三方ヶ原
目の前に信玄が進んでくる。浜松城へ来ないのがわかっているのに、もっとこちらへ来いと思いつつ目の前で左へ曲がりやはりと思いながら飯田の方へ抜けていこうとしている信玄を見送った。。
天守閣からの眺めはいいはずだが、この場合はやるせなくなる。
横にいる家康の顔を見ると屈辱でみるみるうちに顔色が赤くなっていき、数正(石川)が諌めているが爆発するのは時間の問題であろう。
後ろに控えてる義理の息子信隆に目で合図をして準備をさせる。
家康は諌める数正にしばらく反論していたが、黙り混んでしまい次の瞬間、
「馬をもてい、信玄に一泡ふかす。」
そう言って飛び降りるように降りていき、私はあわてて後を追うとすでに降家康は馬廻りとともに出ていくところであった。
私も、
「馬をひけい、徳川殿の後を追うぞ」
そう言い馬にまたがると急いで徳川勢に紛れ家康の後を追った。
次々と徳川勢が出発し町中を抜け田畑のなかを抜けると森にはいる。徐々に傾斜がきつくなり始め細い道を抜け野原に出ると斜面の奥に武田勢がおり徳川勢が鶴翼の陣を構え始めて号令が響く、その右翼に平手を前衛にして並んだ。
武田勢は反転を終え、どうやら家康の首をとるだけに絞っているらしく魚鱗で中央突破を計ろうとしているのが明らかであり事前準備でどれ程逃がすことができるか考えながら戦いが始まるのを待つ。
先に準備をと思い信隆に長槍の五十をひきいらせ、浜松へ続く道の両側に準備していた丸太を並べ簡単な柵を作らせるように指示をあたえてから前を見つめなおすと、武田の陣太鼓と共に戦いの怒号が響き渡り夕方になりつつある戦場で双方がぶつかった。
徳川勢は翼を閉じて魚鱗を両方から挟み込もうとしていたが、武田の進軍はそれ以上に早く、挟み込むことが叶わず徳川勢の陣形が崩壊し始める。
平手勢も押さえ込もうと必死に進むが、武田勢の勢いを止めることが出来ず消極的な佐久間が加わるが少しずつ後退していた。
「信照、出なくて良いのか」
慶次郎がこちらを見るが私は顔を横にふる。すでに崩壊している陣に送り込んでも全体が崩壊しているのですでに無駄だと言うことで様子を見る。
平手と佐久間、それぞれは必死に戦っているが陣としては機能しておらず両翼から兵を叩きつけているが武田勢は怯む様子はない。
私は予想以上の徳川の崩壊に急ぎ小野寺と長谷川に信隆の作っている柵まで後退し味方を援護するように伝えた。
「平手様討ち死」その声が響き本格的な崩壊が始まる。佐久間は集団を維持しつつ浜松へ戻るために左へと移動していき目の前には武田勢が迫る。
目の前の武田勢を止めるため鉄砲で打ち掛け、そこに慶次郎を突撃させる。さらに一斉射で武田の穴山信君の陣を引き裂きそこに兼松の長槍隊で陣を崩壊させたが、徳川勢が崩れるのを止める手だてはなかった。
私は切り崩すのを諦め、
「鷲尾、撤退する家康殿を見たら教えてくれ、慶次郎しんがりを頼む」
武田の攻撃を後退しながら慶次郎が宇部と兼松とともに交互に攻撃しながら防ぎ、浜松への道へ急ぎ向かう。
右手奥に夕日にてらされた家康の鎧が見え、家臣が鎧を脱がし身につけているのが見えたので、
「慶次郎すまぬ、あそこに家康どのがいる長槍をもつ者の隣の、追撃があるようなら宇部と騎兵を引き連れ後続をたってほしい」
慶次郎はこの状況でも嬉しそうに、
「わかった、武田の武将に一槍ご馳走しようぞ」
そう言いって向かっていく、慶次郎の抜けた穴は私が入り兼松とともにしんがりで防ぎながら信隆が待つ所へなるべく急ぎたいが崩壊しないように注意しながら鉄砲を長槍の間から射ちかけて下がり、徳川勢は最初は混乱して散らばっていたが徐々に道に向かい自然と集結し始めている。
「不味い、このままいけば味方敵関係なく雪崩をうってくるぞ、木を集めよ」
せっかく構築しても味方が敵ごと雪崩れ込んできてしまえば無意味になってしまうので、私は合流する手前に木を積み上げ火薬をふりかけ燃やす、雪がちらつき始めたため火のつきは悪かったが徐々に燃え始める。
「長槍隊中央に三列で構え、鉄砲隊は鷲尾の指示に従い撃て、鷲尾味方を左右に分けて戻す、突っ込んできた敵をここでおさえよ」
そう言い私や残った騎馬はそのまま積み上げた木の横を抜け三方ヶ原に戻り、
「正面は味方が反撃の準備をしている。左右に別れ撤退せよ」
味方を見つけては直接向かわず迂回して向かうようにと伝え、篝火をさしてまた味方を見つけながらすすんだ。
防いでいる鉄砲の音を聞きながら味方を探したが日も落ち辺りは真っ暗になったので迂回して戻り、鉄砲隊、長槍隊、そして騎馬隊と私達で引き始めた。
武田勢押し止めたと思いたかったが圧迫され夜の闇が恐怖を増長させていく。
「耐えろ、ここで一人でも逃げ出せば皆が死ぬぞ」
織田の長槍は武田の長槍よりも長くそれで助けられている。
「殿、これ以上止まれば半包囲され壊滅しますぞ」
兼松が引き際の限界を伝えてきたので味方はまだまだいたが撤退を開始した。
「長槍は捨てよ、道の横になるように打ち捨てて退却せよ」
兼松が叫び長槍を捨て、鉄砲はこのために引き連れていた馬にまとめてくくりつけ私と共に先行して走った。
一刻後ようやく浜松の城が見えてきて、森の間や間道等からも続々と徳川や織田の兵が合流してきており、浜松城へ入ろうとするとすべての門が開いており、家康が待っている。
「信照殿ご無事か、今回の大敗私の責任です。」
そう厳しい顔で私を迎え、
「勝敗は世の中の常、これを次回にいかしましょう」
私は馬からおりて前にくると、
「そうですな、脱糞したこの姿を絵師に残させよう」
家康は広間へと下がりながら絵師をよぶ、
「それが良いですな、私も漏らしました。武田は本当に怖いというだけです。」
慶次郎と離れてからあの武田勢の追撃を受けた時に盛大にチビったので股が寒く、慶次郎と宇部が未だなので門の前で待った。
徳川勢は次々と入り兼松も撤退をしてくる。
「良かった無事か」
「殿も無事で何よりです。捨てた長槍を武田勢が拾ったため追撃が緩み助かりました」
「とにかく休ませてやってくれ」
「しかし武田の追撃がありましょう」
「門を開け放ち空城の計だ、用心深いからあるまい」
そう言って兵士を休めさせた。
最後と思われる我らが慶次郎と宇部が入城してきたが、五十ほどしかいないのが気になったが慶次郎が、
「山県がしつこくすぐそこまできたが、門が空いていたのを気にして止まったぞ」
そう聞いてほっとして、
「良かった、本当に良かったこのまま朝まで待機し異常がなければ寝るぞ」
私と慶次郎と宇部は夜どうし味方が戻ってくるのを待ち、徳川勢の一部は再度出撃して夜襲を仕掛けに出陣して勝利すると戻ってきた。
朝になり門を閉じると、私は将にゆっくり休むように指示を与え百地に武田の移動を確認させて兵の状態を確認した。
騎兵は七十しか帰ってこず、鉄砲は三百三十、長槍も三百五十しかいなかった、宇部も怪我をおい、しばらく安静を言い渡す。
その後、武田は東三河の野田城を落とし万事休すと思ったら、信玄が倒れたと百地から報告を受ける。
「徳川殿、信玄が倒れました。野田から動けず春になったら撤退を始めるのではと思われます。」
大広間に向かい報告すると野田城も落ち悲壮感が漂っていた徳川の重臣達の顔が驚きにかわり、
「信照殿、まことか信玄が倒れたとは」
家康が立ち上がり確認をしてくる。
「野田で宿泊したが夜中に寝所で色々あったらしく武田の将が集まったが出てこないそうだ。」
重臣たちはお互い顔を見合わせ話をしている。家康は皆に、
「いずれとは思うが、再編をししばらく反応を見ながら撤退をしたら取り返そうぞ」
「それではこのまま武田が動かなければ、明後日には岐阜へ戻ります。兄上にはもう知らせていますので一気に好転するでしょう。」
そう言って岐阜へと佐久間と戦死した平手の敗残兵を率いて戻った。




