5.冒険者になってから、ずっとならず者とか迷賊とかしか捕まえていないなと思ったので、流石にそろそろ魂の器(レベル)を成長させるために魔物を狩ろう(ただし兵法を運用)とする話
六人の迷賊を引き渡されたとき、ギルドの事務員ペコラは流石に顔をひきつらせていた。
E級冒険者になったばかり。
そんな冒険者になりたての二人が、それなりに腕の立つ迷賊たち六人を返り討ちにするという話は、今まで聞いたことがない。
迷賊というと、冒険者を襲うことで日々の食い扶持を得ている集団だ。
当然、それなりに腕の立つ連中でなければやっていけない。襲う相手は冒険者なのだから、まず強くなければ話にならないのだ。
そのためか、迷賊のほとんどは元々冒険者だったことが多い。冒険者としてそれなりに戦いに心得があり、冒険者としての習性・弱点を知り尽くしていることから、元冒険者が身を落とすには最適なのである。
とにかく迷賊は、そのような理由もあってか手強い連中が揃っている。
ただでさえそうなのに、今回は『スネイク一味』という名の知れた迷賊。ただのごろつきではなく、それなりの実力者である。
だが、この二人は返り討ちにしたのだ。それも六対二(正確には三人だが、ルッカはこの場にはいない)という圧倒的に不利な状況で。
常識を知っているものからすれば、呆れる他ない。
「……規定通り報酬をお渡ししますので、少々お待ちください」
E級冒険者だなどと詐欺同然ではないか、とばかりに事務員のペコラは思った。
◆ ◆ ◆
「待たせたな、ルッカ」
冒険者ギルドの入り口には、顔をフードで隠したルッカが立っていた。
ここまでしないと、親にばれるらしい。
見れば、リュータの顔にも念のためタオルがぐるぐる巻かれている、が、アルは(こっちは隠す意味があるのか?)と思ってしまった。
きゅ? と可愛い声で鳴くリュータの鼻をつんつんと撫でつつ、アルたちは歩き出した。
迷賊たち六名を引き渡したアルとラナは、またもや金貨を大量に手に入れた。
どうやら今回もまた、金になる手合いを捕まえることに成功したらしい。
『スネイク一味』。
もう一度その名前を聞くことになるとは、とアルは思った。
「どう考えても、意趣返しだよな。前に街のごろつきだと思って三人ほど討ち取っちゃったけど、あれ以来どうやら『スネイク一味』ってのに目をつけられちゃったみたいだ」
「……ごめん。私のせいだよね」
「まさか! ラナのせいじゃないさ! 俺がやりすぎただけだ」
アルはそのまま「というか、『スネイク一味』とやらも、俺たちみたいな貧乏人にかまけなくてもいいのに」と言葉を続けた。
アルに言わせれば、個人レベルの報復は、非経済的な戦略であった。
「……スネイク一味? え、アンタ、嘘、え?」
「どうしたルッカ?」
やや遅れてルッカは、アルたちのしでかしたことを理解することとなった。
「あの、スネイク一味ってのは、このモンドブルグ一帯を取り締まるギャングの名前なんだけど……」
呆れ顔のルッカ曰く、『スネイク一味』とはこの迷宮街の三大ギャングの一つらしい。
彼らは迷宮内部にも影響力を持つ。
【王国】の王権の及ばない迷宮内部では、それこそ、『スネイク一味』が取り締まっている街があるほどだ。
それは最早、独立自治を黙認されている、といっても過言ではない。
このことを聞いて、ようやくアルは「あれ、俺たちまずいことをしたかも?」と事態を把握した。
「前回に引き続き今回も……。こりゃ、向こうは激怒だろうな」
「え、で、でも、向こうが弱いのに私たちに手を出したのが駄目なんじゃない」
「だよな、弱いのが悪い」
何か凄いことを言い出す二人だった。
しかも「弱いくせに相手を見ないのが悪い」「返り討ちにあったのに逆恨みなんて子どもの考えじゃない」「というかラナに手を出すなんて身の程をわきまえるべきだ」「アルに迷惑をかけるやつなんて滅べばいいのに」と好き放題にも余りある発言まで飛び交う始末。
隣で聞いてるルッカは、何となく先行きが不安になった。
◆ ◆ ◆
流石にそろそろ魔物を狩らないのはまずい。
そんなアルの提案で、迷宮第一階層での魔物狩りが始まった。
「戦いと狩りは違う。戦いは勝ちに行くものだが、狩りは仕留める作業だ」
そう言いつつアルは、目測数キロ先のゴブリンの群れに狙いをつけていた。
目標は、最近出没したと言われるゴブリンキング、ならびにその配下たち数百匹余り。
魂の経験を積んで魂の器を向上させるため、アルはこの百匹余りを殲滅しようと考えていた。
「ゆえに、狩りには短期間で効率よく、が求められる」
マナ・マテリアルにより岩の投擲器を作り、さらに川の上流を塞き止める簡易ダム壁を作る。
同時に、スタングレネード魔術を処理スタックにプリセットし、時間が来たら自動的に発動するように設定する。
今から行うのは兵法の運用。
数キロ先のゴブリンの群れを殲滅させるための大掛かりな作戦である。
「ラナ、準備はいいか?」
「うん、行けるよ。水の精霊さんも大地の精霊さんも森の精霊さんも大丈夫だって」
「じゃあ、共鳴させるぞ」
「うん」
ラナとアルが軽く口付けを行った。
二人の口から糸が引いて――アストラル体が繋がった。
位相カオスの結合はチューリングパターンを呈している。二人のアストラル体は、今や一つのものとなっていた。
「じゃあ、今からあのゴブリンたちを一網打尽にしてしまおうか」
「うん」
うっとりと頬笑む二人の瞳には、暗い悦びが沈んでいた。
◆ ◆ ◆
ゴブリンは普段は洞窟の中で生活する生き物である。
一説によると、低温高湿かつ暗室を好むゴブリンたちは、外敵から身を守るためにそう進化したのだと言われている。
だが、略奪中の今は別である。
彼らは今現在、森の妖精ドリュアスたちを好き放題に貪っているのだ。
――他愛もない妖精どもだ。
ゴブリンキングであるゲハルドは、自らの足元に組伏せられたドリュアスの乙女を見てほくそ笑んだ。
確かにドリュアスは、見目は麗しい。子どものようにつぶらな瞳、ほっそりした手足、そういった儚げな外見が、彼女らをひときわ可憐にさせている。
しかし、見るからに力は弱そうで、抵抗することも出来なさそうであった。
――時代は力だ。力なきものはこのように蹂躙されて貪られるに過ぎぬ。ドリュアスは、遅かれ早かれこうなる運命だったのだ。
下卑た笑みを浮かべるゴブリンキングのゲハルドは、そのままドリュアスの乙女を足で蹴り転がした。
「――グオオオオオ!!」
勝利の閧を上げ、ゴブリンたちに訴えかける。
時代は力だと。
力こそ正義だと。
そういって彼らを鼓舞する。
「グオオオオオオオ!」
「グオオオオオオオ!」
「グオオオオオオオ!」
即座に声が木霊した。
皆が王を称えている。ゴブリンの王万歳と。我らの王に栄光あれと。
歓声がそのまま爆発した。
――これでよい。これでよいのだ。
配下たちの歓声を耳にして、ゴブリンキングは悦に浸った。
このゴブリンキングには才覚があった。この第一階層の森を支配するだけの王の器。尽きぬ野心と果てなき大望。それらが全て、王にはあった。
このまま、ダイアーウルフ、ハーピィ、オークらを配下に加え、一大軍団を作り上げて、この森に覇を唱えるのだ。
食い荒らすべきは、そう、勝手にこの森を侵略してきたニンゲンどもがいい。
――さあ、首を洗って待っているがいい、ニンゲンめ。
この俺が鉄槌を加えてやろう、とまで考えていた、そんなとき。
歓声が、文字通り爆発した。
◆ ◆ ◆
180デシベルの炸裂音が耳をつんざき、600万カンデラの閃光が瞳を焼く。スタングレネードはこの上なく順調に機能する。
目も耳も一時的に失われたゴブリンたちが次に浴びせられるのは、精神への攻撃――即ち、ラナの『魂の叫び』。
耳が聞こえなくとも、魂の叫びは魂に直接響き、そしてそのまま文字通り精神を削る。
共鳴デバイスを遠隔地に設置さえすれば、ラナの死の叫びでさえも遠くに運び届けることができる。
これこそが、数キロ先のゴブリンたちに『魂の叫び』を送りつけたトリックであった。
視覚と聴覚を失い、精神すらも蝕まれたゴブリンたちが、『魂の叫び』から逃れようと逃げ惑うのは至極当然のことであった。
◆ ◆ ◆
何が起きたのか、とゴブリンたちは思った。
目が見えぬ。音も聞こえぬ。そればかりでなく、形のない死の予感が心臓を鷲掴みにする。
寒気がする。吐き気もする。
灰色に眩んだ視界、きぃんと止まぬ耳鳴り、どくどくと血の流れる感覚、全身から血が失われていくような感覚、呼吸が全身に巡らない感覚、背中が焼けただれる感覚、胸がぽかりと穴空く感覚、腹がじくじくと爛れる感覚、喉が痛いほど乾く感覚、そして、
脳髄が、
ずるずると、
吸われるような、
首の寒くなる感覚。
――じっとしていれば死ぬ。じっとしていれば死ぬ。じっとしていれば死ぬ! じっとしていれば! 死ぬ!
ほとんど瞬間的に確信したゴブリンたちは、『魂の叫び』から本能的に走って逃げた。
幸い、『魂の叫び』は四方八方から聞こえては来ず、一つの方角には空いていた。
そこに走る。遮二無二に走る。命を求めるために走る。足を止めれば死ぬ。だから死にものぐるいで走る。
あるゴブリンは転倒して、その背中を後続のゴブリンどもに踏み砕かれて、蹴たぐり倒されて、内蔵を破裂させて死んだ。
木にぶつかって、同じように蹴飛ばされて、首をへし折られて死ぬものもいる。
足を止めれば死が待っている。仲間に蹴られて押し潰されて死ぬ。狂乱の死の競争。誰も止められぬ。止まればよいのに止まれぬ。止まれば死なぬのに誰も止まらぬ。
走るだけで死ぬ。走って死ぬ。
馬車馬のように喘いで走り、死ぬ、死ぬ、死ぬ、と怖がって走り、足がもつれたら最後、蹴り転がされて死ぬ。
皮肉なことに、数は止まらぬ。数は暴力であるがゆえに、一度火がついたら狂態は止められぬ。
群衆は一人一人の意志から手離されて、命をいとも容易く呑み込む津波となり果てた。
走っているだけで死ぬ。
何と容易く効率のよい殺し方だろうか。
この殺しを考えたものは悪魔に違いない。
いかにもこれは、狂気じみている。
三割ほどが屍を晒し、ようやく死者が四割に届こうというところで、ゴブリンたちは水に足を取られて転倒した。
川だ。川に差し掛かったのだ。
目も耳も利かず、必死に走って体力も残っておらぬゴブリンどもが、水に足を取られぬはずもない。
次々と面白いように転倒して、後ろから蹴られて、踏み砕かれて、押し潰されて、そうやって肉が川に浮かんだ。
皮肉なことに、積み重なった肉は足場になった。
引き換えに、足を引っかけて転倒する要因にもなった。
そうやって川で一割以上が死んでいった。
そして。
もたついているゴブリンたちは、突如濁流に飲み込まれた。
川の上流で塞き止められていた水が、一気に押し寄せてきたのだ。
勢いは恐ろしく、一度呑まれたら二度と顔を水から出せぬほど早い。
生きるために必死で走りに走った疲労困憊のゴブリンたちは、もはや泳ぐ力も残っていない。
溺れて死ぬ。
直ぐに死ぬ。
身体中が空気を欲している時に、濁流に呑まれてしまえば、すぐさま溺れて死ねるだろう。
目も見えぬ、耳も聞こえぬ、『魂の叫び』のせいで正気さえ失っている。
そんなゴブリンたちが、空気を求めたところで、どこに顔を出せばよいのか。
次々と面白いように溺れて死ぬ。
あるものは偶然仲間の足をつかんで、そのまま二人仲良く死んだ。
あるものは肺の四割ほど水を呑み込んで、どうすることもなく暴れて死んだ。
ゴブリンは四百体近くいた。しかし、その殆どがいとも容易く死んでいった。
残ったゴブリンたちは三〇体もいない。
投石器が、もはや動く体力も残っていないそれを、順番に殺していった。
◆ ◆ ◆
「うわぁ……」
ルッカの口から漏れた言葉は、端的に言うと、どん引きの感情をありありと表していた。
いとも簡単に殺戮の出来上がり。実に効率のよい魔物の狩りかた。消費魔力も少なく、時間も大してかかっていない。
非常に楽、かつ能率的。
狩りとしてはこの上ない戦果であった。
「ほら、魔石と討伐証明部位を採集するぞ。今回の獲物はゴブリン四百体。全部集めたら馬鹿にならない収穫だ」
「うん。アルったら本当素敵」
「ラナのおかげさ。ありがとう、ラナ」
「ううん、違うよ。アルじゃないとこんなのできっこないもの……」
何かいちゃついてる二人がいたが、ルッカは知らぬ存ぜぬを突き通した。
あれは化け物だ。化け物が二人。もうあれはああいうやつなのだと割りきった方がいいだろう。
「集団のゴブリンたちに意図的なパニックを引き起こして、そのまま川に来てもらって、鉄砲水で一気に押し流して溺れさせる。討ち漏らしたゴブリンは、放置するか投石器で倒すかのどちらか。実にシステマティックだろ?」
「うふふ、凄い、何て濃密な魂の欠片たちなの? ここに撒き散らされた魂の欠片を吸うだけで、簡単に魂の器が育っていくのが分かるわ」
「ラナ、遠慮しなくてもいい。もっと吸ってもいいんだよ」
「だめ、アルの方こそたくさん食べて。そして一秒でも長生きして」
――いちゃつく前に、早く魔石を取り出せ!
ルッカは内心そう毒づいたが、まさか雇い主にそんな暴言を吐くわけにもいかず、黙っておいた。
第一、この戦果はアルとラナの二人のおかげだ。ルッカが役立った点など全くない。強いて言えば、魔石の採集と討伐証明部位の耳の剥ぎ取りで、今が一番活躍しているというべきか。
そんな次第なので、ルッカは文句を垂れることなく、もくもくと作業を続けることにした。
きゅきゅきゅ! とリュータが美味しそうに空気を吸って、魂の欠片をちまちまと食べているのが分かった。
(もう、呑気な子ね)とルッカはリュータを優しく撫でた。
◆ ◆ ◆
その日、ゴブリンキングのゲハルドは死んだ。
辛うじて生き延びたゴブリンキングの息子は、亡き父の野望を受け継ぐことを誓った。
名をギーグ。後にこの迷宮第一階層を支配する覇王となるゴブリン。
アルとラナは、その事を知る由もない。