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――理論で殴れば大体勝てる―― 数理魔術師アルヴィスの旅  作者: Richard Roe
第一章 ゴブリンを一気に殲滅したり、ポーションを売ったりして荒稼ぎしていたら、いつの間にか国王(勇者)と戦うことになった数理魔術師
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13.ルーシェルの話。

 

 ルーシェルが人生でもっとも幸せだったときは、妻のエリオーラに、娘ルクレーティアの命が宿った時であった。


 かつて、ルーシェルの妻は、子供を産めない体だと言われていた。

 それが原因で、ルーシェルに他の妻との婚姻の話が出掛かっていたその矢先のことだから、二人の喜びようといったら言葉にしがたいほどであった。


「エリ、エリ! ありがとう、エリ!」


「ロシェ……! あなたも、ありがとう……!」


「僕は、エリ、僕は……!」


「泣かないで、私も泣きそうなの……!」


 ありがとう、という言葉が適しているかは定かではない。が、二人はこのときばかりは感謝で一杯であった。


 それは、ルーシェルが『光の勇者』と呼ばれる前の話である。






 ルーシェルが、人生で二番目に幸せだったのは、妻のエリオーラと、教会で式を挙げたときである。


 妻の出身の村の、湖畔の側の小さな教会は、妻が小さな頃駆け回っていたらしいお気に入りの場所らしかった。


 ルーシェルの知らない頃のエリオーラの記憶。

 おてんばだったけど、笑顔に満ちていたころの想い出。

 ルーシェルは、その一つ一つを隣で笑って聞いていた。


 想い出ごと愛そうと思った。

 知らないことだけど、愛せると思った。


 それは、ルーシェルが諦めていた『光の勇者』を、もう一度目指し直そうと決意したときの話である。






 ルーシェルが、人生で三番目に幸せだったのは、ルクレーティアが手を握ってくれたときである。


 ルーシェルはこのとき、王族との婚姻を迫られていた。

 身重の妻を人質のようにとる王家のやり口には歯噛みしたが、妻が子を産むまでは、と取り付けて、ルーシェルはしばらくの安息を得た。


「エリ、この子、今握ったよ!」


「あら、まあ、ふふ」


「この子、今僕の手を握ったんだ! ほら!」


 ルーシェルの指には、小さな手があった。

 握力は小さくて、すぐに抜けそうで、ルーシェルはしばらくの間だけ笑顔になった。


「……そうだ、僕がパパだよ」


「そうよ、ルッカ。パパですよー」


 小さな手は、手のひらのものを反射的に握る習性があった。

 ルーシェルはその手のひらに、自分の手を覚えてもらうように何度も指を握らせた。


 それは、ルーシェルが『光の勇者』になったころのお話であった。






 ルーシェルが、人生で四番目に幸せだったのは、ルクレーティアとエリオーラが笑っているときだった。


 ルクレーティアは笑顔をあまり見せなかった。こっちが笑顔で寄ると、まじまじと見つめてくる。

 でも、よく怯える子なので、笑顔でそばに寄らないとだめである。


 そんなルクレーティアだったが、妻の手編みの指人形をもってくると、よく笑ってくれた。


「ルッカ、ほら、こんにちは、だよ」


「?」


「こんにちは、ほら」


 ルクレーティアはまだ喋らなかったが、ルーシェルとエリオーラは幸せだった。

 指人形を握っては、よく口にいれようとするやんちゃさんだったけど、ルーシェルはそれを可愛いと思った。


 いつぞやか、ルクレーティアは指人形をいたく気に入って、見るだけで笑ってくれるようになった。


「エリ、見て、ルッカが笑ってる!」


「まあ、ロシェ!」


 ほっそりとしたエリオーラの嬉しそうな顔を見て、ルーシェルは、今の幸せを噛み締めようと決意していた。


 それは、ルーシェルが【王国七剣】に選ばれたときの話であった。






 ルーシェルが人生で幸せだったときは、数え切れないほどたくさんある。


 エリオーラがいて、ルクレーティアがいて、ルーシェルがいれば、それだけで幸せだった。


 叶わないと思っていたことが、ずっとそこにあった。

 それだけでルーシェルは、いつ命を捧げてもいいとさえ考えていた。


 きっとこの子には、何でよく笑うんだろう、と思われているに違いないな――とルーシェルは思った。

 娘は物心がつかない年頃だったが、ルーシェルの笑顔を覗き込むのが大好きなようで、まじまじと見つめてくれる。


 ルーシェルは、そのきょとんとした顔が好きだった。


「エリ、僕は幸せだよ」


 ルーシェルは、一生分の幸せを貰った。

 そして噛み締めた。


 ――きっと、この先エリオーラがいなくても大丈夫。


 ルーシェルはこのとき、【王国】の王になることを決意した。






 ルーシェルが仕事で磨耗していく間、それでもルーシェルには小さな手があった。

 いつぞやか、自分の指をつかんでくれたもの。

 いつしか、指人形で遊ぶようになったやんちゃなもの。

 そして、今度はその手に、全部を渡そうと思った。






 ルーシェルは王になってから、随分と疲れてしまった。

 それでも、ルーシェルには頼りないあの小さな手があった。


(王にさせては駄目だ)


(この子は、王じゃなくて、もっと遠くで幸せになってほしい)


(ルッカ。お前には強くなってほしい)


(エリは、体も、後ろ楯も弱かった。だからエリは――――)


(――ルッカは、出来そこないなんかじゃない。アークライトだ)


(ルッカは、エリと僕の子は、出来そこないなんかじゃない。強い)


(ルッカ、お前は、絶対に僕が守る)


 ルーシェルは決意した。


 ルッカの中に時々見え隠れする弱い影を――エリを奪ったその弱さを――強くしてあげることを。


 弱かったエリの分まで、せめてルッカに、強くなってもらうことを。

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