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女神(母)との戦い・2

「お願い。謝って。『ごめんなさいもう変なこと言いません。これからもずっとミューズ達とここで楽しく平和に心安らかに暮らしていきます』って言って。お願い」


 ミューズが言う。

 苦しい。

 骨が内蔵に当っているのだろうか。

 身体の中身が圧迫されるという普段慣れていない苦痛。

 でも多分ミューズのほうが苦しい。

 ミューズは本気になれば僕の身体なんて1秒もかからずにこのまま引き千切ることができる。

 今は僕の身体を抱きしめた状態だが、そうでなくても小指1本あれば同じことが可能だと思う。

 それだけの力がありながら、僕に諦めさせるように力加減をしながら僕の身体を締め上げる。

 それは多分、心が痛む。

 だって苦痛の量をコントロールしながら、僕に庭から出ることを諦めさせるように仕向けるその行為は、見方によっては拷問にも受け取れるものだから。

 僕が言うのもなんだが、ミューズにとっての僕は、世界そのもの。

 理由はなぜか分からないが、母というものは誰でもそうなのか僕には分からないが、ミューズにとっての僕はそういう存在なのだろうと思う。

 その僕を、自分の望むことを言わせるために苦痛を与えているのだ。

 それがたとえ「庭から出ない」というミューズにしてみれば絶対に譲れないことであったとしても、ミューズの心の痛みは相当なものだろう。

 僕の身体の痛みよりも。


「骨が折れちゃうよう。このままじゃ骨が折れて、すごく痛くなっちゃうよう。お願いだよ夏希い……もう終わりにさせてよう。もうやだよう……」


 ミューズが泣いてしまった。

 これ、僕が泣かせたことになるんだろうか。

 母親を泣かせる息子ってのは最低だとは思うが、この状況は僕が泣かせたと言っていいものだろうか。

 ……って考えている余裕もちょっとなくなってきた。


「痛……うん、僕にとっても……このまま終わりってのは、ちょっとダメなんだよね。だから、死ぬ気で抵抗させてもらうよミューズ」

 

 手に持っている叢雲の感触を確認する。

 大丈夫。

 手の自由はまだ効く。

 叢雲を動かせる。


「足、気を付けて。叢雲で刺すよ」


 ミューズに抱きしめられて(?)いて手は完全に自由にならないため、斬りつけることは不可能だが、切先をミューズの太ももの辺りに突き刺した。

 肉を抉った感触が僕に手に伝わる。

 石すら簡単に両断する刀を使って、ミューズの身体に傷を付けた。

 もちろん初めての経験。

 叢雲どころか、ナイフや包丁でも人の身体を傷つけたことなどない。


「……刺したの?夏希。私の足に叢雲を刺したの?どうしたの?不良になっちゃったの?母親に暴力とかそういう子じゃないじゃない。そんなに出たいの?そんなにここから出たいの?」


 目の前、3センチの距離からミューズが僕に問いかける。

 近すぎてかえって表情を上手く読み取れない。

 だが怒っているのは分かる。

 いやこれは怒っているのだろうか。なんなのだろう。

 絶望?いやよく分からない。


「離すよ」


 そう言ってミューズはポイっと僕の身体を手放す。

 叢雲で太ももに傷をつけたとはいえ、ミューズにとってこんなものはかすり傷にもならないはず。

 痛みで手放したなどということはあり得ない。


「今やったのは右手かな?悪い手だね。悪い手にお仕置きするよ。気を付けて」


ミューズが僕の手を踏む。

 叢雲を握った状態で踏まれたもので、ミューズの足と叢雲の柄に挟まれて指の骨が折れる。


「ミューズ!本当に……本当に痛い……骨が折れた……というか砕け……」


「お仕置きすると言っても謝らない、お仕置きしている最中に叢雲を私に刺す。それだけここから出たいということよね。つまり、それだけ私と一緒にいたくないということなんだよね!!母親だよ私!!母親が息子にそんなことされたらどんな思いになると思っているの!!」


「多分……普通の母親はこんなことしない。というか母親って!ミューズは女神だし!母親ってなに!何で僕と同じくらいの年格好なの!女神から人間が何で生まれるの!おかしいだろ!父親は誰かも分からない!父親が人間なのかも分からない!教えてくれない!!ここから出て外に出て色々知りたい、人間として生きたいと思うのは当たり前だろ!!!」


 あ、ダメだ。

 痛みのあまり、言うつもりのないことを、しかも強い口調で言ってしまった。

 未熟過ぎる。

 こんなこと今言っても得られることは何もない、どころかミューズの態度は硬化するだけだというのに。

 本当に未熟だ僕は。


「知らなくていいことを教えて何になるの!人はね!知ったり経験したりするのは幸せになるためなの!動物を見てみなさい!餌の捕り方、危険を避ける方法、そういうことを知るのは生きるため!幸せに生きるためでしょう!人間だって同じ!幸せに生きることが何よりの目標なのだから、その目的にならないことを知る必要なんてないの!だから私はそんなこと教えない!だってここで私達と一緒に死ぬまで暮らすことが夏希にとっての幸せだから!!」


「俺はミューズのペットじゃない!!」


 あー、本当に未熟だ。

 涙が出てくる。

 10歳の子供だこれじゃ。

 売り言葉に買い言葉、ではないけれど思ってもないことまで言ってしまう。

 ミューズ達が僕を大切にしてくれているのなんて痛いほど分かっている。

 それが、僕のことを本当に愛しているが故ということも分かっている。

 分かっているのに、こんなことを言ってしまう。

 未熟。

 これは10年20年経てば成熟した大人になって直るものなのだろうか。

 ……多分直らないんだろうな。

 余裕がある時にはいいのだけど、ちょっと追い詰められるとこうなってしまうのだろう。

 嫌な大人になってしまうのだろう。

 でも、今この場では、これもいいかもしれない。

 売り言葉に買い言葉でいいかもしれない。

 この言葉でミューズが僕に怒ってくれれば。


「……左手、出しなさい」


「嫌だよ。また踏むんでしょ」


 そう言って、僕は潰れた右手から左手に持ち替えてあった叢雲を振るう。

 斬る、という意志を込めれば石でも両断する名刀を母親に向けて振るう。

 ミューズは身体を半身にして躱す。

 躱したところに手首と肘、肩を返して更に叢雲を振るう。


「…………そんな技、教えたかしら」


「教わってない。自分で考えた」


「そう。とても痛いわ。それ、ある剣豪が使っていた技よ。避けることが極めて困難な、世間で言うところの『回避不能技』ってやつよ。それを私に使ったのね夏希は」


 ミューズの肘の上辺りから血が滴り落ちている。

 斬るという意志を最大限に込めて振るった。

 こうなることも予想に入れて。


「夏希。ごめんなさい。ちょっとだけ本気を出すわね。正直、夏希がそんな技を使うまで成長していたとは思わなかったの。だってついこないだまで赤ちゃんだった夏希だもの。そうでしょう。赤ちゃんだったの。赤ちゃんだったのに……」


 ミューズが僕に近付く。

 腕を伸ばす。

 避けようとするが腕を掴まれる。

 逃げようとするが無理。

 

 それからミューズは僕に暴力を振るった。

 僕が意識を失いかけるまで。


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