精進の儀
暖かい風が吹き背中を押す。賑やかな街を意気揚々と歩き出す少年少女。期待と不安が入り交じる中、少数で、集団で旅に出ていく。
〈精進の儀〉という三年間の旅。十歳になる年から三年間、肉体と精神の成長を促すことを目的とした旅をするのが、この国の習わしである。その為、旅に掛かる費用等は免除される。精進の儀の証であるバッジが眩しく光っている。この国の人達にとって、バッジを着けている子供達も眩しく見えている。
「冗談、だよな?」
【ごめんよ】
「えっ!? ちょっ……」
電話が切られてしまう。受話器を持つ手が震える。茶色い髪の少年は落胆する。力なく受話器を置いて空を見上げた。
「僕の旅は終わった……あはは」
少年の胸に輝くバッジは眩しいが、少年の表情は暗くなっていた。膝から崩れ落ちてブルブル震える。髪を乱暴に掻いてパニックになってしまう。
「ふざけんな! 僕と行く約束だった筈だろう! 何で後から誘ってきた幼馴染と行くってなったんだ! 幼馴染が女子だからか!? 僕が男だからか!? 友情よりも愛を取りやがったんだ!」
大声をあげてしまった為、周りの視線を浴びてしまう。居たたまれなくなり去ろうとするが、どうしていいのか分からず立ち止まってしまう。
「えっ!? 嘘だよね……そうだよね?」
「ごめんね! もう決めちゃったんだ。バイバイ!」
「そ、そんな~!」
少年の近くにいた一人の少女。走り去る車を目で追い掛けながら絶望している。ピンク色の髪の華やかさとは不釣り合いな表情だ。日除けの為に被ってるのであろう帽子が落ちてしまう。帽子を気にする余裕などないのは目に見えた。
「落ちたよ」
「えっ?」
「そんなに落ち込むなよ。僕も振られたところなんだ。胸が痛くなるから、落ち込むなら他で頼むよ」
帽子に付いた埃を払って渡す。少年の物言いに言い返す気力もないのだろう。その場にしゃがみこんでしまった。スカートが地面に擦れてしまうのもお構い無しのようだ。
「私の旅は終わったのね……あはは」
「だからさ、落ち込むなら他で頼むよ」
「五月蝿い! 放って置いて! 安い同情なんか要らない!」
「そんな言い方するか!? こっちは親切にしてるのによ!」
「誰が頼んだ? 私が頼んだってなら勘違い! 帽子だって自分で拾えた!」
「なんて礼儀知らずな女だ! フンだ! 勝手にしろ!」
お互いに旅の同行を断られて気が立っていた為、何気ない言葉すら気に食わなくなる。そもそも二人は初対面。お互いに知らないのだから無理もない。
(イライラし過ぎで腹が減ったな)
(イライラしちゃったからお腹空いた)
同時に歩みを進めた為に目が合ってしまう。近くにあるのはハンバーガーショップだけなので向かう場所は同じだ。
「付いてこないで」
「付いていってないよ」
ハンバーガーショップに着いたはいいが、店内は生憎の満席であった。仕方なくテイクアウトしたものの、周辺にあるベンチも満席である。店内からお客が出たのを見逃さなかった二人は、駆け足で席に着いた。
「「あっ……」」
二人組用の席が空いた為、そこしか選択肢はなかったのである。席を取るのに夢中になっていたので、座るまでお互いを気にしていなかった。
「腹が減っては何にも出来ない。文句のひとつも言えないよ」
「背に腹は替えられぬ、だからね」
ハンバーガーとドリンクを味わう二人。次第にイライラは潜め、向かい合う相手が気になる。
「名前くらい訊いていいだろう?」
「名前を訊くなら自分からね」
「僕の名前はエクス。ロイズに住んでる十歳だよ」
「リーム。私の名前」
「リイム? あの悪評司令部の?」
「リームだから! リーム! ちなみに私もロイズに住んでる」
「幾つなんだよ?」
「十歳だけどなにか!? 文句でもある!」
「ないよ! 歳訊いて悪かったよ!」
両手を合わせて謝るエクス。あまりにも素直に謝られたので拍子抜けするリーム。髪と同じピンク色の瞳を大きくした。
「そこまで謝ることもない。でも気を付けなさいね? やたらめったら女の子に歳を訊いたら駄目」
「そういうことみたいなのは理解したよ。肝に銘じた」
「ならばよし」
※ ※ ※
なんだかんだ話が弾み、気が付けば一緒に外へ出ていた。大した話はしてないが、第一印象とは違うことをお互いに理解していた。
「さてと、どうするかな」
「一人よりも二人の方が安全ね。……私に乗る?」
「勝手気儘そうな船にか? 気に入らなくなって放り出さなければ乗るよ」
「それはエクス次第ね」
「おっかない船だな」
「タダ乗りなんだから文句なし。よろしくね」
「安全運転で頼むよ。よろしくな」
握手をするエクスとリーム。暖かい風に背中を押されながら、故郷のロイズを出発した。