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――理論で殴れば大体勝てる―― 数理魔術師アルヴィスの旅  作者: Richard Roe
第二章 金貸し業に復帰したはいいものの、大物マフィアたちに目を付けられてしまい対立することになった数理魔術師
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5.デマ情報を吹聴していたら、それとは関係なしに、教会の手の者がやってきてかなり際どい応酬を繰り広げるはめになった話

 名前はリコル。亜妖精のホブゴブリンであり、ゴブリナ種の女迷賊。

 瞳は黒目が殆どを占め、鼻や耳などは人間のそれとは異なる形状をしているが、おおよその体つきは普人族の少女そっくりである。


 一つ特異な点を挙げるとすれば、『韋駄天の加護』を受けているということだろうか。

 盗賊の神・韋駄天の与える加護は、気配遮断、隠密のスキルを高め、身体の敏捷性を高める効果があるらしい。

 迷賊にはお(あつら)え向きといえるであろう。


 そうやって振り替えると、リコルは優秀な迷賊なのだということがよくわかる。


 ホブゴブリンということもあって、魔力の流れには敏感。

 韋駄天の加護により身のこなしは機敏。

 加えて、隠密性に長けているというのであれば、リコルはさぞかし有能な迷賊なのだろう――。


(本来であれば、だがな。有能というには色々と足りない)


 が、アルの下した評定は、その能力と照らし合わせると、随分厳しいものであった。


(まずは、罠に対する警戒がおろそかだ。下手に魔力に敏感だからなのか、それに頼りがちで、魔力の伴わない罠――ワイヤーなどに引っ掛かる。

 そして次に性格。短期で粗野。思慮深くなく感情的。かといって勘が働いたりするわけでもなさそうだ。

 そして何より、経験が足りない)


 考え、そのままリコルを眺めるアル。

 経験が足りない、それは即ち、未熟であるということである。


「ひっ……ぅ、うぅ……」


 リコルは今、顔を赤くして泣いていた。

 原因は二度目の失禁にある。先程吹き荒れた千年妖精の怒りを間近で浴びてしまったためか、思わず漏らしてしまったらしい。


 亜妖精ということもあってか、精神/アストラル体に直接攻撃を仕掛けるようなもの――呪いや激情の類いに弱いのだろう。

 加えて相手はあの千年妖精ラナだ。

 呪圧に揉まれて命を落とさなかっただけ、大したものだとも言える。

 言えるのだが――有り体に言えば、失禁がそれを台無しにしていた。


「……こ、殺す……っ、絶対……!」


 このリコルという女は、泣きながらもアルに対してこのように恨み言を叩き続けていた。

 見上げた根性である。

 生殺与奪を握られている身でありながら、よくもまあ啖呵が切れるものだ。

(何か策でもあるのか?)と考えながらもアルは、リコルの服を着替えさせた。


 服を脱がすいざという段階になって、ぎゃあぎゃあとうるさい抵抗があったが、アルは構わず仕事を続けた。

 はっきり言って無体。少女にする仕打ちではない。しかし、アルは実にドライであった。


「……こ、殺す……っ、……ふぅぅ……ぅぐっ……」


 全てを終え、ぼろぼろに泣いている彼女をよそに、アルは考えに耽る。


(こいつはお嬢と呼ばれていた。となると、もしかしたらスネイク一味の幹部の娘という可能性もある)


 それを確かめる方法は――なくはない。

 先程逃がした三〇名の襲撃者。彼らにはシールデバイスが張り付けてあるので、そこから音声を拾えば、お嬢のリコルとやらが何者なのかも確かめられよう。


 が、アルとしてはもう一捻りアクションを加えてみたいところであった。

 どうせタダなら面白く料理すべし。大魚が引っ掛かれば儲けもの。


 もしも本当にお嬢なのであれば――この手(・・・)の噂は金になる。デマであってもだ。


「……ラナ、ちょっと面白いことを思い付いたんだが」


「……。何、アル?」


 恋人を怪我させた女迷賊に未だに渋い顔をしているラナに、アルはそっと耳打ちをした。




 ◆ ◆ ◆




 その日、迷宮都市モンドブルグは衝撃的な噂に包まれた。


 今、話題のアスタ医院が、スネイク一味の手によって襲撃されたこと。

 その襲撃してきた女幹部の一人が、なんと赤子を懐妊していたこと。

 そのため今、奥で療養中であるということ。


 全て、アルが来訪者たちに吹き込んだ虚実混交の話である。


 人の噂は無責任なもので、民草は面白半分にこれを語る。

 色恋ネタは良い酒の肴。特に曰く付きの連中の話題ともあれば、面白おかしく語られるのも条理である。


 スネイク一味。女幹部。懐妊。


 三つの単語は、たちの悪いことに一瞬でこの迷宮都市の間を駆け広がった。


「知ってるか、あのアスタ医院にはな……」


「実は、あのアスタ医院を襲ったスネイク一味だが……」


「そういえば、アスタ医院のお医者様がこんなことを言ってたな……」


 人の口に戸は立てられぬ。


 アスタ医院は、耳より情報によって診察料を無料にするサービスを行っている新しい診療所。そこに集まる客たちは、よくも悪くも噂好き(・・・)であった。


 そもそもアルがこんな医院を立ち上げたのは、噂好きの老人をかき集めることで、いざというときに(・・・・・・・・)虚偽の噂を流す(・・・・・・・)ためでもある。

 それが効果的に働いたというわけだ。


「うわぁ……アンタ、えげつないね……」


 青い顔をして語ったのは、受付のルッカ(とリュータ)であった。

 いつのまにか襲撃されてるかとおもったら、今度は妊娠の噂で仕返し。最悪すぎる仕返しであった。


「同情の余地はないな。俺たちはあの女に襲撃されているんだ。これぐらいの意趣返し、むしろ安くついたものさ」


「……アンタはそう言うけど、私なら死ねるね」


「きゅきゅむ」


 渋い面持ちのルッカは、自分が同じ目に遭ったらどうなるか、ということを頭であれこれ考えているのか、奇妙な表情でアルのことを眺めていた。


(さて、これでリコルが本当にお嬢なのかどうか、もし妊娠となれば誰が慌てるのか、という情報が炙り出せるわけだが……)


 今のところ目立った進展はない。

 噂を流してまだ数日、そんなにすぐにリアクションがあるものではないことはアルも十分に分かっているが、せめて頭の回らない下っぱ辺りが「お嬢を取り返す!」と、もう一回襲撃してくれてもいいころではある。

 そうすれば今度もまた、要らぬいたずら(・・・・・・・)を吹き込むことができるというもの。


 そんな風に首を長くして待つこと少しばかり、日にして二日後、ついに診療所に怪しい人影が訪れた。




 ◆ ◆ ◆




「教会の方ですか……」


「はい。私はセント・モンデル白教会から参りました、チェルシーと申します」


 自己紹介もそこそこに、修道女チェルシーはそう頭を下げた。


 セント・モンデル白教会というと、白の教団のモンドブルグ支部、即ち、スネイク一味に莫大な金貨を貸し与え、彼らのカジノ計画に協力していた教会である。

 彼らとしてはカジノ計画を押し進めたいはずであり、そのためには風営法上で邪魔になるこのアスタ診療所を目の敵ぐらいに思っているであろう。


 その教会の者が突然アルの前に現れた、となれば、警戒してかからない訳にはいかない。


「どうぞ、お掛けになってお待ちください」


 と応接間に案内しながらも、アルは考えを予断なく巡らせていた。


(教会が先に動いたか。まあ、金貨数万枚の大ビジネスだ。これが転けたら、まあ、教会もかなり痛いのは間違いないだろうしな)


 少し複雑な話になるが、教会はカジノ計画にあたって、金貨数万枚を貸し与えていたが、この際に抵当権を土地とカジノ用建物に打っていた。

 もしスネイク一味が金貨数万枚を返せなくなった場合は、土地とカジノ用建物が、教会の手に渡るわけである。


 が、しかし、あの土地と建物に魅力があるかと言われると微妙なところである。

 都市中心部なので、確かに便利な土地ではあるが、しかし、金貨数万枚の価値があるかと言われると怪しいのだ。

 精々が、金貨五千枚程度だろう。


 即ち、教会も金貨を莫大に損することになる。金貨数万と言えば、小国家の国家予算にもなるのだから、恐ろしい話である。


(となると、実力行使で俺たちを追い出そうとするわけだ。そうなってくれると非常に美味しい(・・・・・・・)


 そんなことを考えながら、応接間に戻ったアルは「お待たせしました」とチェルシーと向かいあった。

 一瞬だけ、空気が張り詰める。ここからの言葉は重大な意味を持つ。

 とりあえずは紅茶を勧めながら、アルは会話の口火を切った。


「さて、チェルシーさん。本日はどういったご用件でしょうか」


「この診療所は素晴らしいですね。人々に無料で治療を施しております。――その善行は、我々白の教団の教えにも沿うものです」


「ありがとうございます。このアスタ診療所は開設して間もないですが、どうやら人々に好評のようで、嬉しい限りです」


 実のところ、教会もまた格安で人々に治療を施したりしており、これが貧しい人々の命を救うことも少なくなかった。

 が、しかし、情報次第では無料で治療をする、というアスタ診療所のせいで、やや人足に陰りがあることも事実であった。


「ただ、我々教会は、薬草などを患者に施すため、どうしても無料という訳にはいかず、いくらかお布施を頂戴することになっております」


「なるほど、財政上の都合ですか」


「ところが貴方たちは無料で診療を行っていると。どうにも不可解な訳です」


「……何だか穏やかじゃないお話のようですね。お手柔らかに頼みますよ」


「我々は思ったのです。もしや貴方たちは、ずさんな手口で治療を施しただなどと嘘を吐き、患者の治療をなおざりにしているのではないか――と」


 ことり、と机の上のティーカップが音を立てて揺れた。


「つまりどういうことでしょうか?」


「貴方たちには、本当は治療なんてしてないのでしょう? という疑いがかかっているのです」


「まさか。きちんと治癒魔術を施して彼らの回復を促していますよ」


「私もそう信じております。――が、いろいろな点において、不可解なのです」


「無料で治療を施すことがでしょうか」


「利益を得るつもりがないのは、確かに美徳ですが、それでは生計が成り立ちません。我々はこう考えます。――貴方たちは、本当の意味で医者ではないのだと」


「我々の生計は、ここに来られる方々の善意で成り立ってます。薬剤販売など心ばかりの収入はございますので」


「端的に申し上げます。貴方たちには異端審問会による、悪魔容疑がかかっているのです。人々に無料で治療をするだなどと奇妙なことです。きっと、治療なんてしておらず、患者の病気を悪化させることが目的なのだろう――という訳です」


「面白い話があります。宗教団体の収益には税金が(・・・)かかりません。もしもカジノが莫大な金貨を動かすとして、その資金洗浄先(・・・・・)に宗教団体を利用するとなれば、王国はこれを徴税できない。――さて、ここに王国の姫がいる意味をご理解いただけますか?」


 空気が一気に凍てつき、もはや殺気と言って差し支えないほどになり、修道女チェルシーとアルは睨みあった。


 ややあって、アルが少し砕けた口調で「まあ話は置いておいて」と軽く笑った。


「悪魔容疑をかけることで、私たちのアスタ診療所の開業届けを凍結させる。そうすれば風営法をクリアして、無事カジノを開くことができる。――チェルシーさんたちはそう考えたのでしょう?」


「いいえ。そのような意図はありません」


「が、貴方たちは下手を打った。ここは黒龍社の膝元です。スネイク一味は、三門会の間にある暗黙の不可侵協定を破って、一度この診療所に攻め入りました。――結果、黒龍社とLa Cosa Unioneは、報復をする正当な理由を手にいれました」


「……我々とスネイク一味の間には、一切の関与はありません」


「でしょうね? よもや白の教団がマフィアと繋がっていたともなれば、これは大スキャンダルです。白の教団の威信を地に貶めてしまう。――表向きはそう仰る他ありませんね」


「……繰り返しますが、貴方たちは悪魔容疑がかけられております。近いうちに我々の手の者がやってくるでしょう」


「申し上げますが、貴方たちの宗教活動は、王国の許可(・・・・・)あってのものです。この意味、常々お忘れなく」


 殺意が増したかと思うと、そのままの危うい均衡を保ち――チェルシーは一転して微笑みを浮かべた。


「なるほど、堂の入った稼業屋(・・・)さんですね」


「恐れ入ります」


「今回は警告までに足を運んだだけです。アルヴィス・アスタさん?」


「おや、もうお帰りですか」


「我々も色々と忙しいので」


 言いたいことはもう全て言い尽くしたのか、そう微笑んで立ち上がったチェルシーは、出された紅茶をさらりと飲み干して、「ごちそうさまでした」とその場を後にしようとしていた。


「ああ、チェルシーさん。最後になりますが、もしもご融資をご希望でしたら、いくらでも相談に乗りますよ。具体的には金貨六万五千枚です」


「結構です」


 背を向けるチェルシーの言葉は、ひどく尖っており、その言葉の裏からは隠しきれていない敵愾心が滲み出ていた。


 アルはそれを見送りながらも、しばらく思索に耽るのであった。


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