1.貸金業を営むためにとある情報屋に顔繋ぎを頼みつつ、カジノ計画に一枚噛むことを言ってのけるお話。
迷宮に挑む冒険者たちと、商機をつかもうと野心を燃やす商人たちの集う街――迷宮都市モンドブルグ。
その熱気から少し外れ、モンドブルグ西部の『食い倒れ横丁』をまたいで食べ歩きに勤しむ、能天気な恋人たちがここにいた。
名をアルとラナ。
今日明日の生活に余力があるタイプの新米冒険者であり、そして、この迷宮都市モンドブルグにて最近話題となっている、破天荒な二人である。
「そうだラナ、開業届けが通ったことを言ってなかったな」
「何それ?」
「俺、明日から金貸し業に復帰できるんだ。きちんと自治体登録も済ませたしな」
「本当!? 私と出会う前の頃のアルに戻るのね!? 私、凄く楽しみなの!」
そのまま『食い倒れ横丁』の真ん中で抱き合う二人。
「優しいアルも好きだけど、あの頃のぎらぎらしたアルも好きなの」と世迷言のようなことを言って、ラナは恋人にキスをしていた。
だが、二人は忘れている。
この『食い倒れ横丁』の往来で、人目も憚らず抱き合ってキスをするということは、通行の妨げにしかなっていないということを。
『第二章 金貸し業に復帰したはいいものの、大物マフィアたちに目を付けられてしまい対立することになった数理魔術師』
居酒屋『踊る仔馬亭』の奥の席に座っている勝負師ジョザは、先ほどから警戒を高めていた。
それもそのはずで、目の前でアルが、ラナと共にへらへらと笑っているからである。
しかも二人は営業用のスマイルとやらを顔に貼り付けて、「いやあ、ジョザさんにはお世話になりましたからねえ」「ねー」なんて調子のいいことを抜かしている。
それだけでも奇妙極まりないというのに、更に彼は「この場は僕が奢りますから、ね? ほら、飲みましょうよ!」なんて言い出す始末。
警戒しない方が無理な話であった。
ジョザの知る限り、アルという男は無意味にそんなことをする男ではない。
彼はむしろ、必ずと言っていいほど目的意識を根底にもって行動する男である。
時々気まぐれを起こすとはいえ、それとて気まぐれに他人を助けてしまうだけで、他人を接待するような気まぐれではない。
即ち、今回のこのアルの態度は、何かを狙ってのことだとしか思えなかった。
「何が狙いだ? お前が無意味に何かをするとは思えん」
「いやあ、狙いだなんて手厳しい。ただちょっとジョザさんに教えて欲しいことがありまして」
「俺は勝負師だ。情報なら情報屋を頼ることだな」
「またまた、ジョザさんも人が悪い。僕はジョザさんに個人的なお願いがあるだけですよ」
「悪いが、個人的なお願いは聞かないことにしている」
きっぱりと取りつく島もない態度をとるジョザ。
もしもアルが個人的なお願いという意味を正しく使っているならば、ジョザにとっては聞く価値のない話だ。
もし、情報屋と顧客という立場でビジネスとして取引するのであれば、情報屋には、報酬に釣り合った価値の情報の質を求められることになる。
それは情報屋としての矜持に関わることだ。
が、個人的なお願いであれば話は異なる。
それはあくまで、ジョザとアルという個人の二者間でのお願いでしかない。
即ち、そこにはプロの情報屋としての契約履行責任はなく、つまるところ二者間の信用の問題にしかならないのだ。
これを美味しい話……とは判断できなかった。断じて。
こういった手合いの殆どが、厄介な話であることが殆どだからだ。
「いや、話というのは他でもなくて、私が新しく個人融資業を始めるということでして」
「ふん、でかい独り言だな」
「金貸しを始めるとなると、仁義として通しておくべき筋もあるでしょう?」
「開業届けと金融業者登録申請書を通せば、誰でも自由に金貸し業を始める権利があるはずだ」
「おや、ジョザさんは僕に何でも自由に食っていいと言った、ということで宜しいですかな?」
「誇張も甚だしいな。自由とは自己責任という意味だ」
「では、自己責任の範疇であれば、僕は何でも食っていいと?」
「それこそお前の言う仁義と筋の話だ」
あげつらうようなアルも大概ではあったが、それをさらりとかわすジョザも然る者である。
やがて、アルはこのままでは埒が明かないと考えたのか「端的に言いましょう」と姿勢を改めて向き直った。
「借金を返せなくなった人間を、きっちりカタに嵌めるための斡旋先を紹介して欲しい」
ようやく気色の悪い敬語が取れたか、とジョザは思った。
アルの発言の意味はこうである。
借金を踏み倒そうとする人間を、きっちりカタに嵌めて、強制労働なり何なりさせて金を返させるつてを紹介して欲しいということだ。
金貸し業を始めるにあたって、借金の踏み倒し問題は避けては通れない道である。
アルはそれを防ぐために、カタに嵌めるための良質な取引先を求めているのであった。
人身売買、臓器売買、遊郭女衒、強制労働――それらの裏稼業は人手が足りず、斡旋先には事欠かないであろう。
「それがお前の言う個人的なお願いか?」
「こういった斡旋先は、殆どがマフィアの管轄にあるものだ。個人業者が口出しできるものではない」
「ふん、だから仁義として筋を通しておこうというわけか」
「筋を通すべきところには、挨拶をしておこうと思ってな」
ジョザはそれを聞いて、葉巻の煙を吐いて黙った。
はっきり言って興醒めであった。こういった話を平然と居酒屋で口にするようでは、この男は信用できない。
居酒屋など、誰が聞き耳を立てているか分からない場所である。だというのに斡旋先をどうこうだなど、迂闊もいいところである。
慎重に行動できない人間とは、ビジネスはできない。それはジョザの長年の経験則である。
「もう少し利口なやつだと思っていたが」
そう口にして立ち去ろうとするジョザであったが、アルは焦ることもなく、
「手土産ぐらい用意してるとも」
とだけ述べていた。
「……手土産とは金か?」
「まさか、金だったらお前はますます見限るだろう」
確かにジョザは、金で万事解決すると思っている手合いとは仕事ができないと考えている人間である。
それはそれとして、アルの自信満々な態度は、ジョザにとって不可解なものである。
アルは、得体の知れない笑みを浮かべて述べた。
「スネイク一味が新しく開こうとしているカジノ計画。あれを潰してもいいぜ」