元服とかぶき者
一週間後、無事に津島に到着し湊へつけるとなんと兄上が待っており、
「ちご戻ってきたが、ご苦労だが早々に鉄砲を見せよ」
そうもどかしそうに兄上は駆け寄ってきたので箱の中の1丁を渡すと、
「鉄砲は三匁目を、二百丁購入し百丁を先、残りは来年春の納入です、火薬も早々に使いきれない量は確保し順次中根の船で回航します。」
受け取り満足したのか頷き、
「ほう、ちご予想以上ではないか、あとの細かいことは戻って聞こう」
そう言って馬に乗り駆け出していき、それを見て嘉隆がよって来ると、
「あれがうつけか、格好はうつけだが普通に話すじゃないか」
そう驚いた顔で信長の姿を追っていく。
「兄上は鬼でもうつけでもないよ、すごすぎて重臣はついていけないことがあるから、その言い訳がうつけさ、ところでいい加減戻らないと兄貴も実家から言われませんかね。」
そう返すとまだまだ帰るつもりはないのか、
「そのまま津まで乗っていって迎えに来てもらうさ、お見上げもあるし妹に」
と嬉しそうに懐から桐箱を取りだし大事そうに見せてくれた。
爺が来て
「鉄砲と火薬類は織田家に引き渡したが生糸はどうしますか。」
少しお金が余ったので生糸を今井からお詫びをかねて格安で譲ってもらったのを爺から言われたので、
「小袖を四着作るからそれ以外は爺に売って貰おうかと、それとそのお金で生糸を堺で今井殿には話は通しているので買い付けてほしいのだけれども。」
そう言うと嬉しそうに爺は頷き、
「それではこれから津に戻りそして駿河の今川様に行きますのでそこでお売りするようにしましょう、かなりの高値で購入していだけると思いますよ。」
普通なら敵国に売るのはいいとは言えないが高値で売れると聞いて、
「爺にまかせるよ、それともうひとつお願いがあるのだけど。」
「なんでしょうか、何か悪巧みでもと言う顔がいたについてきたような、母親ににて美しい分目立ちますぞ。」
そう言われ、、
「そんなに顔つき悪いかな」
自分の顔をわざと引っ張りながらお願いを話ず。
「以前、爺から聞いた渡りの金掘衆にお願いしたいことがあるのだけれども、訪ねにこさせてくれないかな。」
そう言うと爺は少し考え、
「そのようなことなら一ヶ月ほどで連絡がつくので行かせましょう。それでは津へ戻ります。小十郎様の今回の働き目のみはるほどの活躍爺は嬉しく思いますぞ。」
そう嬉しそうに笑顔で言ってくれたので丁寧に、
「爺には色々世話になり、爺がいなければここまでうまくはいかなかったありがとうございます、それと伊勢屋にこの手紙をお渡しください」
そうこうしているうちに荷物の運搬も終わり、爺と嘉隆を乗せ船は出ていった。
私は手伝ってもらい馬に乗ると、紀一郎夫婦をともない鉄砲を積んだ荷車の後について那古屋のお城に向かう。
城では知らせを受けていたのか平手の爺が待っており受けとると、鉄砲と火薬を城のそれぞれの倉にいれ、久し振りの我が家に戻った。
元々母親の中根氏が小十郎を生んでから住んでいたが、今回水野に輿入れが決まったために城に移動してしまって住み込みでいる嘉兵衛と加代の夫婦が寂しい顔が喜びに変り迎えてくれる。
「ただいま戻りました。二人とも元気そうで何よりです。こちらは紀一郎夫婦大切な人だからよろしく頼むよ。奥の母が使っていた部屋を使ってもらってください。」
そう言うと嘉兵衛が嬉しそうに、
「小十郎様おかえりなさいまし、随分と黒くたくましくなられましたな、母上様がお城に上がり寂しく思っていたところにございます。そしてようお越しくださいました、嘉兵衛と妻の加代でございますれば何かあれば遠慮なく申し上げくだされ。」
そう言うと、
「紀一郎でございます、しばらく厄介になりますがよろしくおねがいします。」
挨拶もすんで夕食の間に城へ上がりと思っていると外が騒がしくなり兄上が来たなと思い玄関先で出迎える。
「ちご遅くて来てしまったわ、加代のご飯を食べながら話を聞こうぞ。」
そう言い嘉兵衛に馬を預け中へ入っていく、
茶室で兄上と私、紀一郎夫婦そして嘉兵衛が揃い食事の前のお茶を兄上がたてて無造作に私の前に置きながら、
「ちご、こちらにいるのが知らせてきた紀一郎夫婦か」
そう横に控えている夫婦に目をやるので、
「そうです鉄砲があっても直すものがいないと駄目なので、製作技術の伝播と共にお願いしてつれてきました。」
兄上は頷き、
「そうかちご見事だ。紀一郎その方百貫で召し抱え家と作業場もいずれ町に区画を作る。」
紀一郎夫婦は頭を下げて、
「ありがたき幸せにございます、私の力の及ぶ限り仕事いたします。」
そう言うと兄はこちらへ顔を向け、
「他の報告は」
そうすぐに相変わらず切り替えが早いのはいつものことなので、
「根来寺の津田殿に鉄砲の師匠なっていただきその縁で弾と火薬の供給をしていただく予定ですが一年後になると思います。それと余った資金で生糸を購入しそれと津の木綿や針等をつかい資金稼ぎをします。津の伊勢屋と堺の今井殿で売り買いをしてもらい利益で火薬の購入に当てたいと考え、それと生糸を、土田御前様と中根氏、市そして犬様のために小袖をと思い持ってきております。」
そう端的に一気に言い切ると、
「そこは任せる、母上に関しては信行のいる末森の城がいいといって移動したので持っていってやれ。他は明日城へあがり渡すように。」
そう頷く兄上に、
「わかりました、それと鉄砲はいかがお使いしますか」
兄上は少し考え、
「佐々と塙に任せようと思ってはいるがその方が目付をせよ。来年には松葉・深山を攻め落とし清洲を取るぞ、それでその方の今回の功をして元服し信照とする。」
そう一気に決め急に元服と言われてしまい驚いたが兄上らしいと思いつつ、
「わかりました信照、兄上のために働きます、と言うか元服でさらにこき使うつもりですね」
ちらっとこちらを見てにらむと、
「ちごが動きやすいようにしているだけであり、三百貫暫くは鉄砲目付以外は無役だ、元服の義は平手の爺がうるさいから来月頭とする。」
そう一気に言うと自分でさしていた脇差しを私に放り投げおでこに当たり涙目で慌てて受け取る。
「わかりました頑張ります」
そんなこんなで居間へ移動し夕食を食べながら旅の話をし、いずれ伊勢屋等に会うことを希望し帰っていった兄上であった。
一気に色々あり考えすぎて疲れたのでその晩はいつ寝たかわからないうちにぐっすり寝てしまった。
翌朝、紀一郎と鉄砲をもち馬にまたがると城へ向かう。
まずは母上に挨拶とお見上げと爺との旅の話をして元服の事を話て喜ばれたあと、市と犬がいる部屋に入った。
「お市、お犬元気ですか、今日はお見上げで生糸お持ちしましたこれで小袖を作ってください。」
そう言うと兄上ににて鼻筋のとおった美しい顔のお市ねえ様が、
「小十郎にいも久しぶりですね、最近全然来てくれなかったので犬とお待ちしてました。」
私は頷き目の前に座ると、
「所用で堺と言う所に行きましたのでそのお見上げをかねてなんです。」
そう言いながらお見上を目の前に出すと嬉しそうに受け取り、
「小十郎にいはいいです、市は城からもなかなか出られませんしつまりませぬ」
「つまりませぬ」
とまだ私よりも小さなお犬が真似してきたので大笑いしながら一同和やかに過ごし、また後日と言うことで急ぎ硝煙倉に移動する。
紀一郎と共に佐々と塙を待っていると不満そうな顔をした二人がやって来て、
「佐々でございます、信照様元服おめでとうございます。殿から鉄砲の取りまとめをしろと言われましたがこのようなもの使い物になるのですかな」
そう不満そうに私を見るので、
「お役目ご苦労、確かにこんなものがと思われるがまずは見ていただこう。」
そう言い、弓道の場所に紀一郎が木の板を二枚重ねて立て掛ける。
距離は二十間(約30m)の距離で自分の鉄砲独自の支え棒を立て狙いを定め搾るように撃ち放った。
轟音と煙と共に板の表面がはじけとび、あまりの音に佐々はその場に座り込んでしまう。
紀一郎が板を回収して見てみると、板は一枚貫通し二枚目の途中まで入り込みとまっており、その威力を見て二人は使い方を教えてくれと言い私は苦笑しながら頷いた。
鉄砲を二丁持ってこさせそれぞれの専用にと言い、毎日持ち歩きなれるように伝え基本的な使い方は紀一郎に教えてもらうように伝えると、自分はその横で師匠から習ったとおりに二分間に一発位の割合で半時ほど四十間で撃つ練習をして自宅に戻った。
戻り顔についた火薬を洗い流し居間に入ると佐々が紀一郎とおりあれやこれやと話しており、
「信照様お邪魔しております、鉄砲のことでお聞きしたかったことがありまして紀一郎殿にお聞きしてました。」
私は嬉しく思いながら、
「全然構いはしないよ、気にしないで話してください。」
そして自分は、縁側で鉄砲を分解し掃除を始める。
それをチラチラ見ながら佐々は火薬のことなど熱心に聞いていると、やがて夕飯になり何故か佐々も帰らず座って食べ始める。
佐々は食べながら、
「信照様、色々聞きましたが火薬と弾は高価なものなのですね、あのように練習をしているとすぐなくなってしまいそうです。」
そう言われ頷き、
「確かに南蛮からの貿易でしか入らないものもありますれば上手く練習ができないと思います。そこは私が切れないように何とかしていくので佐々殿においては一日も早く鉄砲で武功をあげてください。それと一部材料は作れるのでそれも手伝っていただくことになります。」
そう言うと安心した顔で、
「わかりました、殿の期待を裏切らないように行動させていただきます。それと足軽ですが候補を三百人ほど集めて明日城へ来るように申し付けてます。その辺りのもお願いします。」
こうして佐々とこれからの事を話しつつ夜が更けるまで話は続いていった。
翌日、早朝から城に向かうと佐々の前に足軽が並んでおり、後ろから紀一郎と共に近づき空砲をそれぞれ少し上を向けて撃った。
轟音で足軽たちは大混乱してしまい中には腰が抜けたようで動けないものもいる。
私は佐々に昨日話したとおりまず目をつぶってしまった者160人を外し、残りで練習を始めようと言うことになる。
紀一郎と佐々そして塙は説明から始めている。
私は自分の練習をと思い、動くもの相手にと思いながら馬にまたがると尾張の外れに向かった。
途中見つけた鳥を撃ったりしながら(大半は当たらず雉が二羽だけ)山の中腹まで来ると風上に猪が芋を一心不乱に掘っているのが見える。
離れたところに馬をとめ火縄以外を準備し風上にならないように慎重に近づき四十間ほどになると火縄に火をつけ気がつかれないように棒を立たせ狙いを定めた。
狙いを定めると火縄の音か煙に気がついたらしく猪がこちらに突撃を開始する。
二十間を切ったところで頭に狙いを定めた鉄砲の引き金を引き、大きな音と共に猪は私の横を勢い良く通りすぎ馬がいる手前まで走って倒れてしまった。
私は大喜びで血抜きをして、近くの大きな木の枝を兄から頂いた脇差しで切り落とすと畑仕事をしていた農民を呼んで猪を乗せ枝と木を結び木を馬の鞍に結びつけゆっくりと里へと下り、そして城へ戻っていった。
私と猪の姿に大騒ぎしている町の中にはいると、丁度向こうから兄上と平手の爺、林など重臣がついてきており私を迎えてくれ、兄上は猪を仕留めた私を指差し、
「ちごが猪を獲ってきたぞ爺、これが鉄砲の威力だこれがあれば弱小といわれる尾張の足軽も強きものに勝てると言うものではないか。」
そう言われ平手の爺が苦い顔をして、
「殿の言うこと確かに一理ありますがその前に織田家の一門としての行動はいかがでありましょう。」
そう言うと兄上は笑いながら、
「相変わらず爺は真面目だな、せっかくちごが獲ってきたのだ少しは喜べ、これで今日はちごの元服を祝い宴をはろうぞ」
そう言い兄上は来た道を一気に城へ戻っていった。
私は一人残されまた猪をひきづり今度は町の人の噂になりつつ家に雉を届け城へ向かう。
加代が出迎えて猪に驚きながら雉を受け取り、
「小十郎さま、危険なことはおやめくださいませお館様と一緒にいると粗暴になり心配で夜も眠れませぬ」
「自重するよ加代に倒れられたら母上に怒られるからな」
そう言いながら城へと向かった。
城の台所に猪と残った雉を預け広間へ移動すると、重臣が集まり酒盛りを始めていたが、私が入ってくると左右によけ兄上の前まで道を開き、私は中へとはいると兄上が自分の横を示したのでそこへいくと重臣に向かって座った。
それを見て兄上は頷くと、
「ちごはまだ武功を立てていないが、その他の功はあり対外的にも元服を済ました方がいいと思うので信照とし鉄砲目付と商業を見てもらうことにする。土地ではなく三百貫を与えるいずれそれなりになったら城を持たせるそれまでしっかり勉強することだ、うたた寝はまだ許さん。」
ゆっくり部屋にこもりたいのは山々だが私は兄上の方を向き直すと、
「ありがたき幸せ、信照織田家を支えられるように頑張ります。」
目を細め兄上は頷き、
「与力を付ける、滝川一益鉄砲を使わせれば中々と聞く、それと滝川慶次郎利益、一益の甥で俺と同じうつけものだこき使ってやれ。」
そう言われまだ若いが中々の男であり実用一点張りの服装の男である。
私は兄上に一礼し、
「それでは鉄砲目付にやくにたってもらいます。」
それだけ言うと、猪鍋を囲み皆から祝いの言葉をもらいながら酔っ払い帰宅したのであった。
翌朝、城の鉄砲の練習を見に行くと一益と背の高い兄上並みの派手ないでたちの男が見ていたがこちらに気がついたようで挨拶をしてきた。
「滝川一益と甥の慶次郎です、信照様の与力となりましたよろしくおねがいします。」
私は利益と聞いて歌舞伎者の前田慶次郎と記憶から思い出し嬉しく思いながら、
「鉄砲と忍びの技が得意と聞きました、私はまだ若輩者ですどうぞよろしくおねがいします」
一益は苦労人のようで優しく頷いてくれると、
「わかりましたしっかり勤めさせていただきます、ほれ慶次郎も挨拶せい」
その男はめんどくさそうに、
「慶次郎ですうつけものですがよろしく」
そうあっけらかんと言い一益を慌てさせ、
「信照様になんと言うことを、あとでよく言い聞かせますので申し訳ございません。」
そう言われたが私は自分の部下になると言うことが嬉しく、
「いいよ特に気にすることでもないし、戦いが始まればお二人にお任せするしかないし来年は戦いが何度かあると思うからね。」
そう言いつつ一益には鉄砲の手伝いをさせ、慶次郎は護衛役としてどこにいくにもつれて歩いた。
そして正月が過ぎたある日縁側に座っていると、玄関から嘉兵衛の声が聞こえて、中根の手紙をもったお客さまですと言われたので通すように伝える。
「流れの金堀衆のにぶ(丹生)と言います、津の中根から言われ参りましたが、どのような用件でしょうか。」
そう言われ待ち人来るで私は嬉しくなり、
「用件をお伝えせず呼び出して申し訳ございません、私は織田信照ともうします。にぶ殿をお呼びしたのも採掘をしてほしいのですけど、受けていただけますでしょうか」
そう言うとシワが深く強面の顔で、
「私たちは漂泊(定住しない)の民です採掘があるなら受けましょう、それとこれは織田家の依頼でしょうか」
「受けていただきありがとうございます、まずはこれは個人的な依頼です、他の領地の場所にあるためそれでもよろしいでしょうか。」
そう言うと、
「河原が近くにあれば特に問題はありません」
そこで私は地図を出すと、
「場所は関ヶ原の松尾山の裏手に流れている藤古川の東、牧田川が合流してくる。その牧田川に最初に西から流れ込む小川の上流にあります。」
そう言いながら地図を指差していくと、
「あの辺りですか、わかりましたそれで取り分はいかがいたしましょう。」
そう一気に物事を決めるのは兄上に似ているなと思いながら、
「その前に金の採集で博多からの南蛮技術があります、金とくっつく水銀と言うのがあり、鉱石を砕き水銀をいれ、取り出した水銀を鹿革などで水銀のみを絞りだし、火で熱すると水銀は消えますそうすれば金と銀のみ残ります、注意は水銀は毒です取り扱いと熱したときになるべく離れて下さい。そして水銀は伊勢の鈴鹿川の北にある入道ケ岳の北側水辺のあたりに産出されます。」
そう言うとにぶは驚き、
「そのような技聞いたこともありませぬが、わかりました言われたとおり試しにしましょう。」
そう言うと後に控えていた部下ににぶは指示をするのを見て、
「ありがとうございます。技術はにぶ様のものにしてくださって結構です。ただしいくつか場所を指定しますのでそこの採掘もお願いします。取り分はそちらが六こちらは四でいいです。」
にぶは頷き、
「わかりました取り分が高いのは技の料金と考えます」
そう言って話が終わるとにぶは直ぐに旅立っていった。