのだろう。先程の話の続きをするように促すと、陰摩羅鬼はしぶしぶといった様子で語り始めた。


 曰く、ずっとずっと昔、中国の山奥に住んでいた陰摩羅鬼は術師の人間と出会い、少しの間交流していたのだという。旅をしていた術師はしばし滞在の後新たな地を目指して旅立つことになった。別れ際、術師は陰摩羅鬼に小石を渡した。その石には難解な文字のような何かが書かれていて、わずかに力を宿していたのだそうだ。術師は仙人になることを夢見ており、自分が仙人となった時に再び会いに来るからその時にこれを見せておくれと言って陰摩羅鬼の住処を後にしたという。しかし、術師が再び姿を現すことはなかった。それでも陰摩羅鬼は小さな思い出を忘れないように小石を大事にしていた。ところが、その小石が小さな影によって盗まれてしまった。影を追い、海を越え、北海道まで来たらしい。


 犯人はこの小人だ、と陰摩羅鬼がコロコニを睨みつける。対してコロコニは激しく首を横に振る。


「なるほど、小石を探せばよいのですね。陰摩羅鬼さん、何か心当たりは」

「だからその小人が盗んだんだ。足を掴み、逆さにして振り回せば落とすであろう」


 鶴のような形をした陰摩羅鬼の足がコロコニに伸ばされたが紫苑がそれを妨げる。


「コロコニさんが中国へ行くことは不可能です。コロポックルが北海道を出たなど聞いたことはありませんし……それに、蕗がありませんからね、船や飛行機の中には」

「ふむ」

「ですから、何か別の者がおそらく……」


 本棚に歩み寄り、紫苑は一冊の本を手に取る。それは翡翠の覡として紫苑と行動を共にするようになってから買った本だ。見えるだけ、見ているだけでそれが何なのかということにさほど関心のなかった俺だが、何でもかんでも紫苑に訊ねるのもよくないと思い妖怪辞典を買ったのだ。ぱらぱらとページを捲り、紫苑が口元を緩める。


「陰摩羅鬼さん、貴方が見たのはこれではないですか」


 そのページには、家の柱に上ろうとしている一匹を縁側で見守る集団の絵が描かれている。小さな角の生えた小鬼であり、名前欄には鳴家やなりとある。家を軋ませる妖のようだ。


 陰摩羅鬼は本を覗き込み、目を見開く。


「ああ。ああ、これかもしれない。しかし、そいつとも似ているだろう」

「コロポックルに角はありませんが……。とりあえず、鳴家を探しましょうか。小石を盗んだ者が逃げたのは北海道で間違いないのですね」

「ああ、この土地から気配がするからな」

「分かりました。行きましょう晃一さん」


 紫苑は本を棚に戻し、コロコニを小脇に抱える。行きましょうと言ったってどうするつもりだ。俺の思っていることを感じ取ったのか、紫苑は「お任せ下さい」とドヤ顔を浮かべた。曰く、鳴家は家に住みつく妖であり、古い家を好むものが多いのだという。だから古い家を探せば見付かる確率は高いそうだ。とはいっても、星影市内の古い家など探せば探すほど出て来そうだ。骨の折れる作業になりそうだな。


「近くに行けば気配は強くなるはずだ。感じ取れるところまで近付くことができれば後は我が自分で取りに行こう」


 小石の気配を追い、辿り着いたこの地でコロコニを見て犯人だと思ったらしい。小石を投げ捨てたために手にしていないだけではないかと今もコロコニを脅しているが、最初よりは幾分か怖さも無いように感じる。先に家を出た神と小人と妖のことを、俺は制服から着替えてから追うことにした。





「晃一さん、巻き込んでしまい申し訳ありません。私がコロコニさんに頼まれたことが始まりなのに」

「いいよ別に」


 コロコニに出会ったのは二人一緒の時だったし、コロコニが翡翠の覡のことを知っていれば結局俺に泣きついていたのだろうから変わらない。お目付け役が巻き込まれた時に一緒に巻き込まれてやるのが目を付けられている側の対応の仕方の一つだと俺は思う。


 戦前戦後くらいから建っているという古民家が並ぶ地域へ俺達はやって来た。古さだけを追い求めるのならばもう少し足を伸ばして函館まで行ってしまった方がいいような気もするが、陰摩羅鬼曰く気配は星影からするらしい。それに、今の時期函館は来月の新幹線開業に向けて大騒ぎの真っ最中だろう。そんなところに行きたくない。


 家々の塀や屋根には小鬼達の姿が見える。おそらくあれが鳴家だろう。小さい頃祖父の家で見たことがあるが、当時はそれが何なのか分からなかったんだよな。


「ふむ、少し近付いたか」


 にやりと笑った陰摩羅鬼を見てコロコニが紫苑にしがみ付いた。当初の目的はこいつを村まで送り届けることだったのに、いつの間にやら陰摩羅鬼の失せもの探しになっている。しかしコロコニの無実を証明しなければ送り届けることはできないだろうから仕方ないか。











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