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destroyer  作者: 千坂 ろな
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どんぶらこと流されてきました。

 こちらのなろう版は、細かい文章の違いや行間の他には、序盤に1つと最後に補足エピソードが入ります。

 ────つめたい。いや、イタイ……?

 息が、できない。目が、開けられない。

 耳にぬるりと入り込んでくるのは、濁った音ばかりだ。


 体が動かない。凍ったような感覚に襲われているのに、同時に、ゆらゆらと揺られるような感覚もある。


 刺すように冷たくて息もできなくて目も開けられない。まともに動けない。にも拘わらず、ほわほわとした根拠のない安心に包まれているのが妙だ。妙だとしかいいようがない。


 ────わしっと。

 それは、唐突だった。左腕を掴まれたのだ。きっと、それは、人の手だろうに温度がわからないのは、私がおかしいのか。

 ぐいっと、それに引っ張り上げられて。その力に従って立ち上がろうとするけど、足は動かないし、その腕にすがろうにも腕が動かない。


 ばしゃっ。水音。

 途端に、絶えず聞こえていた濁った音は耳を解放し、体をつついていた刺すような痛みが引いた。

 …………あたたかい。空気、あたたかい。


 よく状況が理解できないけど、瞼も動くみたいだから、ダルくて重いけど、目を開けてみた。……まだだ。もうちょっと頑張らないと。こんなよくわかんない状況で、寝ちゃダメだ。

 ぐっと、瞼を開けてみると、ぼんやり、ゆらゆらとした視界の中に白が写った。


 …………白い何か。

 焦点を合わせようと、何度かまばたきをしてみる。次第にはっきりする視界の中で、うっすらとした灰色の瞳と視線が合った。…………灰色? カラコン?

 何を言おうとしたのかわからない。わからないけど、自分の口角が上がって、唇がうっすら開くのを感じて────力尽きた。




「――――あ、起きた!?」


 私の意識が覚醒するか否かというところだった。その声が聞こえてきたのは。その声が誰なのかと思う前に、瞼を持ち上げた私の視界いっぱいに緑の目。そして、さらりと揺れる綺麗な金の髪。よく見ると、俗にいうイケメンというヤツで。男前か美人かと言われると、どっちにも当てはまらないような気がして迷ってしまうけど、どっちかというと美人寄りなんだろう。…………誰だ。


「アン?」


 金髪緑眼の男性とは違う方向から聞こえてきたその声に、目の前のイケメンは視線を斜め前に移した。“アン”っていうのは、この人の名前か。

 私も、つられるように視線をそちらに向けると、そこにいたのは白い青年だった。何が白いのかって……全部? 肌、髪、まつ毛……瞳だけがグレーだ。薄いグレー。真っ白な中で、たった1点――2点と言うべきか――のグレーはとても強く自己主張をしている。

 そんなどこの中二病だって見た目も様になっているのは、彼の見た目が原因だ。とても綺麗なのだ。美人、というのか。美女、とは言わない。彼は、中性的どころか無性別を思わせる不思議な雰囲気を持ってる。熟練の職人によって、機密な計算を重ねて重ねて、丁寧に造り上げられた人形のよう。そんな国宝級の価値を持ってすらいそうな…………うん、とにかく、びっくりするレベルの綺麗さなのだ。こういう人って、どんな格好してても似合っちゃうんだからズルいよなぁって思う。


 国宝級美人は、私の方にゆっくりと寄ってくる。

 ……状況がイマイチ把握できない。きょろきょろとしてみると美人の背景には木とか草とかが見えていて……森だとか自然たっぷりなところにいるというのはわかる。山かどこかなのかな。近場にこんな所あったっけ? 薪っぽいのもあるし、彼らの荷物と見えるものもある。もしかしたら、野宿でもしようとしていたところなのかもしれない。…………どこだよ、ここ。

 何気なくちらりと一瞬だけ空を見上げれば、太陽は真上にあって……今がお昼時であることを知った。


「…………お前、名は? 何があった」


 なんだか、聞いてると落ち着くアルトボイス。彼自身は深刻そうな顔してるっていうのに、不思議にも彼の声には癒し効果が含まれているような気がした。


「……おい?」


 私がぼーっとしてるもんだから、再度、声をかけてくる。

 急いで答えようと息を吸った。…………吸った、ところまではいいんだけど、声が出ない。意味がわからない。何度息を吸っても、声にならない。むなしく空気だけが抜けるように喉を通り過ぎていくのだ。自分でも、自分に何が起こってるのかわからない。

 私が困惑してると、白い彼は、私が答えに困っていると勘違いしたらしく、ため息を吐いてから教えてくれる。


「…………お前、川に流されてきたんだよ。すぐ、そこの」


 そう言って、山の奥を指さす。



 ぐるぐると頭の中の情報を掻き出していく。どうやったら私はこんなことになるのか。少しのヒントでも記憶の中にまぎれていないか。


 あれは……一部始終、意味がわからなかった。なぜ、私たちは追いかけられていたのか。母と私、どっちが追いかけられていたのか。なぜ、溺れるはずのない水たまりに飲み込まれて溺れてしまったのか。なぜ、水たまりに足をとられたはずの私が川から救出されたのか。わからないことだらけだ。まるで、物語の世界。

 私は、幼い頃に父を亡くして、母と2人でやってきたけど、現代ではそんな家だって珍しくはないだろう。母は、私にとって母親として尊敬できる人で。愛されて育ったって自覚も自信もある。普通の家庭で育ってきたと言える。普通……だと思っていたものだから、何がなんだか……。


 息を吸う。でも、やっぱり、声は出ない。どうしたんだろう。おかしい。

 昔から今まで、私は健康優良児で。大きな病気をしたこともなければ、持病もない。なんで、今、私の声帯が機能しないのかわからない。


 横になっていた体を起こす。緑の目のイケメンが背中を支えてくれて、起き上がるのを手伝ってくれた。それに、感謝の気持ちを込めて会釈をすると、地面に落ちていた枝を拾って地面に名前を書く。


“百元 愛理”

“ももと えり”


 苗字も名前もよく読み間違えられる名前だから、下に読み方も平仮名で書いておいた。でも、平仮名にしてしまうと、そこまでインパクトのある名前ではない……と思う。

 しかし、なぜか、地面に書かれた文字を見下ろして、イケメンの方は困ったような顔をして首を傾げている。それに対し、白い方は無表情で地面と私の顔を見比べた。


 白い美人は、私と距離を詰めてくる。……ただでさえ、近い位置にいたというのに。何かと身を引いたけど、彼は、私の耳に口を寄せた。


「…………その文字は、少なくとも、この国では通用しない」


 こっそりと、教えられた。まさか、と、さっきから頭を掠めていた可能性が本格的に形になってきた。


「お前は、喋れないのか」


 私から顔を離しながら呆れた声で言われた。きっと、揶揄って言った言葉なんだろうけど、私は、それに頷いた。

 すると、やっぱり、本当にそうなんだと思ってはいなかったのか、グレーの目を私に張り付けてまばたきをした。


「……本当に、喋れないのか。それは、言葉が喋れないという意味なのか、声が出ないという意味なのか」


 私は、最後のところで思いっきり頷いた。


「……どっちだ」


 ……確かに、どっちに頷いたのかわかりづらかったかもしれない。なんとか伝えようと手を動かすけど、なかなか、形にならない。2つ目の、だから……ピース…………あ、はい、意味がわかりませんか。すみません。


「…………この国の言葉が喋れないのか」


 私は、ここぞとばかりに首を横に振った。ここにいる2人の言葉の意味はわかっているから、きっと、喋れるはずだと思う。

 すると、“じゃあ、声自体が出ないという方なのか……”と白い美人は自己完結するように納得した様子で呟いた。私の方は見ていないようだったけど、一応、頷いておいた。


「ねえ、君、どこの子なの?」


 私と白い美人のやり取りを眺めていたイケメンがタイミングを見計らいながら入ってくる。


 ……異世界から来ちゃったかもしれません、だなんて……そんなこと、日常会話をすることすら難しい状態で伝えられるわけがない。そもそも、異世界から来ちゃいましただなんて信じる人がいるだろうか。私が、実際、日本でそんな人に会おうものなら、警察に通報してしまうかもしれない。


 …………そうだよ。私、これから、どうすんの。異世界で、声だって出ないのにどうやって生きていくの。無理だ……。何これ……神様ってば私を殺す気かよ、こんな状況に放り込みやがって……。


「…………この服、変わった造りではあるが、いい物を使ってるのはわかる。かなりいい家の出だろう。もしくは――――」


 白い美人は意味深に言葉を切らせた。なんなんだろうかと続きの言葉を待っていると、白い美人は私の顔を覗き込んで目元を撫でた。


「…………アリス」


 ぽつりと、名前。女の子の名前なんだろう。

 急になんなんだろうかと思ったら、彼は、それを繰り返す。


「…………アリス。しょうがないから面倒見てやる。大人しくしろよ。拾っちまったもんはしょうがない。足は引っ張るな」


 …………アリス……全然、本名と近くないし。その名前で呼ばれても反応できるかどうか……。

 そういえば、勝手に話が進んでしまっているけど、彼はどうなんだろうか。イケメンの方を見ると、きょとんとした顔で私たちのやり取りを見守っている。


「……ベル、この子、連れてくの? アリス?」

「ああ、アリスだ。拾ったからには、な」

「…………壊さないのか? 珍しいな」


“壊す”?

 なんて不穏なことを言うんだ……。ぶるりと身震いする私のことなんて見えていないのか、平然とした様子で2人は話を進めていく。


「…………まあ」


 白い方は、歯切れ悪く言った。どこか、苦しそうな顔で睨みつけられて、どうしたらいいものかわからなくなる。

 しかしながら、そんな彼の様子には、緑の目したイケメンの方は気付いていないのか、まじまじと私を観察しながら述べる。


「…………確かに、綺麗な色をしてるね。珍しい象牙色した肌に、混じりけのない綺麗な黒い髪、瞳……。幼い顔立ちが、これまた、穢れのなさを表してるというか……。誰の作品なんだろうな。独特の感性が見える」


 …………一体、なんの話をしてるんだろうか。正直、そんな評価のされ方をするとは思わなかった。少し……いや、大いに引いている。


 マイペースなのかなんなのか、私の様子にも気付いていないらしく、彼は、“ちょっとごめんね”なんて一言断ってから手を伸ばしてくる。大きくて綺麗な男の手だと思った。


 それは、私の頬を撫でて、髪をすき、首筋を撫で…………おいおい、一体、何をやってるんだ。

 しかし、私が困惑はするものの、危機感とか嫌悪感をおぼえなかったのは、彼の表情にあると思う。下心のある男のするそれじゃなかった。なんていうか……何かを確認してるような、というか……検品してるみたいな? ああ、それだ。それがしっくりくる。


「――おい、お前、何をやってる」


 その手を掴んで止めたのは、白い男だった。ベルと呼ばれた男だ。


「おい、主に向かって…………なんか、不機嫌だな。どうした」


 緑の目のイケメンは本当に、白い美人が怒ってる理由がわからないらしく、きょとんとした顔で白い美人を見上げている。

 ……主従関係なのかな。今、主って言った。なんだろう、ここは、どういう世界なんだろうか……。


「むやみやたらに、ソレに触るな」


 どうやら、自分が拾ってきたものに触られたことが気に食わなかったみたいだ。主張が小さな子供みたいで笑えた。微笑ましいというか……まあ、彼の発する怒りは可愛らしいものじゃなかったけど。人殺しすら厭わないんじゃないだろうか……。ちょっと、怒りすぎだろう。小さい男だな。


 怖がればいいのか、笑ったらいいのか、苦笑いでもしていればいいのか……どんな表情をしていればいいのかわからなくて、きっと、顔面崩壊してそうな顔のまま、怒りを向けられた緑の目のイケメンに視線を向けると、驚いていた。目をみひらいて。……なんで、そんな反応になるんだ。もっと、なんか……違う反応があるだろうよ。


「そうかそうか、そういうことか!」


 そして、嬉しそうに叫んだ。さっぱり、事情がわからない。


「ココロがあるはずなのに、お前は感情が薄いなって思ってたんだよ!」

「余計なお世話だ」

「他人に対する感情もあってないようなものだし」

「ある。お前、ふざけてんのか」

「それが、だよ……! こんな革命的なことがあるか!? やっぱり、ココロを持つってことは、こういうことも起こりうるということで……」

「……お前、さっきから、何言ってんだよ」

「いや、だから、この子だよ!」


 興奮した様子でまくしたてる緑の目のイケメンは私の脇に手を入れると、白い彼の目の前まで持ち上げてみせる。

 ……私、特別、軽い子じゃないんですけど……。そんな小さな子供にやるみたいに軽々と……意外と力あるんだな、この人。いや、そうじゃなくてさ……いい年してこんなの恥ずかしいんだけど……。


 目の前に差し出された私を前に、白い美人は眉間にシワをよせる。……動揺した様子は一切ない。


「ソレがどうした」

「……いや、だから……そんなに気に入っちゃったのかなぁって」

「…………」


 だんだんと言葉尻をすぼめながらも言い切った彼を、白い美人は凍るような目で見つめ…………かと思ったら、懐から短剣を取り出した。


 …………え!? 短剣!?




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