本当の涙
そこは戦場。斬る者、貫く者、撃つ者が対峙する戦場。そこにルールは存在しない。生き残るか……殺されるか、その結果が全てなのだ。そんな世界に生まれた以上、生き方も死に方も一つしか知らない。殺せば生き、殺されれば死ぬ。
「……妾……ここは」
「起きたかよ」
「っ!?」
ベッドから身体をピクリと動かす。反射的に反撃に出ようと手足が動く。が、反撃の武器がない。
「それも条件反射なのかよ?」
「武器は! 妾の武器は!」
「きゅうちゃんが回収したよ」
「〝きゅうちゃん〟? あれは元帥じゃ!」
「知ってるよ。けど僕にとっては〝きゅうちゃん〟なんだよ」
「妾のことも聞いたのか?」
「ウルさんがいきなり現れた時は驚いたよ。あの後、きゅうちゃんから聞いた」
「だったら離れるのじゃ。妾は殺し屋じゃ。貴公を殺してしまう」
「ソアはソアだよ。僕達の友達だよ」
「笑わせるでない。上っ面な表現はよせ」
「じゃあ殺しなよ、僕を」
「!?」
「僕の気持ちは上っ面なんかじゃない。ソアが殺し屋として、この場で僕を殺したいなら殺しなよ。殺し屋が上っ面な表現じゃなければ」
エクスはソアの手を握る。優しく包み込む。その手を自分の心臓の前まで持ってくると、ソアの手から手を離した。
「殺し屋は、心臓を一撃で止められるって聞いたよ。僕は逃げない」
(何を言っているんじゃ!? これは本気なのか!?)
震える手。動かない手。エクスの息の根を止めるのは簡単で、素性を知られた以上、殺すのが殺し屋の掟。
「な、何故じゃ……出来ぬのじゃ!」
「殺し屋ってのが上っ面だからだよ!」
「違う! 妾は殺し屋じゃ! 妾は……妾は……」
「女の子だよ」
エクスがソアを抱き寄せた。頭を撫でて髪に触れる。それからソアの顔を見てニッコリ笑うと、両手でソアの両頬を引っ張った。
「ううぇー!?」
「あはは! 意外とほっぺ柔らかいんだな」
「ふぁめぇるぉー!」
「僕をからかっているお返しだよ。ほれほれ」
「ひぃほぉう!」
ソアの頬から手を離したエクスは、ソアの肩に手を置いた。真剣な顔でソアを見つめる。
「うん、そのくらいがいい。変な緊張が解けただろう?」
「……うっ……五月蝿いのじゃ」
エクスに頬を弄られ強張りがなくなる。肩に手を置かれた挙げ句、こうして見つめられているので整理がつかないでいた。
「僕のことを好きって言うのはどうなんだ?」
「そんなの上っ面じゃ!」
そう言った瞬間、胸の奥がキュンと痛む。チクチクと痛む。訳が分からないくらい苦しくなる。
「そっか」
「そうじゃ」
目頭が熱くなる。視界がボヤける。涙が止めどなく流れ出す。ソアの心が葛藤している。
(妾は殺し屋じゃ! 殺し以外に世界を知らぬ! 知ってはならぬ! 貴公に近付いたのも殺しのためじゃ! なのになんじゃ……なんなんじゃ!?)
「ソアが上っ面で泣けるくらい器用なら、僕はとっくに殺されてるよ。でも、そうじゃないから僕は殺されてないんだよ」
「妾は……」
「その涙は本心だよ。その涙がソアの本心で、言葉に出来ないから泣いちゃうんだよ」
「……貴公が好きじゃ! 普通に生きたいのじゃ!」
「やっと本心を言ってくれた」
エクスの胸に顔を埋める。わんわん泣いて身体を震わせて。
「何をしてるのおおお!」
部屋に入ってきたリームの目に飛び込んだ光景。事情を知らなければ、単に男女が抱き合っているだけである。
「なんとかなったよ」
「へ、変なこととかしてないよね!?」
「してないよ?」
「あああ! なんか複雑ううう!」
「どうかしたのか?」
「どうもしないっ!」
頬を膨らませながらソアを見るリーム。自分でもよく分からない感情を抱きながらも、ソアが本心を見せてくれたことは嬉しく思うのだった。




