9.派手に目立ちすぎたせいで、結局『光の勇者』の手先のものが『光の勇者の娘』を捕まえようと直接的な手段に訴えてきたので、それをまんまと退けるお話。
翌朝。
「昨晩は本当にすまなかった。アタシも迷惑をかけるつもりはなかったんだ」
アルたちの泊まっている部屋にやってくるなり、ルヴィルはいきなり頭を下げて謝ってきた。
「何でも、酔い潰れたアタシをここまで連れてきて介抱してくれたみたいじゃないか。本当に迷惑をかけちまった」
「いえいえ、お構い無く」
「このままだったらアタシの気が収まらない! 何とかしてお返ししたいんだ!」
がば、と音のしそうな勢いでルヴィルが詰め寄った。まるで恩返しの押し売りだな、とアルは思った。
(恩返ししたいっていうけど、第一、本当に介抱したのは俺たちじゃなくて、ルッカだし)
ルヴィルは勘違いをしている。
アルとラナは、酔い潰れたルヴィルを酒場から連れ出して宿まで引っ張り、二部屋借りただけである。
その後、アルとラナ、ルッカとルヴィル(とリュータ)の二組に別れ、ルヴィルの介抱は全てルッカに任せっきりだったのだ。
だが、このルヴィルは、アルのことを『好みど直球の顔の敬語系さわやか少年(しかも将来有望)(若干自分に冷たい)(可愛い)が、酔い潰れたアタシを優しく介抱してくれた(しかも無防備な自分に手を出さない紳士っぷり)』と思っているようである。
何というか、妄想たくましいお方である。
「アタシ、こんななりだからさ。酔い潰れたアタシを『お姉さんも女性ですからね』なんて優しくしてくれた人、他にいなかったんだよ……」
ちょっと照れながら、そんなことを述べるルヴィル。
実はこの言葉は少々実態が異なる。
『火竜』ルヴィルに迂闊に手をだすと、後で死ぬより恐ろしい目にあう――そんな噂もあってか、たとえ彼女が酔い潰れたとしても、どんな男も彼女に手を出さなかった、というのが真相であった。
そのため、酔い潰れたルヴィルを助けたのは、事実上アルが初めてなのであった。色々と残念な話であった。
「なあ、アルヴィス! アタシとパーティを組んでくれないか? ほら、アタシはこう見えてA級冒険者なんだ! 絶対足手まといにはならないぜ!」
「いえいえ。その気持ちだけで結構ですよ」
アルとしては、背後で嫉妬を吹き荒れさせている千年妖精のことが気掛かりでならない。このままでは、ラナが一日中不機嫌になるか、一日中べったり甘えてくるかのどちらかである。
(どっちも可愛いけど)と内心アルは思いつつ――惚気にもほどがあるが――そのまま目の前のルヴィルにお引き取り願おうと言葉を発した。
「そもそも、酒飲み勝負は引き分けだったんですよ。引き分けだった場合はお互いに何もなしです」
「引き分け……! なあ、アタシの顔を立ててくれるのか!」
目を輝かせて嬉しがるルヴィル。「この期に及んでアタシの面子を考えてくれるなんて、もう無理、惚れそう」とか不吉なことを呟いている。
「なあ、引き分けってことはお互いの主張の間を取って、アタシが身を引く代わりに、一晩付き合ってもらうってことでいいのか? な、な?」
都合のよすぎる思考であった。一体何の間を取ったのか分からない。
アルは呆れ返って、逆に笑えてきてしまった。
「じゃあ酔っている間に介抱したことのついでに、ルヴィルさんにお願いがあるんですけど」
「ん、お姉さんに何か頼みでもあるのか?」
「はい」
背後でラナが「私じゃダメ?」と囁いてきたが、そういう問題ではない。
アルはとりあえず、駄目元でルヴィルに願い出た。
「『光の勇者』が家出した子を連れ戻そうとあれこれ手を回しているようですが、それを阻止していただきたいんです」
「あ、そりゃ無理だ」
「?」
おや、とアルは眉をひそめた。
予想では二つ返事で承諾か、それとも「家出した子ってどういうことだ?」とか事情を聴いてくるかのどちらかだと思っていた。
それが即答での却下。
嫌な予感がする、とアルは一歩だけみじろいだ。
「――アタシ、その『光の勇者』の娘を取り戻す依頼を、国から受注しちゃってるんだよね」
「――!!」
同時に、剣戟が火を散らした。
◆ ◆ ◆
朝、ルヴィルがこの部屋に押し掛けてきたのは、謝罪のためではなく、時間稼ぎのための寸劇だったらしい。
隣の部屋のルッカを運び出す際、アルに気取られてはいけない。運び出し終えた後も、どこに逃亡したのかを悟られてはいけない。
だから注意を引きつけるために乗り込んだ。何を考えているのか分からない危険なA級冒険者、というのを利用したのである。時間は稼げるだけ稼いだほうがいい、というわけだった。
(くそ、間抜けなことをした! ルヴィルに『光の勇者』の息がかかっているかもしれない、ぐらい予想しておくべきだった!)
剣戟を交えながら、アルとルヴィルは一進一退の攻防を繰り返していた。
狭い空間が、逆に実力差のある二人を互角にさせている。アルの手持ちの予備ナイフは、小回りが利く分室内戦闘には適している。一方で、ルヴィルの両手剣は下手に振り回すと物につっかえて危ない。よって、ルヴィルは専守防衛に近い戦いを強いられており、それでようやく互角という始末であった。
「いやあ、悪いね。そもそもアタシ、アルヴィスとラナウンの二人がルッカを匿っているってことを知ってたんだよねぇ」
「だろうな。じゃないと、どうしてあのフードで顔を隠した女がルッカだとばれたのか説明が付かない」
アルは戦いながら考えた。
ルッカの変装は、十中八九完璧だった。フードで顔が見えづらいようにし、髪の毛は染め、化粧も施してぱっと見では気付けないほどに仕上げたはずだ。
加えて、依頼を受注するときも『ルッカ・リチュエール・アークライト』の名前が表に出ないように細心の注意を払い、ギルド側には『ルッカ・リチュエール・アークライト』と『アルヴィス・アスタ』の間に何の関係性もないように見せかけた。
外出するときも、変装しているルッカの名前を迂闊に呼ばないように気を払った。
つまり誰も、フードの女をルッカだと気付くはずがないのである。
――普通ならば、だが。
「あのフードの女がルッカだって推察できたのは、アタシが独自に手に入れた三つの情報からさ」
ざ、と一歩鋭い踏み込みを見せてから、ルヴィルは口を開いた。
「一つは、お前たちが勝負師ジョザに喧嘩を売ったって噂を聞いたのさ。その場にとある女の子がいたって話も聞かせてもらったよ」
「……あの時の騒動か? でもおかしな話だな」
「何がだい?」
「あの時は、ルッカという名前しか出ていない。もう少しで身売りされそうだった女の子がルッカという名前だということしか、外部には知られ渡っていないんだ。ルッカなんて名前はありふれているだろ? その子が王族の娘だという事実はごく一部の人間しか知らないはずだ」
「勘が良いじゃないか」と嬉しそうに語ったルヴィルは、蹴り技を絡めてきてアルを牽制し始めた。ナイフしか持っていないアルは、長剣使いと違って、こうやって迂闊に伸びてきた足を切り飛ばすということができない。じりじりとアルは追い詰められつつあった。
「二つ目。ルッカって子には竜の赤ちゃんがついているんだ。竜の赤ちゃんを肌見離さず抱えている女の子はそうそういない。勝負師のジョザから聞いたよ。あのルッカはやんごとない身分のお嬢さんだ、ってね」
「……ジョザに会ったのか」
「あの男、やり手だよ。どこから情報を入手したかは知らないけど、ルッカがあの『光の勇者』の娘だってきちんと気付いていやがった」
「……それで、俺たちのそばにルッカがいると踏んだわけか」
「まあね。そもそもジョザって男は曲者でね。ただの小娘ごときに執着するはずがないんだよ。逆に言えば、それだけその子が特別だって分かる。ルッカが只者じゃないってことは簡単に予想できるってわけさ」
長剣はあくまで防御手段。蹴り技と巧みな位置取りによって、アルを壁際に追い詰めたルヴィルは「強いねお前」と嬉しそうな声で笑っていた。
「だが、それだったらルヴィルは、街のチンピラのジョザの証言を鵜呑みにしたってことになる。随分と間抜けで強引な推理だな」
「まあ、ジョザはチンピラというにはちょっと大物でね。……実は三つ目の情報がそこで利いてくる」
「ほう?」
「三つ目。とある鍛冶師が裏を取ってくれたのさ」
「――!!」
キュクロか、とアルは勘付いた。
あの頑固で誠実そうな鍛冶職人のキュクロが、情報を売ったのだろうか。
「勘違いしないでおくれよ? あのキュクロっておっさんがルッカを売ったわけじゃないんだ。ルッカの身を案じて、情報を教えてくれたのさ」
「どうとでも言えるじゃないか、そんなこと」
「あのルッカって子には絶対に『光の勇者』の下に戻ってもらわなくちゃいけないんだよ。分かるね?」
南無三、これまでか、とアルは腹をくくり、ルヴィルに向かって目晦ましの霧を吹きかけた。
昨日大量に飲んだ竜殺しを、体内でろ過させて作った、強力な催涙スプレーだ。
「――!」と僅かにひるんだルヴィルの隙を突いて、アルは一旦横に逃げた。
「――やるね、やっぱり格好良いじゃん」
ちろり、と舌を覗かせて、目を閉じたルヴィルは真っ直ぐこちらの方を向いていた。
心眼、というやつだろうか。相手を気配だけで察知する高等技術である。竜殺しのきついアルコールで目が一時的に利かなくなった今、彼女は心眼でこちらの位置を把握しているようである。
「一つ聞かせてくれ、ルヴィル。お前の計画はある程度分かった」
「へえ、ある程度分かった、ねえ?」
「もし俺たちを酒場で発見できた場合、適当に因縁をつけて、『酒飲み勝負だ』とか言って俺を酔わせ、そこでルッカを拉致する予定だったんだろ?」
「正解。まあアタシが酔いつぶれるとは思わなかったけどねえ」
ひしし、と面白おかしく笑うルヴィルだったが、全然悔しそうではなかった。
「もしあの時、俺がルヴィルをあのまま酒場に放置していた場合、どうしていたんだ?」
「なあに、その時はアタシの手下を使うよ。お前たちに『おい、ルヴィルを介抱してやれよ。俺たちにゃ手に余るぜ』とか何とか言わせて、アタシをお前たちの傍に潜り込ませる。な? 簡単だろ?」
「……そうか」
「……嬉しかったよ。アルヴィスが自発的にアタシを介抱してくれるなんて、ちょっと意外でさ。何か優しくて、ほんのちょっぴり惚れそうだった。……悪いね、だまし討ちみたいな手を使っちゃって」
ぎぃん、と剣戟の音が響いた。
本当に目が見えないのか、とアルは問いただしたくなった。先ほどから全然剣筋が狂っていない。これがA級冒険者の実力か、とアルは思った。
「なあ、アルヴィスは別に、ルッカのことは行きずりの仲なんだろ?」
「……ああ」
「じゃあ、ルッカの件からは別に手を引いても困るような事情はないんだろ?」
「まあ、そうなるな」
そこから更に、攻撃の速さが上がっていく。一撃一撃は軽くなった。代わりに、弾けるような音が増えた。
払い技中心に攻撃の手管を変えてきたらしい。油断すれば武器を飛ばされてしまいそうである。
「じゃあ、できれば手を引いて欲しいんだ。アタシは、アルヴィスを傷付けたくないし、敵対したくない」
「……なるほど」
加速していく勝負に、アルは神経を随分とすり減らしていた。対処しきれない攻撃が増え、鎧で受け止める回数が増えた。
チェインメイル越しに伝わる打撃の威力が、幾分軽くなったとはいえ尚も油断できない剣の鋭さを物語っている。が、そのままアルはしばらく沈黙を保った。
「……悪いが、ルッカからは手を引かない」
「ほう?」
「まだ、ルッカの意向を聞いていないからな」
「……面白いこというじゃんか」
理性的な決断ではない、とアルは自分で口にしておきながら思った。
別にここで下手な意地を張って、A級冒険者、王国の要人、その他多くの関係者たちに変な恨みを買わないほうが賢いことは分かっている。だから、功利的な観点で物を考えたら、ここは『ルッカの件から身を引く』の一択である。
だが、しかし。
「仮にもし、ルッカの件から手を引くとしよう。俺の気分が少し悪くなるだけで、問題はない」
「ふうん? そうかもね」
「でも、別に王国を敵に回しても大して問題ない気もするんだ」
「……何だって?」
「ちょっとだけ考えてみたんだ」
剣戟に重みが増した。速さも伴って上がった。ルヴィルがまだ本気でないことが、嫌というほどわかってしまった。
が、しかしアルは言葉をやめなかった。
「あのルッカって子はお姫様だ。俺は今お姫様の命で動いている、という解釈も僅かに成り立つ」
「なんだそりゃ、詭弁か?」
「となると、俺は今、百年ぶりにどえらいチャンスを掴んだわけだ」
今度は、アルのナイフの方に勢いが増した。
「王位継承権に一枚噛めるチャンスだ。こいつは金貨一〇〇〇枚を下らないビッグビジネスだ。司法官資格を持つ法律ヤクザとしては、みすみす見逃せない美味しい話ってことだ」
「美味しい話、ねえ」
「金貨一〇〇〇枚、耳を揃えて払ってもらおう。それで手を打つ。無理なら、諦めてくれ」
大ほらだと分かりきった無謀なふっかけに、ルヴィルは思わず笑ってしまった。
「そいつはまた大きく出たね。あんたはE級冒険者なんだろ? そこそこに身の程をわきまえておかないと、どこぞの奴らに始末されちゃうよ」
「かもな。だが、不思議と負ける気はしないんだ」
「言うじゃないか」
剣戟が一瞬止んだ。
ルヴィルの目がゆっくりと開き、アルの顔を真っ直ぐ射抜いている。どうやらもう、先ほどの竜殺しの霧による目晦ましは効果が切れたようである。
「もう一度言うよ。あのルッカって子を助ける理由はないんだろ? 何がそんなに肩入れする理由になっているんだい?」
「そうだな……もしもの話だが」
アルは逆に目を瞑った。ルヴィルは「心眼を披露された意趣返しかい?」なんてからかったものの、アルは取り合うことなく言葉を続けていた。
「もしも、本当に百年ぶりにどえらいチャンスを掴んだんだとしよう。あの子は無防備で助けを求めている。自分の力じゃちょっとどうしようもなくて、なりたくもない『光の勇者』の後継者に、させられてしまうことになっている。
――百年前、似たような状況に陥りかけた奴がいるんだ」
「……続けな」
「そいつは百年前、凄く頭が良くて、自分の利益が見込めないときは、例え簡単にできてしまうことあっても全部断ってきた、そんなクールで自己中心的な奴なんだ。凄くビジネスライクなやつで、人助けなんて絶対にしない。見返りがなくちゃ何もしない。とにかくそんなクソ人間だ」
「……へえ」
「だが、ある日、そいつは嵌められた」
アルの言葉は淡々としていた。
「そいつは百年間ずっと眠る羽目になった。ひとりぼっちで、孤独で、肉体も徐々に朽ちていって、きっと目が覚めたと同時に死んでいる――そんな仕打ちだ。初めてそいつは何もできなくなった。無防備になって、自分の力じゃちょっとどうしようもなくなって、他人に助けを求めるしかなくなっちゃうんだ」
「……」
「そいつは思ったのさ。これはなるべくしてなった報いだと。見返りがなくちゃ何もしない人間は、こうやって死ぬんだと。こんなときに都合よく、見返りを求めず自分を助けてくれるような奴なんか、いるはずがないんだと」
「……」
「だが、そのクソ人間にちょくちょく話しかけてくれる変な奴がいたんだ。そいつ、飛び切りの馬鹿で、千年間も孤独だったらしい。何分ちょろくって、すぐに助けてくれたよ」
「……」
「そいつは、気まぐれで俺を助けてくれたんだ。大したことはしてない。たまに俺の体を転がしたり、拭いたり、話しかけたり――それを百年するだけの、そんな面倒くさい仕事だけ。とても長い気まぐれだろ?」
「……」
「それ以来、ちょっと好きなんだよ。大したことない気まぐれってやつが」
アルの手元に魔法陣が広がった瞬間、ルヴィルは爆発的な速さで動いた。
妙な真似を起こされる前に斬る――素晴らしい反応速度である。油断は全くしていないようであった。流石はA級冒険者だ、とアルは感心した。
正面衝突。
しかし今度は打って変わって、アルの短剣は頑としてびくともしない重さがあった。
「とはいえ、正直根っこの部分は変わっていなくてな。俺は基本的には見返りがなきゃ何もしないつもりさ。何でもできるわけじゃないし面倒だ」
「……で、これが百年眠ってたやつの剣筋かい。あんた、何者だい?」
「でも、ちょっと気まぐれに生きるのも悪くないって思ったのさ。何せ、俺はいろいろ知っているからな、結構何でもできちゃうものなんだ」
ルヴィルの問いには答えず、アルはそのまま彼女を――壁際まで押し込んでいた。
構図はもはや逆転しており、苦戦しているのはA級冒険者のルヴィルの方であった。
「いやあ、悪いね。第二の人生を与えられたら、今度は好き放題ふざけたくなるのが人情って奴だろう? どうぜ人は突然死ぬんだ。だから、まあ、やりたいようにやらせてもらおうと思っているんだ」
「……少しは冷静になりな。相手は『光の勇者』だ。剣聖四位の正真正銘の実力者」
「いいねえ。百年ぶりの復帰戦だ。相手に不足はないね」
しれっとアルがふざけると同時に、魔法は既に起動していた。
この魔法も三回目だな、と思いつつアルは、目元を覆った。
「いや何、目を瞑ったのは心眼への意趣返しでも何でもなくてな、ただ眩しいのは嫌なんだよ」
「――!!」
パチン、と指が鳴らされて空気が鳴動した。
同時に、頬を引っ叩くような大音声と、目の焦げるような光の海がそこに広がった。
――スタングレネード魔術。
続けて、ラナの叫び声がその場に響き渡った。
◆ ◆ ◆
「もう、アルったら、私のことあんな風に思ってたんだ」
「やめてくれよラナ。契約者同士だろ? 俺の気持ちぐらい分かってるくせに」
「私、飛び切りの馬鹿だからわかんない」
「おいおい……」
ラナを抱えながら、アルは街の中を駆け抜けた。マーカーデバイスを貼り付けているため、ルッカがどこに連れ去られたのかぐらい、すぐに割り出せる。
「貴方って、ちょっとした気まぐれが大好きなんでしょ? どうせ私じゃなくて、"ちょっとした気まぐれ"に恋をしたんでしょ?」
「ラナは俺のことが好きかい?」
「自分の心に聞いてみたら? 貴方も飛び切りの馬鹿なのね。それ、ノーって答えたらどうするのよ」
「そいつは残念。今なら両想いになれたのに」
「今更? 百年前にもその言葉聞いたけど」
幸い、ルヴィルが追いかけてくる気配はなかった。ラナの叫び声をまともに聞いたせいで、脳が使い物になっていないのだろう。しばらくはまともに動けないはずだ。
このまま一気にルッカの元に急ぐのもありだ。
だが、それよりも先にアルは、足を運んでおきたい場所が一つだけあった。
「ところでラナ。俺のチェインメイルはちょっと使い物にならないみたいだ。『光の勇者』を相手にするにはもっといい防具が必要だ」
「……悠長ね」
「大人の余裕と言ってくれ。『ルッカの身を案じて』って言葉がちょっと気がかりなんだよ」
アルの足は少しだけ違った方向へと向かった。
行く先はキュクロの工房。
そこには、きっとあの頑固な隻眼のドワーフがいて、今も防具作りに精を出しているに違いなかった。