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――理論で殴れば大体勝てる―― 数理魔術師アルヴィスの旅  作者: Richard Roe
第二章 金貸し業に復帰したはいいものの、大物マフィアたちに目を付けられてしまい対立することになった数理魔術師
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3.医者として診療所を開業することで、カジノ計画を妨害しつつ、街の耳寄り情報をごっそりもらっていこうとするお話。

 

 明くる日のこと、アルはあの捻くれた情報屋のことを思い返していた。


『はん、やはりお前はでかい口を叩く碌でなしだったな』


『だが、お前のアイデアは実に気に入った。()描く(・・)力だけは買ってやろう』


『部屋の手配ができるかどうか、だと? それは安心しておくといい』


『俺の預かり知らぬ話だが、例えばだ。ある日いつのまにか(・・・・・・)誰かが(・・・)建物を用意してくれている――そんなことがたまにあるのが、この迷宮都市モンドブルグだ』


『聞いたところによると、お前は司法官(弁護士)らしいな。必要書類はお前が書いて申請しろ』


『俺には俺のビジネスがある。――だからお前は、いつのまにか(・・・・・・)誰かが(・・・)個人的なお願いを叶えてくれることを待っておくことだ』


『いい酒をご馳走になった、あばよ』


 あの日、勝負師にして情報屋のジョザは、この情報をどこぞの誰かに売り付けたに違いなかった。

 結果として、三門会のうち残り二門のマフィアが動いたのだろう。

 気がつけばアルのために、とある一画の土地・建物と、診療所としての最低限の設備が与えられていたのだ。


 そしてそれこそが、カジノ計画を潰すための大事な根幹なのであった――。




「どう、似合う?」


 白衣を身に付けたラナが、ちょっと恥ずかしそうにはにかんでいた。

 看護服、というのであろう。

 知的にも見えるまとまった服装に、白の清純さが相まって目を離さない。

 極め付きはアクセント。頭にはナースキャップが乗っており、これがまた大層可愛らしいのだ。

 白いソックスが彼女の足首からふくらはぎを綺麗に見せているのも、ポイントが高い。


 有り体にいって、アルは、ラナの看護師姿に目を奪われていた。

 仕事どころではなかった。


「……ラナ、今日はやっぱりお仕事お休みしちゃおうか」


「! ばか、だめ、今日はお仕事しなきゃだめでしょ!」


「本当に?」


「……。うぅ……」


 意味深な沈黙が二人の間に流れる。

 ラナは目を回しながら「……ばか、やだ」と胸をどきどきさせているようであった。が、声には不思議となじるような響きはなく、むしろ押したらそのままいけてしまえそうな可能性(・・・)が秘められていた。


「今日はナース研修だ。分かったな。ほら、うん、て言ってごらん」


「……だめ、まだ朝なのに……」


「最高じゃないか。まだ朝ってことは、今日いっぱいは楽しめるってことさ。ね?」


「……うぅぅ……」


「返事は?」


「……きょ、今日だけね……」


 赤い顔をして、こくんと頷くラナを見て、アルは、歓喜の気持ちをこらえられなかった。

 そのままラナをそっと抱き寄せて「素直な子は好きだよ」と耳元で囁く。

 そして――。


「――人呼びつけといていきなり何おっ始めようとしてんだアンタら仕事しろッ!」


「むきゅきゅきゅいきゅっ!」


 ルッカの一喝がぴしゃりと飛んできた。

 気付けばリュータまでもが、同調してふんぞり返る始末。多分意味は分かってないに違いない。

 それを受け、思わずアルは「でも、こんな姿のラナを放っておくなんて」なんて世迷言を吐いていたが、何のことはない単なる惚気であった。ひどい話であった。


 女冒険者ルッカ・リチュエール・アークライト。

 彼女は『光の勇者』ルーシェル国王陛下の娘であり、鍛冶職人のキュクロの孫である。

 アークライト流の剣術、光魔術をそれなりに嗜むが、本分は短剣術と血魔術にあり、かなり多彩な活躍ができる。

 そればかりでなく、彼女は斥候(スカウト)としても一人前に働くことができるのだ。

 器用という点においては、彼女はC級冒険者という肩書きにそぐわないほど優秀なのであった。


 そんなルッカは、少し前まではアルたちの仲間であった。

 今でこそお互いに独立してはいるが、心は仲間のままである。


 先程までは。


「あのねえ! 私、お姫様! アンタたち、市民! 分かったら働く!」


「俺、王様より、強い」


 なぜ片言になっているのか分からない二人ではあったが、少なくともアルの方はルッカをおちょくっている。

 それを受けたルッカの激昂たるや、散々なものであった。


「卑怯の限りを尽くして、本気を出せないパパに勝ったからって何!? お姫様呼びつけといて仕事押し付けといて目の前で一発おっ始めてもいいわけ!?」


「お前最高にお姫様っぽくないな」


 一発おっ始める。目も当てられない言葉遣いである。


「一滴も王家の血が流れてないからね。パパは入り婿だしママは庶民だし」


「でも半分は貴族の血だろ、アークライト家のさ」


「そんなこと言い出したらあの男漁りのルヴィルなんか純貴族だよ」


「は?」


「そんなことより早く仕事しろ! 患者さんが来てるんだよ!?」


 驚愕の発言が一瞬出てきた気がするが、それを追求する暇はなさそうである。

 アルの見立てでは、こんな午前中から来る客なんていないだろうと思っていたのだが、ちょっと誤算があったようだ。嬉しい方の誤算である。


「患者さんが来てるなら急がないとな」


「そうだよ急ぎなよ! てか患者さんが来てなくても一発やったらダメだからね!?」


「分かってる分かってる」


 アルが手をひらひらとさせて適当に返事をすると、ルッカは「絶対だよ? 私受付の方回るから」と言い残してたたっと走っていった。


 ともかく、患者が来ているならば仕事をしないといけない。

 曲がりなりにも、アルは医師免許を持つ医師である。脳内にある生体学などの知識を余すところなく活用して、診察せねばなるまい。


 やがて、最初の患者が訪れた。

 アルは白衣を着正して、姿勢を改め、外行きの笑顔を浮かべて口を開いた。


「ようこそ、口コミ情報で診察費が無料になる新しい診療所、アスタ医院へ!」




 ◆ ◆ ◆




 アルが診療所を開いたのは他でもない、カジノ計画の妨害のためである。


【王国】の法律には、風営法と呼ばれるものがある。

 端的に言えば、住宅街、学校、病院などのそばには、性的風俗店や賭博場などを作ってはならないという法律である。

 その地域の風紀と治安を守るため、治安が悪くなりそうなこれらの店を規正するというのが、表向きの理由だ。


 アルはこれを利用したのだ。

 件のカジノは、内装作業の段階で、もう見た目八割は完成している。しかしながら法律上、カジノとして開業するには完成してからでないと届けを出すことができない。


 そのため、アルは先手を打って先に診療所をそばに開いたのである。


 そうすれば、風営法の規制により、カジノの開業が認められなくなるのだ。


(今頃スネイク一味のやつら、てんやわんやしているだろうな。金貨何千枚、何万枚を注ぎ込んだ計画がおしゃかだからな)


 アルは近くにあるカジノを見た。

 内装もほぼ終わり、今から外壁を白塗りにして高貴なイメージを演出し、仕上げにかかろうという段階のようだ。

 見るからに金がかかっていそうで、スネイク一味のカジノ経営にかける本気のほどが窺えるものであった。


 それが全てご破算。世は無情である。


(もちろん、残り二門のマフィア、黒龍社、La Cosa Unioneも、これだけ安くカジノ計画を潰せるなら万々歳に違いないわけで)


 アルの元には、出所不明の金貨が五〇〇枚与えられていた。

 今回の一件の報酬、ということらしい。

 この診療所にかかった費用も、見る限りでは精々金貨一〇〇枚あるかどうか程度。

 二大マフィアで折半して金貨三〇〇枚ずつといったところだ。

 まあ、金貨何万枚もの大事業を、金貨三〇〇枚で邪魔できるなら安いものだろう。


 宗教にまでお金を無心したスネイク一味の一人負けであった。


(他にも、俺とラナにとってもこの診療所を開くメリットは多々ある)


 枚挙するのも難しいが、アルはひとつひとつ挙げていくことにした。


 まずは口コミ情報。

 この診療所は、「耳より情報を教えてくれたら診察料が無料になる」という独特なアイデアを実践している。


 これに飛び付くのは、地元の住民たちであった。

 診察だけとはいえ、無料で受けられる医療は、このご時世かなり珍しいものだったのだ。


 特に年配の世代は、そろそろ年齢ということもあって、軽い気持ちで診察を受けに来る。

 それに、このモンドブルグに長く住んでいる分、経験も豊かで色んな噂話に聡い。

 何より、親身になって話を聞いてくれるため、耳より情報を話す側も、気分がいいものである。

 そんな次第で、アルの元にはたくさんの情報が流れ込んでくるのであった。


 結果として、この診療所には、開業まもなく大量の人たちが押し寄せることとなった。


 他にも、薬品が売れることも大きかった。

 処方薬は全て、「地元の薬師にこの薬をもらってください」と処方箋を書いて渡しているが、その他の医療用でない薬品は、この診療所で売っているのだ。


 例えば、精力剤ポーションなどがそれにあたる。


 値段は高かったが、興味本位、あるいは藁にもすがる思いで買っていく人も一部存在した。

 そして、その殆どが例外なく満足してくれるのだ。

 アルとしても、高い薬が売れるだけで大きな儲けになる。


 結果、無料で診察を行いながらも、悪くはない利益を計上することが出来ているのであった。


「そもそも開業費用は全てマフィアが払ってくれているんだ。元から利益は度外視でいい。

 それに、無料で診察という物珍しさのおかげで、人が集まり情報が集まる。

 アスタ銘柄(ブランド)の精力剤なども、知名度が上がる。アスタ銘柄のポーション薬を今後市場に卸売りするにあたって、最高の宣伝になっているわけだ――」


 これからもポーション売りなどで小金を稼ごうとしているアルとラナにとっては、これは無料でできる最高の宣伝なのである。


 何から何まで良いことずくめ。

 金欲に眩んだ下品な笑みを浮かべながら、アルは高笑いした。


「うわ、アンタ凄い顔してるね……」


「何だルッカ? 俺は無料で人々を診察をしてる、情け深い聖人だぞ?」


「アンタって、本当発想がメチャクチャだよねー。無料で診察って触れ込みなのに、ちゃっかり甘い汁吸ってるし」


「頭を使えば大体勝てる。世の中の仕組みさ。簡単だろ?」


 カジノ計画の妨害。耳より情報の大量獲得。自分の銘柄のポーションの宣伝。

 全く何から何まで、破天荒であった。


 看護服を着たラナが「アル、素敵……」とうっとりするのも無理のない話だ。強いて言えば、お前いつもそればっかりだろうという指摘が入るが、それはさておくとして。


「で、アルには他にも狙いはあるの?」


 ルッカは膝元にいるリュータを撫で回しつつ尋ねた。

 きゅふ、という可愛い声が聞こえる。

 それに負けじとアルはアルで、ラナを膝枕して撫で回していたが、どうでもいい話であった。


「ああ、他の狙いならもちろんあるさ」


「へー」


 撫で回されるラナを虚ろな目で見るルッカの声は死んでいた。


「そもそも、金貨数万枚の運転資金を失って、スネイク一味の財政状況はかなり厳しいはずなんだ」


「へー」


「このままこのアスタ医院が何ヵ月も続いたら、やつらは死活問題になるぞ。となるとやることは一つ」


「へー」


「この診療所へ、近いうちに夜討ちが入る。仮にも三大マフィアの一つ、黒龍社のお膝元である、この場所にだぜ? ――最高の祭になりそうだろ?」


「へー」


「……ルッカ?」


 この段階でようやくアルは、目の前の女の子の異変に気付いたが(……話が難しかっただろうか?)と、てんで原因には思い当たらなかった。察しの悪い男であった。


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