荒木村重
疲れて岩村へ帰ってきたが、兄上に呼ばれていたためそのまま安土へ向かう。
安土城へ到着をすると、天まで届きそうな天守閣を見上げ石段を登っていき、本丸の館につくと、面会を希望する者が並んでいる。
私は、横を抜け兄上に面会を求め何時ものように館に入り茶室へ入ろうとしたが、
小姓が兄上は城の奥に居られると通してくれ、天守閣に行くと中にはなんと宝塔があり私を嬉しそうに迎えてくれ、
「小十郎、どうだこの安土城は」
「声もでないくらいというか、宝塔が中にあることが綺麗ですね」
「そうだろう、上が寝室になっている」
そう言いながら天守閣を昇ると兄上の部屋があり地球儀等があり、琵琶湖の向こう側、京や坂本の城が霞ながらも見え目を奪われていると、小性が急ぎの報告があると言い兄は頷く、
「信雄殿、伊賀へ攻め上がりましたが大敗して撤退したようです。」
そう言われ兄上は勝手に兵を動かして負けたことの怒りで小性を睨み付けると、
「なに、三介が伊賀を攻めて敗れただと、誰が許可を出した勝手に攻めて破れるとは信雄は何をしている。」
兄上怒りながら降りていってしまい私は小姓に、
「どのくらいの被害が出た」
「半数以上が死傷したと」
(信雄め準備もせず怒りで攻めたか、短慮過ぎるな)
私は兄上を追って下におりたが、すでに姿はなく小性から兄上が兵を集め荒木へ向かえと言われたので岩倉城に戻り、兵の動員と摂津に出撃の使者を周辺の豪族に出して与力として手配すると、一足先に慶次郎と向かった。
荒木討伐の軍勢の本陣がある池田城(廃城)に入ると、一益(滝川)と光秀(明智)が私の顔をみてほっとした顔で出迎え状況の説明を始める。
荒木勢の切り崩しを行っており、高槻城主高山はキリシタンなので宣教師に依頼し説得をしているが、荒木に捕らわれている人質のためなかなか決断ができないでいた。
私が使者にたってみようと伝え高槻城へ向かう。
しかしながら城へは入ることは許されず、前に入った宣教師も出てきていない。
私は百地に書状を持たせ右近(高山)に連絡を取ることにした。
返信は、人質がいるため織田に寝返りたいが無理と言うことと、宣教師は軟禁しているが無事と言うことであり、荒木には織田家にいる人質と右近の人質を交換を申し出ているかなかなかうまくいかずやり取りだけが増えていき兄上からも速めにしろと言われしばらく考えると一つの提案をしてみることにした。
裏切らず織田にも敵対しない方法を
右近に、城と領地を返上し改めて城を貰うという方法であり、裏切りではないので荒木も人質を殺害するまではいかないのではと、
右近からは、可能だが秘密に行わないと父友照が止めると思う、する時期は任せてくれと返事をもらい、一益と光秀に報告する。
二週間ほどすると、剃髪した右近がやって来て、高槻城の引き渡しをを頼んできて、城内に入ると父友照は怒りで顔を真っ赤にしていたが、息子の行動に同意して兄上のもとへ向かった。
高山が寝返ると、雪崩をうったように荒木の家臣は寝返り、有岡城しか残らず、兄上が目処がたつと合流し有岡城攻めを始めた。しかしかなりの規模の城であり早々落ちないと見た兄上は兵糧攻めを指示し京へ戻ってしまった。
それから三ヶ月程たつと変な噂が聞こえてくる。なんと村重が尼崎城に逃げていき有岡城にはいないと、私は百地に慌てて確認をとると本当のことらしく家族を残して逃げたことに私はあきれてしまった。
安土に知らせると信忠が率いてきた軍勢が合流してきて、半数を尼崎にむかわせ
残りで城内の寝返りを引き出しつつ一気に攻める。当主が不在とわかり士気が落ちたため本丸以外は落ちたが、荒木の一族がこもっており本丸とは言え中々の規模のため攻めあぐねている。
私も鉄砲で繰返し撃ち込ませたが、荒木が鉄砲に対しての防御として石垣造り、壁もそう言う考えで造られており、不用意に近づけば一方的に撃たれかねない状況であった。
それからさらに一ヶ月がたつと、ようやく降伏をしてきて有岡城の戦いは終わった。
交渉の上、荒木一族を放免とした約束を兄上は聞くと静かに怒り、
「荒木は信用ならない一族、家臣すべて斬首とする」
そう言って光秀のとりなしも怒りを注ぐだけですぐに処刑した。
私は信忠と共に岐阜へ戻っていき、荒木は尼崎も逃げ最後の城も落ち中国地方に落ち延びていった。
後日兄上から、
「村重め家族よりも茶器を選んで逃亡しよったわ、捕まえたらやつの頭で茶器でも作り振る舞おうぞ」
そう言われ兄上の久しぶりの尋常でない怒りに頷くしかなかった。




