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destroyer  作者: 千坂 ろな
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セトさんとお茶しましょう。

説明回。だらだらとすみません……。

 私がアンさんのことを考えていたのと同じタイミングでベルさんもアンさんのことを考えていたのか、ベルさんが口にした名前もそれだった。


「まず、アンを待たなきゃな。少し時間がかかるかもしれない」

「じゃあ、祠に案内しよう」


 どや顔でセトさんが言う。ほこら、なんて厨2ちっくな言葉が出てきて、私もベルさんもきょとんとしていた。


「私が誰が来ても隠れ通せていたのは、そこにいたからなんだよ」


 楽しそうにクスクスと笑う。セトさんは、些細なことでも楽しそうだ。


 さ、おいで。そう言って、なぜか、私の手をとる。優しく微笑まれて、なんとなく抵抗もできなくて……というか、別に、わざわざ、抵抗する理由も見つからないんだけど。



 私の歩調に合わせてか、ゆったりと歩いて向かうのは、街の奥の方。街の奥にある……おそらく、領地を管理していた家なんだろう、その屋敷の敷地に、セトさんは迷うことなく踏み込む。だけど、建物の中には入ることなく、まだ、奥へ。馬小屋みたいな小屋に入ると、その奥。ドアを開けて、馬を世話するための道具置き場もかねているんだろう部屋の、また奥――セトさんが床を蹴りつけると、床がぱっくりと開いた。……ファンタジーの世界だね。ぽかんとする私の隣で、ベルさんも感心したような顔をしている。


「さあ、この先は階段だから、踏み外さないように気を付けるんだよ?」


 いたずらに笑ったセトさんは、優しく私の手を引いて誘導する。

 促されて足を進める。床の下へ。思いのほか、床の下の空間は綺麗だと感じた。洞窟とか、屋根裏とかに似た汚さや貧相さはない。ここも、このお屋敷の一部なんだなぁとわかる小綺麗さがある。


 地下は真っ暗で、私の目には何も見えず、私の手を引くセトさんの手だけが頼りだ。硬質でいて冷たい手。暗いというのに、セトさんもベルさんも何かにぶつかることもなく進んでいく。私にはちょっと無理かも。すごいなぁ……。


「今度は、階段をのぼるからね。気を付けて?」


 しばらくして、セトさんの声が落ちてきた。私は頷くけど、この暗がりで見えてるわけがない。しかし、声が出ないものだから仕方ない。


 階段を少しのぼったところで、ぼこっと鈍い音がして……その直後、光が流れ込んできた。きっと、出口のドアか何かを開けた音だったんだろう。まぶしくて、思わず目をつむったけど、セトさんに促されるままに足を進め続けた。


「へえ……こんなところが……。ここは、領地内ですか」

「うん。ただ、このルートでしかたどり着けないようになってる。すごいよねぇ。よくぞ、考えついたものだよ。……あ、詳細は、内部機密ってことでナイショ、ね?」


 セトさんは、やっぱり、楽しそうに笑うのだ。目をしぱしぱとさせていると、ようやく、目が光になれてきた。


 そして、目の前に広がっていた光景は、圧巻だった。……もう、圧巻だとしか、言いようがなかったのだ。名前はわからないけど、野の花みたいな素朴な小さい花が一面に敷き詰められていたのだ。まわりは木々に囲まれていて、心地がよく不思議な気分になる閉鎖感がある。

 神秘的で、現実味のない……乙女ちっくな言葉で言うなら“夢の世界”ただ、1度踏み込むと、戻れないんじゃないだろうかという妙な恐怖もある。


「さて。戻った戻った」


 セトさんは、私の手を握ったままで、ベルさんをのぼってきたばかりの階段の方に追い立てる。一体、セトさんが何を考えてるのかわからなくて、ぎょっとして見つめる。ベルさんなんか睨んじゃってるし。

 だけど、私たちの反応には全く怯みもせず、セトさんは、むしろ、笑ってみせた。……強靭な心臓の持ち主だなって思うよ。これも、過ごした年月の差なんだろうか……。


「ハプスブルクの子孫、ここで待ってても来れないだろう。道案内してやらないと、だろ? アベル」


 確かに、わかんないね、こんな所にいるなんて。道案内は必要だ。


「でも、私やこの子がいると足手まといになる可能性もあるだろう。できることなら、隠れていた方がいいと思わないか?

 心配せずとも、私がこの子に危害を加えることなんてないよ。約束しよう」


 セトさんは、楽しそうに……からかうようにベルさんの顔を覗き込んだ。……やっぱり、ベルさんはセトさんを睨む。

 やがて、ため息を吐いたのは、ベルさんの方だった。


「アリス――エリーのこと、くれぐれも頼みましたよ?」

「ああ、任せておけ。……とは言っても、のんびりとここでお茶でもしてるだけなんだけどな」


 セトさんは、クスクス笑う。本当に、よく笑う人……いや、人形だ。


 ベルさんは、じぃっと探るようにセトさんの顔を見てから、私に一瞬だけ視線を向けて、そして、また、セトさんを睨みながら、元来た方へと戻り始めた。

 ……ベルさんは、よっぽど、セトさんのことが信用ならないと思っているのか、何度もこちらを振り返りながら戻って行った。


 セトさんは、そんなベルさんをにこにこしながら見送るという図太さを見せてくれた。そして、それを少し柔らかくした顔で私の顔を覗き込む。


「さて、エリー。お茶にでもしよう」


 マイペースだ。とても。


 視界の端に映っていたこぢんまりとした小屋へと足を進める。促されるがままに入ると、そこには、あらかたのものがそろっていて、普通に生活できそうだった。

 何をするのかと思えば、本当に、のんきにもお茶をするつもりのようで、お茶の準備をしはじめた。つい、そのさまをぽかんとして見守ってしまう。準備をしながら楽しそうに鼻歌まで歌っているんだから、ベルさんの深刻そうな様子とはかけ離れすぎていて、この温度差に戸惑うしかない。


 ……そもそも、人形の心臓であるイヴを消滅させることが最終目標だと、はっきりと豪語していたはずだ。なのに、このセトさんは、自分も破壊される対象に入っているというのに、協力する姿勢まで見せていた。どういうこと、なんだろうか……。

 ぼーっと、その後ろ姿を見ていると、どうやら、お茶の準備を終えたらしいセトさんが私の方に振り返った。


「さ、外のテーブルでお茶しようね」


 ……まるで、セトさんが向ける声は、子供に対するようなものだなぁと、ふと、思った。

 だけど、余計なことを言う口すらない私は、内心、少し不服に思いながらも、セトさんの言葉に頷いた。


 促されて外に出る。セトさんが言っていたテーブルは、小屋のすぐそばにある、ちょっとした物を置くだけのためにある小さな丸いテーブルで、椅子が2脚そばに用意されていた。やっぱり笑顔で促されたから、勧められた椅子に座る。

 目の前でポットからとぽとぽとつがれる琥珀色の液体はいい匂いで、これは、紅茶……ないし、それに酷似した飲み物なのではないかと推測してみる。


 2つのカップに飲み物をそそいだセトさんは、私の隣の椅子に腰かけた。


「…………ここに座ってると、本当に落ち着くんだよね」


 ぽつり、セトさんがこぼす。そっと細められた目は、何かここにないものを見ているようだった。


「ここに残ったものを食い物にされるのが嫌でね。……まあ、そもそも、食い物にできるようなものなんて私自身くらいしか残っていないのだが」


 急に、そんなことを語り始めた。ただでさえ、声も出ないし、どんな反応をすればいいものかわからない。……反応したところで、セトさんがこっちを見ていないんじゃ、何をやってもやらなかったのと同じだ。


 ……まあ、セトさんが話したいと思うのなら聞こう。そうしよう。もしかしたら、なんの反応もできない私にだからこそ、話せる……みたいなこともあるかもしれない。

 私は、勝手にそう決めつけて、セトさんの横顔を眺めながら、動く唇をなんとなしに眺めていた。


「アレは、優しいかい?」


 ようやく、その目が私に向いた。……ずいぶんな話題転換だ。話が飛びますね。

 私は、とりあえず、頷いておいた。


「そうかい」


 そう言ったセトさんは優しい顔で微笑んでいた。


「私は、ハプスブルクが造った3体目の人形でね。ハプスブルクの理解者であったこの領主の2代前――まだ、男爵という地位を持ってた代だな――その人間に譲られたんだ。

 だからね、私は色々と知ってるよ」


 なんだか、意味深な微笑みを送られた。

 それは、何か質問があるのならどうぞ、ということだろうか。……私の声は出ないって言ってるのに……嫌がらせだろうか。


 しばらく、私の顔を見つめていたセトさんだけど、やがて、恐る恐る口を開いた。


「……もしかして、本当に声が出ないの?」


 ……疑ってたのか。なんで、そんな面倒な嘘を吐かなきゃならないの。私は、よっぽど、嫌そうな顔をしていたんだろう。セトさんは苦笑いで“ごめんごめん”と謝った。


「でも、ちゃんと音は聞こえてるし、言葉も理解できてるんだね」


 頷く。


「元から、声は出ないの?」


 首を横に振る。


「ま、イエスかノーでなら答えられるんだし、そこまで問題でもないか」


 そんなわけねぇだろ。適当に考えすぎだろ、こいつ。

 あえて、嫌そうな顔をしてみせる私にも、セトさんは笑うだけだ。まるで、幼い子供をあしらう様子だ。


「……もしかしたら、思うままに意思表示ができない可愛い娘を過保護にしすぎちゃったのかな、君のまわりの大人は」


 それは、どこか、可哀想なものでも見る目だった。

 まだ、会って何時間と経ってない相手から見ても、私は、この世界では異質なのだ。それを真っすぐに言われて、私もさすがに、不安になる。


「知らなきゃいけないようなことを何も知らないと見える」


 そして、片手で紅茶の入ったカップを持ったまま、私の前髪をかきあげるようにしておでこを撫でた。そして、セトさんをじっと見つめて言葉を待つ私に、同情するような微笑みを見せつけて、カップに口を付けた。


 ……アンドロイドがお茶を飲んでる……。この世界のアンドロイド、すごいな。ということは、汚い話だけど、排せつもするってことなんだろうか……。いや、あまり変なことを考えるのはよそう。


「アリスだなんて名前をつけられて平然としてるなんて、ほんと、心配になっちゃうよ。それに、アレが君にアリスなんて名前を付けた真意もわからないんだろう。…………もしかしたら、それは、アレ自身ですら気付いていないフリをしてるのかもしれないことだがな」


 私は、緊張してセトさんの次の言葉を待っていたというのに、セトさんはなんのつもりか、また、話をぶっ飛ばした。


「そんなエリーには、まず、人形のおこりから話してあげよう」


 とんだ肩透かしだ。

 まさか、あんな気になる話……オチをお預け? 嘘でしょう?

 私の呆気にとられた顔を見て、セトさんが噴き出す。


「まあまあ。それは、本人にでも聞きなよ」


 ……声は出ない、文字は通じない私に対する嫌味なんだろうか。いじめっ子気質なのか、こんな可愛らしい顔をしておいて……。恨めしい視線を向けているというのに、セトさんは言ったことを曲げるつもりなんてものはないらしい。構わずに、話を続けた。


「きっかけは、将来、自分が継ぐ予定だった領地でとれた綺麗な鉱物を簡単にカットして、婚約者にプレゼントする予定だった人形の目として埋め込んだこと。昔から、ハプスブルクは手先が器用だった。お遊びのようなものだ。そしたら、人形が動き出した。何が原因かと人形をバラシてみて、目に使っていた鉱物が原因だと気付いたんだな。そして、実験的に、手探り状態で1体目の人形ができた。不思議なことに、その鉱物を心臓にすると人形は人間のように動いた」


 懐かしそうな目をした彼はどこか遠くを眺めながらカップを持ち上げる。幼げな顔と大人びた雰囲気がとてもミスマッチだ。


「ハプスブルクは、面白くなってきてね。時を置かず、2体目の制作に移った。せっかくなら、人の癒しになるものを。見飽きぬ美しさ、癒しを与える声、心を落ち着かせることのできるような柔らかな雰囲気を持った人形を。その2体目は、本当にいい出来だったそうだ。誰が見ても美しく、声には魔法のような癒しがあり、歌声は人々を酔わせた。創造主であったハプスブルクが最高傑作だと豪語した作品。

 だが、それが気に食わなかったものがいた。1体目の人形だ。前まで、自分をもてはやしていた人間も、創造主でさえ2体目に夢中で。だから、壊してしまったんだ。2体目を。

 そのおかげ……というのは皮肉なんだが……1体目は“嫉妬”という感情を見せた。無機物でしかなく、不思議な鉱物が動力となって動いてるだけの人形だと思われていたのが覆された。ハプスブルクがつくる人形は心をもつことができる。

 ――そして、生み出されたのが私、というわけだ」


 まるで、童話みたいな世界だ。

 おそらく、わかりやすいようにかみ砕いて話してくれた結果、そう聞こえてしまっているだけなんだろうけど。


「1体目は試作品。2体目は、どこをとっても一級品の嗜好品。3体目である私は、より人間らしく……人間臭い感情ほど大事に組み込まれている。人間らしい感情をもって、人間にしっかり寄り添うことができるように。

 私が背負うそのテーマは、ハプスブルクの最期まで、ハプスブルクがつくる人形のテーマとなった。だから、ハプスブルクの作品のほとんどが私と似ている。最近は、ハプスブルクの作品がバラされることが多いから、何体残ってるのかすら定かではないが……」


 セトさんはぽつりとぼやいて、相変わらず遠いところを見ていた。……いや、もしかしたら、草花を眺めていただけなのかもしれないけど。


「……私は、ほとんどをこの地で過ごしているけど、ハプスブルクと疎遠だったわけではないんだよ。なにせ、この屋敷の主とハプスブルクは相当に仲が良かった。生みの親としても慕っているんだよ。これでも」


 寂しそうに語るセトさんの横顔を見て、ふと、気付いてしまった。

 人形には寿命なんてない。劣化すれば部品を換えてしまえばいい。半永久的に動き続けることが可能だ。しかし、人間は老いて死んでいく。人形はおいていかれるのだ。変わらない自分だけが取り残される。

 人間ではないのに、人間の心を持っているという矛盾。人間の心を持っているのに、人間としては生きられないという理不尽。

 ……セトさんは、これまで、どういう気持ちでいたんだろうかと思うと……想像するだけで胸が詰まってしまいそうだ。


「…………仲間がほしくなる時だってあるよ、私にだってね」


 その言葉は、私の目を見て、しっかりとはっきりと伝えられた。妙に、その言葉は、頭にこびりついた。




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