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――理論で殴れば大体勝てる―― 数理魔術師アルヴィスの旅  作者: Richard Roe
第一章 ゴブリンを一気に殲滅したり、ポーションを売ったりして荒稼ぎしていたら、いつの間にか国王(勇者)と戦うことになった数理魔術師
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3.女冒険者を助けたはいいものの、その子が勇者の血を引く家出娘だと聞いて心中穏やかじゃなくなったが、他にあてもないので一旦身元を引き取ることにした話

 簡易宿泊所の一室にアル、ラナ、ルッカの三人が集まった。

 アル、ラナが二人ともベッドに腰を下ろしたので、残ったルッカは自動的に地面に腰を下ろすこととなった。ただでさえ余所者、しかも助けられた身とあっては、そういう扱いもむべなるかな、という次第である。


 開口一番、ルッカは尋ねた。


「ねえ、アルって言ったっけ。あの勝負、どうやってイカサマだって見破ったの?」


「ん、あれか?」


 ルッカの疑問ももっともであったが、アルは敢えて説明するほどのものではない、と思った。何のことはない、アルのほうもイカサマを働いていたのだ。


 種は簡単である。トランプにシールを貼り付けるように、魔力を練り込んだだけだ。

 これで四枚のトランプを見分けることができるようになったアルは、適度に勝って適度に負けることが可能になった訳である。

 と、同時に、全てのトランプを把握できるようになったため、不正が行われたとしても、見知らぬトランプがあれば一発で見破ることが出来たのである。


 この方法は、残念なことにアル以外の人物にはできない芸当であった。魔力をシールのように貼り付けたり、逆にシールのように貼りつけられた魔力を感知することができる人物は相当限られてくる。

 だからアルは、このことの説明も棚に上げて、ルッカの事情について水を向けた。


「それよりルッカ、君は一体何者なんだ?」




 ◆ ◆ ◆




「――なるほど、そうか」


 ざっと話を聞いたところ、アルは(……厄介なことになったかも)と己の軽率を後悔した。


 ルッカ・リチュエール。女冒険者の偵察者(スカウト)

 短剣術で戦うタイプの近接格闘を嗜むが、魔術適正が異様に高く、血魔法をよく用いるという。

 冒険者ランクは既にC級。若いのに随分と腕が立つようだ。


 彼女が例の男ジョザに追われていたのは、「とある一族の血を引くから」とのことであった。

 一族、という表現に引っ掛かりを覚えたが、アルの知る限りではリチュエール(儀式)の名で有名な一族はない。


(となると残すは偽名。だが、偽名を使うような身分の人間を身請けするだなんて――)


 ろくでもないことになりそうな未来しか見えない。


「あの、できれば私をしばらく匿って欲しいの。役に立つことは保障する。だから、お願い」


「……それは」


 答えかけて、アルは一瞬その言葉を飲み込んだ。

 ここで無碍に断ったところで心は痛まない。が、それをラナの目の前で行うことだけは気が引けた。

 というのも、かつてアルは百年もの間、身の回りの世話をラナに焼いてもらったことがある。彼女には大いに迷惑をかけたが、彼女は何の見返りも要求することなく、百年間ずっとアルのために頑張ってくれたのだ。


(だというのに自分は見捨てます、というのは少々気が引ける話だ)


 そもそも、アルの行動原理はそれである。元々このルッカという少女を助けたのも、『あの時(・・・)、ラナならきっとそうした』からだ。


 今のラナは大人になった。だからもしかしたら「ごめんね、悪いけど力になれない」と断るかもしれない。

 でも、逆にアルは――あの頃のラナに救われたアルは、大した面倒でないなら引き受けてしまおうと考えていた。


(まあ、本格的に面倒なことになったら、その時こそ見捨てるとも)


 でもそれまでの間は、ちょっとばかり力を貸してやらなくもない。


 それがアルの考えであった。


「まあ、身請けをすると言ったのは確かだからな」


「! もしかして、私の話、聞いてくれるの!?」


「考えてやらんこともない、が、その前に」


 ぱぁ、と顔を輝かせる彼女に、アルは一つ切り込んだ。


「匿うにあたって、まずは一つ、確かめたいことがある」


「何? あ、ついでに言うと、私まだ誰とも寝た経験がないから、もしそういうことをするんだったら、下手っぴだと思う――」


「君の名前、偽名だろう?」


 興味ない、とばかりに核心に迫る声。アルは、ルッカのはぐらかしの一切を歯牙にかけなかった。


「はっきり言うと、俺たちは気まぐれで君を助けたんだ。何か理由があって君を助けた訳じゃない。つまり、面倒ごとに巻き込まれそうになったら、君を見捨てるつもりだ。

 ルッカ、君は本名を隠している。自分が何者なのかという身元を隠している。嘘を吐いている。いいか、もし君がやんごとなき立場の人間だとしたら、この先俺たちは厄介ごとに巻き込まれるのは間違いない。そうなる前に俺たちとしては、君が何者なのかを知っておく必要がある。

 もしルッカが教えてくれないというのなら、俺はこの場で君を捨てる」


「……!」


「ルッカ、君は一体どうしてジョザに狙われていたんだ。君は一体何者なんだ」


 問いは、ルッカの顔色をさっと曇らせるのに、十分以上の効果を発揮した。


「……。教えたら助けてくれる?」


「逆だ。教えないなら助けない」


「……」


 沈黙が続き、ややあってルッカは口を開いた。


「――ルッカ・リチュエール・アークライト。『光の勇者』の娘」




 ◆ ◆ ◆




 アークライト家の勇者と聞いて、ぴんと来ない冒険者はいないだろう。勇者一族といえば『篠宮家』『アークライト家』の両家が主流である。


 初代英雄の血筋を唯一引き継ぐ、由緒正しき『篠宮家』に対し、アークライト家は歴史上最も多くの勇者を輩出してきた家門である、という特徴が挙げられる。


 ルッカは、そのアークライト家の出身――それも、当代『光の勇者』の娘であった。


「私のパパは、私に『光の勇者』を継がせようと考えているの。でも、私、そんなつもりじゃない。私は強くないもの」


(強くない……まあ、そうなのかもしれないな)


 アルは目の前の娘の保有魔力量を視て、一瞬だけ考え込んだ。


(俺のステータス解析魔術によると、推定筋力値、推定体力値、推定魔力量、その他の能力推定値のいずれも、凡庸の域を出ない。『光の勇者』の血筋にしては、魂の器(レベル)も別に高いわけではない……)


 一般に、魂の器(レベル)の高い親からは魂の器(レベル)の高い子が生まれやすい。勇者の子は生まれながらに強い、という現象は、正にこのことが理由である。


(だというのにルッカは、少しばかり控え目の能力のようだ。……いや、十分優秀ではあるけども)


 これ以上は失礼だ、とアルは一旦考えをやめた。


「いいよ、何を考えてるか分かるもの。私、全然『光の勇者』の血を引いてるように見えないでしょ?」


 自虐的な笑み。震える声音。ルッカの瞳は、言い知れない憂いを帯びて、やや潤んでいた。泣くのを堪えているのが、一目で分かった。


 アルは思わず隣のラナと目を合わせた。二人とも、話を変えないとまずい、という顔付きだった。


「あー、その、ルッカ。君があのジョザって男と勝負をする羽目になったのは、何故だ?」


「……リュータを助けるために、やむを得ずお金を借りたの。それで、その、返しきれなくて」


「リュータ?」


「うん。ドラゴンの赤ちゃん」


 アルとラナは言葉を失った。


「リュータ、おいで」


 ルッカの呼びかけに答えるように、彼女の荷物から小さなトカゲがひょこっと現れた。つぶらな瞳をぱちぱちとさせている。

 随分と可愛らしい子だ。


「この子は、迷宮で拾ったはぐれ子なの。親から見捨てられちゃったみたい」


 私にそっくり。

 そんな小さな言葉が聞こえたが、アルとラナは深く掘り下げなかった。




 ◆ ◆ ◆




 その日の夜は、ルッカの記憶に嫌というほど焼き付いてしまった。


 簡易宿泊所の床で寝ることになったルッカとリュータは、毛布を貸してもらって眠ることになった。


 アルという男は「この毛布の断熱性を高めておいた」と何やら魔術をかけていたが、恐らくは温もりが逃げない加護を付与していたのだろう。

 聞くところによると、アルは一流の魔道具細工師であるらしい。

 ルッカは(いや、宿の毛布を勝手に魔道具にしてもいいのか)と思ったが、まあ宿もタダで魔道具が手に入ったので損ではあるまい、とのことであった。


 さて、いざ寝ようという時である。


「――――?」


 リュータにおやすみ、と呟こうとしたが、声がでなかった。

 どうやら、防音の魔術が部屋に張り巡らされたらしく、部屋の音が面白いほど静かになった。


(敵襲か!)


 がばりと身を起こして周囲を確認しようと思ったが、その必要はなかった。


(――――――――)


 アルとラナが、ベッドの上で何やら怪しい雰囲気を醸しているのが分かったからだ。


(え、え、え、え)


 赤面し、慌てて身を伏せた。

 向こうはルッカに気付いていないらしく、平然とお互いの肌を絡め合っていた。


(な、何で、何でなの、え、嘘、嘘でしょ、そんな、え、私がいるのに、え、え)


 殆どパニックであった。今の光景はルッカにとって余りにも目に毒である。

 きゅい? とリュータが首をかしげているが、こればかりはこの子に見せられないため目を隠した。


(え、何、何よ、嘘、そんな、え、本当に、え、何あれ)


 むーむーと首を振って嫌がるリュータをよそに、ルッカは胸の動悸が速くなるのを自覚した。


 ラナの瞳が潤んで蕩けているのが分かった。吐息は聞こえてこないが、はぁ、と耳元に吐息が聞こえてきそうな程には仕草が生々しい。

 快美の甘さに身を震わせている。理由のつけられない切なさに身をもじりと捩って、もっと先をとねだっている。


 そこに、濃厚な口づけが落とされた。貪るように愛しむような口づけだった。

 しばらくして、ぽぅ、とうっとりする顔が、そこに見えた。


(う、うわ、わわわ、え、うわわ、嘘、え、え)


 アルの涼しげな薄い笑みが、少しばかり嗜虐的な意地悪さを浮かべていた。

 口づけをラナの体に落として、舌をちろりと這わせて、そうやってラナを弄んでいる。

 指はそわそわと撫でるようにラナの肌を滑り、時々ついと摘まんだりして楽しんでいる。


 あれは、もはや遊びだ。

 陶然と蕩けているラナを、優しく、意地悪に、追い詰めているのだ。


(うわ、ああ、え、嘘、そんな、え、うわわわ、え、えええ)


 ひくん、とラナが身を震わせたのが分かった。変な震え方だった。ぞわぞわと押し寄せる快楽に耐えきれず、という感じであった。


 だがアルは、たちの悪いことに、なおも優しく彼女を愛撫していた。

 随分とひどいことをしていることが、ルッカにも分かった。ラナの顔がたちまち真っ赤になったからだ。


 やめて、アル、やめて、やめて!

 ――声をつけるならそんな所だろうか。可哀想なことに、ぶるぶると震える彼女に対し、この男は責める手を緩めようとしない。

 しばらくして、また彼女の身が跳ねた。


 あんな手段で絶え間なく責め立てられているのか、と想像すると、ラナが今どんな目に遭っているのかが嫌でも分かってしまった。


(うわわわ、あ、嘘、そんな、う、うわ、うわあ……)


 アルは、何と意地悪なのだろうか。

 恋人を、あんなに甘く緩みきってしまうほどに虐め抜くなんて。

 しかも、ほってりと蕩けきっている彼女を、緩みきった今が食べ頃とばかりに貪るだなんて。

 自分がもしアルの恋人だったなら、あんな仕打ち、おかしくなってしまいそうだ。


 ラナもラナで、手遅れだ。

 快感に茹だりきった彼女の瞳の奥には、微かに、暗い悦びがあった。

 甘美な震えに浸りきって、媚態にまみれた彼女は、既に身も心もあの男に甘えきっていた。

 あんな、頭がおかしくなってしまいそうな愛撫で悦ぶだなどと、どうかしている。


 淫靡にして陶酔。


 あの二人の愛の確かめ方は、ぞっとするほど深みに嵌まっている。お互いがお互いという底無し沼に沈んでいくような、そんな有り様であった。


(何、あれ……嘘でしょ……)


 どちらともなく、アルとラナは、ゆっくりと絡むような口付けをしていた。

 あれほどうっとりと口付けをする恋人を、ルッカは知らない。


 いつしかルッカは、抱えているリュータがきゅ? と顔をだしていることを忘れ、そのまま耽美な二人をじっと見つめていた。




 ◆ ◆ ◆




 翌朝、ルッカは寝不足になっていた。

 不審に思ったアルは、顔を赤らめた彼女に尋ねたが、しどろもどろな答えしか帰ってこなかった。


 隣のラナはラナで、昨日の気だるさを残したまま、アルに身をしなだれさせてうっとりしているし、どうにも二人とも本調子ではなさそうである。


 今日にでも世界迷宮に挑もうと考えていた彼だが、この調子では、第一階層で様子見するだけに終わりそうであった。

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