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destroyer  作者: 千坂 ろな
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文明進んでないっぽいです。中世くらい?

 生まれてこの方、凶器を突き付けられたのは初めてだ。それでも危険な状況であることくらい察することはできる。まさか、と血の気が一気に引いた。


「アン、どけ」


 白い美人がうなる。緑の目のイケメンは、そんな彼を前に焦った様子で、急いで待ったをかける。


「待って待って。いいじゃん、別に。僕は悪いことだなんて言ってないし、思わないよ! むしろ、嬉しいくらいで――」

「黙れ。どけ」

「…………ベル……」

「……うるさいんだよ、アン」


 …………この人、本気だ。ごくり、何かを飲み込んだけど、口の渇きはおさまらない。むしろ、ひどくなるばかりだ。

 白い美人に気圧されて、緑の目のイケメンは私を地面に下ろすと、そのまま距離を取った。……み、見放された?


 ぞっとした。白い美人が動き出すとほぼ同時に、腰が抜けたのか、私は地面にぺったりと座り込む。しかし、それは幸運だった。しゃがみこんだことで心臓に短剣が刺さることは避けられたからだ。あの速度で向かってくる彼を私は自力で避けることなんてできなかっただろう。ちりりと、頬に熱が走る。


 呆然と白い美人を見つめる私を、きょとんとした顔して彼自身も見下ろしている。

 …………なんなんだろうか、この気まずい空気は。


「…………にんげん」


 白い彼が、なぜか、呆然とした様子で呟いた。……人間以外の生き物がこの世界にはいるんだろうか。人間の皮を被ったゾンビみたいなのとか? ……さすがに、マンガの読みすぎかなぁ。

 色々と空想する私だけがのんきだったんだろう。白い彼の呟きを聞いて、焦った様子で私に駆け寄ってきたのは緑の目をしたイケメンさん。


「え、人間なの!?」


 私の前に回り込んでくると、とんでもないことをやらかしたって顔をして、そっと、恐る恐る私の頬を触った。ちりっとしびれに似たものが走る。そういえば、さっき白い美人の短剣が掠ったかもしれない。


「あー……嫁入り前の女の子の顔に傷なんてつけちゃって……。ちょっと、ベル、どうするのさ。お前、責任もとれないのにそんなことするなよ……」


 緑の目のイケメンさん……紳士ですね。でも、そんなにすごい怪我でもなさそうだし、大げさにも思う。私は、なんとか首を横に振ってみせるけど、緑の目のイケメンさんは難しい顔をした。


「……アリス――君は、結構、いいとこのお嬢さんだろう。センスは正直、どうかと思うが……」


 ……なんかさ、さっきから、身なり全否定なんですけど、この人たち。めっちゃけなされてるんですけど。花柄の膝丈ハイウエストのスカートに、黒いシャツのOLルックがそんなにおかしいだろうか……。今まで、この服装で、そんなにおかしいとか言われたことなかったんだけど……。正直、へこみますけど。男性にファッションをけちょんけちょんに言われるのは、さ……。


「…………とりあえず、ついてきてくれるかい? うちの主治医に見せよう。もし、それでも、傷が残った時には、僕が主として責任を取ろう」


 ……いや、だから、ちょっとした傷程度で大げさだってば。確かに、女の子の顔に傷なんて……と思わないわけじゃないけどさ。

 少し困って白い美人を見てみると、なぜか、睨まれた。美人の怖い顔は、並みの顔面の数十倍怖いんですって……。


「…………アン、とりあえず、進もう」

「……ああ、そうだね。とりあえずは」


 緑の目のイケメンは心配そうに私を横目で見て言う。……なんだか、すごくやりづらいぞ。


「あ、遅くなっちゃったけど、僕はヴィヴィアン。アンでいいからね。で、そっちは、アベル。ベルって呼んでやって」


 緑の目のイケメンが、今更ながら、名前を教えてくれた。アンっていうのも愛称だったわけね。


「おい、ベル。この子の“アリス”ってのは本名か?」

「…………」

「……違うんだな。お前か」

「……なんだよ。悪いか、“アリス”」

「悪いに決まってるだろうが……。いいところのお嬢さんにそんな名前……」

「ああ、もう、うるさいな……。じゃあ、アンが付けろよ。名前がないとやりづらいだろ」

「……確かに、声が出ないんじゃなぁ」


 私は、アンさんの服を引っ張って、首を横に振った。彼の言う通り、声も出ないわ、文字も通じないんなら、私の名前を伝える手段なんてない。それなら、仮の名前で呼んでもらうしかないだろう。

 もう、アリスでいいんじゃないだろうか。不思議の国のアリスを連想させるよね。今の私にぴったりだと思う。物語の世界で迷子のアリス。……確かに、私にはもったいないくらいには可愛らしいけど、なんか自虐的というか……皮肉っていうか……まあ、いいか。


 しかし、私の動作では何も伝わらなかったらしく、彼は首を傾げる。……不便だ。言葉が使えないって、相当、不便だ。

 白い彼――ベルさんが、くれた私の名前、でいいと思うよ。ベルさんを指さして、私を指さして、頷いて……


「…………ごめん、どうしたの?」


 ……伝わりませんでした。子供に対してするように私の目の前でしゃがんで、私と視線を合わせて困った顔をする、アンさん……。


「…………アリス」


 ベルさんが呼んだ。だから、私は、ここぞとばかりに首を上下に振った。それは、もう、振りまくった。それで、アンさんも理解したようだった。


「……もしかして、“アリス”でいいって言いたい……?」


 またしても、私は首を上下に動かす。たったこれだけのことを伝えるのに、ずいぶんな時間がかかったもんだ。妙な達成感……。……待てよ。もしかして、こんな生活がこれから続いちゃうわけ……?


「…………ほんと、変わった子だ。まあ、彼女がいいって言うのなら、いいのかもしれないけど……。くれぐれも、人目のあるところで呼ぶのはやめなね」


 アンさんは、そんな妙なことをベルさんに言い聞かせる。ベルさんも反抗することなく、素直にうなずいた。“アリス”って名前……なんか、不穏な名前か何かなんだろうか……。


「…………そうだな。エリーなんてのはどうだ」

「“アリス”だからな“アリー”か“エリー”だろ」

「“アリー”の方がいい?」


 外国の名前って、なぜか、あだ名っていうか……本名を短縮して呼びたがるよね。ただ、アリスは短縮しなくてもいい気が……。ただ、声は出ないので、意思を伝えるつもりなんてなくて、大人しく見守ることにする。


 傍観を決め込む私を、ベルさんがちらっと見た。グレーの瞳は、相手をのみ込むような危なげのある魔力のようなものがあると思う。ほんと、不思議な人。


「……エリー、だな」


 ぽつり、こぼされた。ベルさんの回答に、アンさんも“だよなだよな”とうなずいている。

 どうやら、私の呼び名は“エリー”に決定したようだ。“アリス”よりも私の本名に近い名前になっちゃったね。まあ、その方が、私も馴染みやすいというか……反応しやすくていいんだけど。


 まだ、日は落ちてなかったんだけど、すでに空は茜色で暗くなってからの行動は危険だからと、そのままここで野宿をすることになった。




 昨夜、少し2人を見ていたら十分わかったんだけど、懐中電灯もないみたいだったし、飯盒もない……そもそも、食料自体を大して持ってきていないみたいだった。調味料すらあまり十分とは言えない。

 その時点でまさか……とは思った。


 話を聞いてるうちに、なんか、アンさんは貴族の偉い人の次男坊らしいということがわかった。なんだっけ。こうしゃく……? 外国の貴族さんみたいで位の偉さが全くわからない。全く。そして、ベルさんはアンさんの従者で幼馴染みたいなもののようだ。小さい時からずっと一緒なんだってアンさんは言ってた。

 ……主従とか貴族とか現代でも場所によっては完全にないわけじゃないとは思うんだけど……知ってる限り、そんなに貴族というものが幅をきかせている場所なんて現代の地球にはないんじゃないかと思う。文明が元いたところより進んでない可能性が出てきた。具体的に言うとこの世界は地球で言うところの中世あたりではないかと……。


 他にも色々と話をしてはくれたんだけど、私の頭では理解できなかった。ちょっと難しかったのだ。私が馬鹿なのを否定するつもりはないんだけど……言い訳をさせていただくなら、そもそも、この国……世界の基礎知識が全くないもんだからわかるはずもない。

 ほら、声も出ないし、文字も通じないもんだから、質問もできないじゃん?


 それにしても、アンさんは偉い人って感じがしない。いい意味で気取ってないというか……。荷物持ちだってベルさんと同じようにするし、今までもずっと、馬とか乗り物とかを使うことなく、歩きで旅をしてきたみたいだし。


 ちなみに、この2人がなんで旅をしてるのかは、まだ、聞いていない。アンさんは“ようやく、野宿にも慣れてきたし、歩き続けることにも慣れてきた”って言ってたから、ずっと、旅をしてきたというわけじゃなくて、最近になって始めたことなんだとわかる。わけありなのだろうか。

 ……まあ、聞いていいことだろうかと迷うまでもなく、私、聞けないんだけどね。


 自分から質問できないせいでたまってく疑問にもやもやしながらも歩く。電車に乗るとか、バスに乗るって言葉が出ないあたりも、やっぱりそんなに文明は進んでいないんだろう。この感じだと、主な移動手段は自分自身の足なんだろうね。

 まあ、アンさんが気遣ってくれてるのか色々と話して聞かせてくれてるので、景色はあまり代わり映えしなくても結構楽しく歩けている。


「エリー、疲れただろう? そろそろ、休むかい?」


 私は、今日、何度目かのアンさんの気遣いに首を横に振った。きっと、いいとこのお嬢さんだと勘違いをしているアンさんは、そんな私が歩きなれてないはずだからと気遣ってくれてるんだろうけど、残念ながら、私はお嬢さんなんかじゃない。

 しかも、これでも、営業職だったもので、毎日、歩き回っていたのだ。ある程度は歩ける。さすがに、昔の人ほどの健脚には敵わないだろうけど、そんなに軟弱でもないつもりなのだ。気遣い自体は嬉しいんだけど……舐められてるような気分にもなって、正直、少し不服。


 しかし、本日、5度目の断りだったもんだから、アンさんは顔をしかめた。


「……無理は禁物だよ。少しずつ慣れていけばいいんだから。ほら、休もう」


「――――待て」


 ぴたり、ベルさんが立ち止まった。

 何がなんだかわからなくて、ただ、体を強張らせて流れに身を任せることしかできない。


「アン!」


 叫びながら、ベルさんがこっちに走ってくる。どうしたらいいかわからない私とは違って、アンさんはベルさんの声に即座に反応して、草むらの中へと飛び込んだ。その場にぽつんと残ってしまった私は、さっとベルさんに抱えあげられる。……俵担ぎ、というやつだ。お腹が痛いんですけど、これ……。


「――――見つけた」


 女の人の声。澄んだ低い声だ。どこか硬質さを感じさせるような。

 首をひねって声がした方を見てみると、そこには、ベリーショートでグレーアッシュの髪の女性。目元にはゴツイゴーグルのようなものがつけられていて目元が見れない。左耳にはヘッドホンのようなものが付けられている。あずき色の光沢のある生地でできた服は、ボディラインに沿ったチャイナを思わせるようなロングワンピースで、がっつりスリットが入っている。


「…………ドナ、また、お前か」

「ああ、また、だ。アベル」


 ……どうやら、お知り合いみたいではあるけど、仲良しだなんてことは間違っても言えないだろう。だって、空気が今まで経験したことがないくらいピリピリしてる。硬質な声に、硬質な声で返す。どこか、事務的にも思える。一体、この2人はどんな関係なんだろうか。




 変なところで切っちゃいました……。ここを逃すとしばらく切れそうになかったので……。

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