長篠の戦い
東の夜空がしらみ始める。朝方霧雨があり地面が滑りやすくなっており武田もそれを嫌って朝駆をしてこない。
「武田勢13にわかれて布陣しており未だ動きはありません」
物見が忙しく出入りしており私は急造の物見台から自陣を見ていると東の徳川から早馬が私の後ろを通って兄上の本陣へ向かう。
しばらくすると兄上の馬廻りが出てきて後ろを駆け抜けながら、長篠城方面を指差し見事に煙が上がっており、武田の砦をすべて落とし長篠城を助け武田勢の退路をたちつつあると知らせて回った。
それを聞いた兵は、気勢をあげ目の前にある恐怖を押し返そうとしている。
日は登り兵は炒り米をその場で食べており結構な時間がたっても動かない。
「信照まだか」
慶次郎が声をかけて来るが私は首を横にふって答える。
待つ方はまだかと焦っているのだがまだ動く気配はなかった。
半刻ほどすると武田勢が太鼓の音と共に進んでくる。
武田の姿は圧倒的な圧力であり、私を含め皆が自然と唾を飲み込み、小便を済ませておけばよかったと思いながら私は下におりると鉄砲に火縄を付けていつでも射てる状態にする。
三町(約三百メートル)まで来ると、武田の太鼓の音が大きく早くなった瞬間、怒号と共に武田勢の突撃が始まった。
何時ものように射程の目印になる石の山を確認すると、鷲尾の顔を見てお互い頷き自分も鉄砲を構えた。
鷲尾の
「構えよ、指示があるまで待機、撃つな我慢しろ、狙うところは何時ものお腹だ」
そう言う声を聞きながら、目の前に迫る武田の兵のお腹に狙いをつけた。
武田の怒号が耳を満たし薄汚れた顔でこちらへ来る武田の兵、私はゆっくりと大きく呼吸をして指示を待つ
そして何時間も経過したような感覚でいると、
「撃てっ」
鷲尾の声を聞いた瞬間に目の前の標的に撃ちこんだ。
当たっているか確認せず
「装填、構え」
の声に反応し、早合(弾と火薬を和紙に包み漆を塗ったもの)を素早く装填し付属の棒で突き入れ、火薬を受け皿に満たし、火縄を設置すると鉄砲を構える。
鉄砲隊の慣れた者と共に十秒ちょっとで構え直し、狙いをつけすべて揃うと鷲尾の、
「撃てっ」
そうして目の前に迫り川に降りていく敵に繰り返し撃ち込み、熱くなりすぎたら、予備の鉄砲と交換すると十五秒毎ぐらいの間隔で射撃しながら目の前の敵を倒していく。
目の前には六文銭の旗、真田かと思いながら策略を仕掛けてくるのかと思っていたが、何かに取りつかれたようにせまってきており、私はかまえ視界に入ったものに狙いを定め撃ちはなつ、
「武田家家臣、真田左衛門尉信綱槍をごちそうつかまつる、だれかおらぬか」
本来なら剛の者、そう慶次郎あたりが朱槍を構え突撃していくはずだが誰も応じず、馬に乗った黒い鎧の武将がこちらへ来る。私は慶次郎を見て首を横にふり狙いを定め引き金を引く、真田信綱の胸辺りに命中して馬から落馬かと思われたが耐えて馬を返して戻っていき、慶次郎はやな顔をしたが、
「しばらく我慢しろ、追撃はある。」
そう私は怒ったように言いながら家臣に装填された鉄砲と交換して構えると川から登ろうとしている足軽を討った。
第一陣が一斉に左右にわかれ新しい突撃が始まる。
相手は必死の形相で槍を構えてくるがこちらは別世界のように引き金を引いていき、私の周囲の兵も悲鳴さえあげずに命令のもと撃ち込んでいった。
「羽柴様の陣横突破されました。第二塁まで撤退中」
秀吉の隣は誰だったかと考えながら前を見ていると突破できないのに業を煮やしたのか鉄砲隊を率いてきた武田の将、緊張で息を飲む廻りに鷲尾が、
「相手は二匁だ、こちらは三匁だから向こうの弾が当たる前にこちらの弾があたる。安心しろ」
そう言って構えさせる。
相手の鉄砲隊は二匁では射程外だろうと思う距離に布陣すると武将の命令下射撃を行った。
煙と音は派手だが射程外でこちらに届いている様子はない、鷲尾が構えを伝えて銃口を煙の中にいるはずの武田勢に向けた。
煙が晴れお互い見えるようになると武田勢はこちらが無傷なのに驚き悲鳴をあげ再装填を行っている。
「撃て」
鷲尾の命令で反撃が開始され、私も指揮をしていた武将に向け引き金を引いた。
煙が晴れると五百ほどいた武田の鉄砲隊は悲鳴をあげ苦しんでおり、武将もお腹か何処かに命中があったのか刀の刃先を下にして上半身を支えている。
再装填で少し小さい早合をいれて準備を終えると構えた。
止めとなる攻撃を行い煙が消えるとそこには立っている者はいなかった。
改めて突撃が始まり反撃をしていく。他の所も気になりはするが前の敵を着実に倒していかなければと思い引き金を引いていった。
何度目の突撃なのかと朝遅くから始まった武田勢の突撃がようやく十二回目で途切れ、お天道様はいつの間にか真上の昼を気づかせてくれる。
「攻撃がやんだ、鷲尾あとは頼む残敵を掃討してくれ」
竹筒から水を飲んで直ぐに馬を引き、同じく鉄砲を朝から撃ち右の顔の部分が火薬で真っ黒にその横が赤くなりつまらなそうにしている慶次郎とその後ろから無口の渡辺了、宇部が率いる騎馬隊を引き連れ撤退を始めた武田を追い詰める為に追撃に移る。
「追撃を開始する。敗残兵とはいえ武田だ侮るなよ」
そう言って馬を走らせると、設楽原の一番北にいる武田勢の一部が東へ移動し始め、慶次郎と確認しながらそちらへ向かったが、上り坂の二十町の差はいかんともし難く、森の向こうへ消えていく軍勢をにらみつつ消えていった森へと続く道へ向けて馬を走らせた。
それに気がついた武田勢の一部が前を遮断しようとしたので、渡辺了と宇部に騎兵百をつけて妨害を指示すると私達は迂回しながら、後を追う。
森をぬけ、小川を渡り分岐点では馬の蹄の後を確認し、追撃を続けていると目の前に小さいが広場が広がり、そこに武田勢がしんがりとして前に塞がっていた。
慶次郎に突撃を指示し、中根と吉田に左右から突破し反転して叩けと命令すると五十ずつ騎兵を分けて、私は慶次郎と共に中央突破をはかる。
「わしは原盛胤である、ここは突破させん」
ボロボロになりながらも立ち塞がる武将に慶次郎は容赦なく渾身の朱槍を繰り出し、一撃で落馬させ朱槍の餌食とし、敗残兵を蹴散らしてそのまま道を進んでいく。
私は討たれた原の顔を見て怒りや悲しみ苦しみ等ではなく穏やかな顔つきに驚きながらも慶次郎を追ってさらに進んでいった。
その後、いくつかの集団に出会ったが一瞬で蹴散らして進んでいくとまた小さな広場に出て進む、
広場の終わりに近づくと前方から騎兵が突撃してきて、先頭の老武将が
「小幡憲重と申す。一槍ご馳走しよう」
そう言いつつ慶次郎と戦い始め、
私も、
「小幡家家臣森平と申す。良将とお見受けした手合わせを」
私と同年代の顔に怪我をおっている青年と槍を交えることになる。
敵も必死で敵は傷ついているはずだが私は決定的な攻撃をすることができずにおり、いつの間にか日も傾き始めた頃に、慶次郎が小幡憲重を撃ち取り、
「前田慶次郎利益、小幡憲重討ち取ったり」
声が響き渡ると森平が私から離れ小幡の家臣が必死に自分の大将の首をとられまいとして狂ったように突撃を始めた。
私は無用の損害は不味いと思い
「無理するな距離をとれ、勝ちは決まっている手負いは無茶をする。」
そう言って退くの合図をして配下を離れたところに集合させる。
我々が退くと森平はいぶかしげにこちらを見たので、
「自分の大将の首を取られまいとし必死になっている者に対し、私も配下を必要以上に傷つけたくなく引いた。森平殿の忠義に免じ追撃はしない下がられよ」
そう言い、武田勢が退くのを確認すると、夕闇が迫っているので元来た道を退却することにした。途中で中根と吉田に合流しつつ夜半に設楽原の陣に戻り、兄上に報告に向かう。
「申し訳ございませぬ、勝頼を取り逃がしてしまいました」
そう言うと勝利を確信して嬉しそうな兄上から
「かまわん、どのみちこれで勝頼も何もできまい、重臣などかなりの死者がでたようだ、それに慶次郎と小十郎が追い付かなければ誰も追い付けん、ご苦労休め」
そう言って次々と報告に来る家臣を労う兄上、私も自陣へ戻り、疲れからそのまま板楯の上に寝てしまった。
翌朝重なりあうように倒れている武田勢を装備は剥ぎ取り穴に埋めていき、浜松へ総勢で戻ると、家康からの勝利の宴に招待される。
「信長殿、今回の援軍まことにありがとうございます。」
「家康殿、結果的に武田を殲滅出来てよかったと思う。」
そうして宴が始まった、私は義兄の忠勝のところへ行き、酒をつぎながら
「兄上何を切なそうな顔をされ、うれしくは無いのでしょうか」
「ん、設楽原で武田が軍旗を捨て敗走したのを見て落胆した。さらに武田も猛将が亡くなり、この先血が騒ぐことも無いだろう、それを嘆いているのだ。」
そう、私とは全く別な考えで不機嫌になっている義兄に、
「義兄にも私には想像もつかない悩みが有るのですね、私はちびらなくてすむとほっとしてますし」
そう言うと少しだけ機嫌をなおして、
「勝頼を真っ先に追いかけた小十郎とは思えないな」
「いや、あの時点で義兄には申し訳ないですが、武田の猛将が倒れ残った武将はたいしたいした者は残っていないし慶次郎がいればなんとかなると、実際は違いましたけどね」
「そうか、しかしその顔、日和が悲しむぞ、右半分腫れていて美形が台無しだ」
そう言いながら火傷で腫れてしまった顔を触られ、
「あそこまで鉄砲を撃ったのは始めてですからね、流石に武田でした。」
顔をひきつらせながら笑っていると懐かしい顔の伊奈がやってきたて、
「お久しぶりでございます殿、今回の活躍自分のことのようにうれしく思います。」
私も久しぶりにあえて嬉しく、
「伊那殿、久しぶりです重用され家康殿の長子の守役となったようでおめでとうございます。」
「いえ、これも岩倉での経験が大きく大変感謝しております。これからもよろしくお願いします。」
そして入れ替わりに酒井殿が座り
「今回の事、徳川家にかわりお礼を申し上げます」
「いえいえ、酒井殿の長篠城救出と退路の遮断により勝頼の退路をたち開戦にこぎ着けることができました。感謝いたします。」
「信照殿に言われると、冥利につきますでは」
そしてなんと家康直々にとなりに座ってきて、
「今回も助けられましたな信照殿、しかしここまでの勝ちとは驚いています」
「いえいえ、消極的な戦いで思った通りに行き過ぎただけです。同じことができるとは思いません」
「何かあればよろしくお願いしますぞ、それと甚三郎は来年に良いかな」
「はい、そのつもりでしっかり養育させてますが、幼子なのに誰ににたのか思慮深い性格になりお手を煩わすことになるかもしれません」
家康は嬉しそうに
「そうか、楽しみにしておくぞ」
そうして宴は夜更けまで続くのであった。
ちなみに慶次郎と徳川家の猛将たちがのみ比べをし、一人部屋からでて侍女を抱え何処かに消えたのは隠れた逸話である。
翌日改めて大広間で挨拶をしていると兄上が、
「強右衛門はどうしたか」
私は結果を前もって知っていたので黙っていると忠次が、
「長篠城へ戻る途中で武田に捕まり、降伏をすすめるなら命を助けると言われ長篠城の面前で磔で引き出されたよしにございます」
兄上は続けよと顎を動かす。
「強右衛門は降伏をすすめず織田と徳川の援軍がそこまで来ていることを知らせると武田に槍で刺し殺されてございます」
「遺骸は」
「長篠城外に埋葬しました」
「家康殿、良い家臣を持たれた。慰霊碑を作ってもよろしいかな」
「信長殿にその様にしていただければ強右衛門もさぞ喜ぶことでしょう」
兄上は立ち上がり、
「馬を引け、信照は坊主を捕まえ連れてこい」
そう言って近習と共に行ってしまった。
「家康殿、強右衛門は何処のですか」
「一向衆にございます」
そう言われて忠次に案内され城下の寺へいくと坊主を捕まえて馬の後ろに乗せて悲鳴をあげさせながら長篠走った。
坊主は途中で叫ぶ元気も無くなったのか黙って背中に顔を埋めており二刻半程で到着をすると坊主を兄上の近習に手伝わせ下ろした。
「きたな、簡単だが作らせている」
長篠城の大工を動員して慰霊碑を作らせておりおおむね出来上がると法要を行い終わると兄上は浜松へ戻り、私も行きと同じで坊主を乗せて戻った。
「無茶をしてすまない、これはお布施だ」
私は和紙に包んだ小判を渡すと疲労困憊で口も聞けない坊主は頷くのみで私は城へ戻った。
「信照、徳川家臣として感謝する」
義兄の忠勝が館に招待して慰労してくれる。2年前に長女である小松姫が生まれ姪に会うために訪問をした。
「ほう、日和によくにてますな、これでは義兄はうれしくて仕方がないでしょう」
外では見せたことがない嬉しい顔で私に小松姫を抱かせてくれる。
「伯父の忠照だ、かわいいかおをして、いててててて」
いきなり鼻を捕まれひねられ悲鳴をあげてしまう私、
「気が強いぞ、誰ににたのやら」
義兄は笑いながら鼻から手を離してくれる。
「間違いなく義兄でしょう日和でも可愛いげがありますから」
「そうかな、しかしその一端を作ったのは信照と思うぞ」
「何ででしょうか、思い当たりませんが」
義兄は笑いながらふすまをあけるとそこには枕屏があり、
「男ならいざ知らず女に送るかこれを」
確かに京で義兄の子供が生まれたときのお祝いで作らせた『史記』の一場面「鴻門の会」の場面を描いた枕屏があり私は笑いながら、
「日和が聞き間違えて後で聞いたものですから、高かったんですよ金二十枚でしたから」
「なに、金二十枚だと、さすがはと言いたいところだが信照は金銭感覚がおかしいと思うぞ」
「まあそれは自覚しています。貿易などの投資でそれ以上のお金は生み出していますからね」
「そうか、大分戦費を借りているからな利息もなしに助かっている」
義兄が頭を下げるので慌ててとめて、
「兄上にはこれからいくらでも徳川の先鋒として戦ってもらわなければならない身です。金のことを気にして戦われ破れれば私の名が廃ります」
「助かる。中根殿にも領地のことを助けて頂きこれからもよろしく頼む」
この後気が強い小松姫にほっぺを引っ張られたりしてすごし岐阜へと戻った。




