美濃の蝮
父の死から2年、鳴海城主山口教継が裏切り、兄上が攻めたが引き分けで帰ってきた。希望されている鉄砲はまだ使い物にならないため私の初陣はお預けで、いまだにちごと呼ばれています。
そして兄上にも私にもショックなことがおきた。平手の爺が兄上をいさめるため自害してしまい、兄上の悲しみは大きく菩提寺を建て爺を慰めていた。同時に押さえていた林や柴田そして兄の勘十郎の兄上に対する当主の座をめぐる争いも表面化してきはじめ徐々にきな臭くなる。
そしてようやく堺から百丁が納入され、さらに根来寺から兄上に言われ三百丁を購入し、私が貿易や金採掘で稼いだお金で、鉄砲を追加で百丁堺に注文する。根来寺の津田師匠の鉛の産出も上手く行き、その分の鉛や火薬が送られてきて鍛練がしやすくなり、さらに金の採取も少しずつだが軌道にのり始めており、平手の爺が自害した以外は前へ進むことができる。
しかしもう1つ問題が持ち上がる。兄上の正室である濃姫の父親マムシの斎藤道三が会見を申し込んできたと言うことで、多分平手の爺が自害したので織田家がまとまりを欠いているなら乗っ取ろうと思っているのだ思っていると、兄上にお呼びがかかったので急ぎ大広間へ向かうと重臣も揃っていた。
兄上は相変わらずの奇抜ないでたちで座っており、
「ちご、美濃の蝮が呼んでおる逆に食うために準備をしろ。」
そう言われ頷き、
「わかりました鉄砲五百人すべて出しましょう、そして兄上の物は私が運びます」
それだけ言うとお互いで納得して兄上から重臣に、
「よし、会見は聖徳寺で行う。ちごの鉄砲五百と朱槍を五百連れていく。評定は以上だ。」
そう言ってないか言いたげな重臣をほっといて兄上は出ていってしまう。
「信照さま話を端折られてもこまりまする。この会見によってはあのマムシが動き出すと言うのに何をのんきに構えておられますか」
勝家を従えた佐渡が小言を言ってくる。
「その裏をかくだけで問題ないから」
「そのようなことを言われても、あの格好で行かれるのを止めていただきたい」
「あれで良いじゃないか、兄上らしいし何が不満なの」
「うつけをおやめくだされと何度も申しております。織田家当主としての品格をお願いしているのですぞ」
「直接言ってよ、重臣なんだから」
「これでは信行様に代わってもらったほうが織田家も安定すると言うものです。」
「それは叛意ととっていいのかな佐渡」
私は自分の高い声を低くして目を細める。
「もしものことにございます。しつれいつかまつる」
そう言って行ってしまった。
「佐渡に担がれていつ旗を揚げるか、どうしたものかな」
うつけをやめるわけ無い兄上にいつ暴発するのかわからない佐渡たちに嫌悪感をさらに持った。
会見当日、古参と新人が入り交じった鉄砲隊を、佐々と改名をした原田が率いて出発する。私は兄上の物を箱にいれ馬にくくりつけ兄上のすぐ横を進んだ。
当日もいつもと同じようなうつけの格好をした兄上を見て、重臣一同慌てていさめたが気にすることもなく出発する。
兄上は嬉しそうに、
「ちご、あの慌てよう佐渡のあの顔、これなら義父の顔も見ものだな。」
私は嬉しく思いながら、
「相変わらずの兄上のおおうつけぶり、これなら蝮も食べに来るでしょうな。」
そう言うと、
「簡単には食べさせてやらず、食ってやるのが目的だからな」
「兄上の性格の悪さは無双でございます、そして蝮ももうそろそろ何処から兄上のうつけを自ら確認しておられるんでしょうね。」
馬を進めながら兄上は前方を見て、
「ふふ、その為にちごに荷物を持たせたのだから」
そんな事を言っていいるうちに聖徳寺に到着し、控えの間に通されると急ぎ持ってきた正装に着替え、髷をきちんと結い始める。
着付けを正面で手伝っているうちに、兄上の格好いいその姿をみてため息が出る自分がおり、それを少しだけ笑う兄上が、
「ちご、そのため息はなんだ。」
「兄上がその様な正装を毎日されれば佐度(林)などにぶつぶつ言われることも無くなるのですが。」
そう兄を見て見とれる気恥ずかしさから言い訳めいた事を言うと、
「ぶつぶつ言わせとけ、いずれは決着をつける」
そう言いながら支度が終わるとその瞬間から私のことなど気にもせず立ち上がったので、
「さて、準備が整いました蝮に会いに行きましょう」
そういう言葉に少しだけ頷くと会見場所に歩き始め私も慌ててついていった。
会見場所の広間に入ると正面にいかにも腹黒な兄上の義父が座っており、その顔には驚きと戸惑いが浮かんでいる。それを見た兄上がしてやったりと同じように蝮の腹黒な笑いが聞こえてきそうであった。
「お初に御目にかかります義父上、織田上総介信長にございます。」
そう言われた道三はようやく反応し
「斎藤山城守道三である、婿どのには会えることを楽しみにしていた、娘の濃姫をこれからも頼む。」
話が始まり当たり障りのない話に終始していたがようやく話が終わり兄上は満足したのか颯爽と帰路へついた。
「義父の顔を見たか、あのマムシを驚かせてやったわ」
「あれならこちらを狙おうとは思わなくなるでしょう兄上」
兄上は上機嫌に急に馬を駆けさせ近習が必死にその後を追いかけて言った。
このあと道三が(我が子たちはあのうつけの門前に馬をつなぐようになる)
と言ったイベントがあった事を頭に浮かべながら少しにやけながら城へと戻った。
しばらくは鉄砲で雉などを射ったりしていると城から呼び出しがかかり急いで向かう。居間で殿がお待ちですと言われ顔を出すなり、
「ちごこれで清洲攻めの後衛ができたぞ、まずは松葉、深山両城を攻めるがそこが初陣となろう」
そう何時ものように前ふりもなく本題にはいる兄上に、
「わかりました、それまでに追加の鉄砲隊を仕上げまする」
兄上は頷き家臣からの報告書を確認しており、こちらを見ないで、
「その方の働きに期待する、そう言えばだいぶ慶次郎に鉄砲と槍を鍛えられているがどうだ。」
「鉄砲はだいぶ上達したと、槍は使えるようにはなりましたが、慶次郎曰く箸にも棒にもかかりません」
「初陣のために鍛練をかかさずな」
そう言うと手をふって話が終わった事を私に告げ私も静かに退出した。
城内の練兵場では佐々と原田が鉄砲隊を指揮して練習をしており、「弾込め」「かまえ」「射て」それを繰り返し行っており古参はなんの問題もなくうまくやれるが、なれてないものもおりもたもたとして掛け声にあわせられず佐々の怒りが飛び、私はその足軽に師匠から習ったことを教え佐々にも問題点などを原田と共に考えて変更していった。
それ以外は慶次郎と槍での戦いを行ったり鉄砲をかついで野山をかけたり、雨の日は布団にもぐりこみ孫子などの軍略書そしてお茶をしたりと忙しく過ごしていく。
だが忘れた頃に末森からの呼び出しで兄上の母親に呼び出され、兄上の事と自分の事で嫌みを聞きようやく解放される頃にはくたくたになる。
「顔を出すようにその方からも言いなさい。まったく母親が母親なら子も子だわね」
そう何時もの義母の嫌みを最後にもらい城へと戻り兄上からの、
「ご苦労」
それだけ言われまた兄上は報告書を見つめなおしている。
私は少し寂しいと感じ市ねえ様やお犬に会いに奥へいったが習い事の最中ということで城を出て紀一郎の工房へと向かった。
中にはいると鍛治の熱でムッとしておりこちらに来て雇った弟子たちと色々試行錯誤を重ねているようだが、尾張で手に入る鉄は粘りが少なく鉄砲にはあまり向いてないと嘆いている紀一郎に、丹波で師匠が採掘を始めた鉱石を今回譲ってもらいそれで試作を作るようにと伝えるため寄ったのだが声をかける事も出来ずしばらく作業を見守ると自分の館へと引き上げた。
この頃から慶次郎がうちの方が気楽に出来るということで、表向きは私の護衛と武としての守役と言うことを一益に伝えて来たらしい。
私は酒を飲んで和歌を歌っている慶次郎の前にたち、
「私のまわりには歌舞伎者だらけなのだろうか、それととうとう前田家に養子に出されたみたいですが義父は心配しているのでは、」
そう言うと私をまっすぐ見て、
「やりたい事を後悔なく、人の目も気にすることなくそんな生き方を貫いていきたい。」
そう言いながら大笑いしながら、
「一益も前田にいれたのはいいが家に寄り付かず歩き回ってると怒っている。養父は気にしないでいいと言ってくれるのだがな。」
そう一緒にいたずらをしたときの顔で私に言うとまた酒と和歌を続ける。
私は自室に戻りこれから戦いの場に実際出て戦い抜くことが出来るのか、それともこの信照と言う信長の兄弟であるが歴史の表に出てこない状況で終わるのかをぼんやりと考えながらいつのまにか寝てしまった。