一夜城と信玄
1566年、正月の小牧山城での年賀なのですが、新年早々兄上がお怒りです。
「権六と言い、佐渡と言い使えん、たかだか築城しろといっているだけなのに何度失敗すれば気がすむ。並んでいるが何もできない木偶の坊かお前達は」
家臣はお互いの顔をみてうつむいてしまう。
「小十郎、その方が出てもらうしかない。」
私は笑顔で
「そうですね、でも一番後ろに手が上がっています。」
家臣は一斉に振り返りどんなあほがと思って振り返ってみている。兄上が怒鳴るように、
「手をあげているのは誰だ、こっちへ出ろ」
そうすると、一番向こうから藤吉郎の顔が見え、言われるがまま前に走ってきた。
「木下藤吉郎にございます、信長様そのお役目どうぞ私にお願いします」
「サルか」
そうするとサル嫌いの権六が
「サルごときが我らにできなかったことができるわけあるまい、控えよ」
兄上はちらっと権六を見たあと、
「サル、失敗すればただでは済まさぬからな」
「必ずや中洲に城をたてまする、大船にのった気持ちでお待ちくだされ」
そう満々の笑みで藤吉郎は答え、年賀は終わると、
兄上は藤吉郎と私を茶室に呼ぶ。
「サル期待している落胆をさせなよ、信照はサルの与力となり手を貸してやれ」
「兄上わかりました、木下藤吉郎を助け美濃攻略の基点としましょう。藤吉郎頼むぞ、私のできることは協力しよう。」
「信長様、信照様ありがとうございます。信照様に合力をいただければ勝ちは約束されたようなものにございます。」
よいしょとわかっているがこの愛嬌ある顔で言われると嬉しい、
「相変わらず調子だけはいいなサルの言葉は」
兄上は嬉しそうにお茶をたて、私と藤吉郎それぞれがいただくと、藤吉郎を連れて私の館に下がった。
「藤吉郎、今回のはかなり難しいが勝算がありと顔にかいてある。」
「さすが信照様には隠し事はできませぬな、作戦は木曽川の上流で木材を切り出して、ある程度加工してから夜に筏にして流します。洲股まで一気に下り数日で建てようかと思っております。そこで信照様には美濃側にわたり、伏兵などで到着を遅らせるのと信長様本体到着までの守備をお願いします。」
私は大袈裟な藤吉郎のよいしょに苦笑しながら百地から得ていたことをたずねる。
「その方の繋がりの蜂須賀等をつかうつもりか、わかった数日であれば押さえよう。」
わざとなのか大きく驚き、
「蜂須賀のこと知っておられたとは、藤吉郎感激にございます。予定は来月の二十日、その日に木材を流します。」
「わかったその日までに分散し美濃へ入る。長槍四百と鉄砲三百を連れていく、そちには私の家臣、長谷川と長槍二百をつける。土木作業も日頃しているから手伝うように伝えておこう。その前に東美濃側から騎兵をだし火付けなどをさせ、注意をそらせよう。美濃に竹中半兵衛がいればばれるが今は隠居していると聞く、なればこんな単純な策も通用しよう」
藤吉郎は目を輝かせ
「あの稲葉城を落とした竹中殿が隠居、私が城を築いたら欲しいです。でもあれほどの才、殿が忘れるとは思いませぬが。」
「藤吉郎殿、安心していいよ兄上が誘っても竹中半兵衛は首を縦にはふるまい、野心に対して警戒しているよ、私も欲しいが藤吉郎には負けるかもな」
わざと言うと嬉しそうに小躍りを始め、
「それがしが頑張れば迎え入れられるともうしますか、信照殿」
「よし、良いことを教えましょう、昔明国の土地のずっと昔三国時代に劉玄徳と諸葛孔明というのがいて劉は孔明を向かいたいがために雪の中三度も訪れたと聞く、同じようなことができればもしやかもしれない。半兵衛はこの話も知っておろう、聞かれたら素直に答えるがよい。しかしまず目の前を成功させてからだな。」
「そんな話が、わかりました藤吉郎必ずや竹中殿が配下に来るように三回とは言わず何度でも訪れましょう。信照様ありがとうございます。」
「気にすることは無い、この築城がなれば自然と西美濃が手に入り、稲葉城を落とすことができる、期待してます兄上共々」
藤吉郎はよろこび外に走って出ていった。
私は岩倉城へ戻り、鷲尾と兼松と宇部と百地そして伊奈、小野寺と長谷川、そして先日元服を済ませた九鬼信隆(澄隆だが私からの偏諱を受け)を呼び出した。
「美濃への作戦が開始する、我らは木下藤吉郎殿の与力となり行動する。」
信隆が
「あの侍大将になったばかりのさるでしょうか、なんで信照様が与力なのでしょう。」
「私が志願した。それに木下藤吉郎殿だ、サルではない口を慎め信隆、あんなに短期間に草履取りが侍大将になったのだ才能はある、侮れば木下藤吉郎殿の家の前にくつわを並べ、配下としての礼を尽くさなくてはならなくなるぞ」
私の言葉を聞いて信隆は不満そうに黙りこむ、
「今回我々は陽動と稲葉山城からの援軍を三日押さえ込み、木下殿が城を築けるように合力する。具体的には宇部、長谷川をつれ十五日位から犬山を起点に美濃の村や町を略奪して焼き払え、ただし危険があるなら奥まで入らず陽動とすればよい。」
「わかりました新兵五十とあわせて騎兵百五十をつれ火をつけ廻ります。」
「次に小野寺は信隆と長槍二百を引き連れ、二十一日の朝早く洲股に到着し日頃の成果の土木を行う。木下殿に見せつけてやれ」
信隆が慌てて
「小十郎様、それでは私は首を取れませぬ初陣を飾りたいのです。」
「わからないこともないが初陣が一番危険だ、我らが破れれば城で戦うことにもなる、それまでに小野寺を支えしっかり城を築くように、今回の成功の可否はそこにかかっている良いな。」
落ち込んでしまい小野寺に慰められる信隆。
「そして我らが本体は前日から分散し、岐阜からの敵軍を押さえる。鷲尾は鉄砲を率い瑞穂から安八まで森が続くそこから撃ちながら後退戦を行い、私と兼松は道すがら木を倒したり石を転がし道をふさぎ行軍をおくらせて木曽川の手前に集結して防ぐ。三日は防ぐぞ、その為に宇部の陽動も十分意味をなしてくる。くれぐれも斉藤に気取られないように頼むぞ」
そう言っていると日和がお茶お持ち居間へやって来ると、
「私も信隆と同じように初陣したいです。家中では一番馬を乗りこなせますし、お願いします。」
「万一のことがあったら困ると言いたいが、宇部どう思う。」
宇部は少し考え、
「日和殿は日頃から我らと暇があれば同行しています。戦闘を行わない戦いなら問題にはならないかと思います。」
私は日和を座らせ、
「わかった、日和は宇部の言うことに従い役目を全うせよ、兵を仕損じず終わらせれば勝ちだ。」
日和は宇部に礼を言い、
「ありがとうございます、兄からお古の鎧を送ってもらい手直しをしたところなんです。」
嬉しそうに兄である忠勝の鎧の事を話してくれる。
「相変わらずだな言うより行動が先なのは、そして百地は草をつかい東美濃に流言をまきながら二十日の夜に稲葉城下で火付けをして混乱させてくれ、それと前日に稲葉の町で油を買い付け我らに届けよ。」
総髪の百地は嬉しそうに頷き、
「わかりました、味方が勝利できるように最大限のことをいたしまする。」
そうして細かい打ち合わせを行い、宇部は日和と長谷川をつれ犬山城へ向かっていった。
前々日の十八日、本体は百地の草の先導で間道などを使い美濃へ入り決められた地点で終結していった。
途中避けきれない関所は見張りを倒し代わりに我々の兵で偽装して発覚を遅れさせる。
数日のち百地に頼んでいた油も到着すると、夜には稲葉山城の方向で火付けの明かりが見えたのを確認できたので、道沿いの木を切り倒し重ねて道を塞ぐようにすると、鉄砲隊はその左右で待機させた。
長槍の一部を兼松に率いらせ、間道となる木曽川沿いの小道に油を撒き散らし敵の行軍を阻害する準備を終える。
何度か洲股方面から斉藤家の早馬がきたが、そのたびに百地配下の草が襲撃して知らせを届かないようにする。
夕方に百地が岐阜から配下の草と戻って来ると、
「斎藤勢が動員をかけましたがどうやら東美濃の宇部殿の元へ先発を送ったので、こちらへ来るには早くても明日以降になるでしょう。」
私は陽動がうまくいったが、斉藤勢がここを通らないという不安もあったので、
「百地よくやった。すまないがこのまま美濃勢が他の道からいかないか監視してくれ」
百地は一礼をするとそのまま配下と共に散っていった。
「明日にはここに斉藤の援軍が慌てて来るぞ、今日は早めに休み明日に備えろ。」
その日は早めに休むと、明日へと備えた。
翌日朝に斎藤の旗印を掲げた四千ほどが通りすぎていき、木が倒れている手前で停止する。
斉藤勢の武将が指示をして木をどかそうとしている。
私は鉄砲を構え武将の辺りにねらいをつけた。
ゆっくり引き金を引き鉄砲を撃ち込むと、鉄砲隊も一斉射を行う。
早合を使い弾を素早く装填すると立て続けに三連射して斉藤勢を混乱させた。それが合図となり長槍隊で周りから押しつつんで行き次々と倒すが深入りしない程度に引き上げさせ鉄砲をうちこむ。
それから同じようなことを三度繰り返し、夕方まで斎藤勢を襲撃地点に釘付けにしてしまい、夜はそのままにらみ合いになっていると、百地から木曽川沿いの道に斉藤勢が回り込んだのを兼松が撃退したと報告してくれた。
明日が正念場、だがそのままでは寝させるつもりもなく、草と十人ほどの鉄砲を組ませると、二名一組で敵陣の周囲に潜伏させ、前日の稲葉城下の火付けの対処により疲労して休憩している斉藤勢に鉄砲を向け撃ち込ませ休ませないように一晩中嫌がらせを続けた。
翌日は足軽に石を投げさせ挑発、怒りに任せ追ってきたところを鉄砲の餌食とすることに切り替えながら後退していたが、もうそろそろ森が切れ昨日作った急造の柵により押さえるしかてはなく、10倍近い兵力差で押しきられた場合かなり危険なことになる。
鷲尾と別の道にいた兼松が合流してきてここを死守する事を伝えていると、百地の草から
「木下殿が築城は大方終わり撤退を指示してきました。」
そう言われ柵に残りの油をかけ火を放つと木曽川まで一気に撤退させる。
斉藤勢は道をふさいで燃えている障害物を越えるのに手間取っており、とにかく後ろをきにせず走らせた。
ようやく消し終えたのか追撃が始まったのか見えてきたが、木曽川はもうすぐそこなので、長槍隊を並べ少しずつ後退して囲まれる寸前に城へ入った。
丸太を組み合わせた急造だが、堀もあり十分耐えられるほどの作りになっており、鷲尾の鉄砲隊もふくめ五百程の鉄砲で斎藤勢を退ける。
「藤吉郎殿見事だ、兄上も喜ぶだろうが先ずはここを死守しなければだな」
藤吉郎は嬉しそうに、
「細かいところはまだですが何とか形は整いましたので後は防ぎながら残りを仕上げ殿の到着をお待ちいたしましょう」
そう言ってまだ途中の箇所を作り上げていき、私は斉藤勢が来るたびに鉄砲を射ちかけ柵の前にきた敵を長槍で押し返すことを繰り返す。
敵も援軍が到着したのか繰り返し攻撃をかけてきておりこちらも必死に泥だらけになりながらその都度押し返していった。
何度攻撃を受け撃退したかは忘れたが敵が再度撤退を始めそれを見た藤吉郎達は喚声をあげて喜ぶ、
さすがに疲労が重なり急造の小屋で休ませてもらうことになり、そこに泥だらけの顔をした藤吉郎がやって来た。
「信照様助かりましたぞ、急造ですが立派な城が出来ました。これであとは殿の到着を待つだけです。」
「藤吉郎よくやった、与力をしたかいがあったというものです。兄上もさぞ大喜びでしょう。」
「ご飯も今炊き出しをしています。今すぐ運ぶよう伝えたので食べて休憩をしてください、家中の者にも配りますので」
そう言うと藤吉郎はまだできていない部分の所の指揮をとるため出ていった。
翌日も斎藤勢は体勢を立て直し攻めてきたが同じ様に何度も撃退し、その翌日に兄上が到着すると本格的に撤退をし始めた。
兄上は上機嫌で
「サルようやった、一攫千金の働き誉めて使わす。名前を墨俣城とし任す。城代としてここを守れ」
そう言われ嬉しさのあまり言葉を発する事もできず嬉しそうに頭を下げる藤吉郎を見て、兄上は小牧山へ戻っていった。
「藤吉郎おめでとう、城代とは苦労したかいがありましたな」
私は涙を流して大喜びしている藤吉郎の肩を叩く、
「信照様のおかげにございます。」
私の両手を握りしめ何度も頷いていると髭面の大男がやって来て、
「藤吉郎口だけかと思ったがやりとげるとはな、約束通り配下に加えてもらうぞ」
藤吉郎の両肩を捕まえて大声でいう、
「おう、お主は今日からわしの大切な家臣じゃ配下の者共々面倒を見てやるからまかせとけ」
藤吉郎は大男に抱きつき喜んでいると、
「なんじゃお前は、青瓢箪のような顔しくさって、藤吉郎は城代になったんだからそれなりの対応をしないとバチが当たるぞ」
私を見た大男が私の胸を指で押しながら言うのを見て慌てた藤吉郎が、
「信照様申し訳ございませぬ野武士の棟梁で我が家臣となる蜂須賀党の蜂須賀小六と言います。小六、このお方は尾張国主である織田上総介信長様の弟ぎみである織田信照様であらせられるぞ頭が高い」
芝居かかった言い方をする藤吉郎に蜂須賀は大笑いして、
「信照ってあの馬が足りなくて沢山見せるために同じ馬を何度も洗って見せたあの信照か」
小六は笑い転げ、藤吉郎は青い顔をして私は顔を赤くしながらなんとも言えない顔をするしかなかった。
藤吉郎は笑い転げている小六の頭を殴り、
「信照様、ひらにひらにご容赦を」
そう言われて苛めたくなり、
「ならぬ、手打ちにしたいのは山々だが兄上の手前もあるから我慢しよう。しかしここの城代を取り上げ、竹中殿はわしがいただくぞ」
そう言うと情けない顔をして藤吉郎は顔をあげると、
「かんべんをすぐ城代から解任されたら私についてきた者たちの居場所が無くなってしまいます。ご勘弁を」
すでに小六は私がわざと言っていると気がついて居るので、
「誰だろうと城の主となったのだから信長殿に頭を下げれば良いだけじゃないか、こんな小僧の一人や二人関係無いぞ」
私は楽しそうに、
「小六ともうしたなその首叩ききってくれるわ、そこになおれ」
「うつけの弟はやっぱりうつけだな」
私は刀を抜くとわざと大きく構え、
「藤吉郎、詫びをいれても今さら遅いぞ、小六の首もらい受けるぞ」
藤吉郎は慌てて立ちふさがり、
「小六の首をご所望ならまずわしの首を差し上げます。それで気をすます様にしてくだされ信照様」
私は刀をしまうと、
「小六、良い主に仕える事ができたな、これからも頼むぞ」
私は大笑いをして小六も笑い転げ、藤吉郎は力が抜けたようにその場に座ると泣き始め、
「信照殿、これからも藤吉郎をお願いします」
そう言ってお互い握手をして未だに泣き続けている藤吉郎を小六がなだめていた。
「藤吉郎すまないやり過ぎた」
私はようやく泣き止んだ藤吉郎に小六と謝る。
「信照様、小六とお知り合いでしょうかそのような芝居がかった」
藤吉郎は上目使いで私を見る。
「いや、始めてだが何か気があってな、兄上ならこうするかなと思ってつい調子にのってしまった。すまない」
「おれも何か気があって嬉しくてな藤吉郎すまん」
「よかった、途中から殿かと思われるほど怖くてチビりそうでした」
「すまない、お詫びにといってはなんだが墨俣城で必要な兵糧を低金利で貸そう、兄上に小六分をくれるようには言いずらいだろうからな」
途端に藤吉郎は喜び、
「助かります。さすが信照様権現様、何処までもついていきますぞ」
調子よく胸を張って自分の拳でおうぎょうに叩き何度も頷いていた。
数日のち私は城の大方の完成を待って城へと戻り、あの一夜城で有名な1つを体験しました。
数週間のち美濃の一部の豪族が内密に降伏して寝返ってくる。兄上は喜んでいたがもうひとつ問題が発生した。
「信照、信玄がもう美濃の事を察知して兵を送り込んできたわ」
茶室で兄上かお茶をたてながら言ってくる。
「いくらなんでも早すぎでしょう」
こんな時期に武田が攻めてきたなんて三方ヶ原は先だし長篠もと思っていると、
「情報収集はお手のものと言うことだ、なればこちらに対する抑えをしたいのだがな」
「どうするおつもりです」
私が首を捻ると、
「遠山の娘を養女としたしか諏訪姫という側室から生まれたのがおろう、それに輿入れさせる」
「諏訪姫、諏訪大社の血族ですね、たしか勝頼という息子です」
「ほう、さすがは信照よ情報の重要性をわかっておるわ、そこで俺の代わりに信玄を見てこいおだててこい」
兄上は嬉しそうにしながら私の甲斐行きが決まった。
翌日、武田の入り口となる木曾谷の木曾義昌に使者を送り貢ぎ物を準備する。
しばらくして入国の許可が得られたので先ずは木曾谷へと向かった。
美濃を横切り木曽川沿いをさかのぼる。裕福とは言えない土地であり尾張と対照的である。そのまま進むと木曾の館へと先ずはいった。
「使者ご苦労、木曾谷当主木曾伊予守義昌と申す」
私とさほど変わらない男が座っており、この男かその子供が武田崩壊の尖兵となるんだなと思いながら、
「尾張国主織田信長が弟、信照ともうす。武田信玄公にお目通りさせていただきたく参りました。」
「そうか、案内役をつけるので甲斐へと向かってくれ」
武田の親族とは言え属国に成り下がった屈辱なのだろうか感情を表に出さず私達を送り出した。
「信照、山賊とか期待してるんだがどうかな」
慶次郎は景色を見ては何か書き留めており、案内役も不審に見ている。
「こりゃ和歌だ和歌、山並みが美しくて筆が進む」
書いたものを広げて見せると案内役は安堵したのか進む、アルプスの山々はいつの時代も同じに見え、幼い頃に母親に連れて行ってもらった白馬の大雪渓はあるのかと思いながら塩尻峠を越えると眼下に神秘的な諏訪湖が見えてきた。
白樺湖は左で車山はその上かなと学校のスキー教室で始めて滑った事も思い出しながら斜面を降りて希望していた諏訪大社へと参拝した。
「美しいな信照、透き通った湖や美しい社」
「そうですね、土地々では風景も美しさも変わりますから」
湖を迂回しながら宿泊する諏訪氏の館へと入った。
当主である諏訪勝頼は躑躅ヶ崎の館に常駐しているということで代わりの者に挨拶を受け翌日朝早くに出発した。
「慶次郎、あれが霊峰富士の山だ」
左手に八ヶ岳を見ながら甲斐へと向かい、坂を上るとそこに少し上だけ雪が残っている富士が見えた。
「竹取物語にでてきた不死の薬を焼いたといわれるあれか、壮大だな」
竹取物語にそんなのあったっけ、月に帰るで終わりじゃなかったかなと聞くと、
「最後まで読め信照、天子が月に帰ってしまった姫を悲しみ、不老不死でいても仕方がないと焼かせたのだ、勉強になったか」
慶次郎は笑い私は何度も頷いた。
「それじゃあ富士の神である木花開耶姫は知っておるか」
「知らない、て言うか慶次郎はどれだけ知ってるの」
「清洲の書庫は色々なものがあるからな面白いぞ、その姫はとても美しく絶世の美女と自他共に認めていたのだが本人は齢には勝てないと落胆して霊峰富士へ登り富士の最高峰で刀で自らを刺して天へと登ったと言う話でそこが剣ヶ峰とよばれてるそうだ」
「すごい、そんな言われが、色々教えてね慶次郎」
「自分で読め寝てる暇があれば」
「けち」
「ぐうたら」
お互い顔をつきつけしばらくして大笑いして進んだ。
「これほど痩せてると言うか耕作に向いてなさそうとは」
釜無川沿いを進むと川の氾濫が起きている場所をいくつか通る。土地には石がたくさん混じっており作物の成育も尾張と比べても雲泥の差であり、侵略を絶えず続けなければならない信玄に同情してしまう。
左手に道がおれて進むと雑然とした城下町にはいったらしくしばらくすると左に曲がり北の方角へと坂道を登り始めた。
馬を降りて躑躅ヶ崎の館に入城する。そこには老将が出迎えに来ており、
「武田家家臣馬場美濃守信春と申す。使者のお役目遠路はるばるご苦労」
重臣である不死身の美濃が出迎えてくれる。
「織田家家臣織田信照と申します。馬場殿出迎えご苦労にございます」
嬉しくて声が上ずるのを自覚して言うと、
「織田の弟ぎみ自らとは、御館様がお待ちです。こちらに」
そう言われて館の中に通される。
大広間に通されると一段高いところに信玄、そして武田の重臣が揃っており私は興奮を押さえながら座った。
私は重臣を見回して頬面をつけており、正面の信玄と同じ目をしているがこちらの方が鋭い、
「お初にお目にかかります。尾張国主織田尾張守信長が弟信照と申します。今回は武田との友好の証として諏訪勝頼に我が兄上の娘を嫁がせたくお願いに来ました」
重臣の間から声が上がる。
私が平伏したのは目の前にいる信玄ではなく頬面をつけている武将に、
「ほう、わかったのか」
頬面を取ると笑いもせず立ち上がり入れ替わりに上座へ座った。
「武田信玄である。」
興奮が一気に冷め目の奥に漂う何者かとも言えないこの男を見つめ、
「織田信照と申します」
沈黙が続き信玄が、
「申し出わかった。四郎の嫁とする。よいな」
右手の若い男が信玄に平伏した。
「信照と申したな、ゆっくりとされよ、しかし今回は一晩で城を斎藤の領内で築城したとのこと、築城の名手である馬場でも難しいよのう」
「確かに御館様の言うとおり一晩でと言うのは難しいと思います」
「どうやったのかな」
断ることのできない威圧感を信玄は与えて続けている。
「城と言っても砦の玩具のようなものです。実際は本気で来なかったと言うことだけです」
「そうしておこう、所でその方から見て甲斐はどう見えたかな」
「治水が大変そうですね、だからこそ兵が強いと言うことでしょうか、尾張の兵なら逃げ出してしまいます」
「なかなか鋭いな、我が国の兵は強いと言うことも自覚をしているか」
「強いでしょう、越後の兵と共に」
「しかしそれほど驚異とは考えておらんのかな」
信玄が目を細める。
「驚異ですが想像できないだけです。実際戦っているところを見ているわけではないので、ですから婚姻を結びたいと言うことなのです」
「よかろう。何か聞きたいことがあるか」
「義信殿は幽閉されていると、勝頼殿が後継者と言うことでよろしいのでしょうか」
武田の重臣達が息をのむ、
「ほう、そこまで調べていたとはな」
信玄は顔色を変えずに私を見て、
「勝頼は諏訪の棟梁だ、後継者はまだだな、それでは不満か」
「いえ、武田とよしみを結のに息子であれば問題ないと」
私はひとつ提案をしてみる。
「その原因となった今川侵攻についてひとつ提案したいのですが」
私が義信の謀反未遂の原因をさらに言うと信玄の目の色も変わる。尻尾を踏んだかなと思っていると、
「どの様なことだ」
「徳川との同時侵攻、武田は駿河を徳川は遠州を取ります」
「その利害は」
「氏真の正室の実家は北条であり氏康の娘、どうであれ助けると言う旗印の元武田の侵攻に横槍を入れてくるでしょう。三国同盟の事実上の崩壊です」
「そうだが、我らだけでも対抗はできるがな」
私は人の悪そうな笑みを浮かべ、
「そうでしょうか、昨日の敵は今日の友と申します。氏康なら越後の龍と容易く結ぶと考えます」
「信照殿の言い様は決まっていると言う言い方だがよかろう徳川と共同で侵攻してもよかろう」
破る気満々だなと思いながら、
「もし苦しくなったら私に言ってくだされば外から働きかけましょう、例えば龍との一時的な和睦など」
信玄相手にのりのりで言いたい放題、史実を知っている強みを活かして終わった。
一室を与えられ南の山々の上に見える富士を見ていると、
「信照、顔つき悪くなったなそんなに相手に噛みついたか」
慶次郎が笑いながら言うので、
「そりゃ甲斐の虎が相手だからね、言いたい放題してきた。そうしないと萎縮して何を約束させられるかわからなかったからね」
「でも結局大風呂敷を広げて言いたい放題なのだろう」
私が大きくうなずいていると、
「失礼いたす。よろしければ酒でもどうかな」
そういいながら武田の重臣である馬場や真田(幸隆)そして山県が入ってきた。慶次郎を含め5人での酒盛りとなる。
私以外は豪快に飲み、慶次郎と馬場はよく喋り、真田は静かに時々私に話しかけ、山県はそれを聞いている。
「しかし御館様の前であれほど言うとは門で見たときに思っても見なかったぞ」
馬場が私に酒をくみながらあのときの話をふる。緊張しながら、
「私も呑まれないように押しつぶれないように必死でしたから、でも最初にあの目を気づいたのはよかったです」
「そうだ、なぜ気がついた」
「いや、失礼なことなのですが上座に座っていた影武者は覇気がなく、私の思っていた人とは違うと思いましたので一人だけ頬面を付けていた人の目に気がついただけです」
「そう言われればな、弟は似ているのは姿で覇気は皆無だからな、だが普通は会うだけで緊張してそれどころではないはずだ」
馬場は一気に飲み干し慶次郎がつぐ、
山県が、
「勝頼殿の事を聞いていたが答えをもらうと納得していたようだが何かな」
鋭い流石は赤備えを率いる武将であり、兄の謀反に気がつく弟、見つめられてしまい言わずに切り抜けられないなと思い、
「昔から跡継ぎ問題が後に引く家はよい方向に向かうとは思っていませんし、特に出来すぎた父を持てば誇りは持てるが当主としてはきついと言うことです」
「我らでもり立てていけばいいだけでは」
私は首を横にふり、
「本人がそれを素直に受け取れるのは難しいでしょう、越えなければならない、うるさく言う重臣を納得させなければならないと」
「難しいものだな、しかし実際なってみなければわからんな」
「そうですね、そうならないように祈っておきます」
私はふと思い、
「信玄殿の世になり先代よりも良い国となったのでしょうか」
率直に聞くと静まる。
「我らにとっては良い当主である。評価をしていただけるからな、先代の時は功臣であってもいきなり手打ちになったりと国から逃げていったからな」
「そうなんですか、それは良いですが民にとっては」
「そうだな、元々甲斐は貧しいだからこそ治水などを行い少しでも国を豊かにしようとしている」
「それは民ではなく信玄殿のことですよね、こちらに来る途中で見ましたが土地が痩せているのは致し方ありませんが疲れているように見受けられ、廃屋となった家も結構見受けられました」
馬場はため息をついて、
「若いのによく見ておられるようだな、それではどうすればいいと」
私は少し考え、
「海、港を持つと言うことでしょう。それによって物が出入りしていきます。今回話しに出た駿河進攻、山県殿は今川の家臣に当然内応を行っているはずです」
山県は少しだけ笑う。
「後は目の前の利権をどう切り離して行けるかですが、それができれば大きな富を得ることが出来ますが武田でも北条でも上杉でも無理でしょう」
「無理とは我らか」
「そうです。関所をなくしたり座を廃したりと家臣の身の入りが減りますから反対で挫折するでしょう」
「それが織田にはできると」
真田が聞いてくる。
「良いも悪いも兄上はうつけで通しておりました。周囲を気にせず行動を起こせると言うことです」
「だからと言って行動を起こすと実行するとは違うが」
「それは利害などの気配りを足枷をはめてそれを出来ない言い訳にしていると思ってます」
真田はため息をついて、
「私は智謀をもてはやされているが世界が狭いと感じさせられた。目の前のことに関しては決してひけをとらないと思っていたがそれに目を奪われていたと言うことか」
「兄上が変わっているだけです。真田殿の考えが普通だと思いますから」
馬場が、
「それでは具体的にどうなんだ」
「それは言えません、やっていることを見ていただいて理解していただければです」
「そうだな、失礼なことを聞いた」
酒を飲みながら夜が更けていった。
岐阜に戻り次第婚姻の準備と送り出しを行うことを馬場と話をして岐阜へと戻った。