11.『お姫様奪還作戦』だが、何十人もいる敵と正面から戦うのは馬鹿らしいので、共振周波数を与えて建物を壊してから一斉に鎮圧を図ったお話。
マーカーデバイスの信号を頼りに進むと、古ぼけたレンガ建ての民家が見えてきた。
どうやらルッカはここに連れ去られたらしい。
周囲を見たが、人の気配はなく、確かに人一人を拉致するのには適している建物だとも言える。
今、アルとラナの二人は、その建物の近くに忍び寄り、建物内で繰り広げられている会話を盗聴しているのだった。
『だって、私の冒険者ランクの査定とか、回ってくる依頼とか、全部、お父様が裏で手を加えてたじゃない』
ルッカの声がはっきりと聞こえる。
彼女の背中に貼り付けておいたマーカーデバイスが音を拾っているのだ。
拾った音をマナ波信号に変え、こちらで復調すると、どんな会話がなされているのかが離れた場所でも分かる。
これは盗聴の技術だが、それをできる魔術師の数は殆どいない。
アルは魔工技師でもある。そのため、マナキャパシタを利用した変復調器を作ることは訳のない話であった。
「ねえアル、この建物の中には何人いるの?」
「熱源は一九個、つまり一九人かな」
「ルッカとリュータを除いて一七、一斉に鎮圧するのは骨が折れる作業ね」
「そうでもないさ」
アルはそう一言述べつつ、建物の壁面をさわった。
とんとん、と軽く叩いたのちに、ばしん、と一発、マナの衝撃を加えて、何かを計測している。
「よくあるレンガ建築物だ。重心と剛心がずれている。老朽化も進んで、壁にクラックも走っている。こりゃ脆いぜ」
「何をしているの?」
「インパルス応答の計測。共振周波数を計測しているのさ」
ここで一質点系の振動の式を書き表すと以下のようになる。
x'' + 2hω0 x' + ω0 ^2 x = 0
(ω0は固有周波数、hは減衰定数)
外部から強制振動y'' = Ye^iωtを加えたとき、式は
x'' + 2hω0 x' + ω0^2 x = y''
となる。
このとき、運動方程式の解は
Y/ω0^2 ・ 1/√(1 - ω^2/ω0^2 + 4h^2 ω^2/ω0^2)・e^iωt+(位相差)
となる。
重要なのは、ω = ω0となったとき……つまり、共振が起きたときだ。
解の係数がY/ω0^2・ 1/2h、ここから静的変位Y/ω0^2を除くと、なんと、応答倍率が1/2h倍となる。
レンガ建築物は減衰定数hが2~3%のものが多い。
即ち、振幅Yの強制振動y'' = Ye^iωtを加えているだけなのに、振幅Yの15~25倍の振動を起こすことになるのだ。
これが、共振による応答増大である。
「さあて、悪いけど一方的に鎮圧させていただきますかねぇ」
にやり、と人の悪い笑顔を浮かべたアルは、そのまま呪文をそらんじてみせ、壁面に手をかけた。
◆ ◆ ◆
父王ルーシェルの命により、人目につかない閑静な住宅街の空き家をひとつ調達。
そして、A級冒険者ルヴィルや勝負師ジョザの手際のもと、ルッカを運び出す。
そこまでは良かっただろう。
彼らの誤算はひとつ、相手がアルヴィス・アスタだったということだ。
「――それじゃまあ、消えてくれや」
その声と同時に、建物に大きな亀裂が走り、そして、倒壊が始まった。
古いレンガ建築物は、崩れるとなると早い。
父王ルーシェルは咄嗟に「! ルッカを守れ!」と号を飛ばした。
瞬間、その場にいた全員が浮き足だったのを見計らい、アルは第二の矢を放った。
――スタングレネード魔術。
ルッカを守ろうとした連中だからこそ、ルッカの背中自身が、閃光と音響の発生源になっていることに気付かなかっただろう。背中に貼り付けられた目には見えないマーカーデバイス。ルッカはちょうど建物の倒壊からリュータを守るため、うずくまるようにリュータを抱えこんでおり、その背中から炸裂するスタングレネード魔術は満遍なく室内を覆いつくした。
「――なっ!」
「うぉっ!?」
「ぐぁあ!?」
眼窩を貫く白い光と、横っ面を引っ叩くような音の壁。
まともに食らった黒服たちは、目を押さえ呻く他なかった。
――それでも、勘の鋭いジョザと、一度同じ手を食ったルヴィルだけが身動きをとれた。
二人は、目と耳が利かずとも、リュータを狙って走った。
ルッカはリュータを見捨てない。
ならば、目と耳が使えなくてもそこさえ押さえれば――と手を伸ばした先で第三波が放たれる。
『魂の叫び』。
魂に直接響く、命を削る悲鳴。
知らなかったジョザはまともにこれを浴び、「が、は……っ!?」と膝を折ることになる。
ルヴィルだけは、それを読み切った。
目も耳も利かず、さらには『魂の叫び』を浴びたせいで三半規管をかき混ぜられたかのように感覚が狂ってしまった状態でも、嗅覚を頼りにルッカを探し当てようとした。竜族の嗅覚は人族よりも遥かに鋭い。
――ええい、恐がるんじゃない! 脳から出血なんざしてない!
ルヴィルは、幻覚にくらんで騙される自分を叱咤激励し、ルッカの元へ飛び込もうとした。
そこに、アルが仕組んだ第四の罠が牙を向いた。
彼は既に、スタングレネード魔術と『魂の叫び』の力を利用して、粉塵を撒き散らしていたのだ。
暖炉の煤、外壁を砕いたレンガの粉、そして昨晩飲んだ竜殺しの高い可燃性アルコール。
濃度の条件は全て整っていた。
――粉塵爆発。
瞬間、レンガの建物に爆圧が吹き荒れる。
続けて建物が耐えきれず一気に倒壊した。
◆ ◆ ◆
アルの戦略はあまりにも鮮やかであった。
スタングレネード魔術で、誰も何も把握できてないうちに、さっさとリュータとルッカを回収して、跡形もなく爆破。
突入前に、じっくり建物内部を把握しておいたからこその戦略である。
「……一丁上がりだな」
「早かったね、アル」
粉塵濃度から概算される粉塵爆発の威力では、死人はでなさそうであった。
あとはまあ、建物の瓦礫に埋もって怪我をする、ということぐらいはありそうだ。
が、それはアルの責任外である。
「こんなの余裕さ。たとえ『光の勇者』相手でも、理論を駆使すれば案外勝てるってものだ」
にやり、とアルは笑いながら、ルッカを担いで走った。
リュータはというと、きゅうぅ……と目を回している。
スタングレネード魔術、『魂の叫び』、と随分怖い思いをさせてしまったな――とアルはリュータを撫でて労った。
「でもアル、これでもまだ終わった訳じゃないんでしょ」
後ろを走りながら、ラナがそう言った。
「……ああ、そうだな」
アルもまた、適当なところで走る速度を落として、背中のルッカに「起きてるんだろ」と声をかけた。
「……分かった?」
「ああ、知ってたさ。お前の狸寝入りぐらい見破れないでどうする」
背中に負ぶったルッカが「ちぇ、そっか」と呟くのを聞いて、アルは口を開いた。
「そりゃそうさ。俺がアストラル体を弄ることができるってのは、ちょっと前に、迷賊たちを捕まえたときに披露しただろう? それで何となく分かるんだ。起きてるのか気を失ってるのかがね」
「そういやそうだったね。あの時は凄かったね。スネイク一味を六人も捕まえちゃってさ」
「ラナの『魂の叫び』は、生き物のアストラル体を三割ぐらい吹き飛ばしつつ、更にめちゃくちゃに撹拌する効果があるんだ。だから、人はめちゃくちゃに感覚が狂ってしまって、吐き気や恐怖に襲われる」
「でも、私もリュータもそんなにひどいことになってないよね」
「それは、俺がマーカーデバイス越しに、二人のアストラル体を安定化させたからな」
撹拌されたアストラル体を安定化させるのは、位相カオスの安定化問題と置き換えることができる。
『精神体』という形のない液体をぷるぷる振動させて、それの振動をどう止めるか――という認識が分かりやすいだろう。
空間カオスの安定化は、外部から整波させるのが一番簡単だ。即ち、一定リズムで振動を加え続けると、その振動に同調してくれるのだ。
これを利用して、間近に『魂の叫び』を浴びて撹拌されたルッカのアストラル体を安定化させることに成功したのである。
事実、ルッカは既にまともに受け答えできるぐらいに回復している。
「で、まあ、ラナの『魂の叫び』の効果を取り除いたら残りの後遺症は大したことない。スタングレネード魔術も、全部ルッカの背中でおきたからな。まあ耳はやられたかも知らんが」
「耳は、建物にヒビが入った瞬間に塞いでたから大丈夫。『あ、これアルたちがあれをするに違いない』って思ってさ」
「嘘付け、まだ聴覚はやられてるだろうに。まあ、耳を塞いでた分、音のダメージは少しだけ和らいだかも知らないがな」
「うん。実はまだ、きーんってしてる」
種を明かすと、アルはスタングレネード魔術がルッカとリュータにあまり効かないことを知っていたのである。
建物を共振させてヒビをいれたのと同時に、部屋の中の人間に声をかけたのは、ルッカに合図を送る意味もある。
今から突入することを匂わせるため。
そして建物の倒壊が始まったとなれば、ルッカは咄嗟に、リュータを庇おうと丸くなるだろう。
そこで、彼女の背中からスタングレネード魔術が発動する。
背中で爆発するだけなので、ルッカの目は焼けないし、抱き抱えられているリュータも大丈夫。
あとは、ラナの『魂の叫び』の影響さえ取り除けば、ルッカとリュータへのダメージは殆ど皆無となる算段である。
「流石だよね、アル。アンタって本当に発想が無茶苦茶。お姫様を奪還するために建物ごと爆破するって、普通じゃないよ」
「ラナにもよく怒られてるんだ」
「あはは、そうだよね」
アルがおどけてルッカが笑うと、後ろでラナが「もう、本当に滅茶苦茶なの。何で好きになっちゃったんだろ」とため息をついていた。
またもや惚気であった。
本当に、いつだってこの二人は惚気を忘れない。
「……二人とも、仲良しさんだね」
「まあな、ラナ」
「うん、アル」
たったそれだけの二人の言葉。
なのに、お互いがお互いを信頼しあっていることがありありと分かってしまう。
アルは気付かなかったが、ルッカはこのとき「素敵ね」と小さく呟いていた。
そんな人間が、ルッカにも欲しかった。
「そういえばルッカ、一つ聞きたいことがある」
「何? お父様のこと?」
「いや、それもそうなんだが、俺が聞きたいのは意思の確認だ」
アルの改まった言葉に、背中のルッカは少し身構えた。
そもそも、今回アルは気まぐれでルッカを助けただけだ。
冒険者ルヴィルが再三再四指摘したように、アルにとっては、ルッカを無理して助ける利益はないに等しい。
アルにとって、ルッカはそこまで親交の深い相手ではないし、利益をもたらす関係でもない。
が、アルはお得意の気まぐれでルッカを助けてしまったのだ。
「ルッカ、今回俺がお前を助けたのは、単なる気まぐれなんだ」
「単なる気まぐれ……」
「あのな、鍛冶職人のキュクロから色々話を聞いたんだ。お前、結婚するらしいな」
「……うん」
「ぶっちゃけ第三者視点から言うと、お前戻った方がいいぞ。これはお前のためにもいい。普通、お姫様が縁談なんか断るものじゃない」
「……うん」
「話を聞いてる限りだとさ、アークライト家は本当にお前のために色んなことをしてくれたし、王様もお前のために色んな便宜を図ってくれてる。ドライな言い方をするとさ、お前は、凄くいい条件を提示されてるんだ」
「……そう」
「でも、俺は気まぐれだからお前を助けちまった」
背中のルッカは、しばらく沈黙して何も語らなかった。
それだけ彼女にとって、この問題がデリケートであることの証左であった。
アルは無理に返事を催促しなかった。
「リュータの親だっけ?」
「……うん」
「親になって、ちょっとはあの父親の気持ちも分かったんじゃないか?」
「……どうだろ」
「気持ちは変わらないか?」
「……ごめんね」
「ああ、謝らないでくれ、言い方が悪かった。そういうつもりじゃなくて、確かめただけなんだ」
「……確かめた?」とルッカが少し疑問に思っているところで、アルは少し間をためて提案した。
それも、得意な口調で。
「あのな、俺たちと一緒に冒険しないか?」
「え――――」
「冒険。いつも通り冒険者やるってこと。ありだろ? お前、戻りたくないもんな」
「――――――」
「だって、考えてみろよ。それしかないだろ? この問題は、父の気持ちを汲むか、自分の気持ちに素直になるかの二つに一つだ」
アルにとってみれば、問題は殊の外シンプルになってしまう。
父は跡を継いで欲しい。
ルッカは跡を継ぎたくない。
そこに、お互いに何となく踏み入りがたい心のすれ違いが残っているとして、それはそれだ。
結局対立していることと言えば、その二つだけなのだ。
「気持ちの問題はな、長い時間をかけて話し合うか、腹を割って素直になるかして解決するしかないな。それはお前が跡を継ぐにせよ、家を出るにせよ、そうやって解決するしかないんだ」
「……うん」
「でも、選択肢は二つに一つだ。家を出ていきながら跡を継ぐ、という両取りが不可能な以上は、どっちか一つを選ぶしかない」
「……」
「さて、ルッカはどうする? 俺たちと一緒に冒険するか? それとも、お父さんにごめんなさいってしてくるか?」
「……私」
背中にいるルッカは一旦、私、と呟いて、そのまま沈黙してしまった。
アルはそのまま、ルッカを無視して話を続けることにした。
「なあ、問題の本質はなんだ? お前が家を出たい理由はなんだ? 跡を継ぎたくない理由はなんだ?」
「……それは」
「俺の予測だが、答えは継ぎたくないから。劣等感、周囲の期待の重苦しさ、それらが本当に嫌だから。あとは、母のことも何も知らされない中で、自分が一体何者なのか、本当にアークライト家にいていいのか、と思い始めたから。アークライト家が自分の居場所じゃないと思い始めたんじゃないか?」
「……」
「王様は、何でか知らないけどルッカに残って欲しいと。ルッカに幸せになって欲しい、ルッカに跡を継いで欲しい、あとはルッカに傍にいて欲しいってところかな」
「……」
「なあ、意地悪な言い方をするけどさ。どっちが妥協できる?」
「……妥協」
「そう、妥協だ」
アルはそのまま、「な、子供じゃないんだったら、選ぼうぜ」と続けた。
「はっきり言うけど、親も子も問題の本質から目をそらしてる気がするんだ」
「……問題の、本質」
「さっきの二択だけど、妥協できたか?」
「……その」
「ほら、無理だろ? そういうことだ」
アルの口調はいよいよ本腰をいれて鋭くなった。
それは、遠慮と忌憚のない意見を述べている証拠でもあったし、アルの本心からの意見であるということでもあった。
「お前も親も、どっちもお互いの気持ちを聞いてないから妥協できないんだ」
「――――――」
「問題の本質から目をそらしてるんだよ。そこを話さなきゃ前に進まないんだ」
「……話、した、よ……」
「嘘つけ。話をした気分になってただけの癖に。どうせあれだろ、親は『跡を継がなきゃこうなる』とかしか言わないし、お前は『嫌だ』しか言わないんだろ?」
「……」
「どうして跡を継ぎたくない気持ちなのか、とか。どうして跡を継いでほしい気持ちなのか、とか。今までどんなことがあって、これからどうしたいのかとか。どんなことを考えているのか、二人で腹を割って話したことがあるか?」
「……それ、は……」
「よくあることなんだ。案外、気持ちの話をできていないって」
アルはそのまま、やや困ったように「いやあ、お節介焼きすぎたな」と言葉を濁した。
「よその家庭のことにあんまり首を突っ込んだらダメなんだけど、まあ、気にせんといてくれ。今のは言葉が過ぎた」
「……アル」
「もう一回いうぜ。俺たちと一緒に冒険しないか?」
「……ありがと」
ルッカはそう言って、次にアルの真意を何となく悟った。
わざわざお節介を焼いた理由は、ルッカにもいたく分かる。
それは、ルッカに何かを気付かせようとしていたから。
「私、まず、お父様とお話をする。ちゃんと、全部話す。小さなことでも全部。
お手伝いさんたちがお母様のことを教えてくれないのはどうして、とか、私のことを強くしようとするのはどうして、とか、アークライトの名前に思い入れがあるのはどうして、とか。お父様がアークライトに戻れという『理由』じゃなくて、お父様の『気持ち』をちゃんと聞く。
――だから、お願いしてもいい?」
「ん。その言葉『仕事屋』アルヴィスが引き受けた」
ルッカの言葉に、アルは満面の笑みで答えた。
――そして、まさしくそのときであった。
アルたちの背後から「――話は聞かせてもらった」と鋭い声がかけられたのは。
その声の主が何者なのか、この場にいる全員がよく知っていた。
父ルーシェル。『光の勇者』にして、この【王国】の王である。
彼は、スタングレネード魔術、『魂の叫び』による感覚攻撃、そして粉塵爆発と建物の倒壊による物理攻撃を受けて、それでもなお怪我一つなくここにいる。
つまり、彼は殆ど消耗していないということであった。
「悪いが、他人が人の家庭の話に口出しするのは感心ならないな」
「これはこれは王様、ご機嫌麗しゅう」
「御託はいい。早くルッカを返せ」
「『他人が人の家庭の話に口出しするのは感心ならない』『ルッカを返せ』……こいつはいい御託だな、感心するよ」
「何?」
「ルッカが話をしたいそうだ」
「構わんが、他に何がある? 私はルッカに分かってもらうまで、何度も説明するのみだ」
「ルッカの気持ちも聞いてあげて欲しい」
「聞いているつもりだ。だが、そろそろ責任感も身に付けて欲しい。あの子には正しく育って欲しいのだ」
「もし俺が王様に勝ったら、話を聞いてあげてくれるか?」
アルはそう言いつつ、背中からルッカをゆっくりと下ろした。
ルッカはまだ『魂の叫び』のダメージが残っていたようで、立つときにふらついていたが、すぐに取り直して、父のルーシェルを睨んでいる。
二人の間には、まだ埋めがたいものが横たえている。
それが、アルにも分かった。
「……は、万に一つもないことだ」
「つまり?」
「先程は遅れをとったが、『光の勇者』が負けることはない、ということだ」
「そうかい、交渉決裂ということでよろしいですかね」
「ほざけ、娘を拉致しておいて何が交渉か。いい加減、娘を中途半端に惑わすのをやめろ」
「本当に娘を拉致したのは王様の方でしょうに。第一、これは中途半端じゃない」
「笑わせる。無意味に甘言を弄して、年端もない子を惑わしているではないか」
「中途半端じゃなくて、本気なんだ。お宅の娘さんはね」
「……戦うしかないようだ」
「どうやらそのようで」
ざり、とお互いがお互いの距離を測るように足を動かした。
路地は相変わらず人気の少ないままで、戦うには支障のない空間となっている。
アルにとっても、『光の勇者』ルーシェルにとっても、条件に不利はない。
一つ気がかりなのは、冒険者のルヴィルがやってこないことだが――恐らくこちらの位置を特定できていないだけであろう。
となると、誰の邪魔も入らず、一対一の勝負になりそうだ。
「構えろ」
「そいつはどうも」
両手剣を高く掲げ、左半身を前につき出すルーシェル。
そして、プリセット魔術を処理スタック内に放り込み、いつでも戦う準備ができているアル。
両者共に、お互いの隙を見極める作業に入っている。
戦いは今にも始まりそうな様相を示している。
そして――――。
「――――はっ!」
「!」
戦いの幕は、切って落とされた。




