出奔と重篤 そして吉野太夫
駿府に戻ると工事は続いており伊奈が川の流れを変えようとしており報告のため私と共に家康の元へ向かう、
「秀吉の下につくべきではない、小牧でも勝てたではないか」
「秀吉殿の力は我らを圧倒しており何れは敗れる」
「敗れる理由はその方の臆病でないか」
「感情論で言うものではないでしょう、考えてみてくだされ」
主戦論者の武将である義兄や忠次と和平論者の数正との間に激論が繰り広げているが主戦論が体制を示し始めており数正は苦しい現状に悩まされている。
今日も大広間に集まり話していたが数正の顔色はさらに酷くなりつつあった。
「今日は他の者にも聞いてみようと思い呼んだ、秀吉とどうするかだ」
家康は次男秀康を人質に出したが自分が上洛すると言う事は臣下に入ると言うことで当然良い顔はせず返事を先伸ばししている。
大久保一族は、
「我らは徳川以外如何なる者にも従臣せず」
そう言って忠世が発言をする。
やはり武将は徹底抗戦をと息巻き、色々聞いていき最後に私にふられた。
「私も易々とは臣下に入る事は良いとは思えませんが、ただ・・・」
「ただとはなんだ忠実」
義兄の忠勝が聞いてくる。
「ずいぶん前からの長雨で収穫は不作であり、さらに小牧での戦いにより徴兵された農民がいたため土地があれ放題になっております」
何となくだがわかっていた武将はやな顔になる。
「このままいけば、そう甲斐の武田の頃と同じ様な事になり徳川家の屋台骨を揺るがしかねません」
「ならどうする具体的には」
「簡単には従臣せず譲歩に譲歩をかさねさせれば、発言権を確保すると言う意味で秀吉から何かしらのを引き出したいと」
「何を引き出す忠実」
次第に皆が熱くなるのを冷静に見つめ、
「あっと驚く事、そうですね自分の母親位は人質にと言うてくるでしょうから」
「自らの母親を差し出すと言うか」
「忠勝殿が驚かれるのですから、他に驚くことをしてくると思いますがそれを引き出して従臣をすれば良いかと」
「それでは天下は秀吉の物になるではないか」
皆の気持ちを代弁してくれる忠次に感謝しながら、
「秀吉の天下は1代かぎりでしょう、子はおらず秀勝や秀次等の世間知らず、弟はおりますがそちらも子がないですからな、跡継ぎが居なければおのずとと言うことでしょう」
「我らの跡継ぎはおるが家康様がおられなければ同じではないか」
「だからこそ健康に留意して長生きをお願いしています」
そう言うと家康は静かに頷く、
「とにかく戦う姿勢は崩さなくてもよろしいが、戦えばどうなるかと言うこともお考えくだされ」
そう言うと皆は納得して大広間には重臣が残った。
「正信どうか」
家康は最後に正信に聞くのが何時もの事で、
「粘り強くと、後は誰かに秀吉を操らせればと」
それだけ言うとまた静かに見つめるだけとなる。
「操るのには信用させなければならんどうするか」
忠次は正信の案を入れるが誰いと言うところで考えてしまう、
決まらずにそのまま解散となり二俣城に戻り過ごしているとすぐに浜松へ来るようにと連絡を受け向かった。
「数正が秀吉の元に出奔した」
わかってはいたがこんなにあっさりと思いつつ、家康と正信と数正の間で何かしら話し合いがあったのかと思いながら大広間に座る。
数正が出奔したと言う話で武将は裏切り者と言い殺気だっていた。
家康が座ると忠次が、
「この様なことが起こるとは、悩んでいたとはいえまさかと」
「そうだ、そして何より数正は徳川の軍法に精通しているため変えなければならないが」
「忠実殿がおられる」
そう言われ、
「織田の軍法では秀吉も知っておりましょう。直政殿の配下に武田の旧臣が多数おりますので武田でしたほうがよろしいと思います」
赤備えを配下におく直政を推薦するとすぐに決まり変更を忠次と正信に任せると言いあわただしく再編を行うことになり、それにあわせて本拠地を駿府へと本格的に移すことになり町割りを伊奈と行った。
「久しぶりだな、ご無沙汰している長老よ」
駿府の河原にいる民の長老に挨拶をする。江戸に移るのはそう遠くないとはいえ天下を取った家康の城となるのだから基礎工事は確実にと言うことと町作りに欠かせない人の出入りの警戒を頼みに来た。
「我らに他から来た者の警戒をせよと」
「徳川家の家臣も警戒に当たるが慣れてはいないから、見つけた場合は侍に言うか我らの配下に言ってくれればこちらで対応するから、それでいくつかの皮やその他の物の独占をいただいてきている。どうかな」
そう言うと長老は、
「一族に関わる事なので数日いただきたい」
私は同意して返事を待つことにした。
「ごめんくだされ、中根様はおられますかな」
館にいると長老が一人の男を連れてくる。百地が珍しく緊張した面持ちで私の前に現れたので、
「害すわけではなかろう、館の周囲で警戒してくれ、なかは気にしなくて良いよ」
そう言うと頭を下げて百地はいってしまった。
居間で待っていると二人が来たので茶室に移動して茶をたてる。
「中根様お待たせしました。一族を代表して返事をいたしたく連れて参りました。」
その男を丁寧に紹介しようとするのを止め、
「貴方が誰だか当てたいが良いかな」
そう言うと男は少し微笑み頷く、
「当たったら、主家が滅んだら私の配下になること」
そう言うと顔色も変えず頷く、
「その方は京の吉原で見かけた、姿は百姓の野菜売り」
男は反応せず聞いている。
「百地に追わせたが吉原の外に出ていつの間にかまかれたと報告があり、今回もなにかを感じたようで離れて警戒をするように伝えた」
そう言って私は笑いさらに、
「吉原の総名主も長老も海の向こうから渡ってきた子孫と思うている。そしてその棟梁は小太郎かな大男で牙が生えてる」
そう言うと目だけが少しだけ鋭くなる男、
「まあ私の想像だからな何を証拠にと言われてもない、とにかく余計な者を駿府に入れたくない伊賀もいるが対外的なことで手一杯、表向きは百地の配下として振る舞えば良いが任せる」
そう言うと嬉しそうな顔をして、
「確かに主はおりますが滅ぶとは思いませんがそうなった時には、ここは我らにお任せを、敵対をしない限りは余計な者を入れぬようにしましょう」
そう言って名前を明かさず立ち上がり長老と帰っていった。
「お帰りになられましたか」
百地がホッとした顔でこちらに来る。
「何れは同輩となる忍の棟梁だ、ただし北条が真田にちょっかいをだしたときは気を付けよ」
そう言うとピンときたのか頷いて消えた。
なかなか楽しい事であり嬉しく過ごしていると秀吉が関白に任じられたと言う知らせを受け家康の呼び出しを受けた。
「秀吉が関白に任ぜられた、忠実よどう思うか」
忠次に義兄、正信が一緒におり私を待っていた。
「私の考えですが1つは源頼朝から続いた武家社会を関白と言う権威で押さえると言うことと、お上を意のままに操り関白に連なる役職を与え従わせる」
「そして何より内裏は武力的な力はありませんがそれ以上、そう人を威風させるものを持っており水のみ百姓からここまで上がったと言う宣伝と、自分は何時までたっても水のみ百姓と蔑まされるのを嫌っていると言うことでしょう」
「そしてこれが秀吉の問題となるのではと、武家の棟梁としてではないためでしょう」
そう言うと義兄が、
「徳川にとってはどうなのか」
「秀吉が亡くなれば意味をなさないと言うことでしょう、とにかく内政を行い秀吉の散財を横目で見て倹約して時を待ちましょう」
忠次が、
「しかし忠実殿は先を見通すような言い方をされる。ふしきじゃな」
そう言われ笑いながら、
「兄に鍛えられましたし、秀吉も信長を越えたいと考えていますから」
「何度か会ったがあのすごさ考えは今でもついていけないからな」
忠次は信長をだすと納得してしまい皆を苦笑させた。
年が明け秀吉からのあっと言わせる提案が出される。異父妹をわざわざ離縁させ家康の後添えにどうかと言ってきた。
「忠実が言っていた驚くようなことか、よもや離縁してわしの所に輿入れさせるとは」
家康は呆れたように言い忠次がどうするかと聞くと、
「受けねばなるまいが、上洛はせぬ」
「それでは忠実殿が言っていた秀吉の実母が来てからと言う事でしょうか」
私は頷き、
「娘の様子を確認するためとでも言ってくるでしょう」
「康政(榊原)に使者として向かわせる。忠実は京で情報を集め知らせよ」
こうして婚儀が決まり秀吉の統一が大きく一歩を踏み出した。
私も途中までは随行の一員として向かうので利照に準備をさせていると忠次から内密に来てほしいと連絡があった。
急いで向かうと静かにと言われ奥へと連れていかれ部屋の中へと通された。
「実は殿が体調不良で寝込んでしまっているのだが汗をびっしょりおかきになり意識も混濁してる」
そう言われ寝所に連れていかれると危険な状態であり医者に見せたのかと聞くと、
「見せましたが殿は薬を飲もうとせず、自分で準備したものを飲んでおられました」
私は布団を剥ぎ取り脈をとると不整脈であり何処が痛がっていたかと聞くと背中と、肌着を脱がせ背中を見ると肩甲骨と背骨の間に見てもわかるほどの腫れ物が出来ておりそれが熱を持っていた。
「忠次殿、これを取り除かなければならないが私が行うしかなかろう」
「忠実殿が出来るのですか」
忠次が驚くので、
「3年ほど前に自分がかかり配下の百地に切除してもらった。そして一昨年利照が同じようになりその時には百地が不在で私が行いました」
「それでは百地というのは」
「おりませぬ上方に行かせましたから、なので助っ人を呼びます」
そう言うと百地の配下に河原の長老へあの男を呼んでほしいと言い、水と塩を侍女に持ってこさせ人つまみ冷ましたお湯にに塩をいれ家康に飲ませた。
一刻きっかりに部屋の外に気配がして忠次に開けさせると小太郎が座っていた、
「はいれ」
中へ入ってくると持ってきたものを並べる。忠次にはお湯を持ってこさせ家康の体をふき蒸留したアルコールで患部をふくと小太郎が渡してきた布で家康の口を塞ぐとしばらくして寝息をたて始めた。
「入るぞ」
義兄である忠勝が入ってきて静かに部屋の端に座る。
私は患部を押さえ消毒された小柄で患部を切った。
忠次がなにか言おうとしたが義兄が小さく咳払いをする。
私は自分の体から取り出されたのと同じものを見つけゆっくりと切り剥がしていく、家康の患部に刃を立てる度に忠次は小さく声をあげ睨まれているが、実際それどころでなく成功を思い浮かべながら取り除きアルコールで消毒をして患部を閉じ布を当てて押さえ包帯を巻いた。
「しばらくは患部を見るのと綺麗にする。数日は詰めて様子を見ます」
忠次はホッとして義兄からは、
「頼む」
そう言うとまた静かに部屋の隅で座った。
目を覚ますと家康は痛みを感じているが落ち着いた声で、
「忠実か、痛みはあるが良くはなった、しばらく寝る」
そう言って塩入の白湯を飲むと寝てしまった。
さらに数日は患部を消毒して一週間ほど遅れて京へと向かうことになった。
「忠実よ感謝するが次回は説明を頼むぞ」
家康からは釘をさされ頭を下げる。
「もし何かあれば如何いたしたか」
家臣から声が上がるが義兄が、
「もし殿に万一があれば義弟とともに腹を」
そう言って切るような行動を見せると黙った。
「殿には自己でするのもよろしいが程ほどに」
正信がしめてくれ、褒美をいただくと京へと旅立った。
「義父上、あの者は誰でしょうか」
利照が今日へ上がる途中で私を挟んで百地の反対に男がおり陽気に付いてくるのを見つける。
「百地の知り合いで小太郎だ、京に一緒にいくらしいぞ」
そう笑って言うと百地は顔色を変えず、小太郎は笑いながら頷いた。
「了解です。しかし関白になりすごい勢いですがまだ長宗我部や島津、北条等がおり早々に決着はつかないのでは」
「動員する兵力が違いすぎる、秀吉と毛利そして宇喜多でどのくらい出陣させると思う」
利照が、
「7万程では他のところの押さえも必要でしょうし」
小太郎も頷く、
「秀吉だけで10万、毛利で2万、宇喜多とその周辺で2万、合わせれば14万は越えると考える」
「それほどとは、しかし補給が続かず短期で撤退と言うことには」
「兵糧を集めさせて送り込めば関係なく戦えよう、農民と武士を別ければ食料の安定と常時戦える兵を持つことが出来る。これからは大軍と兵糧を送り込む専門が現れよう」
そう言うと利照は驚きながらも小太郎はいまいちと言う顔で歩いていた。
「おかえりなさいまし」
吉原に到着すると店の者総出で出迎えてくれる。数日前に徳川との和議が整ったと言うことと、秀吉の妹が家康へ輿入れすると京では戦乱が遠のいたと言うことで明るい雰囲気だった。
「康政に到着した事を伝えてくれ」
百地に頼み公家の館へと挨拶と共に贈り物をする。
「慶次郎はまだ帰ってこんのか、戻ってこいと伝えてくれ」
公家の中でも和歌等で慶次郎は京にいる間出入りしていたのでさみしがられており、顔を出す度に言われ数年すればと言いながらお茶を頂く。
「しかし徳川さんも年増というかあの様な嫁を貰うとは関白の親戚と言うことで納得しましたかな」
「飛ぶ鳥をも落とす勢いですから水面は波たてずですかな」
「まあぎょうさん金をばらまいておるからこちらとしては何事もなければと言うことですから」
秀吉の金のばらまきには公家も下銭の者としているが金の力と言うのは表立っては効果は出ていると思いながら吉原へと戻ると、康政からは数日中に婚姻の行列が出発することを伝えており大阪から京の間で隊列に入るようにと伝えてきたので大坂に向かった。
「相当せかされておる」
康政が顔を会わせるなりそう言ってくる。
「京でも徳川が上洛して来ると言う期待感が大きいから焦っておるのでしょう」
「それで殿は上洛されないのは変わらぬと言うことだな」
そう言われ頷くと、
「忠実殿に色々してくるであろうが任せる」
そう言いながらお互い笑った。
翌日浅野長政が朝日姫の行列を指揮するために待機しているところへ合流する。
「忠実殿こられたか、浜松まで一緒かな」
金山を一手に管理している長政とはいくつかの金山等で、清洲会議での期限つきの採掘を認められている件をよく話し合っていたので気さくに話しかけてくる。
「いや、京までという指示でよろしく頼む」
そんなことを話していると秀吉に連れられた朝日姫が現れる。
「幸せになるんじゃからそんな顔するでない」
秀吉は妹をなだめているが不安な妹は泣き出しそうになっている。
困っている秀吉は私を見つけると朝日姫を連れてきて、
「このお方はのお信長様の弟で信照殿じゃ、ねねもよくしっておるし母親も知っておる。何かあれば相談するが良い、なあ信照殿」
いつもと違い私のよいしょとともに都合よく責任を押し付けてくる。
「朝日姫様、ご安心ください。家康様も喜んで来られるのを待っておりますから」
女子供には罪はないので優しく声をかけると、
「信長様の弟様ですか、何時も話に出てました。そんな方がそばにいてくれるのですね、ありがとうございます」
そう言って輿に乗った。
「妹を朝日を頼むぞ」
「女子供には優しいですから、何不自由なくお届けしたいのでそれなりにお願いします」
そう言うと秀吉は笑い、
「相変わらず商人のようなやつよのう、わかった吉原に送るように佐吉に言っておく」
金を暗にくれるように言う事で秀吉の警戒を多少は和らげられたと思いながら動き始めた隊列の輿の横に並び、朝日姫が不安にならないように話し相手になったり、道中の名物を取り寄せたり、美味しいというなら母親の大政所にも贈りましょうと言いながら道中を過ごし浜松へと到着した。
表面上家康は笑顔で迎えており朝日姫も安堵した表情で浜松へと入った。
長政が、
「関白からは、これで家康殿と義兄弟になることが出来た一日も早く顔を見せてくれることを願う。とのことです」
上洛を促す、
「関白殿には色々なこと痛み入ります。体調も優れずなかなか難しきことと考えております」
そう返答をされ長政は何か言いたそうなのを我慢しながら、
「徳川殿とは末長く和を結び再びこの地に戦がなくなるようにとの思いにございます」
「それは我らも同じ関白殿にお伝えくだされ」
そう言ってお祝いの席になり普段は質素だが秀吉から文句を言わせないため豪華に行った。
私も秀吉のつけで灘の酒や各地の名産を送り込みお祝いの雰囲気を盛り上げた。
二日後に長政が戻ることになり指名され上方に戻ることになる。
金山のこと等を話ながら次第にじれ始め長政が珍しく声を荒らげ聞いてきた。
「徳川殿はどの様に考えておられるのか、関白殿下は朝日姫も輿入れされたのに未だに上洛をする気配はない」
少しだけ悩ましい顔をしながら、
「話にあった通り背中に腫れ物ができてしまい切開して取り除いたから長旅は無理というものだ」
「失礼ながら本当なのでしょうか」
「私が切除したからな、その事が一部の重臣しか知らないと言うのでどれだけ内緒にしていたかがわかろう」
「なんと報告をして良いのか落胆しましょう」
長政はため息をつくと、
「それと気になったのですが農作地が大分荒れているように思いますが」
さすが長政と思いながらも、
「長雨が近年続いており難儀しているがお天道様次第だからな」
そう言って相変わらずどんよりと曇っている空を見上げながら尾張そして岐阜を通り京へと戻った。
しばらくは公家の茶会に出たり過ごしながら集めた情報を家康の元に送る。それ以外は吉原で子守りをしており利照が、
「義父上もそれが一番楽しそうですね、生き生きとしておる。まきにその事を手紙で知らせましたら父上らしいと言ってましたぞ」
「まあ楽しませて貰っているからな、父親はわからんが将来なんになりたいかが面白いぞ」
吉原の一番角にある長屋は赤ん坊の泣き声と子供の笑い声が沢山あり、花魁から女郎等の吉原の女達が産んだ子供で父親は当然解るはずもない子供がいる。
花魁もここでは母でありその姿を見るのが好きで通っているうちに子供たちになつかれ学問等を教えている。
「飽きたよう、じじさま」
一番年長の力丸が何時ものように畳に大の字になり駄々をこねる。
「あきてしもうたか、弟たちは頑張っているが何がしたい」
そう言うと何時ものように起き上がり、
「としにいに稽古をつけてほしい」
そう言うと立て掛けてあった竹竿を担いで吉原の中にある境内に飛び出していき、
「利照頼むよ」
そう言うと少しはにかみながら嬉しそうに、
「義父上が言われるのでしたら」
そう言って後を追った。
算術や字の書き方読み方を教え終わると境内に顔を出す。
そこでは必死に竹竿を振り回す力丸と隙があれば吹き飛ばす利照がいた。
幼い子供は遠巻きに座ると、
「兄ちゃんがんばれ」
と、声援をおくり羨望の眼差しをおくっている。
「これでどうだ」
力丸は渾身の力で突き入れた。
中々と思っていたが利照は簡単に払い上げ次々と突きを繰り出して竹竿を撥ね飛ばした。
「やっぱ兄ちゃんつええよ」
力丸はその場に座り込み利照を見上げる。
「掛け声もいらんし余計に力を入れすぎて遅くなってるぞ」
そう言うと素直に頷き竹竿を持つと再度挑んだ。
「男の子は元気が一番ですなあ」
後ろから鼻をくすぐられる良い匂いと共に声をかけられ振り向くと吉野太夫がおり座っていた長椅子の横に座ってくる。
「利照も嬉しそうにしている。孫が未だだだからな」
「忠様もお年をめしたと言うことでありんす」
嬉しそうにしている花魁に年と言われたので耳元に口を近づけ優しく息を吹き掛ける。
「何歳になっても忠様はちごですえ、そんなことしらはるなら表に呼んでくれれば良いのですよ」
「最初のがら面倒で面倒でな」
そう言われ嬉しいが照れ隠しに言い返すと、
「いけずやわ、それなら力丸が利照様に当てたらよろしゅうに」
そう言って一方的に決められるが笑って頷く、今の力量ならまず当てられる事はないと思いながら見ていると不意に吉野が、
「利照様」
そう言いながら私の顔を両手で包み顔を近づけると唇が触れた。
「花魁」
吉野についている禿が慌て、
「やった当てたぞ」
力丸の声が響いたが私は吉野の甘いものに吸い寄せられ離れていくのを惜しく感じながら驚いている利照に、
「未熟者め、しばらくは二俣に戻りまきと一緒にいろ」
そう言うと慌てて謝罪してきた。
「茶屋に言っておく、何時が良いか」
「今日」
私は笑って頷き吉野は禿をつれて戻っていった。
「忠実様が吉野太夫を、そうですかそうですかようやく」
店主に頼むと嬉しそうに準備をしますので水浴びでもしていてくださいと言われ指図通りしていく、
時間になり部屋の下座で待っているとふすまが開き新造や禿を連れた吉野が入ってきて、改めて見る花魁の美しさに年甲斐もなく心踊らせた。
吉野太夫は昼間と一変して静かに座っており、何故か私のとなりには小太郎と体の小さい老人が嬉しそうに座っている。
「忠実殿陽気に参りましょうか」
京に到着して始めて声を出したんじゃないかと言う小太郎と老人が立ち上がりくねくねと関節を動かし始め席にいた太鼓持ちや笛も知っているかのようにかなで始めた。
陽気に踊り私もこの場に何でいるのかと言うのを忘れ踊る。見よう見まねで操り人形のような動きで次第に早くなるテンポに体がついていき悲鳴を上げ笑いながら最後は畳の上に転がった。
息を整えながら吉野太夫の事を思いだし上座は上かと覗き見上げるようにすると、
「花魁」
禿や店の者が驚き気がつくと頭を吉野の膝の上にのせられ、
「楽しそうでうらやましい」
確かに兄がなくなってから楽しんでいたことはなくここまで充実した感じは久しい、
「久しぶりだな兄上が信長がいた頃はこんな事もあったんだが、ありがとう」
そう言うと吉野は花が咲いた様な笑顔で上から見下ろし、
「お側にてもよろしいですか」
「おう、死ぬまでな」
そう言うと店の主人は驚き右往左往、禿や新造も驚き悲鳴を上げる。
「こんなおっさんがな、何処がいいのやら」
小太郎は大笑いをして老人が、
「吉野よ幸せかい」
そう言うと嬉しそうに頷き、
「ようやく知っている人に出会えましたから」
そう言われなんのことかなと思いながら長老が、
「お金は関白さまからいただいておるから問題あるまい」
店主は頷いた。老人は今さら気がついたように小声で私に、
「前の総名主郎斎と申す、吉野のこと末長くよろしく申し上げる。ただしわしは死んだ男だからな公然の秘密じゃがな」
人懐っこい顔をした老人は舌を出しててれながら、
「あの子は苦労したからな、びるやでんしゃやてれびもないと連れてこられた時には大変だったのさ」
そう言われて自分と同じ立場と言うことがわかり吉野を見て、
「大変だったな、もとには戻れないと思うが私が面倒を見るよ」
そう言うと吉野は大粒の涙をため嬉しそうに、
「はい、末長くよろしくお願いします。釧路です」
懐かしい町の名前がでて私も、
「東京の山手だよ」
そう言うと何度も頷きいとおしそうに顔を撫でてくれた。
吉野太夫が見受けするという話は瞬く間に吉原、京じゅうに広がり身請けの日を迎えた。
店の前には最後を人目見ようと沢山の人が溢れかえっており、私は通りの一番終りで輿と共に利照と吉野を見続ける。
足の内側を地面に擦るような独特の歩き方で進む、次々と掛け声がかけられ盛り上がっている途中で十字路の横から武士の一団が割り込んできた。
「鉄砲を」
手を出すと3匁の鉄砲を百地に手渡され火口から火縄に点火して構える。
「義父上、花嫁を迎えるその日にそれは」
そう言うと利照は武士の集団に走りだし、私も百地といつの間にか怒りを表に出している小太郎が両脇を守ってくれており利照に続き武士と吉野の間に入り込んだ。
武士は秀吉の家臣なのだろう、派手な出で立ちにごう慢な顔つきでこちらを見ており利照が進み出ると、
「本日は吉野太夫最後のお姿、誠に申し訳ないが往来を空けていただき見守ってください」
そう伝えるが笑ってどこうとせず、
「けしからん、ここは天下の公道、誰の許しをえてしている」
先頭の鷲鼻の男が利照に言うと後ろの男達も、
「そうだそうだ」
と声を上げた。
禿は小さく悲鳴を上げかけたが大切な日と思い我慢をする。
「お前は何処のいなか侍だ言うてみい」
「徳川家家臣仲根忠実が配下前田利照」
そう言うと笑いながら、
「徳川だとなおかつ陪臣(家臣のまた家臣)とは片腹痛いわとっとと消えろ」
そう言いながら刀を抜いて利照の頬に軽く切りつけさらに、
「そこの女、よく見ればかわいい顔をしているのう、そこの飲み屋でしゃくをせい」
そう言われて小太郎がぎりぎり押さえていた殺気を少しずつ出してきたが武士は気がつかない、
「吉野すまん」
そう言いながら私は居合い抜きで刀を抜いて鷲鼻の隣にいた肥えた体格の武士の首を跳ねた。
悲鳴が上がり利照は鷲鼻の男の両腕を両断し、小太郎も刀を抜こうとした武士の首を跳ねる。
刀を抜く前に切り伏せてると残った武士達はあわてて、
「待ってくれ、かぶいただけなんだよ抵抗はしないから殺さないでくれ」
そう言って後ろに下がりそのまま逃げていった。
「義父上無事で」
利照がかけより倒れている秀吉の家臣だった男たちの骸を見下ろす、
「忠実様、ご無事で」
吉野太夫も近くに来てほっとした顔で私の顔にかかった血をぬぐってくれた。
「百地、確か秀吉が聚楽台というのを建設中だな、そこで迎え撃ち華々しく最後かな」
私が笑うと百地は京においてある武器をすべて集めるために消え、吉野太夫を輿に乗せると建設現場へと向かった。
「中々の者を造るようだが利用させてもらおう」
聚楽台へ到着すると制止を振り切り建物の中へと入り転がっている木材を積み上げて防備を固める。
いつの間にか吉原の男達や小太郎の配下らしき男も混じっているが気にすることなく次々と運び込まれる鉄砲などを準備した。
吉原の女達も炊き出しなどを始めており明るくはしゃぎまわっていた。




