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女神(母)との戦い・1

 てっきり僕は、ミューズは何かしらの魔法を使ったりするものだと思っていた。

 女神の魔法というのは、厳密には魔法とはちょっと違う。

 魔法というのはそもそも神の力を人間が人間の身のまま使えるように簡易化・体系化したものであり、神であるミューズが魔法の力を振るうのに、人間と同じような魔法発動の手順を踏む必要はないのだ。

 神の魔法というものは想像したことをそのまま具現化するいわば“現象”である。

 炎よ起きろと念じたら、それがそのまま現象として具現化する。

 人間の魔法のように詠唱や発動キーである魔法名を唱える必要はない。


 その魔法を使うものだと身構えていた。

 なにせ想像したことがそのまま起きるという、反則のような力だ。

 使われるだけでほぼ敗北が決定するし、「動くな」と念じるだけで人間である僕の身ではゲームオーバーなのだ。


 だけどミューズは魔法を使わない。

 僕のほうにただ歩いてくる。

 

「ちょ、ちょっとこっち来ないでよ。何で魔法使わないの」


「何よ来ないでって……傷つくんだけど。というか魔法使ったら終わっちゃうんだから夏希としてはいいでしょ」


「いやいやいやちょっと来ないで。何で魔法使わないの。何するつもり?怖いんだけど。逃げるよ。逃げるからね」


「まーーーーーてーーーーーーーーーーーー」


「うわあああああああああああああああああああ」


 なぜか鬼ごっこになっていた。

 魔法を使われるのが一番僕にとっては嫌なはずなのに、まっすぐ向かってくるミューズになぜかやけに恐怖心を感じてしまった。


「お仕置きしちゃうぞ~~~~~まーーてーーーーー」


 見た目美少女の女神がナマ○ゲみたいに迫ってくる。


「捕まえた♪」


「捕まえられた……」


 ミューズがガシっと僕の身体を背後から抱きしめる。


「さて、これから夏希にお仕置きをします。この庭から出たいと言った夏希にお仕置きです。一応聞くけど、反省してるならもう終わりでいいよ?分かってると思うけど私が夏希に痛いことするなんて、本当はすんごく、すんごおおおおおおおおくやりたくないんだから。夏希が『もう庭から出たいなんて言いません』って言ってくれればもうそれでおしまい。家に帰りましょう。いつものように。ママと帰ろう?」


「……今この場でごめんなさいするくらいなら、最初から反抗なんてしないよ。気持ちは変わらない。僕は庭から出る。出て人間として生活する」


「うーん…出られないって言ってるのに。ほんとに何が不満なんだか私には分からないけど、でも夏希がそう言うなら、2度とそんな気持ちが起きないように教育するのも母の務めなのかな」


「母親なら子供の気持ちも少しは分かって欲しいかな」


「じゃ、ギューっとします」


「は?」


 ミューズはギュっと僕の体を強く抱きしめてきた。

 あれ、ぶん殴られるとか蹴られるとかそういうの予測してたんだけど。


「ぎゅーーー」


「え、ちょ、ちょっと強いよミューズ」


「ぎゅーーーーーーーーー」


「!! 痛い!強い!強いってば!」


「ぎゅーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 何?何この力?この細腕のどこにこんな力が?


「ちょっと痛い!胸がないからクッションがなくて余計に痛い!!」


「ぎゅーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」


 なんか一気に力が強まった。失言だったか。

 というか本当に痛い。

 万力で締められるような、自分の力では絶対に対抗できない感触。

 生まれたての赤ちゃんが大人の力に対抗できないような、絶対的な無力感。

 ミューズの顔は目の前にある。

 距離でいったら3センチほど。

 そのミューズが、僕には絶対に対抗できない力で締め上げてくる。

 え、ちょっと。本気なの?


「ぐっ……ミューズ……苦しい……」


「終わりにしましょう。謝りなさい夏希。それで全部おしまいだよ」


「ミューズ……やめて……」


「……やめさせて欲しいのは私だよ夏希。私が夏希にこんなことしたくないのはあなたにも分かるでしょ。多分、今夏希が感じている苦痛の1万倍の苦痛を私は今感じてる。魂が引き裂けるような思い。早くこんなのこと終わりにさせて」


「うぅ…」


「早く謝りなさい!!!!!!!!!」


 ミューズが怒鳴る。

 自分も苦しいのだとミューズが怒鳴る。

 それは本当にそうなのだろう。

 今までひたすらにミューズとハーモニーとフォルテは僕を可愛がり甘やかし、溺愛してきた。

 僕に暴力を振るうなんてことは、天地がひっくり返ってもあり得ないことだったのだ。

 さっき言った通り、恐らくは僕がミューズを本気で殺そうとしても、ミューズは怒らない。

 それほどの溺愛。

 親が子供に持つ愛情というのは他の人間でもこれ程のものか知らないけれど、それでも少し過剰過ぎると思われるほどの溺愛。

 そのミューズが僕を締め上げる。 

 暴力を与えている。

 殴る蹴るではないけれど、明らかな暴力。


「骨が…折れる…」


 骨ってきしむんだ。

 初めて知った。

 ギ、ギ、という感じに骨が悲鳴を上げる。


「骨、折るよ。本当に折るよ。骨、折れたら内蔵に刺さるかもしれない。それってすごく痛いよ。で、夏希が謝らないならそうなってももっとギューってするよ。……早く謝りなさい!!」


「いや…だ…」


「なんでそこまで!なんでそこまで!!!!」


「……ミューズ達と死ぬまでここにいるくらいなら……今ここで殺された方がマシ」


「!!!!!!!!!!!!!!」


 ミューズが激昂する。

 そうだろう。

 だって今日のほんのさっきまで、僕がミューズ達に反抗するなんてことはなかったのだから。

 息子がした最初の反抗が、よりにもよってここから出たいって言うんだから、怒って当たり前だ。

 そりゃ怒る。

 怒るさ。

 だって、僕は怒らせたかったんだから。

 ミューズが僕を殺す直前までしてくれるように、そう仕向けたのだから。


 一方的な暴力はまだ続く。

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