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――理論で殴れば大体勝てる―― 数理魔術師アルヴィスの旅  作者: Richard Roe
第一章 ゴブリンを一気に殲滅したり、ポーションを売ったりして荒稼ぎしていたら、いつの間にか国王(勇者)と戦うことになった数理魔術師
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4.世界迷宮に潜って魔物を狩りに行くのはいいものの、どうやら迷賊に付け狙われたらしいので、フーリエ解析による音周波数解析により気配察知して一気に返り討ちにした話

 世界各地に入り口が存在する、大型迷宮――世界迷宮。


 それは、一階層ごとに時間の密度が一〇倍になる異世界、という表現の方が正しいかもしれない。


 世界迷宮は異空間である。

 朝日が登り、月が沈む。

 風はそよぎ、自然は生え渡る。

 川が流れ、雨と雷が降る。

 そして『迷宮の民』と呼ばれる、外に出られない民が出現する。


 このように、迷宮の中には異なる世界がある。砂漠の世界、海の世界、火山の世界、雪の世界――それが折り重なって、迷宮はかく在り続けている。


 世界迷宮は、一階層ごとに別世界である――これらこそが、人にそう唄われる所以であった。


「なるほど、これは確かに無尽蔵に宝と魔物が出てくるわけだ」


「? アンタたち、もしかして世界迷宮は初めて?」


「ああ。百年前にはこんなものなかったからな」


「アンタ、もしかして百歳越えてるの?」


 怪訝そうな顔付きで尋ねるルッカ。にわかには信じがたい、という感情がありありと伝わってくる顔付きだ。


「百年間眠ってたんだ。もちろん体は、生存補助アプリ【きっとサバイバる】のオートスリープ機能で、最低限の機能を維持したまま休眠させていたけどな」


「百年眠ってた……? え、何それ」


「ちなみにラナは千年妖精の一人で、千年生きてる」


「……アンタたち何者?」


 話に上手く付いていけない、という様子のルッカに、アルは「それもそうだろうな」と苦笑した。


金貸し(マネーレンダー)賞金稼ぎ(バウンティハンター)のアルヴィス。千年妖精のはぐれバンシー、ラナウン。今は契約者同士だ」


「……千年妖精と契約するって、アンタ凄いのね」


「ラナが凄いだけさ。な、ラナ」


 迷宮を練り歩きながら、アルはそう言った。

 それにしても呆れる惚気っぷりである。ラナが凄いだけさ、なんてさらっと言う。

 ラナもラナで「! ち、ちがうもん、凄くないもん! 昨日のはアルの意地悪のせいじゃない!」と微妙に噛み合ってないことをのたまっているし、正直どうでもいい。


「……ごちそうさま」


 ぼそりと呟いたルッカの言葉は、きゅ? と首をかしげる竜の子リュータにしか聞こえなかった。


「まあいい。迷宮第一階層は時間の密度が一〇倍らしいから、一〇日過ごしても地上では一日、つまり比較的ゆっくり過ごしても、地上の宿代は嵩まない。今回は迷宮に慣れるのがメインの目的だから、あまり無理をしなくてもいいだろう」


 迷宮第一階層――森の中を見渡しながら、アルはそう結論付けた。


 今、アルたち三名(並びに一匹)は迷宮第一階層に潜り込んでいる。


 目的は、迷宮に慣れること。

 元からC級冒険者として活躍しているルッカと違い、E級冒険者になりたてのアル、ラナの二人は迷宮に詳しくない。

 なので、この二人が早く迷宮に慣れるよう、ルッカは手伝っているのである。


「用心棒として私を雇ってくれている雇い主さんだもんね、もちろん色々とサービスさせていただきますとも。夜営のコツとか魔物の特徴、他にも迷宮の基礎知識とかとか、ね? だから……」


「OKOK、見捨てないって」


「信じるからね? お願いだよ?」


 ルッカが懇願するのも無理はない。


 まず彼女はお金がない。手持ちの金は、リュータの治療費に使い込んでしまい、更にはジョザに金を無心してもらう始末だ。


 ならば依頼を達成してお金を稼げばいい――というものではなかった。

 単独のC級冒険者として依頼を受諾しようものなら、冒険者ギルドから親に連絡がいく。


 つまり、ルッカが『光の勇者』の親の目から逃れるためには、一緒にパーティを組んで依頼を受注する際に隠れ蓑になってくれる人、なおかつ信頼できる人が必要だったのである。

 そんな人間そうそういるはずもない。だから彼女には、ここでみすみすアルやラナを逃す道理はないのであった。


「……それにしても、世界迷宮にも面倒な手合いはいるもんだな」


「……うん、そうね。さっきから気配を感じるもの」


「ラナも気付いたか?」


「うん、むしろ気付かない方がおかしいっていうか、随分と分かりやすいっていうか」


 ラナがぴくりと耳を動かしながら、横目で木の影を見た。


 迷宮の盗賊集団――迷賊。

 視線の先に潜んでいるのは、そんな手練の集団であった。


(まあ、気付くよな。森の精霊ドリュアスの血を一部引き継いでいるラナにとっては、森は彼女の庭も同然)


 それこそ、森の隅から隅までを把握しているも同然――千年妖精のラナは色々と型破りな存在である。


(まあ、俺も知覚拡張アプリ【six sensor】の効果によって、気付いてはいたが……誰かがつけている)


 バックグラウンドノイズをフーリエ解析により除去し、周波数スペクトルをフォルマント周波数ごとにN-gram推定。小さな音の中に潜む"人為的な音"を割り出す。

 音センサだけでなく、魔力センサ、赤外線センサ、匂いセンサなどによって、相手がどこに潜んでいるのかを炙り出す。

 千年妖精のラナだけでなく、契約者のアルもまた、周囲を広域的に探知することが可能なのであった。


「数は六人。魔力の反応が強いのは一人だけ。得物は……弓使いが一人、他は接近武器しか所持していない」


「うん。私も感知したのは六人。魔力が強い人は、ホブゴブリンの気配がする」


「! アンタたち、これだけ遠くの気配を、しかも正確に察知してるっていうの……!?」


 驚いた顔をしたルッカ。

 彼女には六名、という正確な数字は認知できず、ただ何となく後ろから何人かがつけている、としか分かってなかった。

 これでさえ、かなり上等である。

 森に紛れ、静かに動く迷賊の気配を、離れた距離から察知するのだから。


 そのルッカの上を行くアルやラナに至っては、もはや言うまでもなく規格外である。


(何だ、百年たっても魔術は進歩しなかったんだな。だったら俺はまだまだ通用するってことだ)


 ニヤリ、と笑ったアルは、そのまま指を一つ鳴らして、魔術を一つ発動した。


 トラップデバイス発動。

 後ろからつけてきた迷賊たちの足元が怪しく光った。

 発光してから、賊たちはようやく気付いたようだ。が、それでは遅すぎた。


 ――――スタングレネード。


 背後数百メートル先、突如起きた音の爆風と光の奔流によって、賊たちは視覚と聴覚を奪われていた。




 ◆ ◆ ◆




「今だ!」


 そこから先は、電光石火と言って差し支えなかった。


 アルが展開した魔術デバイスにより、初級魔術の一斉掃射がなされ、目も見えず耳も聞こえない賊たちは一網打尽になった。

 ただでさえ避けようのない一様な面攻撃。

 それが、視覚と聴覚を制限されて、どうしようもない賊たちに襲いかかるのだ。

 なす術などあるはずもない。


 続けてラナが『魂の叫び(アストラル・ハウル)』を行い、賊たちの精神を恐慌状態に仕立てた。

 根こそぎ剥ぎ取られる前向きな気持ち。

 訳もなく感じる威圧と恐怖。

 目も見えず耳も聞こえず何が起こったかも分からない、そんな賊たちの心を折るには十分であった。


 後はルッカが手短に彼らを縛り上げるだけであった。

 六人分のロープは手元にあった。

 C級冒険者ともなれば、ロープの扱いも慣れたもの。

 あっという間に六人の賊たちは、囚われの身となったのであった。


(あまりに呆気ない)


 アルはそう思った。


 まあこの結果も、ラナの『魂の叫び』を聴いたからには当然なのかもしれない。

 魂の叫びは、声に魔力を乗せた叫び。

 あれを直接浴びたら、精神が、文字通り揺さぶられて削り取られてしまう。


 アストラル体が一定以上削られると、人は最悪死亡する。

 ショック死、あるいは衰弱死。

 精神体が削り取られるというのは、内臓が削り取られるのと同じようなものである。

 その苦痛と喪失感ときたら、並み大抵のものではない。

 誇張でもなく、本当に人が死ぬ。

 この叫びこそ、バンシーの嘆きが"死の嘆き"と言われる由縁の一つである。


「ぅぅう……」

「ゃ、やめろ……っあ゛あ゛っ」

「た、助けっ、……ぁ、ひっ……」


(あらら。戻しているやつ、失神しているやつ、失禁しているやつもいるじゃないか)


 やはりラナは腐っても千年妖精。

 その化け物っぷりを、目に見える結果として如実に示した、といったところであった。


 迷賊たち六人は、全員情けない有り様であった。

 全員、心臓をわし掴みにされたかのように青ざめた顔をしている。

 呼吸すらままならぬらしい。先程失禁していた女が、過呼吸のようにぜいぜいと口を喘がせている。

 他の五名も同じようなものだった。

 全員が全員情けない姿を見せている。

 寒気と喪失感に、体の震えが止まらないらしく、「ひ、ひぃ」と情けない声を上げている。

 強いて言うのであれば、一人だけ――先程の失禁した女だけが、「ゆ、許さない……!」と敵愾心を剥き出しにしていた。


「許さない? 何をだ? 今のお前たちに何ができる?」


「ぅ、ぅう……ひっ、ぅ」


「お前たちはこのままギルドに身元を預けられ、そのまま監獄でキツい生活を送ることになる。抵抗できるものなら抵抗してみろ。無理だろうがな」


「ぅ、ぐっ……こ、殺し、……やる!」


 過呼吸気味で、苦しさに涙を浮かべながらも、その女は噛み付くことをやめなかった。

 その一言にアルは(面倒だし敵愾心をへし折っておくか)と思った。


「ふざけるな、迷賊どもめ。物を奪ったり、殺したり、人様にさんざ迷惑をかけておいて、いざ捕まるとなると往生際の悪いことだな」


「ひ、ぅ……!」


「どうした? お前みたいに妖精の血を引くホブゴブリンなら分かるだろう? 俺は怒ってるのさ」


「ぁ、ぁ、ぁ……!」


 アストラル体(精神体)にウィルスプログラムを注入。

 神経系に不安感・不快感を与えるような電気信号パターンを付与。

 脳記憶のトラウマから、恐怖ストレスパターンの記憶を合成し、原初的な恐怖を想起させつつ植え付ける。


 妖精族は、アストラル体との感応性が高い。

 それこそ、ホブゴブリンのこの女が、『魂の叫び』によって失禁し、過呼吸になるのも当然の話である。

 魂が削られることは、妖精にとっては致命傷になりかねないのだ。


 そんな妖精の繊細な精神体に、悪質なマルウェアプログラムを流したらどうなるか、などと言うまでもなかった。


「ーーーーあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」


 絶叫である。


 一般に、脳電気パターンから読み取れる記憶は、映像記憶と感情記憶が殆どである。

 この二つは、ある程度脳細胞の反応が分かりやすい。

 赤を見たらここ、青を見たらここ、怒ったらここ、悲しんだらここ、というように、脳のどの部分が活発化するのかが、全人類ある程度共通していて、分かりやすいのだ。

 反面、音声記憶や言語記憶は再現性があまり高くない。

 ゆえに、ウィルスプログラムが再現しているのは、トラウマの映像と感情だ。


 ストレスパターンにはある程度ストックがある。

 アルのデータベースの中には、少なくとも一二通りのストレスパターンが記録されている。

 これを一通り彼女に流し込めば、彼女の心も折れるだろう――というのがアルの見立てであった。


「ねえアル。この子泣いてるよ」


「まあ、泣くだろうな」


 過呼吸気味なのに、喉を、か、か、と鳴らして苦しむとは器用である。

 アルはちょっとだけ感心した。


(まあ、これで静かになったし、よしとするか)


 賊たち六名を三人で運ぶ以上、暴れられては困る。

 だから一旦恐怖で身動きを制限しようと考えたアルの目論みは、実際のところ成功しすぎた。

 賊たちが全員、固唾を呑んで、無言を決め込んでいる。

 それは、何があっても言葉を発するまいとばかりの必死さであった。


(……まあ、情報を売るから俺だけは助けてくれ、なんて命乞いをしないだけ、根性はあるらしい)


 呆れながら、アルはそのまま賊たちをどう運ぶかについて考えを馳せるのであった。




 なお、吐いた男と失禁した女を任されることになったルッカは、「うへぇ」とか言いながら顔をしかめていた。

 鞄から顔を出したリュータが、きゅ? と可愛らしく鳴いていた。




 ◆ ◆ ◆




 運命はこの時、ホブゴブリンの迷賊にしてゴブリナ種の亜妖精、リコルをアルたちと引き合わせた。

 この段階では二人はあくまで、捕まえた人と捕まえられた人という間柄でしかない。

 が、この先彼らが、また異なる形で相対する未来が待ち受けているということを、お互いに知る由はなかった。



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