僕と私と妾
レイラとの再会を果たしたエクスは、カムールの病院へと戻っていた。リームとティタが目覚めたと聞いて一目散に駆け付ける。
「リーム!」
「エクス!」
「よかったよ! 一昨日怪我をして昨日も起きなかったから……安心したよ!」
「心配させちゃったみたいね」
「そりゃそうだよ」
ベッド側の椅子に座って深呼吸。ロンドで買ったリンゴを剥いてリームに渡した。
「エクス、リンゴの皮剥き出来たんだね」
「このくらいは出来るよ。リンゴなら食べれるだろう?」
「ありがとう」
エクスからリンゴを受け取り食べる。リンゴの甘さに頬が緩み、リームに自然と笑顔が浮かんだ。
「俺からは葡萄だって」
ウルは、リームとティタに葡萄を渡すと、ティタの側の椅子に座った。
「にょんちゃん、何か言ってたの?」
「取り敢えず、殺し屋はロンドに移送だって。俺が送ってもよかったんだけど、『軍のことは任せるにょん』だそうだ」
「それならいいけど。今回は慌ただしかったわね」
「いつものことって」
「それもそうだね」
ウルとティタが見つめ合って笑い出す。一緒にいると辛さが吹き飛んでしまう。お互いが、二人にとっての特効薬なのだ。
「羨ましいね~」
「その内お前にも来るよ」
「その内なの?」
「その内だよ。相手がいないから鐘を鳴らしたんじゃないかよ」
「まあ、ね」
「そんなに慌てなさんな。きっと現れるよ、運命の人が」
エクスは立ち上がると退室した。リームはエクスが離れてしまって寂しさを感じる。
「ウル。私さ、ちょっとだけ外の空気を吸いたいんだけど」
「そうなのか。じゃあ待ってろ。先生に訊いてくるって」
ウルも病室を出た。再び静かになる病室。その沈黙を破ったのはティタだった。
「……少し散歩してくるよ。その間にエクス君が戻ってくる筈だから、そしたら決めちゃいなさい!」
「何をですか?」
「もう分かってるんじゃないの?」
ティタがリームにウインクする。病室の扉が再び開いてウルが入ってきた。
「車椅子でならいいって。三十分くらいが限度だけど」
「三十分もあれば充分だよ。行こ、ウル」
ウルに車椅子を引かれてティタは病室を出た。と、入れ替わるようにエクスが戻ってくる。リームの心臓が高鳴る。
「リンゴは旨いけど喉が渇くだろう……顔が赤いよ?」
「そう……かな」
「ほれ。これでも飲んで冷やせばいい」
エクスはリームに缶ジュースを差し出す。それを受け取って喉へと流し込むが、リームの顔の赤みは引かない。それどころか心臓の高鳴りが激しくなる。缶ジュースを持っている手が震えている。
「……エクス……あのね?」
「どうした?」
椅子に座ってジュースを飲んでいるエクスは平常心でいる。
「……私ね……エクスのこと……好きになっちゃった」
「ゴフッ! な、何をいきなり!?」
エクスの平常心は簡単に乱れてしまう。飲んでいたジュースでむせ、持っている缶を床に落としてしまった。慌てて雑巾で拭いていくが、雑巾を持つ手は震えている。
「目覚めてエクスがいなくて寂しくて。まだ一週間しか一緒にいないのに、一緒にいるのが当たり前になってた」
「……頭でも打ったのか?」
「そうかもしれないね。けど、私のこの気持ちは間違いない。紛れもなく恋なんだ」
「言い切るんだな」
「言い切るんだから」
エクスは床を拭き終え座り直すと、照れ隠しに頭を掻きながらリームを見る。見られて照れるリームの手を取ると、優しくその手を包み込んだ。
「ソアから言われたんだけど、リームが斬られた時、無意識に『僕のリーム』って言ってたらしい」
「ふぇっ!?」
「無意識にってことは、心の奥底で思ってたってこと。僕のことが好きだと言ったソアが言ってきたんだから本当だろう。僕は惹かれてたんだよ、リームに」
「そ、それって!?」
「うん。僕はリームのことが好きだよ」
「……エクス……嬉しい!!」
エクスの告白に嬉し涙を流す。リームの涙が嬉しさから来ていることを分かっていないエクスは、オドオドと落ち着かないでいた。
※ ※ ※
カムールでの一週間の入院を終えたリームとティタは、退院早々スイーツを食べていた。メルとメリーも一緒である。
「美味しいのだよ!」
「ほっぺが落ちるしょ!」
「退院祝いで来ているのに、私達よりも二人が食べてる」
「メルさんもメリーさんも幸せそうですね」
「幸せなのだよ!」
「メルに同意しょ!」
※ ※ ※
カムール司令部の鍛練場で向かい合うエクスとウル。
「我が儘を聞いてくれて感謝です」
「本当に良いのかって?」
「はい。僕の核を伸ばすには、ウルさんと戦うのが近道だと思うから」
「そっかって。そういうことなら応えなくちゃなって。おもいっきり来い!」
赤炎へと変身するウル。エクスを見つめる目は本気である。
「いきます!」
エクスの髪が若干逆立ち、目付きが鋭くなる。床を蹴ってウルに拳を突き出す。エクスの動きを見切って拳を受け止めると、ウルはエクスの腕を掴んで宙に放る。
「……はあっ!」
体勢を立て直して狙いを定めると、ウル目掛けて踵を落とした。ウルに避けられてしまうが迷わず動き、ウルが避けた方向へ先回りする。再び床を蹴って拳を突き出す。ウルはエクスに背中を向けたままだ。
(当たる!)
エクスが確信した瞬間、ウルの姿が消えてしまった。このパターンには覚えがあったため、咄嗟に振り返った。
「ぐっ!? ……キツい!」
ウルの拳を腕でガードしたものの、その威力はとてつもなく、エクスの両腕は痺れてしまった。
「俺の攻撃を受けて立ってられるとは凄いって! 紫炎状態の一撃をだって」
「そのわりには余裕そうに見えますけど。まだ隠してるのがあると見ます」
「あるにはあるって。ただ本当に奥の手だから、変身してられる時間は一分。加減も出来ないって」
「……この目で見てみたいです……ウルさんの力を。ロイズの英雄の力を!」
キラキラと目を輝かせるエクスを見て、フッと笑いが込み上げてくる。精進の儀に出た頃の自分とエクスを重ねる。
「これが俺からお前への激励だって!!」
黒炎を纏い構える。床を蹴って拳を突き出す。エクスも床を蹴って拳を突き出す。そこに手加減はない。全ての力をぶつけていく。
「「うおおお!!」」
二人の拳がぶつかり合う。辺りは眩しい光に包まれた。
※ ※ ※
「バカなんだから! 組手なんだから程ほどにしないと!」
「「ごめんなさい」」
エクスとウルは、ティタの生成を受けていた。案の定、お互いの拳を痛めたのである。ヒビが入っていたみたいだが、幸い折れてはいなかった。
「無茶しないでよ」
「分かってるって」
「分かってないでしょ!」
「あはは」
「ティタさんの言う通りです! ウルさんが怪我をして一番悲しむのはティタさんなんですから!」
「そうですよ、ウルさん」
「エクスも他人のこと言えない! エクスが怪我をしたら私が困るんだからね!」
「……肝に銘じとくよ」
ウル達は出発の準備を終えた。ティタが熱心にガイドブックを見てウルに訴えている。
「南かって!?」
「まだ行ったことないもん」
「しゃあない。皆がいいなら行くって」
メイル、メル、メリーが頷いたことで、ウル達の行き先が決定した。
「ウルさん達の行き先が決まったみたいですね」
「まあな。俺は本当にタクシーだって」
「頼られてるってことですよ」
「なんだっていいけどな。お前達はどうするって?」
「僕達は列車でのんびり行きます」
「そうかって。気を付けてな」
「はい!」
エクスとウルは、軽く拳を突き合わせた。そして、ウル達は瞬間移動していった。
「行っちゃったね」
「ウルさん達には、ウルさん達の旅がある」
「妾達には、妾達の旅があるのじゃ」
「そうだな。それじゃ行こう!」
「「うん!」」
「えっ!?」
エクスの腕に引っ付くリームとソア。『妾は諦めてないのじゃ』と言えば、『エクスは私を選んだの!』と張り合っている。
「そんなに引っ付くなよ!」
三人は次なる地に向けて歩み出した。言葉に反し笑顔を浮かべるエクス、素直な想いを表すリーム、年相応に友達をからかうソア。どこにでもいる少年少女の旅は始まったばかりだ。




