7.鍛冶屋のドワーフに防具の仕立ては数日かかると言われたので、その間暇潰しがてらにポーション調合(ただし精力剤)に精を出すお話
ルッカの紹介してくれた職人、キュクロは間違いなく一流の職人であった。
だから、彼が『悪いが三日ほど時間をもらうぞ』と言ったからには、アルたちはしっかり三日待つつもりであった。
(急かしてもいいものはできない。どんな仕事にも速さには限界がある)
むしろ、王族御用達の職人が自分たちのために防具を仕立ててくれるだなんて、それだけで身に余る幸運だ、とアルたちは考えていた。
「ルッカがお姫さま、ねえ」
「うん、そうみたいね」
「見えねえな」
「うん、だよね」
ルッカに聞こえないことをいいことに、二人は好き放題に言っていた。
確かにルッカは姫には見えない。精々が町娘と言ったところだ。前にジョザにじゃじゃ馬なんて言われていたが、姫というよりはそっちの方が近いだろう。
「……何か失礼なこと考えてない?」
目敏くルッカが振り向いた。
アルは苦笑いを浮かべて「いや、ルッカは気さくな女の子だよなって話さ」と誤魔化した。まあ、話の流れ上は間違ってはいない、が、物凄い話の盛りようであった。
「……あ、そ」
ちょっと照れたようにぷいと横を向くルッカを見て、アルはますます苦笑いした。
◆ ◆ ◆
「ゴブリンの肝でポーションを作る? そんなのできるの?」
「ああ、素材は前回摘み取ってきたからな」
宿に帰るなり、床にどわっとゴブリンの肝を並べて、調合の準備を始めるアル。
というよりも、目の前で調合器具が並べられていくのを見て、ルッカは今から何が起こるのかを理解しあぐねていた。
「調合って、アンタたちそんなこともできるの? 嘘でしょ?」
「いやいや、本当さ。調合なんて成分解析ができるなら楽だぞ?」
「いやいやいやいや」
その成分解析ができないから難しいのではないか、とルッカは呆れ返っていた。
「アルはね、第一種級の国家錬金術師なの」
「え? 嘘!?」
「アルったら『歩く国家資格』なんて揶揄されてたのよね。錬金術免許も物のついでに取ったみたい」
「……よーやるわ、ホント。詳しくは知らないけど毎年一〇〇〇人は受験して一握りしか受からない資格でしょ、それ」
正確には、毎年五名の合格枠をかけて約二〇〇〇人が受験する資格である。受かった時点で、激務と引き換えに、国家錬金術師としてのエリート生活が約束されるような代物だ。
「まあ、百年前の話だけどな」
もくもくと作業を続けるアルの手付きに淀みはない。本当に何でもできる男だ。
「で、ポーションを作るのに、市販のポーションを買うの?」
「楽だからな」
「楽って……」
市販のポーションに、ゴブリンの肝をとろとろに煮た何かが混ぜられた。
続いてアロエを絞りながら汁を加え、蒸留酒が数滴ほど垂らされる。ぱっと見、やっていることは問題なさそうである。
「黒ウコンをすりおろしたものを投入し、アルギニンを補う。火を通したニンニクを半欠片ほど刻んで加える。ガラナの果汁を加えて、カフェインを補填。ツルハナモツヤクノキを少々加え、ハーブにはトンカットアリを使用。味付けをまろやかにするため、蜂蜜とすりおろしたリンゴを加えて調節すると……」
何を作っているのだろうか、とルッカは思ったが、邪魔するのは忍びないのでそっと見ておくことにした。
というより。
「……手伝おうか?」
「ん? 手伝ってくれるのか?」
どうにも僅かばかり、ルッカの好奇心が首をもたげた。
あのアルが真剣な顔で薬品を作っているのを見ると、自分も少しだけやってみようかなという気持ちになったのである。
「じゃあ、ヨヒンベをこの乳鉢ですりつぶしてくれ。あと、オトシトシンを湯煎で煮出すから、このボウルにお湯を張って欲しい。他にも紅花とサフランの粉末を作って欲しい。ダミアナ、トリビュラスの葉をこれぐらいに千切ってくれると助かる」
「え、ちょ、指示多すぎ」
やることの多さに面食らったルッカだが、ラナに教えてもらうことで何とか作業に取りかかった。
一度やってみると存外面白い。草花を煮出すと色が滲み出るなどは、子供の頃にやった染め物を思い出す。
そんなこんなでルッカは、作業を楽しくこなしていった。
「次、ルッカはこれをやってちょうだい。……ごめんね、アルったら人に仕事を振るのが下手なの」
「ありがとう、ラナ。……確かにアイツ、一気にがーって仕事を振るよね」
隣のラナがちょいちょい手伝ってくれるお陰で、作業能率も著しく上がり、ポーションはとうとう完成することとなった。
「さあ、完成だ!」
「できたー! でも何だろこれ?」
「二人ともお疲れ様」
目の前に並べられたポーション一〇〇本を、慎重に取り扱うアル。
どうやら一本一本がかなり貴重なようで、割れないように気を付けてそっと箱に詰めている。
「これは一本金貨一枚に相当する、非常に高価なポーションだ」
「!?」
とんでもない値段だ、とルッカは思った。
普通の相場を考えると、金貨一枚で並みのポーションを五本から一〇本は買える。金貨一枚で一本だなんて、上質なワインとほぼ等価値である。
果たして、このポーションはさぞかし効果が高いに違いない。
「ポーション一〇〇本、その他材料費で金貨三〇枚を使ったから、三〇本売れたら十分か」
「そうね。でもアルには、全部売れる自信があるんでしょ?」
「まあな、この手の商品は引く手数多だからな」
全てのポーションを詰み終えたアルは、クッションを上から被せて箱の蓋を閉じた。
「よし、後はこの街の薬師さんに効果を実践してもらうだけだな」
「……で、そのポーションは結局何なの?」
まだ明確に答えを貰っていないルッカは、それをアルとラナに尋ねた。
結局、ルッカには馴染みのない成分ばかりが調合されていた。王族として薬学も少しだけ勉強したことはあるが、それにしても聞いたことのないものばかりが加えられていたように思われる。
いまのところ、ルッカにとってはこのポーションが、ひとつの健康薬品にしか思われなかった。
「……まあ、端的にいうと精力剤だな」
「精力剤?」
「……。元気が出る薬、というやつだ」
「へえ、なるほどね」
あっさりと納得したルッカであったが、アルとラナの二人は妙に生暖かい笑みを浮かべるのであった。
◆ ◆ ◆
薬師に薬をひとつサンプルとして渡した時、ルッカはこのポーションの効能を理解してしまった。
顔を赤くして「……最低」とぼやく彼女だったが、興味津々でポーション作りを手伝っていたのは他ならぬ彼女である。
アルは「悪気はない」と随分とあっさりしていたし、ラナに至っては「試す?」なんて訳のわからないことをのたまっていた。
リュータはリュータで、きゅー? と何だか興味津々だったので、ルッカは誤飲しないように慌てて止めに入ることになった。