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――理論で殴れば大体勝てる―― 数理魔術師アルヴィスの旅  作者: Richard Roe
第二章 金貸し業に復帰したはいいものの、大物マフィアたちに目を付けられてしまい対立することになった数理魔術師
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2.カジノ利権の話を平然と居酒屋でしてたせいで、スネイク一味の下っぱが襲撃してくれる(美味しい)お話。

 

 カジノ計画、というのは得てして巨大な利権となりうる。

 雇用の創出、観光客の誘致、近辺歓楽街の発展など、様々な経済効果が生じるのだ。


 元々、迷宮都市モンドブルグには違法賭場こそあれど、カジノのように表立った賭場は存在しなかった。

 そこには、不文律として、三大マフィアそれぞれが賭場を仕切り、それぞれの領地(シマ)利益(シノギ)を上げるという暗黙の合議があったのだ。


 故に、三門会(三大マフィアの会議のこと)では、賭場のことは常に相互不干渉の原則が敷かれていた。


 が、この度、三門会の一つ、スネイク一味は私営のカジノを開くことを決定した。

 それも、三門会それぞれの領地の境目の近くで、である。


 これには残り二門にあたる、黒龍社、La Cosa Unioneの二つも大きく反発した。


 いくらスネイク一味が、自らの領地内でシノギを上げることとはいえ、こうも露骨な敵対的経営は看過できない。

 カジノが近くにできてしまったら、黒龍社、La Cosa Unioneの抱えている客が皆、向こうにいってしまうではないか、と。


 それに対するスネイク一味の言い分はこうだ。

 あくまで自分達の領地で経営をしている以上、三門会のルールで禁止されている行為ではない、と。


 が、そのようなことなど、もはや言い訳にしか過ぎない。

 カジノには金持ち冒険者や貴族などのカモが足を運ぶだろう。あるいは、カモとまではいかなくとも、金の余っている良質な取引相手(・・・・)が多数訪れることになる。

 そうなってくると、裏稼業のものもそちらに紛れ込んで、資金洗浄(マネーロンダリング)や、贈賄、談合、密会などを目論むわけである。

 いくら自分の領地でしか賭場を開かない、とはいえ、これでは他二門の顧客を丸ごと平らげることになるのは、火を見るより明らかだ。


 一般人を傘にして、大きな資金の流動市場が誕生する。

 カジノというのは、そういった意味で見過ごせない巨大な利権なのだ。


「三門会の決まりごととして、相互不干渉の原則がある。これは、相手のシノギにちょっかいを出さないという意味だ」


「そうなのアル?」


「それをスネイク一味が拡大解釈して、自分の領地内であれば好きにしていいし他者に干渉されない、と暴論を吐いているわけだ」


「でも、私、スネイク一味の意見も一理あるとは思うの」


「その通りさ。スネイク一味、三門会の他二門、両者ともに間違った主張ではないんだ。だからややこしいんだ」


 アルとラナは、宿の一室で暫し黙考した。


 相変わらずベッドの上でいちゃいちゃとしながらも、二人の表情は真剣そのものである。


 相互不干渉の背景と理念からすれば、黒龍社、La Cosa Unioneの主張に分がある。

 互いのシノギを邪魔しないための相互不干渉。今回のカジノ建設は、明らかに黒龍社、La Cosa Unioneのシノギを食い荒らし、相手の経済活動に大幅に干渉することは間違いない。それを、相互不干渉を盾に開き直られるようでは、相互不干渉を定めた理念が本末転倒というものである。


 が、しかし、相互不干渉の原則からすれば、スネイク一味の主張の方が正しい。

 カジノ設営とは、あくまで自分のシマで行う営業努力に過ぎない。

 それほど言うならば、他の二門も同じようにカジノを設営すればいいではないか、というわけだ。


「まあ、そう簡単にカジノなんか建てられないっていうのがこの話のネックなんだが」


「それってどうして? 同じように建てたらいいじゃない」


「まず建てられないんだ。賭博規制法により、各自治体(今回は迷宮都市モンドブルグ知事のこと)の許可がなくては賭場を開くことができないんだ。が、どうせ裏で何らかの密約が結ばれているに違いないだろう」


「? 知事って人が意地悪してるのね? じゃあその人をどうにかすればいいのね」


「いや、知事を攻めるのは弱い。贈賄の疑惑などが出てこない限りは、付け入る隙がないんだ」


 そして、そのような証拠が出てきたら、既にジョザ辺りが然るべき措置をとって突き上げているはずである。

 それが今の今まで出てこないということは、三門会の他二門の力をもってしても、証拠探しに難航しているのであろう。


 知事の方を攻めるのは期待薄であった。


 それよりも、アルは別のものに狙いを定めていた。


「それより、つけ込むべきは賭場の方さ。うまくやればこいつもかなり美味しい話になる」


「賭場につけこむの?」


「今、カジノは建設をほぼ終えた段階にある。内装は途中だが、莫大な借金を抱えている今が好機だ」


「借金? カジノを建てているスネイク一味が借金をしているの?」


「その通りさ。それも、莫大な借金をね」


 アルの読みでは、あのスネイク一味でもあれほどの規模のカジノを借金なしでは建てられないと考えていた。

 そして実際、あの土地と建物の登記簿を調べたところ、白の教団教会が抵当権を握って多額の借金を貸していることが分かったわけである。


(まさか宗教法人がお金を貸しているとは思わなかったな)


 ベッドの上のラナを抱き締めながら、アルはそんなことをぼんやり考えていた。


 抵当権とは、『いざというときは、この土地・建物を売り飛ばしますよ』という権利だと考えてもらっていい。金を借りるための担保として打たれることが多い権利である。

 その抵当・賃借などの権利状態は、法務局モンドブルグ支局の登記簿で確認できるのだ。


 金貸しのアルは、その常識から登記簿を調べたのだが、案の定、面白い話の種が転がっていたわけである。

 このカジノの一件は、宗教が一枚噛んでいるのだ。

 それも大型宗教法人の白の教団が、である。

(ますます料理のしがいがあるものだ――)とアルは思った。


「で、アルは何を考えているの?」


「そりゃもちろんラナの幸せさ」


「もう、そうじゃなくてカジノ計画の話よ。アルのばか、大好き」


「はは、そう怒るなって。カジノ計画の話だったら、そうだな、スネイク一味から金を大量に巻き上げるいい絵を思い付いたんだ」


「ひゃんっ」


 ラナの体に指を這わせると、彼女の甘い声が口から零れる。

 アルはその声を聞くのが大好きであった。


「ど、どうやって巻き上げるの……んっ」


「ラナ、今からお医者さんごっこをしようか」


「! ばか、えっち、そんなことしたら今日何にも出来なくなっちゃうでしょ……」


「俺は真面目に言ってるんだよ? 遅かれ早かれお医者さんごっこはする予定さ」


 言うなり、甘い口づけが交わされる。

 そして二人はベッドへとなだれ込んだ。


 そして、まさにそのときであった。


「――今だ!!」


「応!!」


 怒号と共に扉が蹴飛ばされ、男たちが五人ほど部屋に転がり込んでくる。

 冒険者然とした格好。

 だが、肩には『スネイク一味』の入れ墨。

 間違いなく、スネイク一味の息のかかった連中である。

 ほぼ同時に、矢、魔術、投げナイフが飛んできて、アルとラナの二人を襲った。


 ベッドの上に飛んできた攻撃を防壁魔術で軽くいなして、アルはそのまま状況を冷静に分析した。


 なるほど、ベッドの上なら無防備だと考えて、今このタイミングで突入して来たらしい。


 が、アルもラナも、外で何者かが聞き耳を立てて頃合いを窺っていたことぐらい、気付いている。

 防音魔術を敢えてかけていないのは、誘い出しのためである。


「死ねぇ!!」


 男の一人が刃物片手に飛び出してくる。

(まともに戦うのも癪だな)と思ったアルは、スタンデバイスを射出して、その男に雷撃をお見舞いした。

 3mAのスパークが30万Vの電圧を伴って「っ、がは――」と彼の意識を断ち切る。


 まずは一人。残りは四名。


 続いてラナが、幻痛魔術を残り四名に仕掛けた。

 呼び起こす痛みは災厄の痛み。

 人によってはショック死を引き起こしかねないほどの、恐ろしい一撃である。


「おぎゃあぁっ!?」と赤子の物真似のような声を上げて、男どもが泣き叫んだ。

 全員が股間を守るようにへこへこと腰砕けにすわりこみ、顔面を蒼白にさせて悶絶している。

 涎と鼻水を垂らして、脂汗をしとどにかいているのだから、事は尋常ではなかった。


(あ、もしかしてラナ、こいつ)


 アルには心当たりがあった。

 災厄の痛みの中には、磨り潰すような痛みを引き起こすものがある。

 もしその痛みがとある局所に集められているのだとすれば――。


(こいつ、何てことをしているんだ……)


 男たちへの僅かな同情が湧き上がってくるのを感じつつ、アルは傍にいるラナを見た。

 ベッドの上のラナは、手のひらで何かを転がすようにしつつ「うふふ、可愛い」と妖艶な笑みを浮かべていた。

 間違いない、あの手が今握っているのは――。


「……続き、しないの?」


「え? ああ……そうだったな……」


 甘えるように彼女のささやきを聞いて、アルは現実に引き戻された。

 が、今ばかりは少し、そういった気持ちと興が醒めかけていた。

 特にあの痛そうな光景を見せ付けられた直後である。

 無理もない話だ。


 ラナはちょっと残念そうにしていた。

 が、すぐに「……元気にしてあげるね」と体を屈め、顔をアルの下腹部にそっと近づけていた。

 伴い、手の平(・・・)がベッドに押し付けられ、ラナの体重が自然と手の平(・・・)にかかるような体勢になった。


(あ、その姿勢)


「――――――――ッ!!!」


 男たちの声にならない絶叫が、長く長く続いた。

 まるで命を磨り潰すような、そんな、心のそこからの叫びだったという。




 ◆ ◆ ◆




 結論から言うと、ラナは二時間ほどで満足してくれた。


 その間、男たちは可哀想なことに苦しみ続けたわけである(スタンデバイスで気絶した男も同様の幻痛魔術を受けることとなった)。


「……や、止め……くれ……っ……何で、も……言う……から……」


 涙を流し、肩で息をする男たちは、そう口にして痙攣していた。


 アルは心から同情した。

 彼らは二時間もの間、ねじ切られそうな痛み、押し潰されそうな痛み、握り潰されそうな痛みなどに耐えてきたのだ。

 否、耐えてはないだろう。否応がなしに味わう羽目になったというのが正しい。

 結果として、彼らは全員が例外なく、口の端に涎の泡を吹きながら暴れまわり、服をびっしょりと汗で濡らしていた。


 立ち上がったり、こちらを攻撃することが不可能なほどの痛みだったに違いない。

 ショック死しなかっただけで大したものである。


「こっちは嘘かどうかを見分ける術があるんだ。嘘だったら、分かるな?」


「……言い……ます……」


 幾ばくか落ち着いてきた男たちは、ぽつぽつと知っていることを明かし始めた。

 が、あまり余裕を与える趣味はないので、適度に痛め付けることも忘れずに行った。


 その上で、彼らの白状した情報は、あまり実のあるものではなかった。所詮は使い捨ての下っぱということらしい。

 やはり当初の予定通り、生きて戻ってもらう他なさそうである。


(これで、依頼主のところに戻ってもらえば、万事うまくいくな……)


 話を聞き終えたアルは、マーカーデバイスを男たち五名に貼り付けて、そのまま彼らを返すことにした。


 彼ら五名は、自由になるや否や、逃げるようにその場を去っていった。


「ねえ、逃がして良かったの?」


 と、ラナは聞いてきたが、アルは


「逃がさなくちゃ、逆に困るんだ」


 とだけ答えることにした。


(マーカーデバイスを貼り付けさせてもらった。これで向こうの会話を盗聴することができる)


 そして、アルの狙い通り、マーカーデバイスを付けられた彼ら五名は、スネイク一味のアジトとおぼしきところまで移動しているようであった。


(盗聴するためには、送信マナ波有効半径にまで近付かないといけない。そこだけは残念だが、まあ、居場所だけでも把握できるのは大きい――)


「それはさておき、ラナ。お医者さんごっこだけどさ」


 アルがそう何気なく口にしたとき、ラナは急に顔をちょっと赤らめて「! もう、また?」ともじもじし始めた。

 流石にちょっと疲れているみたいではあったが、にまにまと頬を緩めているあたり、彼女の心境が窺える。


 が、しかし、アルの意図はそれ(・・)ではなかった。ラナの頭を撫でながら「少し休ませろ」と言いつつ、話を続ける。


「明日、俺の医師免許を利用して、本当に診療所を開業するからよろしくな」


「……えー……」


 何だそんな話か――という不満を微塵も隠そうとしないラナに、アルは苦笑してしまった。


「こいつはカジノ計画を潰すのに必要なんだよ。な? 明日はよろしくな」


「……う、ん」


 歯切れの悪い返事。

 失望がやや隠しきれてないところに、(ちょっと可愛い)と思ってしまうアルなのであった。

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