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弐 旋回する者

 迷子のコロポックル、コロコニの家を探すことになってしまった。仮にそれが神や神使からの依頼ならば、仕方がないので俺も動こうとは思う。しかし、今回の相手は小人であり、依頼の形でもない。助けてくれと頼まれたのも俺ではないし、俺がこのコロポックルに何かしてやる責任というものはほぼないに等しい。


 雪の中に溶けることなく漆黒が立っている。整った顔は微妙に歪められ、愁いを帯びている。


「晃一さん……」


 そういう顔でこちらを見ないでほしい。さっさと立ち去ればよかったのに「内容によります」などと言って話を聞いたからこういうことになったんだ。話を聞きましょう、というのは神の本能か何かなのだろうか。


「今回の件は紫苑様がどうにかするものだろう」


 身長が五十センチあるかないかというコロコニは俺達のことを見上げ、何やら不安そうな顔をしていた。大きな目に見つめられて紫苑が更に困った顔になる。どうやら俺に助けを求めているようだが、俺には神に助言できるほどの力はないぞ。確かに翡翠の覡なのだから導くことはできるのだろうが、おまえのことは一番最初に導いてやっただろう。それにこれについては導くどうこうではない気がする。


 紫苑は小さく息を吐き、どこからか手に取った烏天狗の面を着ける。背中から生えていた漆黒の翼が消え、纏う空気が神のそれから人のそれへと変わった。すると、目の前の神が放つ気配の違いに気が付いたのかコロコニが目を丸くした。人気俳優の部屋が質素なのを見たファン、とでも言うべきだろうか。先日妹が見ていたテレビでそのような企画をやっていたな。いきなり顕現してどうするつもりなのだろう。


「やりましょう晃一さん」


 烏天狗の面の奥から若干くぐもった声が聞こえてきた。


「おそらく蕗を探せばよいかと」

「蕗? そんなの手掛かりになんてならない。蕗もフキノトウも星影の至る所に生える」

「コロコニさんは、どのようにしてここまで辿り着いたのですか?」


 訊かれて、コロコニは低く唸る。


「みんなで雪遊びをしようとしていたんです。でも、気が付いたら空を飛んでいて、ヤバいって思って暴れたら落ちました」

「何かに連れ去られた、ということでしょうか」


 紫苑がそう言った直後、俺は頭上に妖の気配を感じた。反射的に空を見上げる。鳥……? いや、気配がするのだから妖だ。ツルか何かのような形をしているが……。


「あれは何だ」

陰摩羅鬼おんもらきだと思われますが、なぜこんなところに」


 自慢の地元を「こんなところ」と言われるのはやや不満だが、陰摩羅鬼という妖はここにいるとおかしいものらしい。スマートホンがあれば簡単に調べられるのだろう。しかし、俺が持っているのはガラケーなのでハイスペックな検索機能は持ち合わせていない。


「あれです。ボクはあれに連れられて」


 コロコニが言い終わらないうちに陰摩羅鬼が俺達をその目に捉えた。鳥の鳴き声には聞こえない奇声を上げながら急降下してくる。あれがコロコニを彼の村から連れ去ったのだとしたら、まだ狙っているということだろうか。捕まえてどうするのだろう。食べるのか? 小人はあの鳥にとっては美味なのか?


 マフラーを掴まれた。コロコニを抱き上げた紫苑が俺のマフラーを引っ張る。焦っているようだが面を被っているため表情は分からない。


「晃一さん、逃げましょう。ここで戦闘になれば人目につきます」


 そういうことを考えられるのなら、ものすごく目立つ面をしていることも自覚してくれ。どう考えても顕現する意味なかっただろう。そんなことを思っていると、ぐいぐいとマフラーを引っ張られた。神様に首を絞められたなんて悲しすぎるので、引かれるまま付いて行く。


 傍から見れば、烏天狗の面をした怪しすぎる黒ずくめの男が高校生のマフラーを引っ張っているという状況である。俺が一人で走っているよりかはマシなのだろうか。どっちもどっちだな。


「カムイ様は、あれを倒してくれるんですか?」

「殺生は嫌いです」

「あいつはボクを食べようとしたんです! 野放しにしてたらコタンのみんなが食べられてしまうかもしれません!」

「それは大変ですね」


 コロコニは小さな手をぎゅっと握って、訴えるような目で俺を見る。


「お供さんも、カムイ様のお付きの方なら人の子のくせにお強いんでしょう。ぜひお力をお貸しください」

「俺はお供じゃない」


 ええー! そうなんですかあー! と、わざとらしいくらいに、むしろすがすがしいくらいの声でコロコニが叫んだ。「じゃあ、何でカムイ様と一緒にいるんですかあー」と訊いてくるが、翡翠の覡について説明するのは面倒臭いし、おそらく言えばコロコニは「翡翠の覡ぃ!」と言うのが想像できる。大声でそう言われてしまえば、例えこの翡翠の瞳が見えていなくともそこらじゅうから妖が沸いて出てくるかもしれない。


 陰摩羅鬼は降下を終え、低空飛行へと切り替える。


「おい、どうするんだ紫苑様。逃げてるだけじゃどうにもならないぞ」

「ですが、このような場所で戦闘するのは危険です。人もいますし、小さな妖も……」


 冬の空気とは似つかわしくない生暖かい風が頬を撫でた。背後から押してくるような空気の塊を感じた直後、頭のすぐ上を何かが通り過ぎた。


「待て、逃がさぬ」

「ふぎゃあああ! 来たああああ!」


 追い付き、追い抜いた陰摩羅鬼に行く手を塞がれた俺達は仕方がなく立ち止まる。


 体はやはりツルのような形をしているが、長い首の上にくっ付いているのは嘴のようにとがった口をしたおっさんの顔だ。これが陰摩羅鬼という妖か。陰摩羅鬼は俺達を睨みつけ、口から炎のように熱い息を吐いている。気温の低さと相まって、それは湯気となって昇って行く。


 今まで妖の姿など何度も見て来たが、これはかなりおどろおどろしい部類に属するだろう。コロコニは目に涙を浮かべている。この妖が、こいつを村から連れ去った? 何のために?


 紫苑は俺のマフラーから手を離し、コロコニを地面に下ろす。そして、俺達を守るように陰摩羅鬼との間に仁王立ちした。それを見て陰摩羅鬼は目を細める。興味深そうに紫苑を見ているが、こういう見方を舐めるように見るというのだろう。じろじろと、足の先から頭の先まで見ている。


「汝ら、人の子のくせに我の姿が見えるようだな。その小人を差し出せ。そうすれば汝らは逃がしてやろう」

「貴方の目的は何ですか」


 面越しのため、やはり声はくぐもっている。しかし、よく通る心地よい低音だ。


「いいから寄越せ!」


 湯気を吐きながら陰摩羅鬼が地面を蹴った。大きく広げられた翼が紫苑にぶつけられる。その衝撃で烏天狗の面が弾き飛ばされた。纏う空気が変わる。


「紫苑様っ」

「カムイ様!」


 紫苑は雪の中に倒れている。背中から漆黒の翼が生えているのを見て、陰摩羅鬼が怪訝な顔になった。


「人の子ではないのか……?」

「私の質問に答えなさい。貴方の目的は何ですか」


 起き上がった紫苑の背中で漆黒の翼が大きく広げられた。神々しい威圧感、畏怖すべき空気を纏い、紫苑が立ち上がる。切れ長の目が細められ、妖しく微笑む。この状態の紫苑を見ると、やはりこいつも神なのだなと思ってしまう。そして、俺はこの神々しさに耐えられない。圧倒され、雪の上に尻餅をついてしまう。コロコニも同じで、ちょこんと座る。


 陰摩羅鬼は不審そうに紫苑を見ている。


「はるばる中国から、貴方は小人を攫う為にやってきたのですか?」


 なるほど、陰摩羅鬼は中国の妖なのか。












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