16.勇者の娘が自分の身の振り方を決める話。そして、エピローグとしての小さなこぼれ話。
明くる日の朝のことであった。
「――自分一人の力で冒険したい?」
アルの問いかけに、ルッカは「うん」と頷き、それから手元のリュータを撫で回していた。
「あのね、あの後パパと二人でゆっくり話し合ったんだ。お母さんのこととか、リュータのこととか、これからのこととかさ」
あの戦いの後ルッカとルーシェルは、一般人たちに紛れて、街をぶらりと練り歩いては食べ歩きをしたらしい。
といっても専らルッカの案内で、ルーシェルはただ娘に連れられるまま、あちこち見て回って娘の話に耳を傾ける、という形ではあった。
護衛の心臓に悪そうなことをしているな、とアルは思った。
が、よく考えるとルーシェルの方が護衛より強かったりする。
それを思うと、お父さんと一緒に街を歩き回るほうが安全なのかもしれない。
(まあ、手合わせした感じではA級冒険者のルヴィルより強かった――なんて言ったら面白いよな)
護衛される側の王様が、A級冒険者より強いだなどと、随分と滑稽な話である。
「でね、パパと約束しちゃったんだ。月一回ぐらいは帰ってきて顔を見せなさいって。それなら冒険してもいいよって」
「なるほど、まあ確かにその辺の塩梅になるよな」
「だからね、アルたちのように世界各地を渡り歩くことは無理なの。一ヶ月に一回はパパの元に戻るから、これから先はずっと、王都から近いここを中心に活動することになるの」
「ん、そうか」
ルッカは少し残念そうな口調であった。
が、あまり悲しそうな様子ではなく、いつかまた会えるよね、といった前向きな様子である。
「まあ、俺たちもしばらくここで活動するから、何だかんだ顔を会わすことにはなりそうだけどな」
「そうだねー。今度またご飯とか一緒に食べようよ」
「それに、世界迷宮は世界各地と繋がっているんだ。迷宮を冒険してたら、案外またひょっこり顔をあわすことになるかもな」
「あはは、言えてる。何かこのまま今生のお別れってなる気が全くしなくてさ、あんまり悲しくないって感じ」
そう言うと、ルッカは拳を出して、アル、ラナの二人の拳とこつんと突き合わせた。
冒険者流の挨拶で、元気でやれよ、という意味だ。
ルッカらしい、とアルは思った。
「そうだ、ルッカ。一応餞別として渡したいものがあるんだ」
「え、嘘? 私アルたちから色々貰ってばっかで困るんだけど」
「うふふ、確かにルッカったら、結局ろくに何もしてなかったものね」
「……あの、ラナ、肯定されるとちょっと傷付くんだけど」
隣のラナが強烈な皮肉を飛ばしたので、アルはちょっと焦ったが、完全に天然らしく、何の悪意もなかったみたいであった。
彼女にはこういうところがある。千年も人と交流してなかったので、時々言葉に無頓着なのだ。
アルはそのまま、ルッカにラメラーメイルを押し付けた。
「え、これ、アルたちのものじゃないの?」
「それな、元々あのキュクロって鍛冶職人がお前のために作ろうと思ってた鎧らしいぜ」
「そうなの? え、でも竜の鱗のラメラーメイルって凄く高価なものじゃないの?」
「銘は『不器用』って言うんだって。ルッカにぴったりだろ?」
「! 違うよ! 私、むしろ手先とかは器用な方だし!」
短剣使いの斥候の手先が不器用だったら、それこそ目も当てられない。
不器用なのは生き様の方だ、とアルは思ったが口にはしなかった。
「……ありがと、アル」
「何、構わないぜ。その代わり、あの鍛冶職人のところにも時々顔を出してやれよ」
「ん? うん、分かった」
ラメラーメイルを受け取りながら、「え、何か黒いのが表面に貼ってある」と顔をひきつらせているルッカ。
むしろそれが硬さを強めているのだが、と説明しても、彼女は微妙に嫌そうな顔をしていた。
何か嫌な昆虫を連想したらしい。
「……でね、アル。実は私、凄く感謝してるの。この一連のことは全部、アルたちのお陰だって」
「ま、だろうな」
「お、おう……自分で肯定するんだ……」
やや顔をひきつらせながら「アンタたち似たもの夫婦って言われない?」とルッカは言った。
失礼な一言であった。
アルから言わせてもらえば、さっきのラナの肯定は『余計な一言』であって、このアルの肯定は『事実』である。
そう告げたら「どっちもどっちでしょ」とあっさりと切り捨てられた。
「話が逸れちゃった。……でね、感謝のと言っちゃなんだけどさ、そのね……目を閉じてくれる?」
「? まあ構わないが」
アルはそのまま、少しだけ目を閉じることにした。
それにしても、目を閉じさせる感謝なんて聞いたことがない。
一体何が起きるのか、と思っていたら、頬に何かが触れた。
瞬間的に、アルは少しどきりとしてしまった。
(これは、キスか……?)
まさか、と思って思わず目を開けたら、何だかいたずらっぽいルッカの顔がそこにあった。
――彼女は、リュータを両手に抱えていた。
「えへへ、どう、びっくりした?」
リュータの鼻先が、俺の頬につんと当たっただけらしい。
なるほど、ドラゴンにキスされてしまったか。
アルは、きゅ? と事態をよく飲み込めていないリュータの鼻先をつんつんと撫でておいた。
何だかんだで可愛いからよしとしようと思う。
「ルッカ、感謝って言葉は知ってるか?」
「ごめんね、もうそろそろ時間なの! ――私、本当に感謝してるよ! じゃあ、また会おうね!」
つん、とアルの唇を人差し指でさわって、ルッカはそのまま立ち去っていった。
慌ただしい女の子だな、とアルは思ったが、それこそ逆にルッカらしいな、と特に引き留めようとは考えなかった。
どうせまた会えるのだ。
この街でしばらく過ごす時間もある。それに、この街から離れても、迷宮を冒険していたら巡り会えそうな気がするのだ。
「ルッカ! 元気でなー!」
走る背中に大声で呼び掛ける。
ルッカは、顔だけをこちらに向けて、照れ笑いのような表情で手を振っていた。
◆ ◆ ◆
鍛冶職人のキュクロの元に、アルとラナが二、三言だけを告げに足を運んでいた。
「キュクロさんも不器用ですね。ルッカ、多分気付いてませんよ」
「そいつは重畳。構うこたぁねえ。もうちょい大人になったら、あの子に話してやるつもりだ」
「エリオーラさんのこと、きっと聞きたがってますよ」
「……ま、墓まで隠すつもりはねえ。が、今は黙っとくれや」
キュクロは先程から作業に夢中なのか、こちらの方を見もしないで、ずっと机にかじりついていた。
机には、エリオーラとルーシェルのための結婚二〇年記念の指輪が二つおいてある。
娘夫婦のために、国に奉納する作品らしい。
「お孫さんに、時々足を運ぶように言っておきましたよ」
「何だ、余計なお節介しやがって。あの子はもしかしたらお姫さまになるかも知れねえんだぞ?」
「ま、気まぐれなんでね。いつ明かすかはお任せしますよ」
アルとラナは、それだけ言い残して立ち去ることにした。
◆ ◆ ◆
「ルッカ、本当に良かったのか?」
「見てたの? パパ」
とある親子が、長くに渡って迷惑をかけてきた実家に帰る途中の馬車で、そんなことを話していた。
「彼らの腕が立つことは、僕だって認める。一緒に冒険したかったんじゃないか?」
「……ありがと。でもね、私、今まで色んな人に迷惑をかけちゃったから、たまにはその人たちのために、顔を出して、元気だよって挨拶しなきゃダメだと思うの」
「……そっか。ルッカは成長したな。僕より大人だ」
「えへへ、そうでしょ?」
馬車は、そのままアークライト家の方に向かって進んでいる。
一人では心細いので二人なら、と、この親子はそう考えて、挨拶に行こうと思っているのだった。
「ああ、本当におませさんだ。最後のキス、見てたからな」
「え、あれぐらい一六ぐらいの女の子なら誰でもするよ」
「エリはそんな間接キスなんかしなかったとも」
小さいと思っていた娘の手は、いつのまにかやんちゃをするようになっていたらしい。
それにしても、人差し指で間接キスなんて、可愛いことを思い付くものだ、と父は考えた。
きっとあの男は気付いていないに違いない。言ってやるものか、とルーシェルは思った。
「まあ、あの男との結婚は認めないがな」
「何それ、結婚なんてしないよ! だってアルとはそんなんじゃないし」
「どうだかな。ルッカは丁度、婚姻話が一旦流れたところだからな。僕の見ないうちに奴と恋人になってそうで怖いね」
「もう、疑いすぎだって! 私、そんなに、その、あれじゃないし」
「そうか? それなら僕も安心なんだけど」
「だってアル、あのラナって妖精と、私の目の前で滅茶苦茶えっちしてたし……」
「え――――」
からん、と両手剣が落ちた音がした。
しばらくして、くぁ、とリュータが欠伸をした音が聞こえた。
父は、娘になんと声をかけたらいいのか分からなくなってしまい、しばらく無言になってしまった。
◆ ◆ ◆
かくして、百年ぶりに目を覚ました冒険者アルヴィスと、生まれて千年でようやく森の外に出た妖精ラナウンの旅は、まだ続くことになる。
この世界のどこかにある妖精の指輪を求め、二人は今日もまた、ゆるゆると自由自適な旅を楽しむのであった。




