二条城と伊勢攻略
正月の三好との戦いで将軍の在所である本圀寺の防御の低さから、兄上は本格的な城を築城しようとしていた。
岐阜城大広間での評定で兄上が、
「小十郎、足利義昭の居城を広げ城を造るぞ、五月から造営にはいるそれまでに石や木材を堺等から調達してくれ」
「わかりました規模は、いかほどになりますか」
兄上は地図を取り出すと大きく墨で丸を描き、
「四町四方の、二重の堀に天守閣を建てる。普請はわし自らが行い、天守閣は村井、島田両名で行うことにする」
「わかりました周辺の城主、土豪等に木材の供給を指示しましょう」
「皆もそれぞれ手伝いに来るよう、我らの事を近畿中に知らせるため華やかに素早く築城する。」
私は京へ上り、明智、丹羽、木下の三奉行に会うと、二条城の築城の為に近隣から木材と石垣用の石を手配するようにたのみ、そのまま堺へ下った。
急いでいた理由は、今年はじめの三好勢の将軍襲撃に堺が関与しており、二条城の部材の調達もかね兄上の名代として詰問に向かう。
何時ものように賑わっている堺へ到着すると先ずは今井宗久を訪ね、茶室に通される。
「宗久どの、ご無沙汰しています。つきましては今回の三好勢の件について詰問に来ました。明日お手数だが堺会合衆の集めていただきたい。」
宗久は驚き、
「小信照様、今回の件は私が信長様に茶器をわたしてお詫びしまして、なんとか終わったと思いましたが。」
私は首を横にふり、
「露骨に他の会合衆がしすぎたと言うことです。下手をしたら兄上は堺を滅ぼしかねない。」
そう言うと苦汁の顔をした宗久が、
「わかりました、明日集まるように伝えます。」
一息ついて久しぶりに宗久の茶をいただきながら、私事で伊勢屋に渡している資金を南蛮貿易に廻したいと私は頼みその日の打ち合わせは終わった。
翌日、会合衆が集まったのを見計らい座敷にはいり座るといきなり、
「皆さまお久しぶりでございます。織田小十郎信照にございます。今回は先だっての三好勢に加担し将軍襲撃について堺の見解と、その事に対する二万貫の矢銭を税として徴収、それと堺は浪人衆を召放ち雇わず商いに専念していただきたいと言うことです。」
私が入ってくるなり一方的に言うと、反織田派の筆頭紅屋やその取り巻きが立ち上がり、
「それは余りにも横暴ですな堺は昔から自主独立勢力であり税を取ろうとはお話になりません、ましてや矢銭二万貫と召し放ちなどお話になりませんぞ」
その横の商人も、
「そうです、こちらには三好勢もついているし、門を閉ざせば深い堀で今まで通り干渉をはのけられます。」
私は、
「会合衆は織田と事を構えると言うことですか、三好みたいに信長は囲んでお茶を濁しませぬぞ、火をかけ堺を灰塵とかすまで戦いましょう。」
紅屋は赤い顔をして怒りながら、
「堺を火の海にすると、信照殿もここで商いと南蛮の品々を購入しております。それができなくなりますぞ」
「兄上からの命があればいたしかたない。堺を灰塵とし、遠くはなるだろうが九州の福岡に頼れば良いことだ。」
私は感情を出さずに言うと、紅屋は反織田の商人達に、
「なんと言う言われよう、致し方無し織田と手を切りましょうぞ皆さま」
会合衆は半分は紅屋の意見に同意したが半分は沈黙している。
「今兄上は動員の最中、わが家に出入りしている方々もお分かりと思うが、三好も堺が攻められたからとて援軍には来ないでしょう。あまつさえ出てきたとしてもお茶を濁して撤退をするでしょうし、今までのように堺にこもり勝てると思うのなら直ぐにでも準備なさい。ただし中途半端には終わることは有りますまい、生きている者は居なくなり、堺と言う地名が無くなります。」
そう言い切ると私は部屋を出ていき、今井宗久のお店に戻り宗久が戻るのを待っことにした。
一刻ほど待たされようやく、宗久と利休、津田が戻ってくると、宗久と津田は苦渋な顔で座り利休は顔色を変えずに座。宗久が、
「堺の会合衆の結論は織田殿の提案を受け入れ、銭二万貫と浪人を解き放ち、それをもって謝罪にかえるということです。」
わかってはいたがもしやと思う部分もあったのでほっとしながら、
「ありがとうございます。宗久どのには尽力していただき感謝に耐えない。早速だが今度、京で公方様の城を造るのに必要な備品を、堺から購入したい。つきましては手配をお願いする。」
飴の部分を言うと津田はほっとした顔で、
「ありがとうございます。直ぐにでも手配をし遺漏なくお渡ししたいと思います。」
ようやく今回の話が終わり皆でホッと一息つくと、宗久が、
「しかし、久しぶりに見た小十郎殿も迫力がありましたな、津田共々私もびっくり致しました。」
私は笑顔で、
「こちらも必死です、兄上なら間違いなく灰にすることでしょうから、昔から昵懇にしていただいてるお三方のためにも必死でした。」
宗久はきつい顔をして、
「そうですか、さすがにまさかと思いましたが、信長様は怖いお方ですな」
「一番身に染みているのは私です。泣くこともありますから、良い大人が」
そう笑うと、
「そうですか、それでは今後ともお願い致します。」
「こちらこそ南蛮貿易よろしくお願い致します。」
利休が茶をたてて私に差し出すと、
「信長様は商人や武士、公家についていかように考えておられるのかな」
私は少し考え、
「単純です。商人の仕事、武士の仕事、公家の仕事、それぞれ他の仕事に手を出さずにいると言うことです」
「ほう、元々お互いしがらみがあると言う事を一切抜きにしてその様な国を作ると言うことでしょうか」
「そうです。そのかわり六角氏が始めた楽市楽座を取り入れ、国の豪族が勝手に通行税を取り立てるための関を廃したりして自由に品物を流通させると言うことです」
利休は他の二人が興奮して顔が赤くなるのを尻目に顔色を変えず、
「それぞれの大名に肩入れするのも商人の才覚でありますがいかがですかな」
先程の会合の紅屋の様な者をどうするのかと言うことだが、
「肩入れは商人ですから当たり前ですが鉄砲等のいくつかの物については好ましくないと思います」
事実上禁止を言うと顔色を変えてきたので、
「そのかわり織田で買い取りますのでご安心ください」
利休は納得したのか、
「最後に茶についてはどうお考えか」
私は嬉しく顔に出しながら、
「茶は重要にございます。織田家の武将もですが粗野で武功にのみ頼ります。」
興奮して下を噛みながら、
「そこで茶の礼節を身に付けさせ、茶器を持つことにより優越感を与え、織田家の中では兄上の許し無くば茶会を開くことが出来ないと言うことを考えおります」
宗久は驚き、
「その様にさせること可能でしょうか武将が茶など」
私は頷き、
「その為に普段から兄上は何か重要なことを決めるときや指示を与えるときには茶室に呼びます。無論庭にぽつんと立っているので忍が近づくこともできませんから、津田殿の忍びも近づけずにいると報告を受けているはずです」
意地悪く言うと津田は耳を赤くして沈黙している。
私は利休に向きなおすと、
「それで利休殿にお願いがあります。新しい価値を感性を茶に入れてください、そして私を弟子にしてください」
利休は変わらぬ顔で、
「わかりましたが信長様はどう考えるでしょうかな」
「兄上は気にはしないでしょうがそれが相応のものなら認めます。茶に関して私が利休殿に従っても気にしません」
利休は優しく微笑み、
「わかりました」
私も折り目をただして、
「師匠よろしくお願いします」
こうして織田家の茶の価値を高めるための試行錯誤が始まったのでした。
私は堺を灰にしなくてすみ、安堵しつつ一度岐阜へ戻った。
岐阜に戻ると兄上は伊勢攻略に出陣しており、不在であった。
留守役に戦況を聞くと、伊勢では北畠家の次に大きな勢力であった長野家の養子になっていた北畠の次男を調略により追放させ、兄弟の信包が養子に入ったと言う事を教えてくれた。
しばらくすると兄上は二条城の築城の為一度岐阜に戻ってくる。
岐阜と岩倉を往復しながら資材の手配状況を確認して遅配があればその都度指示する。
兄上が五月になり二万ほどで京に到着すると造営が始まった。
石垣は大きな一番表側の石は揃ったが、要石と呼ばれる少しだけ小さな基礎となる石が足らず兄上がどうするかと思いたずねると、
「信照、沢山あるではないかそのくらいの石は」
何か考えがあるのか少しだけ嬉しそうに私と兵を連れてあるところに向かう。
「いくら公方様の城とはいえ墓石を、そんな非道が許されると思いですかな」
どこかと言うと管領であった細川家の菩提寺に来ており高名な僧侶が立ちふさがっている。
兄上は馬上から、
「死んだものにこのような壮麗な石はいらん」
そう言うと金切り声を上げている僧侶の前で次々と石を運び出していく。
「閻魔、地獄の鬼のような所業、必ずやばちが当たろうぞ」
僧侶が叫んでいるが気にせず、
「自分の都合の悪いときだばちだのなんだのと、仏にも呆れられるぞ坊主め」
兄上は馬をおりると最後に土をもった墓石があった場所に柱を突き刺し、
「これで十分」
それだけ言うと造営場所へ引き上げ、その後は周辺の墓石を次々と徴集して二重の堀と石垣を作り上げていく。
私はばちは怖くないが、お化けが出るのは怖いので、
「お化けなんてないさ、お化けなんて嘘さ」
そう帰りに歌いながら兄上に怪訝な顔をされながら城へ戻った。
兄上はさらに細川家の藤戸石と言う名石を錦に包みその上に乗ると二条城まで明るく楽しく踊りながら引かせていく。祭りのように皆で躍り焼け復興中の町にこんなに人がいたのかと思うほどに人が集まる。
私も見ているといつの間にか商人が立っていて、
「織田様は他の大名とは違いますなあ、京に入るなり乱暴するのが普通なのに全くそんなことはせずに逆にいたずらをした足軽を織田様自ら成敗されましたから。」
頷き、
「商業は大事なことですからね、でも京商人のしたたかさは伊勢商人以上ですね。」
そう言うと笑いながら、
「確かに商人も民もしたたかでなければ京では生きていけませんからな」
同意しながら私は石が入っていく二条城へ戻った。
兄上の指揮の元にわずか二ヶ月程で二条城を完成させ将軍を満足させ岐阜へ戻ると、すぐさま伊勢攻略に向かった。
二条城築城の最中に北畠の弟、木造を一益(滝川)が寝返らせ、大河内城を包囲し兄上の次男を養子にし北畠家を継がすことで伊勢の平定は終わった。
兄上は兵をとどめることはせず機動性を重視して、恐ろしいほどの行動力に家臣は驚きそれにあわせて行動することを求めた。
私は久しぶりに岩倉城へ戻り伊奈から報告を受ける。
「京へ堺へお忙しいですな、内政のための資金をすぐに調達できるのはさすがでございます。」
伊奈がお世辞をいってくれるにが嬉しく照れながら、
「自分では全然なにもしていないんだけどね、品物をこちらからあちらへ、あちらからこちらへするようにお願いしているだけなんだよ、実際は伊勢屋に頼んでいるだけだし」
伊奈は嬉しそうに、
「まるで信照殿は商人ですな、ところで大規模な木曽川沿いの開墾が終わりましたので報告をさせていただきます。」
「早いな、一年ほどでそんなに」
「当家は今回動員がなく殿が走り回っていただけなのでかなり進みました。そして流民がかなり入ってきたための成果にございますれば、新田は税を取れるのは二年後ですがすべて合計すると二万五千貫となります。」
「二万五千貫って五万石位だよね、と言うか木曽川の流れが変わってそんなに田畑にかえられたんだ、すごいそ伊奈」
「普通はここまではうまくいくことはないです、人の数と資金の豊富と技術が揃ったためにこのようなことになりました。それと鉄砲の生産も上々で余剰は信長様が買い入れてくださいました。」
「すごすぎる、私ならこんなにうまくいかなかった。これからも頼む忠次」
「来年も順調に行けることを願っております」
奥へと戻ると平八郎とまきが日向ぼっこをしている。
「日和は」
乳母に聞くと、
「久しぶりに天気がよろしいので領内の見回りに馬でお出掛けになられました」
日和が居ないので少しだけ寂しく感じながら喜ぶまきを高い高いで放り投げる。
「ようやく帰ってきたな」
江戸時代にはいると奥は殿様と家族以外は入れないが戦国ではそうではなく慶次郎が入ってくる。
「戦いがないから暇だろう慶次郎」
「暇で暇で毎日酒と和歌の繰り返しだ」
「訓練しなくていいのかな慶次郎は」
よちよちとよっていったまきを片手で持つと空へ放り投げ、
「虎が訓練をするかよ」
「兎もしないけど」
「食べられるからだろ」
「逃げる訓練はしないさ」
「天性の逃げ足か」
慶次郎は嬉しそうに言うと落ちてきたまきを軽々と受け止めまた投げる。
「いい加減にしてくださいまし、子供を軽々と放り投げるものではありませぬ」
乳母から言われ私と慶次郎は笑いながら城から外へ出た。
「さて久しぶりに領内を見回るかな」
馬に乗りならんで進む、
「ほれ」
慶次郎がひょうたんに入った酒を渡してくれ飲む、
「これって灘じゃないか、いつの間に台所から持ってきたの」
「信照の事だろうから土産で買ってくると思ってな先ずは台所でひょうたんに入れ残りは家に運ばせた」
あっけらかんと言う慶次郎に、
「そうだよな、まあそれを見越して余分に購入してあとで届けてもらっているからいいけど」
嬉しそうな慶次郎は、
「信照にしては気が利くと言うものだ感心感心」
言いながら私の背中を叩く、
「兄上や三河の義兄に届けるのもあるから程々に」
そんなことを話していると新しく伊奈が開拓をした木曽川沿いの土地に到着した。
「ありゃ日和殿じゃないか」
慶次郎がまだ先にある村の中にいるのを見つけたらしく馬を走らせ、私も慌ててあとに続いた。
何か揉めているようで日和の周りに男女の農民が数名いる。近くで聞き耳をたてると、
「盗みはいけないことです。なぜわからないのですか、揉め事を作るようなことはだめです」
どうやら古い隣村の鶏を盗んできたようでそれを日和に見つかってしまったようで、盗みを働いた流民の男は困惑しており周りも同じ様だった。
私が降りて慶次郎も降りて日和の所にいき、
「日和、言っていること間違えは無いけど彼らはそうやって生きてきたと言うことをわかるように」
日和は私が現れ言われると何でと言う顔になる。
「尾張や三河とちがい彼らが生きてきた信濃や甲斐は田圃もなく土には石ころが混じっていてそばの実や粟や稗等しか育たない」
「それでも盗みはいけないと」
「話は終わってないよ、貧しい彼らが年貢で粟や稗さえ取られてどう暮らしてきたと思う」
「それは」
「戦争と言う出稼ぎさ、隣国へ攻めそこで食料を奪い人を捕虜にして身代金や人売りをした金で生活をしてきたのだ、食べ物が足りなくなれば隣から取ってくるのが当たり前なんだよ、そしてこんなことをさせてしまったのは私の失策だ、二年年貢を取らないだけで最初の年の食料を手配していなかったから」
私は農民に向き、
「城の者としてすまない、すぐに食料を手配するので頼む」
私が頭を下げると農民達も慌てて地べたに座り頭を下げてきた。
「日和も聞いたことがあろう、武田の兵は織田の兵の十人力と、彼らは生きる糧の為に戦っているから必死なのであり、尾張の兵は食べていけるほどの収穫があるから命をかける前に逃げ出すと言うことだ、一方的に見るのではなくなぜそうなのかを考えて領内を見て周ってほしい」
日和は少し考え、
「小十郎様、申し訳ありませんでした、皆もごめんなさい一方的に言って」
私は日和を抱き寄せ、
「これからも私の代わりに見周りを頼むよ、何かあれば私か不在なら伊奈か正信に話せば悪いようにはしないから」
日和は顔を赤くしながら、
「はい小十郎様」
こうして兵糧の手配を正信に頼み日和に後日届けさせた。
正信からは、
「殿、女人を政に加わらせれば禍根を残すことにもなりかねません」
真面目で実直な正信に、
「正信の言っていること至極ごもっともだが私は私の家族がそれぞれに自分がどう生活ができているのかと言うのを農民に接して考えてほしいと思っているしもし何かあればその責は私が全て負う」
正信は丁寧に一礼をすると、
「殿がそこまでお考えなら言うことはありますまい、できる範囲で私もお手伝いさせていただきましょう」
私は嬉しく頷く。正信と家康の受け答えはお互いよく知っているから一言二言で全てがわかるんだろうなと思いながら下がっていく正信の背中を見送った。
何だかんだしているうちに今年も終わりになり、来年は南蛮で儲けようと思う信照であった。




