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――理論で殴れば大体勝てる―― 数理魔術師アルヴィスの旅  作者: Richard Roe
第一章 ゴブリンを一気に殲滅したり、ポーションを売ったりして荒稼ぎしていたら、いつの間にか国王(勇者)と戦うことになった数理魔術師
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14.決着がついて、やがて、娘と話をする話。

 剣戟が交差したとき、アルとルーシェルはお互いの実力を認めあっていた。


 目隠しをし、気配まで隠して、邪道を尽くして全力を注いで戦ったアル。

 視界を奪われ、気配まで殺されて、不利極まりない状況にあってなお、戦いを放棄しなかったルーシェル。


 互いの実力は、まさに互角と言えた。


 が、ルーシェルがラメラーメイルを過小評価していたのが勿体のない話だったかもしれない。


 竜の鱗ぐらいなら断ち裂ける、と思われていたそれは、硬化の刻印を施されており、さらに表皮を黒く硬いもので覆われていた。

 間隙を衝いたルーシェルの巧みな攻撃はすべて、それらの防御によって阻まれている。


「……セルロースナノファイバー合成樹脂。カーボンナノファイバーよりも高い強度を誇る、カーボン素材だ。そう易々と傷付けられない代物さ」


「……ふ、そうか」


 一方で、ルーシェルの方は、手酷いやけどを負うことになっていた。


 両手に握った短剣が得物――そう思い込んでいたルーシェルに、短剣から滴る毒が襲いかかっていた。


 炎症を起こし、火傷のような水ぶくれを起こす毒だ。

 それが、ルーシェルの左の二の腕と鎖骨にしぶいていた。


 急所は辛うじて外れている。

 が、短剣に塗りこむ毒の種類を選べば、ルーシェルを即死させることが可能であったに違いない。


 即ち、この戦いは、引き分けであり――より極端に言うのであれば、ルーシェルの負けであった。


「俺も、本気で戦ったつもりだが」


「……【王国七剣】の私も衰えたものだ」


「手加減していたんだろ?」


「まあ、していなかったわけではないが、それはルッカを巻き込まないようにしていただけだ」


 二人はまだ、鍔迫り合いを続けていた。

 もう終わった戦いだが、まだ続いている戦いだとも言える。


 交差する剣戟で、二人は本命の一撃を繰りだし、そしてそれをお互いに潰しあったのだ。

 毒の攻撃やラメラーメイルの細工などは、アルが二手三手の小細工を抜かりなく利かせただけにすぎない。

 本命が相打ちだった以上、本当の意味での戦いは、まだ、決着していないのだ。


(短剣使いの戦い方――それは距離の測り方だ)


 アルはぐっと手に力を入れた。

 ルーシェルの重たい両手剣と、アルのナイフが互角に迫り合う。


 見た目にすればおかしな構図だ。

 が、しかし、ナイフは依然として両手剣を難なく受け止めている。


(ナイフの持ち方は順手持ち、逆手持ちの二つがある。順手は手首のスナップが効くため遠い敵を切りつける戦いに向いている)


 今のアルは、マンゴーシュには珍しい逆手持ちで戦っていた。


 逆手持ちは、手首のスナップが効きにくい。

 そのため、稼働域が狭く、至近距離の戦いにしか向いていないのだ。


 が、手首が固定されている分、刺突の力は一際強く、相手の刃を受け止める力も入りやすくなる。

 即ち、力負けしないのだ。


 子供のような格好のアルが、体格のよいルーシェルの重たい両手剣を受け止めきれているのは、そういった理由がある。


(食らい付け、ルッカ。そうすれば相手は両手剣を振り回せない。遠心力を生かしきれない両手剣なんて、こうやって簡単にいなせるんだ――)


 アルはさらに踏み込んだ。

 途端、ルーシェルの強烈な蹴りが腹に入る、が、物ともせずに食らい付く。


 距離を離せばルーシェルが勝つ。

 剣術を嗜む人間が蹴り技を習得するのは"距離をとる"ためだ。ルヴィルのときもそうであったが、距離こそが剣の要である。


 だが、アルには不器用なラメラーメイルがあった。

 蹴り技など、痛くも痒くもない。


「短剣でも、【王国七剣】には勝てるんだぜ――!」


 即座、アルは両手剣を弾いた。互いの武器が自由になる。

 そして刹那の時間が引き伸ばされる。


 早くも、勝負のときは再び訪れた。


 両手剣が自由になった今、必殺の円弧を描いて、上から流星のごとく刃が走った。

 全てをこの渾身の一撃にかける――と両手剣術の真骨頂が、今、この場に解き放たれる。

 逃げ場はない。

 断空一閃、起死回生。

 ルーシェルの乾坤一擲の斬撃が空を駆ける。


 そして。

 短剣は素早く踊りルーシェルの喉元に食らい付く。

 何よりも速く、遮二無二、我武者羅、捨て身の一撃を以てしてその空を切り裂く。


 ――刹那の出来事。


 勝負は、やがて決した。




 ルーシェルの両手剣は、必殺の勢いを以ってしてなお間に合わず。

 アルの短剣が、喉を掻き切るかのように表面のみをなぞり。


 ――ほんの僅かな時の差。それが両者の勝敗をきっぱりと分けた。




 ◆ ◆ ◆




「……ふ、そうか……ついに、私も負けるか」


「まあ、いくつもハンデは貰ったけどな。俺も負けるわけにはいかなかったからな」


 ルーシェルの両手剣は、アルの肩を叩くのみであった。

 本気で叩き切れば、両者死にあうだけの相討ちになっていたに違いない。

 が、現実はそうはならなかった。

 アルが殺さなかったのと同じように、ルーシェルも殺さなかっただけだ。


 もしも、初めから殺す気で戦っていたら、結果はどう転ぶかは分からなかっただろう。


(……いや、今さらの話だ。私は負けたのだ。完膚なきまでに負けた)


 ルーシェルの頭にふと浮かんだ雑念は、即座に否定された。

 全ては仮定にすぎない。

 アルが辛うじて勝利した――それだけが揺るがぬ事実であった。


「……ついに、負けてしまったな」


 しみじみとひとりごちるような言葉が漏れ出たとき、ルーシェルは自分の気持ちを悟った。

 負けたというのに、不思議と悲壮感はない。

 卑怯を尽くされたというのに、何故か怒りは湧いてこない。


 ただ、驚くほど素直に、自分が負けたのだという事実を受け止めて消化できていた。


「王様、約束は守ってもらう。ルッカの話を聞いてあげて欲しい」


「……勿論だとも」


 ルーシェルは答えた。

 答えながら、自分の両手剣に目を落として考えた。


 ――アークライトが負けた。


 それは、彼の内側に蔓延っていた呪いから、目を覚ました瞬間でもある。


(ついに、負けるか。そうか)


 ルーシェルにとって、あの戦いは象徴であった。

 彼は、あの戦いで、ルッカを重ねていたのだ。


 アークライトの両手剣と、ルッカの短剣。もしそれがいつぞやか戦うとしたら――とルーシェルは心のどこかで思っていたのである。


 ――手の痺れるような剣戟の交差であった。

 ――とてもあの、小さな手の握力だとは思えないほどの、力強いものだった。


 そしてルーシェルは、ようやくあの小さなルッカが、大きくなったことに気付いてしまった。


(ルッカは、いつか、僕とこうやって戦う日が来るだろうか)


 かつて、ルーシェルにとって、アークライトの両手剣は、絶対に負けない誇りの象徴であった。

 かつての妻のエリオーラのために、再び誓い直した、誠心誠意の剣。

 そして、産まれてきたルッカのために、絶対に負けないことを願った剣。


 それは、叶わないと思っていたものが叶ったときから、守りたかったものを守るための剣であった。


(ルッカ、許してくれ。僕は純粋に勝ちたかったんだ)


 ルッカの目の前で、短剣使いの男と戦うことになったとき、ルーシェルは絶対に負けられないと考えていた。


 戦いながらアルがルッカに語りかけたように、ルーシェルもまたルッカに語りかけていたのだ。

 それは両手剣使いの意地だ。


 短剣使いの戦い方はこうだ――そう見せつけるアルの戦いに、ルーシェルは、だからこそ負けてはならないと本気を見せた。


 短剣使いには負けてはならない。

 アークライトの両手剣は無敗の剣。

 ルッカ、これがアークライトの両手剣なのだ――と、負けじとアルに張り合ってみせたのだ。


(勝って、お前に教えてあげたかった。お前は出来そこないじゃないと。お前にはこの僕の血が、この負けない剣の血がきちんと受け継がれていることを)


 ルーシェルは目を閉じた。


 思い返せばこの戦いは、もっとも厳しい戦いであった。

 空き家が倒壊しそうになったとき、ルーシェルは、ルッカを守るため彼女の傍に駆けつけて、そこで『魂の叫び(アストラルハウル)』を一番近くで浴びることになった。


 精神体を大幅に削り取られ、それでも娘を追い求めた先で、息もつけぬ戦いが待っていた。

 閃光で眩む瞳。鳴り止まぬ耳鳴り。

 あのときの空き家で受けた後遺症がまだ尾を引いていたとしても、ルーシェルはそれでも戦った。


 点滅する光、遮断される気配に翻弄されながら、ルーシェルは両手剣を振るった。

 負けられない戦いであったからこそ、一歩も引かなかった。


 相手の卓越した短剣術と相対することになってなお、【王国七剣】としての経験、『剣聖四位』としての矜持が、ルーシェルを立ち奮わせた。

 だからこそ負けてはいけなかった。


 ルッカの目の前では、強くあらねばならなかった。

 せめて、夢を見て欲しかった。


(苦しい戦いだった。私はとうとう負けてしまった。……夢を見ていたのは私の方だったか)


 呪いのような悪夢から覚めた、とルーシェルは思った。

 両手剣が、今はずしりと手に重い。

 この両手剣は、ルーシェルの剣であって、あの子の剣じゃなかったのかもしれないな――とそんな言葉が、ルーシェルの脳裏を掠めた。


「……お父様」


 そして、そんなルーシェルの耳元に、躊躇いを僅かに帯びたルッカの声が届いた。

 お父様、という呼ばれ方は、今の二人の距離を表しているように思われた。


「ルッカ、私に聞かせたかった話とは、一体なんだ?」


「……それなんだけどさ、私」


 そういえば、ルッカがこうやって自分の意見を言うようになってくれたのは、一体いつのことだっただろうか――とルーシェルは考えていた。


「私ね、その、何というか、冒険者……になりたくてさ」


「……そうか」


「でもね、私、お父様ともっと、お話ししなきゃダメかなって思ってて」


「……お話? 私が反対するかもしれないのにか? 私が負けたのだから、約束通り出ていってもいいんだぞ」


「違うよ。お話を聞いて欲しいっていうのはね、お願いを聞いてってことじゃなくて、本当にお話を聞いてってことなの」


「……ルッカ」


 少しだけ呆気にとられたルーシェルの手を、小さな手がそっと包んだ。


 ルーシェルは、ふと、ルッカが初めて手を握ってくれたときを思い出した。

 瞬間的に、言葉にできない感情が胸に溢れて、彼の目頭は熱くなった。


「……あのね、私ね、二年前に迷宮でリュータを拾ったんだ」


「……ああ」


「この子ったらね、卵から孵ってくるなり、私のことを親だと思ってね、寒いよ、ってすり寄ってきたの」


「……」


「私が初めてリュータを抱っこしたころはね、抱っこも下手くそでね、すぐに手が疲れちゃうの。でも、リュータを抱っこするのは、嫌じゃなかったの」


 ルッカの独白は、ぽつぽつと、続いた。

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