元帥VS殺し屋
陽が沈んだ夜のロンド。昼間は眠っていた路地が目覚め、一日の疲れを癒そうと人々が路地に吸い込まれていく。
夜になればホテルにも人が集まる。エクスとリームは、なかなか戻ってこない二人を心配していた。
「きゅうちゃんもソアも戻らないな」
「どこをほっつき歩いているのかね? あの二人なら心配するだけ損な気もするけどね」
「なんでもなければそれでいいよ。先に食事を済まそうか?」
「そうだね。お腹空いちゃったから」
※ ※ ※
ビルの屋上を照らす月光り。その屋上に佇む褐色の少女。黒髪をポニーテールにして気合いを入れる。月光りに照らされた瞳が殺気を放つ。
「妾から向かうまでもなかったか」
「殺気が肌を刺激するきゅう。あんまり心地いいものじゃないきゅう」
「あんまり、か。少しは歓迎しているのか?」
「適度な刺激は必要きゅう。けど、この刺激は嫌だきゅう」
「ほう。流石は元帥といったところじゃ」
「きゅうちゃんは、きゅうちゃんだきゅう」
「ここまで来といて誤魔化すのかの。興が冷めるようなことはなしじゃ」
「きゅうちゃんは……」
「なしじゃと言っているのじゃ!」
きゅうちゃんに迫るソア。短剣を構えて斬り掛かる。ポニーテールを揺らしながら間合いを一気に詰めて刃を首元へ突き立てた。
「……にょんちゃんだにょん。セラテシムン元帥……テレサだ」
突き立てられた短剣を消滅させて蹴りを食らわせる。仮面をソアに向けて投げ飛ばすと、一瞬動きを止めたソアの背後に回る。
「甘いんじゃ!」
にょんちゃんの拳を受け止めて距離をとる。掻き爪を装備して速度を上げて近付いていく。目にも留まらぬ速さで掻いていく。にょんちゃんに掻き爪を消滅させられるまでに与えられたのは、頬に一筋の切り傷のみ。
「速いにょん。けど……」
「ごはっ!?」
宙へと放ったソアを、ソア以上の速さで叩き付けるにょんちゃん。まるで容赦のない攻撃に倒れるソア。
「……にょんちゃんの方が速いにょん」
「……くっそがああっ」
「諦めるにょん」
「……殺し屋は……一度狙った獲物は殺す。ターゲットに顔を見られた以上……ターゲットを殺すか、ターゲットに殺されるかのどっちかじゃ」
フラつく身体に鞭を打って立ち上がる。殺気に満ちた目をにょんちゃんに向けたまま、隠している口元を緩ませた。
「ソアクン、何故殺し屋なんかを?」
「妾は殺し屋の世界しか知らぬ。日常的に、身近にあったのは殺しじゃ。この手を汚したことはないが、殺し屋にとってそれは恥ずべきことじゃ。妾は待っていた。この手が汚れる日を」
「まだ引き返せるにょん! 足を洗うにょん!」
「言ったじゃろ? 殺し屋の世界しか知らぬと! 妾が生きれる世界は、殺し屋の世界だけじゃ!」
素手で向かってくるソア。すると、履いている靴から刃を露出させ蹴っていく。
「そんなの反則だにょん!?」
「殺しに反則なんかないんじゃ!」
ソアの靴の刃物を消滅させるべく能力を使うにょんちゃんだが、一向に消える気配はない。にょんちゃんの困惑した表情を見るや、ソアは声を上げて笑い出した。
「あはは! 能力が使えないみたいじゃな? 当然じゃ、妾が封じたのじゃから」
「……封じた? ……そういうことにょんね」
「どうやら心当たりがあるみたいじゃな?」
「前にも使われたことがあるにょん。さっきの掻き爪に薬を塗ったにょん?」
「ご名答じゃ」
「これで分かったにょん。殺し屋に殺しを依頼した人間が。リイム司令部の者だにょん」
「流石は元帥。前元帥の思想を受け継いでいる奴からの依頼じゃ。名前までは言えぬ」
「別にいいにょん。そう簡単にはいかないにょん」
「懐が深い元帥なことじゃ。しかし、もう終わりじゃ」
ソアの蹴りがにょんちゃんを掠める。大振りな蹴りにも拘わらず隙がない。着けている仮面を盾代わりに防ぐのがやっとである。
「ソアクン! どうしてエクスクンに近付いたにょん!」
「列車の中で話を聞いたんじゃ。ウルに憧れていると聞いた時、こやつは使えると思い近付いただけじゃ!」
「本当ににょん?」
「何が言いたいのじゃ?」
「エクスクンに惚れている筈にょん」
「そんなのは方便じゃ。懐に入り込むための」
「嘘にょん! 一緒に行きたいで済んだ筈だにょん! わざわざ惚れただなんて必要ないにょん!」
「……黙るんじゃ!」
仮面を完全に割って畳み掛ける。にょんちゃんの言葉を払い除けるように蹴りを浴びせる。
「ぐふっ!」
「蹴り刻んでやるのじゃ。殺してやるのじゃ!」
倒れるにょんちゃんの身体を靴の刃で踏みつける。引っ掻けばにょんちゃんの身体は赤く染まるだろう。
「ソアクン」
「……死ねっ!」
足に力を入れて動かそうとした瞬間、激しい衝撃が身体を襲う。ソアの身体が地面に叩き付けられ転がっていく。
「……ウル……クン」
「間一髪だったって。エクスとリームを狙う殺し屋は片付けたって」
(貴公と嬢のところにもじゃと!?)
「ソアだったっけって? 無駄な抵抗はよせって」
「……無駄……じゃと? 見下すな!」
立ち上がり駆けるソアだったが、ウルに腹部を殴られて気絶した。
「ごめんって」
ウルがソアに呟いた。