将軍義昭上洛一
1568年、前年は兄上が北伊勢の神戸氏を攻め、神戸氏は速効白旗をあげ兄上の三男信孝が養子に入ることを決めて、今年も伊勢攻めを行っている。しかし時間の問題とも思われていた北畠氏はなかなかしぶとかった。
私は内々に行動していたことが実になりはじめ、岐阜城下にある私の館の建てたばかりの茶室で、まずは茶をということでたててる。
「結構なお手前、そして御初にお目にかかる、拙者は足利幕府幕臣明智十兵衛光秀ともうします。織田小十郎信照殿にお目にかかれ安堵しております。」
「越前からの旅大変でしたでしょう。明智殿の心配事については、明日兄上に直接話される方がよかろう、今日はお風呂と食事を用意していますので、ゆっくりとお休みになられ、明日に備えてください。」
兄上からはキンカン頭と呼ばれた切れ者のあの光秀が目の前におり、結果を知っている私にとってはいろんな意味で少々緊張する対面でありました。
早々に客室へ通すと休んでいただき、翌早朝にと昨日のうちに知らせておいたので、岐阜城内の茶室に通され兄上が待っている。
「織田尾張守信長である。遠路ご苦労、して明智殿の用はなにかな。」
来訪の要件はわかってはいたがわざと聞く兄上、
「はは、幕臣明智十兵衛光秀にございます。今回は将軍義昭様より織田家の力により上洛を果たしたいとのことをお願いに参上いたしました。」
兄上は、
「朝倉におられたと聞いていたが、朝倉ならば上洛もできたはずだが」
さらに意地悪く聞く兄上に涼しい顔をした光秀は、
「朝倉の当主である義景は愚鈍であり、一族をまとめきれておらず、国内の事ばかりに関心を示しているため上洛して天下に号令をかける気はありませぬ」
兄は頷き、
「わかりました、同盟国の松平や浅井にも伝えてになります。将軍様も夏にはこちらにうつられ、秋には上洛を果たしたいと思います。」
そう言うと明智の顔は明るくなり、
「さすが織田殿です。そのように素早く動かれるとは、殿もお慶びになられるでしょう。」
「窓口は弟信照が勤め、越前にも一緒にお迎えに上がります。」
兄上は私を見て、
「信照よ遺漏なきよう将軍様をお迎えするように、明智殿に相談し頼むぞ。」
私は明智殿に向き直し、
「宜しくお願いします。何か足らないこと至らないことがあれば気にせず教えてください。」
そう言うと面会は終わり、明智殿は先に館へ下がった。
「どう思う」
主語がないよと思いながら、
「藤吉郎並かそれ以上の使い勝手がありましょう」
「信照、最近性格が悪くなってきたようだが」
「誰かに似ただけにございます」
「誰とは」
「うつけにございます」
そう言いながら笑顔で返すと兄上は笑い、
「それと手紙で花押と共に押す言葉を考えている。何かあるか」
そう言われて歴史の本に載っていた物を思いだし、
「天下布武と言うのはいかがでしょうか」
兄はいった瞬間頷き、
「直ぐに作らせようぞ」
嬉しそうに茶室から出ていった。
館へ戻ると、
「信照殿、改めてよろしくお願いします。」
「明智殿こそ、知らないことも多々あるのでよろしくお願いします。そして今回は私の兵でお迎えの護衛をします。騎馬百と鉄砲三百、長槍三百で、同盟国の浅井を通りますが危険はないとおもいますが念のため」
「ありがとうございます、それでは時期を見て指示があり次第準備を行い、出発をお願いします。」
光秀は越前の将軍義昭の元へ戻り、義昭はたいそう喜んだと明智から知らされ、前倒しで岐阜にいきたいと言われたので、鷲尾と宇部に兵を準備させこちらに送るように書状をしたため、日和には不在になるから体を大事にせよと書状をおくると兵が来るのを待った。
数日後、宇部に率いられた七百に合流し越前から戻ってきた光秀と一路小谷城へ向かった。
四日ほどで浅井長政の居城小谷城へ到着し、明智殿と館へ挨拶に伺うと、長政が出迎え、
「浅井家当主、長政にございます。将軍義昭殿には上洛に向かわれることとなりおめでとうございます。浅井家も上洛の時には御供させていただく所存です。」
「幕臣明智十兵衛光秀ともうします。浅井殿の御言葉、将軍様もお慶びになられることでしょう。上洛のおりはお願い致しまする。」
私達は小谷城へ一泊し翌日、越前に向かった。
一日かけ金ヶ崎城へ入城してここで将軍を待つことになり、城代である朝倉景恒から、手厚くもてなされる。
「織田小十郎信照と申す。このような加分のもてなしありがとうございます。」
「金ヶ崎城城代朝倉景恒と申します。今回は将軍義昭様が上洛するためこのようになってしまい誠に残念であっりますが、どうかよろしくお願いします。」
頼られていたのだが当主である義景が煮えきらず朝倉が上洛を手伝えない悔しさを景恒は率直に話してくれる。
「いえいえ、家にはそれぞれの事情があります、景恒殿が気にすることではないでしょう。」
そう言うと景恒は頭を下げ、
「お気遣いありがとうございます。よろしければ家関係なく友としていただけませんでしょうか。」
そう素直に言われた私も、
「こちらこそその申し出大変嬉しく思います。」
こうして景恒とは手紙のやり取りなどをちょくちょく行うなかになり、
この晩もお互い酒を飲みながら夜が更けるのもわすれ話し合い、将軍が来るのをお待ちする。
一週間後、第十五代将軍足利義昭が輿に乗って幕臣にかこまれ金ヶ崎城へ入城した。
「出迎え大義である。麿が将軍義昭であり、織田殿には京よりにっくき三好を成敗し、足利幕府の再建を成し遂げてくれることを望む。」
お歯黒の人の良さそうな顔を皆て頷く、
「織田尾張守信長が弟、織田小十郎信照ともうします。兄の名代でありますが若輩ものであり至らないことも多々有りましょうがよろしくお願い致します。将軍様においては長旅へのご足労をお掛けすることになりましょう、必ずや将軍義昭様を京の地にお連れしたいと信長も思っております。岐阜までは数日ですのでもうしばらくご容赦を」
「尾張守の弟か、信照ともうしたなよろしく頼むぞ。」
嬉しそうに義昭は頷き、翌日小谷城へ向け出発をした。
景恒も二千の兵で小谷城まで護衛をしてくれ、お名残惜しそうに私を見送り金ヶ崎城へ戻っていった。
小谷城では浅井家をあげて将軍義昭様を接待し、翌日岐阜へ向けて出発した。
数日のち、岐阜へ到着し城直下にある兄上の館へと思っていると、表門にて兄上が待っている。
将軍義昭様が輿から降りると、
「将軍義昭である、このような出迎え嬉しく思うぞ、気ははやるが上洛任せるぞ」
「織田尾張守信長にございます。上洛お任せくだされ今年中には京に入れるように致します。」
義昭はたいそう喜び、
「おお、任せるぞ」
そう言いながら兄上と将軍義昭様は館に消えていった。
「よし我らも解散とする。宇部すまんが岩倉まで頼むぞ」
「信照様、日和様から早々に岩倉へ来てくだされとの伝言があります」
「問題なければ、上洛の準備もあるため岩倉へ帰るよ」
そこで一旦別れ館に戻り、私はお礼の書状を景恒に書いたりしながら将軍の歓迎の宴や茶会を一族筆頭としてこなしていった。
数日のち、兄上が丹羽を使者として六角氏へ上洛を援護してくれと頼む。しかし二回とも使者を送るが無視され戻ってきた。
兄上は六角の先進的な考え(楽市楽座)ができるところに期待して使者を送ったが、息子のあの観音寺騒動を起こした六角義治だったので家臣の統制が取れてないのか織田嫌いなのか原因はわからなかった。
こうして岐阜城の大広間で上洛への評定が始まろうとしていた。
最初から機嫌が悪いのがまるわかりの兄上は、
「六角が逆らい上洛は延期、総動員で一気に六角などの従わない者を倒す。よって二ヶ月後に岐阜を出発する。」
林佐渡守が
「いかほど動員されますのでしょうか」
「佐渡、総動員と言っておろうが、織田一万五千に同盟国の家康と長政の五千、合わせて二万五千」
「それでは六角も三ヶ月ほどで落ちましょう、しかしなぜ六角が将軍様の上洛を阻止なされたのでしょうか」
「小十郎、佐渡にわかるように説明せい」
「六角は先代義輝殿の時には将軍守っていましたが、三好に敗北した事により和をこうて三好になびきました。そのため三好と結託し上洛を阻んだことになります。ちなみに少し前に観音寺城に三好三人衆が出入りしていたとの報告も来ました」
私は津や堺から周辺の大名の情報を収集し知ったのでそれを伝える。
「信照様、それでは京にたどり着くまで、かなり時間がかかりましょう。」
「六角を一気に落とせば意気地のない三好は退却するでしょう。こちらも佐和山の城で近隣の兵力が合流すれば倍以上になると思います。」
佐渡は難しい顔で、
「信照殿、一気に落とせだなんて、いくら四万近くになるとはいえ六角の観音寺城、箕作城、和田山城の三城もあります。連携されればかなり時間がかかりましょう」
「連携されればだが六角氏は最近主君と重臣の中が悪すぎると聞く、当然支城一八をつかい攻撃してくると思うが、それの上の早さで行動すればいいことだし、今回はこちらも余裕があるので、和田山城を美濃三人衆に押さえてもらい、観音寺城は柴田殿、森殿に押さえてもらい、残りの本隊で一気に攻め立てれば楽に落とすことも可能とおもいます。」
兄は頷き、
「と言うことだ、佐渡も含め各々しっかり上洛準備を始めよ。」
最初とうってかわって上機嫌になりいくつかのことを話をして評定は終わる。
館に戻ろうとすると、藤吉郎が呼び止めてくる。
「信照様のおかげで半兵衛が登用できてなおかつ与力だが配下にできました。感謝感激でございます。」
そう言いながら大喜びで私に何度も頭を下げて、
「それはおめでとう、これで藤吉郎殿の出世も早まりましたかな」
「そんなことを信照様に言われると照れまする」
少し調子にのっているので、
「藤吉郎殿にはもったいない、兄上に頼んで私に与力としてつけてもらえるように頼めば良いかな」
「にゃに、信照様勘弁してください藤吉郎の軍師をとらないでくだされ」
泣きそうな顔で袖をつかむ藤吉郎
「冗談だ藤吉郎は面白いな、ところで半兵衛殿には準備を特に言われた事は有りますか」
「そうそう、松明を大量に準備しろと、お祭りでもするのかわかりませんけど」
そう不思議そうにしているので、
「さすが半兵衛殿、兄上に城攻めのときは藤吉郎殿に一方の攻めをと具申しましょう。」
藤吉郎は大喜びで私の手をつかみ、
「ほんとですか、ありがとうございます、信長様のために身を粉にして働かせていただきます。」
そう言うと藤吉郎は嬉しそうに走っていった。
私も岩倉城に戻り臨月で大きなお腹を抱えた嬉しそうな日和が出迎えてくれ、、
「小十郎様お帰りなさいませ、最近はお腹を蹴られ苦しくて苦しくて、でも楽しみ」
私はお腹に手を添え、
「もう生まれる頃か、上洛前には生まれてほしいな、名もようやく考えたから、男で生まれたら義兄の平八郎、女で生まれたらまきにする。どちらか楽しみだ。」
「平八郎にまき、どちらでも幸せです。騒ぎすぎたら駄目と産婆に言われてるから部屋に戻ってますね。」
そう言って大人しく居間に戻っていく日和であった。
広間に久しぶりに集まり、まず伊奈が内政の説明を始め、
「お帰りなさいませ信照殿、内政についての説明をいたします、前年木曽川の氾濫もあり新たな領地は木曽川沿いにあるため治水工事により少しは耐えられる堤と流れを押さえる石垣を川のなかに設置しました。そして先月から区画整備を行い畦道等を作り直し、沼も開墾し信濃方面から逃げてきている農民を百地殿の草の導きにより、入植させました。」
信濃は飢饉に見舞われているようで逃げてくる農民が絶えることがない。
「岐阜から戻る途中で見たが、かなり川の流れが北にずれていたな、これ以上流れが変わらなければいいが、幸いなのはここは木曽川が北に移動したので伊奈の言う通り治水をし開墾をすればかなりの地域が田んぼにできよう、ただし川の後には石がかなり残っている。そして流れを分断し押さえる石垣をもっと増やさなければなるまい。」
伊那は頷き、
「それにつきましては動員までの二ヶ月間で兵と農民の力をかりできるだけ進め来年には間に合わせたいと思います。」
「もう少ししたら稲の刈り取りの季節だしな、それに影響無いように頼むよ」
元々私の所は農兵分離をしているので開墾などの土木作業に動員するだけなので農民からはこずかい稼ぎということで刈り取りぎりぎりまで作業をして本業に支障が出るのでその点は注意してもらう。
中根の爺から、
「信照のお金を角屋経由で松平家に貸していたものが五万貫ずつ四年で返って来ると知らせがありました。伊勢屋からも木綿は順調であり、三河での木綿生産も順調であるため、利益から火薬類等を購入してもかなり残るため五年の累積分の二万貫をこちらに送りたいと言うことですか」
「それは堺で追加の生糸の購入に当ててくれと伝えてくれ、しかし徳川に姓を変えられ、遠江に侵攻していて順調みたいだけど、武田と事をかまえないといけないのは危険だね。」
そう最後は独り言のようにつぶやく。
「それでは余剰分は生糸に回し、津で木綿と生糸の中継での商いを伊勢屋と角屋に頼みます。」
久しぶりに孫の私の顔を見て安心した爺は嬉しそうに頷き、
「爺お願いします。それと関に採掘の輸送感謝と言うことで、みんなが飲めるくらいの酒を持っていくように。」
関の採掘もようやく順調に産出され始め、思った以上の量を確保している。
後は鉄砲の製造も、順調であり三匁目半の鉄砲に入れ換えていき、お古だがまだ使えるものに関しては、藤吉郎に売り渡していった。
そしてその日の午後は伊奈とともに沼地を開墾するため皆と泥だらけになりながら過ごしていると、夕方城からの早馬が
「殿、一大事でございます。奥方様産気づきまして、急ぎお戻りをとのことです。」
「わかったすぐいきたいけど、泥だらけ、面倒」
私はふんどしだけになり、小川へ飛び込み泥を洗い落としそのまま馬にまたがり城へ戻る。
城につくとふんどしいっちょの姿に城内の者は驚いたが、赤ん坊の声が響き渡り気にすることなくそのまま奥へ進んだ。
控えの間の襖を開けようとするともう一人分の泣き声が響きわたる。
控えにいた中根の爺とまだかまだかとまっていると侍女が、
「双子の男の子と女の子ですが、産婆が不吉なので間引くかと、それを聞いて日和様が子供を抱えにらみ返して危険な状態です。」
そう言われ隣の間を開け放つと、双子を抱いた日和がお産後の青い顔で周囲を睨み付けている。私を見た日和が、
「小十郎様、こんなにかわいい子を不吉だからと間引こうと思っているのですか」
今にも噛みつきそうな顔で私に問いかける。私は動かずに、
「日和、二人の顔が見えない、こちらに見せてくれ。」
顔を強ばらせながらも日和は頷き、双子の顔を見せてくれる。
「顔はさるみたいだが可愛いな、こんな子達をどうして間引くと言わねばなるまい」
そう言うと日和はほっとした顔になり、
「さるでも可愛いです。」
そうすねたように口をとがらせる。
少しずつ日和の顔色も落ち着いてきたので、
「性別は」
「最初に生まれてきた小さい方が平八郎で、後から生まれてきたのがお姉ちゃんのまきですよ、おとうさん」
そう言いながら双子の赤ん坊を見つめる。
「そうかそうか、抱かせてくれるか大切な平八郎とまきを、」
日和は少し考えてから双子を抱かせてくれる。見れば見るほど可愛くてたまらなくなる赤ん坊である。
「ところで小十郎様はなぜにふんどしだけなのでございますか。」
私は素肌でまだ素肌の双子を抱いており、確かに他から見ればあぶないおじさんかと思いながら、
「産気づいたと聞いた時に泥だらけだったので、ふんどしになり川で水浴びをして着替えがなかったのでそのまま馬にまたがり帰ってきたのよ。少し寒いが赤ん坊は暖かい。」
そう言うとようやく少し笑い、
「侍女たちや家臣が戸惑っております着替えて改めて抱いてあげてください。」
そう言われたが赤ん坊の温もりにやられてしまったようで、
「このままでもいいいよ、この柔らかなのがたまらないから、それと兄上にも知らせないといけないし。」
そう言うと日和は少し不安な顔で、
「上総介様は双子をどう思われるでしょうか。」
「兄上は迷信は信じないからなんの心配もないよ。安心して二人にお乳をあげてくださいな、腹すいてるだろう誰かににて食いしん坊だろうからね。」
そう笑いながら日和に双子を返すと、やはり冷えきった体では風邪を引くのでお風呂に向かう。長湯をして出たあとに兄上に書状を書き届けてもらうと、寝ている三人を見てそのまま寝てしまった。
翌日朝早くに、兄上が岐阜から馬で乗り付け、驚いてる家臣や侍女を気にせず奥へと入ってきたようで、
「上様のお成りでございます。」
そう慌てた声と共に日和と双子の横で転がって夜中は双子が交互に泣いて起きてきて乳を飲むので寝不足になっており、まだ眠気が覚めていない私の上に兄上は乗っかって来て悲鳴をあげる。
「小十郎、日和でかした。子は宝だどんどん産めよ。」
嬉しそうに兄上は子供達をのぞきこむと、
「上総介様、平八郎とまきにございます。」
兄上は頷き脇差しと懐剣を前に置くと、
「平八郎とまきか、お祝いの脇差しと懐剣だ、来月の上洛を前にめでたい。」
大喜びの兄上に抱かれた我が子、まきは泣かずにじっと見ており、平八郎は先程から泣きっぱなしであり、
「平八郎は小十郎ににてよう泣くのう、ちごの息子はやはりちごか」
そう大笑いしながら喜んでいると、ちょうど早馬で義父である水野信元から、母の中根氏が出産後の状態が悪く危険と知らせを受ける。私は兄上にその場を任せ信隆と百地をつれ刈谷城へ急いだ。
その日の夕方に到着をしたが、母上は朝早く亡くなっており、私はそれを聞くと力が抜けてしまいその場で座り込んでしまう。
ようやく持ち直し奥にある一間で、母の遺骸の前に座り義父の水野信元と孫のことを知らせられなかったと思い落胆しながら話始める。
「義父上、この度はなんと言えばいいが残念にございます。」
「信照殿にもなんと言えばいいか。」
そう伝っているとふすまの向こうから、女の声で
「殿の寵愛を妾から奪い去ったにっくきあの女は死んだ、あとはあの腹から生まれた子供じゃ、必ずや天罰を落とそうぞ」
狂ったように笑いながら隣の部屋から出て行ったようで、それを聞いた義父は、
「すまぬ、我正室松平氏だ、朝からあのような様子。」
弟が生まれたことは知らされていなかったが今はそんなことを言っている状態では無いので、
「それはいいとして、我弟は危険な状態なので、乳母となるものと岩倉城へつれていきます。」
ため息をつく義父は、
「誠に申し訳ないが頼む、首も座り今なら行けると思う。」
直ちに百地を呼び、
「岩倉城へもどり、生まれたばかりの子供につける予定だった乳母を輿にのせ宇部とともに百人ほど引き連れてくるように」
そう言うと百地は急いで岩倉へと向かった。
自分は万一のため、川を渡った延命寺に水野家で付けてもらっている乳母と移動し一晩泊めてもらうことにした。
その夜は信隆と火縄をつけて何時でも撃てる状態で、本堂に畳を立てて襲撃に備えながら朝を迎える。
うとうとしていると昼過ぎに小坊主から、こちらをうかがっている侍がいると言われ、本堂の裏手の物置小屋に弟ともども隠し、私は信隆と本堂から表門の見える場所に早合を並べ待機する。
百地が指示したらしく草が次々と援軍として来てくれ、百地も岩倉から戻ってきてくれた。
「宇部殿は午前中には到着するものと思います、敵についてはいま確認中でございます」
「任せる、参道の道に膝したくらいに縄をはり行動を阻害し、敵が攻撃をしてきたらあの参道にある松明に火をつけてくれ。」
頷くと百地はすぐさま確認をするための出ていく。
日もくれ闇に包まれる頃、参道の松明に火がつけられ、百地が戻ってきて敵が来たことを知らせる。
私は鉄砲と早合をもち火縄に火をつけ相手が見えてくるのを待ち、しばらくすると十数人の影が浮かび上がり点灯している松明を見て止まった。
「私は織田小十郎信照と申す。こんな夜分に明かりもつけず何しに参った。用件なら明日あかるいうちに再度お願いする。」
そう言うと、影は何も言わずにこちらへ走り出した。
私は影に鉄砲を撃ち始め、早合で5発射つと草に渡して馬上筒に持ちかえ撃ち始める。さすがに銃身が短いので5発射って二発だけしか当たらず、銃身を冷した鉄砲に再度持ちかえる。
敵は縄に引っ掛かっており、こちらへ来る前に半数以上を倒して、動揺したところを百地の草が弓矢で後ろから前からは私が鉄砲で撃ち倒していく。
逃げ出そうとしている者もいたが容赦なく鉄砲と弓矢を撃ち込んでしまい百地に、
「すまぬが遺骸を埋め、参道を清め痕跡を残さないようにしてくれ」
「わかりました、河原に穴は掘っており、身の回りの物ははいで身元がわからないように致します。」
そうして草十名ほどと後始末にかかる。
翌日、宇部が乳母をつれ到着したので、水野家でつけていた乳母に銭を与え、義父宛に書状を託す。
赤子を連れてなのでそんなに急ぐことができないので3日ほどで岩倉へ戻った。
喜んでいる日和と乳母に赤子を託すと、岐阜へ向かい兄上に刈谷での事を話、名前を甚三郎とつけて手元で育てる事を伝えた。
そうしてようやく上洛が始まるのである。




