6.四百を超える討伐証明素材と魔石を提出したら、案の定どん引きされて、またもや大量に金貨を手にいれたものの、特にしたいこともないので装備品の新調などに充てる話。
今日も今日とて、ギルドの事務員ペコラは、アルたちの狩りの戦果を前に顔芸をすることになった。
魔石四〇〇個、ゴブリンの討伐証明部位も四〇〇個、何度数えても間違いはない。
ゴブリンハート(ごく稀にゴブリンからとれる上質の魔石)も二個ほど上納され、さらにはゴブリンキングのこぶし大の魔石も納められている。
はっきり言ってE級冒険者の成果ではない。
ゴブリンキングというB級冒険者一〇名程度で挑むような魔物を、他四〇〇体のゴブリンと共に容易く狩ってしまうなど、前代未聞だ。
それもこの二人、アルとラナは他にパーティを組んでいるようには見えない。
一体この二人は何者なのだ、とペコラは笑みをひきつらせる他なかった。
◆ ◆ ◆
「あのペコラって人、美人だけど毎回顔芸するんだよね」
アルはそう言いながら、装備の点検と手入れのために、手持ちの武器を武具屋に預けた。
ラナとルッカの武器はまだまだ大丈夫だったので、今回はアルの武器の点検費用だけしか出費がない。
スネイク一味を三人始末したときの賞金、ジョザとの賭け、またスネイク一味を六人捕らえたときの賞金、そしてこのゴブリン四〇〇体殲滅と、資金はどうにも貯まる一方であった。
「ねえアル、私たちルッカちゃんを新しく仲間に迎え入れたけど、お金は貯まる一方よね」
「まあ、ルッカ一人が増えたところで、今のところ出費らしい出費はそんなにないからな」
アルの予想では、武具点検でルッカに出費がかかるのでは、と思っていた。が、どうやら彼女は少し前に武具点検を済ませていたらしく、心配は肩透かしに終わった。
逆にアルの方が「いいのか?」と聞いてしまったほどだ。
ルッカはしばらく考えこんでいたものの、別にいいとのことであった。
随分と殊勝な態度である。
「じゃあ、新しく欲しい装備とかはないか? どうせなら今のうちに新調するのもいい」
「うーん、ないかも」
「ラナは?」
「私も特にないかな。アルは何か欲しい?」
「いや、別に……」
考えてはみたが、三人とも別に新しく欲しい装備もなかった。
思い返せば、この前のゴブリン狩りにしたって、戦闘らしい戦闘はなかった。
武器も何も使用してない。装備が傷むはずがないのである。
せいぜい素材を剥ぎ取るためのナイフを使った程度で、そのナイフもまだ全然使えそうなので、実は今、特に火急の物はない。
「うーん、じゃあどうしよう」
「……お金の使い道に迷うようなら、無理して使うこともないな。ギルドに預けることにするか」
手元にずっしりと重たくのし掛かる金貨を眺めながら、アルがそう呟いたときだった。
突然ルッカが「あ、それなら」と何かを閃いたらしく、指を鳴らしていた。
「あのね、頑固親父のキュクロっていう隻眼のドワーフがいるんだけど、彼ならいい武器を打ってくれると思う」
「頑固親父のキュクロ?」
「うん。巨人族の血を引いた鍛冶職人なんだけど、腕は間違いなくいい」
小柄なドワーフと大柄な巨人族の両方の血を引き継いでいる、というのが、ちょっとだけアルの興味をひいた。
「キュクロは私も――正確には私の父もお世話になってるんだ。本当にいい鍛冶職人だよ」
「……なるほど、『光の勇者』のお墨付きか」
顎を撫でながら、アルはラナの方を見やった。彼女も、こくりと一つだけ頷いていた。
どうやら異論はないようである。
「じゃあ、キュクロって鍛冶職人に会いに行くか」
◆ ◆ ◆
『……欲しい武器の種類は特にないが、とりあえず武器が欲しい、だと? ――ふざけるんじゃねえ!』
結論からいうと、早速怒られた。
「一体何がいけなかったんだ? こっちの要望は一言一句間違いなく伝わったはずだ」
「そうよ、何でアルが怒られなくちゃいけないのよ」
真剣に首をかしげる二人だったが、もしこの場にルッカがいたら呆れて物を言う気にもなれなかっただろう。
言い方がまずかった。とりあえずキュクロの武器が欲しい、だなんて、いかにもふざけた態度である。
キュクロからすると、『天下一品の剣が欲しいからキュクロの旦那を頼った』という依頼ならまだ理解を示しただろう。
キュクロの鍛冶職人としての腕の高さを買っている発言だ。きっと彼も一考ぐらいはしてくれるだろう。
だが、現実に言った言葉は『特に欲しい武器はない』『とりあえずキュクロの武器が欲しい』といったもの。
まるで貴族のような傲慢な態度である。
とりあえず有名な鍛冶職人の商品だったら何でもいい、と言わんばかりである。
一流の画家に『あんたは有名な画家だから、とりあえず何でもいいから絵を買うよ』と言っているようなものだ。
こんなことを言われて、嬉しい画家がいるだろうか。
絵を売るにしても、満足な気持ちで絵を手放すのとは少し程遠い気分だろう。
仕事に誇りをもつ職人ならなおのこと。頑固な職人のキュクロが怒るというのも納得であった。
『それに、てめえらが必要なのは防具の方だ! 体力もなさそうなガキどもの癖に、体に合わないチェインメイルなんざ着るんじゃねえ!』
あの時キュクロは、アルとラナの着ていたチェインメイルが体に合ってないことを見抜いていた。隻眼なのに、どうして中々目の付け所が鋭いものだ、とアルは思った。
チェインメイルとは、鎖を連結させた鎧のことである。
防刃性に優れ、反面、打撃の威力の吸収には乏しい。
メンテナンスも中々大変で、錆を落とすために砂に突っ込んで、棒で洗濯するように掻き回したりしなくてはならない。
(昔着てたブリガンダインが百年経ってだめになったから、一時的にチェインメイルを使ってるに過ぎない)
アルとラナは、二人とも子供のような見た目をしている。
本当は二人とも、動きやすくメンテナンスもしやすいブリガンダインを買いたかったのだが、体の大きさがいかんせん合わなかった。
そのため、体に合う防具で他に採寸が近いものを選んだところ、やや大き目だが、このチェインメイルが見つかったという次第である。
『どうせオーダーメイドにするほど持ち合わせもなかったんだろうが、え? 冒険者の命綱とも言われてやがる防具を値切るたぁ感心しねえ。一級品をこさえてやるからちゃんと待ってろ。いいな!』
キュクロはそう言ったきり、作業に取りかかってしまい、そして今に至る。
話の流れからいうと、あのまま怒鳴られて追い出されるのではとアルたちは思ったが、一級品をこさえてくれるというのなら断る道理はない。
奇妙な展開だったが、話の弾みとしかいいようがない。とにかく上手い方向に話が転がってくれたものであった。
「まあ、チェインメイルはいずれ買い換えようと思っていたしな。いくら軽量化してるとはいえ、鉄の鎖は重たいし」
「そうだね。……最初から素直にレザーアーマーを買っておけばよかったかも」
「おいおい止めてくれよ、あの店で買ったときは皮の供給不足のせいか、質の悪いレザーアーマーしかなかったじゃないか」
「でも、チェインメイルだって結局、私たちには合わなかったじゃない」
「結果論さ。身体強化魔術で重さはクリアできる、防腐魔術で錆止めはできる、そこそこ動きやすくて防御力も高い、それに今後他の防具を重ね着することも可能……そう考えてチェインメイルを買ったんだ」
「予想より不便だったけどね」
「試着したときはいけると思ったんだ……ああ、やっぱり百年眠ってたブランクで、体の感覚が錆び付いているのかもしれない」
今、アルとラナは防具の採寸合わせのために、キュクロの工房にまで足を運んでいた。
鍛冶職人なのではなかったか――そう思ったが、どうやら『武具仕立て、防具仕立て、鍛冶』全てを手掛けているらしい。
なるほど、手先の器用なドワーフらしいことだ。
そんなキュクロは今アルたちの目の前で仕事に打ち込んでいるが、仕事ぶりを見る限りでは、防具作りも問題なさそうであった。
「お前さんら、ブリガンダインが欲しいと言ってたな? え?」
「ああ、はい。ブリガンダインは昔愛用していたので」
「ラメラーアーマーもいいぞ? 金を持ってるんならそっちをお勧めしておこう。今は皮の供給が不足気味でな、質のいいブリガンダインを作れるとは保証できん」
「ラメラーアーマーも皮を使うでしょう?」
「小片はな。だが、ブリガンダインと比較すればデカい一枚皮を使わなくていい分、自由が効く」
どかっと目の前に座ったキュクロは、「ふうむ」と一言だけ唸った。
「お前さんら、あの子とはどういう関係だ?」
「あの子? ルッカですか?」
ああ、と厳めしい顔をしながら、キュクロはアルとラナの採寸を取り始めた。
「あの子はやんごとなき身分の子だ。あの子の紹介があったから、俺もお前さんらの仕事を引き受けたってことだ。その辺、分かってるだろうな?」
「ああ……『光の勇者』でしょう?」
「分かってるなら話が早い。……しかし、お前さんら、お姫さまに何ちゅう失礼な口を利くもんだか、肝が冷えたぞ」
「……え?」
お姫さま、という単語を耳にして、アルとラナは思わず目を合わせてしまった。
「何だ? 『光の勇者』っていったらこの【王国】の王族と結婚して、いまやこの国の王様だぞ? そんなことも知らなかったのか?」
キュクロの言葉にアルは呆気にとられた。
アークライト家が王家と婚儀を交わしただなどと、アルの記憶にはない。
この百年の間に、そんな大ごとがあったとはつゆしらず、アルは思わず苦笑いを浮かべるしかなかった。
◆ ◆ ◆
キュクロの工房を後にしたアルたちは、外で待ってくれていたルッカと合流した。
結局買うのはラメラーアーマーになった。チェインメイルとの重ね着も一応できるらしいとのことが決め手になった。
「ね、キュクロってとてもいい職人さんだったでしょ?」
自慢げに言うルッカ。
それもそうだろう、あのキュクロという職人はまがりなりにも王族御用達なのだから、とは口に出せないアルであった。
きゅい? とリュータがアルたちを見つめていた。(お前のパートナー、実はお姫さまらしいぜ)とアルは苦笑しつつ、リュータの頭を撫でた。




