女神の子供
母親が女神でしかも過保護すぎて困るという話をしたいと思う。
僕は、生まれながらにして女神が母親だった。
周りの人間もみんな女神の子供なのかというと、そんなことはない。
ここは神様の国なんかじゃないから、普通の子供は女神なんかから生まれない。
人間から生まれる。
人間から生まれて、人間として生きて、人間として死んでゆく。
これは聞いた話だけどね。
つまり、僕はちょっと他の人とは違う。
神様の子供なのは羨ましいって思われるかもしれないけど、そんなこともない。
なにせ僕は他の子供のことも、他の人間のことも詳しくは知らない。
だから、女神の子供が人から見て羨ましがられる存在なのかどうかも分からないんだ。
確かに飢えに苦しむこともなければ明日の生活を心配することもなかったから、それはもしかしたら女神の子供ゆえの恩恵だったのかもしれないけどね。
飢えに苦しむことも、明日の生活を心配することもない平穏な生活。
女神の母に抱かれて生まれ、そのまま女神の子供としての庇護を最大限に受けた生活。
うん。確かに悪くない。
他の人間の生活がどうなのかは詳しく知らないけど、これが恵まれているんだなんということくらい僕にも分かる。
ご飯がなければ死んじゃうからね。それは苦しいからね。
どんな女神なのかというと……
女神っていう言葉からは大人な完成された女性のイメージが浮かぶものだと思うけれど、残念ながらそうではない。
見た目の年齢は10代の半ばくらいってところかな。
真っ赤な長い髪の毛を左右に分けて縛っていて、これまたフリルがフルフルの真っ赤な服をいつも一年中着ている。
着替えるのを見たことはないけど汚れる様子もない。
よくは分からないけど、女神の力なのだと思う。
正直に言っちゃえばめちゃくちゃ美少女だよ。
だってこれ以上の美少女って、頭の中でいくら想像しても浮かんでこないんだもの。
美少女が母親だよ。
性格は明るくて正義感が強くて、前向きで、うーんさすが女神様!って感じかな。
女神の見た目の年齢が10代半ばって言ったけど、僕の年齢もそのくらい。
あっちは見た目だけ10代半ばで実際にどのくらい生きているのか分からないけど、僕の場合は年齢がそのまま生きてきた年数だね。もう少しで16歳になるよ。
容姿だけとはいえ、母親と自分が同じくらいの年齢ってのは、確かにちょっと変だよね。
なにせ生まれた時からこの女神の子供だからあまりそういうことは考えないけど。
このまま僕は歳を重ねると当たり前のように見た目も老けていくわけだけど、母親である女神はそのまま……じゃあ、20年後にはどうなっちゃうんだって考える時もあるし。
見た目10代半ばの少女な女神とオジさんが親子ってことになっちゃう。
うん、ちょっとシュールだね。
でもこのままだと多分間違いなくそうなってしまう。
そうなったら僕は母親をどういう目で見るんだろう?
子供っぽい母親がいるな~何これおかしいよ~って思っちゃうんだろうか。
それとも何も不思議に思うこともないんだろうか。
うーん、その時になってみないと分からないかな。
ん、おっと。女神が来たみたい。僕の部屋に続く廊下から足音が響いてくる。
「夏希ー。もうお昼だよ。今日はお外でお昼ごはんにするんだから、用意してよね」
「うん、もう用意はできてるよミューズ。いつでも出掛けられる」
「そっかよしよし。じゃ玄関にいるからね。夏希の好きなマスタードたっぷり入ったサンドイッチだよ!楽しみにしててね~」
「いいね。楽しみだ。上着だけ着替えたらすぐに行くよ」
今のが僕の母親にして女神、ミューズ。音楽の女神なんだってさ。
で、僕はそのミューズから逃げて外の世界に行きたがっている夏希ってわけ。
他の人間に会ってみたいし、話もしてみたいからね。
他の人間はご飯を食べるために働いて、時には冒険をして、泣いて、笑って、悲しんで、そうやって生きているらしい。
本で得た知識だけどね。
僕の数少ない他の人間の情報だ。
それを見てみたいんだ。
そう。
僕は、ミューズが作ったこの箱庭から出たことがないんだ。