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壱 銀色の日

 北海道の冬は長い。とはよく言われるが、住んでいる側からすると比べる対象もないので相対的に長いのかということは証明することはできない。俺からすれば普通の長さなのだから。ただ、しばれるのは確かだ。



 昨夜から降り続く雪はアスファルトを白く染め上げ、いまも黒い空白を埋めるようにしんしんと一生懸命だ。広がる白の上を黒い鳥が歩いている。


 下校途中の俺はリュックを背負い直して鳥に歩み寄った。


紫苑しおん様、わざわざお出迎えか。いつも悪いな」


 顔を上げたカラスが一声「かあ」と鳴いて、飛びあがった。俺の正面に着地したが、地面を踏んだのは鳥の脚ではなくて黒光りする革靴だ。その足の上にくっ付いているのも真っ黒な鳥ではなくて、黒いロングコートを纏う美しい青年だった。吸い込むように深い漆黒の瞳が優しく俺を見る。


「本日もお疲れ様です、晃一こういちさん」


 紫苑の背で漆黒の翼がふうわりと動いた。自転車に乗った男性が見事にスリップしながら通り過ぎて行ったが、俺のことは見つつも紫苑のことは見ていない。当たり前のように会話をしていると時々忘れそうになるが、この翼の生えた美青年の姿は俺以外には見えていないんだよな。


 寒い寒い、とおしくらまんじゅうをしている草履の集団が道を横切って行った。


 俺の目には人ならざる者達の姿が映る。


 五歳の時、庭で見付けた尻尾が二股になっている猫を母が「見えない」と言ったのだ。後で調べて、それが猫又という妖で、俺にはその類の者が見えるのだと知った。人ならざる、とは言えないかもしれないが、幽霊も見えるということが小一の時の曽祖父の葬式で分かっている。そして、神様。俺は人々が畏れ敬う神をも見ることができる。実際、今目の前にいるこのカラス男は神だ。


 名を雨影夕あまかげせき咫々たた祠音しおん晴鴉はるあ希命けのみことという神格化した齢千年を超える八咫烏であり、有翼の青年の際は紫苑、世を忍ぶただのカラスの姿の際は夕立ゆうだちと名乗っている。


 妖を見ることができるといっても一介の高校生である俺がなぜ神様と一緒にいるかというと、それは偏に俺が翡翠のげきと呼ばれる存在だからである。目が黒いうちに云々とは言うが、それは俺には無理なことだ。普通の人間からは日本人として一般的な茶色い瞳に見えているらしいが、俺自身、そして人ならざる者達からは淡い緑を揺らす翡翠色に見えている。翡翠の覡というのは、神を導くとされる翡翠の神通力を持つ人の子のことだ。そうはいっても、俺は超能力者というわけではない。依頼神いらいにんの神がいて、俺が何かの意志を持って、何かしらの条件を満たさないとこの力は発動しない。まだ三回しか使っていないため、詳しいことは俺には分からない。紫苑に聞いたこともあるが「分かりません」と言われてしまった。まあ、そのうち分かるのではないかと思う。分かるといいが。


 紫苑はそんな俺のお目付け役として傍に就いているのだ。力を狙って妖に襲われることもあるため、護衛も兼ねている。


「本日も冷えますね。このような時はあれでしょう、しばれると言うのですね」

「今日はそこまでではないかな」

「なるほど。もっと冷えるとしばれるのですね」


 紫苑と並んで歩き出す。


 道路沿いのコンビニには今日もオレンジ色の鳥の幟が立っている。見慣れない緑と紫の幟もあったのでよく見てみると『新幹線開通おめでとう!』とある。そうか、そういえばいよいよ来月だったな。


「晃一さんも気になりますか、新幹線」

「いや、どうせ星影ほしかげまで来るわけでもないし、別にな。ああでも、時事問題は対策しておいた方がいいな」


 センター試験まで一年切ったんだ、もっと頑張らなくては。


「晃一さんは真面目ですね」

「人のこと言えるのかよ」


 オレンジ色のコンビニに立ち寄り、肉まんとあんまんを購入する。二つ買う高校生を見て店員は少し不思議そうな顔をしていたが、別の店員が「食べ盛りだね」と言ったため納得したようだった。納得したところ悪いがそういうわけではない。


 外へ出たところであんまんを紫苑に渡し、俺は肉まんを頬張る。外の冷えた空気と、口の中に広がる蒸気との温度差がまさに冬らしいと思う。はふはふしながら歩いていると、雪の中に何かが落ちているのが見えてきた。道行く人々が気にしていないところを見ると、妖か何かだろうか。変に近付いて襲われても困るから放っておいた方がいいだろう。


「もし。もしもし、そこ行くお方」


 気が付いていない振りをしてやり過ごそうと思ったのに、気が付かれてしまった。翡翠の力には見えずとも感じられる気配があるのだろうか。


 うつぶせに倒れているので顔は分からないが、体躯は小さく赤ん坊かそれ以下並みだ。美しい文様の描かれた帽子を被り、同じ柄の服を着ている。これは……アイヌ文様か?


「もしもし。すみません。ボクの姿が見えるのなら助けてくれませんか」


 怪しい者には近づかないことが一番だ。そのまま通り過ぎようとすると、横を歩いていた紫苑が視界から消えた。消える瞬間「はぅ」という声が聞こえた気がする。


 振り向くと、見事に転んでいた。雪が降り始めたからそろそろ冬靴を買ったらどうだと言っていたのに、頑なにおしゃれな革靴を履いているからこういうことになるんだ。神様の威厳も何もない。転んでいることに加えて、「私のあんまんが……」と無残に銀世界へ躍り出たあんまんを見ているのでよけい格好悪い。


「紫苑様、大丈夫か」

「誰かが私の足を」


 見ると、先程倒れていた小柄な何かが紫苑のすらりと長い脚にしがみ付いている。


「ただならぬお方とお見受けいたします! どうかどうか! お助け下さい」

「私ですか!?」


 神様と雖も、これまで紫苑に頼みがいったことはほとんどない。このカラスはあくまで俺のお目付け役であり、妖も神も俺目掛けて突っ込んでくる。俺ではなく紫苑に飛び付いたということは、もしかしたら翡翠の覡を知らないのかもしれない。


「分かりましたから手を離してください」


 小柄な何かは紫苑から手を離して体を起こす。解放された紫苑は立ち上がり、コートに付いた雪を払った。


「貴方様は内地のカムイですね。どうかお助け下さい」

「はぁ……? どのような要件でしょうか。内容に寄りますよ」


 小柄な何かが立ち上がり、紫苑に向かって一礼する。


「ボクはコロポックルのコロコニです。迷子なので助けて下さい」


 あんまんの仇。とでも言わんばかりに警戒する目で小柄な何かを見ていた紫苑が表情を緩める。


「迷子ですか、それは大変ですね」

「どうするんだ紫苑様、コイツあんまんの仇だぞ」

「そう……そうなのですよね」


 コロコニはそこでようやく俺の存在に気が付いたのか、驚いた顔でこちらを見る。


「おおっ! その人の子はボクが見えるのですね! カムイ様のお供の方ですか?」

「いえ、こちらの方は……」

「お供さんもなにとぞよろしくお願いしますー!」


 俺と紫苑の手を取って、コロコニは満面の笑みを浮かべた。











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