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――理論で殴れば大体勝てる―― 数理魔術師アルヴィスの旅  作者: Richard Roe
第一章 ゴブリンを一気に殲滅したり、ポーションを売ったりして荒稼ぎしていたら、いつの間にか国王(勇者)と戦うことになった数理魔術師
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1.食べ歩きしてたら、裏路地でごろつきと戦いになったので、魔術典礼化(ショートカット)による無詠唱魔術で倒しちゃったお話

 悪霊エレシュと相討ちになったアルヴィスは、かなり手酷い呪いにかかってしまい、昏睡状態に陥ったまま百年間も眠ることになった。


 しかし、その百年間は孤独ではなかった。アルヴィスは妖精と契約することで精神体としてその身を抜け出し、呪いが解けるまでの間、妖精たちと楽しい日々を過ごしたのだった。


 やがて百年が経ち、妖精の畔で目を覚ましたアルヴィスは、その間も甲斐甲斐しく世話をしてくれた妖精ラナウン・シーに恩返しをするため、彼女の願いを聞いた。


 彼女は言った。


「私ね、妖精の指輪(フェアリーリング)が欲しいの」


 ――それが、アルヴィスが旅をする理由となった。











『第一章 ゴブリンを一気に殲滅したり、ポーションを売ったりして荒稼ぎしていたら、いつの間にか国王(勇者)と戦うことになった数理魔術師』











 ふーんだ、という言葉が聞こえてきそうな不貞腐れっぷりで、ラナはそっぽを向いていた。


 全てアルが悪い。

 妖精の指輪とやらを良く分からなかったアルは、(そうだ、ドワーフに指輪をこしらえてもらえばいいのでは)と指輪を打ってもらい、それをラナにプレゼントしたのである。


 結果は最悪であった。

 顔を赤くして「え、ぷ、ぷろ」と狼狽えたラナは、その指輪が全然何の意図もないただのプレゼントだったことに酷く落胆し、ついでにフェアリーリングでも何でもないことにすぐに気付き、こうして拗ねている始末であった。


 アルとしては面白くない。

 プレゼントをしたのに拗ねられるとは何故に、と相方のラナの思考を全く理解できていなかった。

 そんなに指輪が嫌だったか、とラナから指輪を取り上げようとすると、それはそれで嫌がるし、全く訳が分からない。


 そんな訳でアルは、この気まぐれ妖精と一緒に、妙な空気を保ったまま町を練り歩いているのであった。


「……もう、アルのばか、ありがと、ばか、えへへ」


「何だよそれ」


 ラナは指輪をネックレスのように首からかけていた。

 どうやらお気に召したらしく、拗ねているくせにでれでれであった。


 じゃあ拗ねるなよ、とアルは思ったが、何やらそういう話ではないらしい。

 彼女に「いい? 今度からは気を付けてね」なんて逆に注意をされる始末であった。

 一体何を気を付けろというのだ、とアルはラナのことを問い詰めたくなった。




 ◆ ◆ ◆




 世界迷宮からは、魔物と財宝が尽きることなく湧き出すという。

 やがて迷宮の入口の周りには、挑戦する冒険者と、彼らが落とす金を目当てにした商人たちによって街が作られていった。

 ――迷宮都市モンドブルグ。

 今、アルとラナの二人が滞在している都市の名前である。


 迷宮からの産出物が絶えることなく流通するこの都市、モンドブルグは活気に溢れており、どこもかしこも人の喧騒の音に満ちていた。


 迷宮からの産出物を地上に持って帰る冒険者、彼らに酒と飯を振る舞う大衆食堂、何とか武具を売りつけたい武具商人、物珍しいものを仕入れたい交易商――大勢の人々たちが、このモンドブルグで昼夜問わずに活動していた。


 アルとラナは、当初こそモンドブルグの人の多さに呆気に取られたものだった。

 妖精の畔で百年を過ごした二人にとっては、千人を越える人々が行き交う世界など遠い伝聞の世界に過ぎなかったのだ。

 今でこそ、ようやく人の多さには何とか慣れたものだ。だが、未だに異郷感は拭えない。


「――で、【王国】も商取引などが活発化すれば、その分だけ税収で儲かるし、経済も回って良いこと尽くめって訳だ。世界迷宮っていうのは、もう【王国】にとって見れば一種の金鉱山みたいなものだな。ただ存在するだけで利益を生んでくれるんだから、ありがたいことこの上ないだろう」


「それだけじゃないわ。皆も目の色を変えちゃってる。それこそまるで、金鉱山から金を掘り当てるんだ、みたいな意気込みと野心を感じるもの。変なの」


「皆、お金儲けのために必死なのさ。ここで一山でかいのを当てれば、夢の貴族生活が待っているんだから」


「それが冒険者?」


「冒険者だけじゃない、商人たちもさ。この街は、誰でも成り上がれるチャンスに恵まれている」


 アルとラナの二人は今、ホーンラビットの串焼きを片手に『食い倒れ横丁』を食べ歩きしていた。

 タレの漬かり具合が絶妙で、舌鼓を打つほどには美味しい。


 モンドブルグ西部の一角『食い倒れ横丁』は、食べ歩きスポットとして有名であり、初めて訪れた観光客だけでなく何度も足を運んだ常連さんたちもこの一角で賑わう。

 アルとラナも、早速食べ物に心を奪われてしまい、これからずっとここに来ることを決意していた。


「一山、ねえ」


「どうしたラナ。お前も一山当ててお金持ちになりたいのか?」


「そりゃ当てられるなら当てたいけど、別にどうでもいいよ。そんなことより、今の生活が何不自由なくずっと続いて欲しいかな」


 ちら、と甘えるような仕草で見つめてくるラナに、アルは一瞬だけ見とれてしまった。

 この生活がずっと続いて欲しいって、それってつまり遠回しな告白なのでは。

 そう思うと、急に愛しさが湧いてくる。


「……そうか、いいぜ、ラナのために頑張って一山当ててやろうじゃないか」


「……あの、頑張らなくてもいいって言ったのよ、私」


「逆にやる気が出たんだよ、ラナ。お前に何不自由ない生活をさせてみせるとも」


「……ありがと」


 ラナはそう言って、嬉しそうにはにかんでいた。

 百年を共にした契約者だからこそ分かることだが、このはにかみ方は本当に嬉しいときのはにかみ方である。

 正直可愛い。

 元より可憐な妖精族の中でも群を抜いて可愛らしかった彼女だったが、最近富みに仕草が可愛らしくなったように思われた。


 そんな時だった。

 建物の陰から、二人の行き先を遮るようにごろつきが三人姿を現した。


「――よーお、随分とお熱いじゃねえか。俺も仲間に入れてくれねえか?」


「なあなあ、お嬢ちゃん、俺たちと今晩イイコトしないかい? 幾らでもイイ思いさせてやるぜ、ん?」


「おうおう坊や、何も知らないでこの辺に足を踏み入れるたぁ間抜けな奴だな」


 突如現れた三人組は、お世辞にも品性のいい連中には見えない。

 身なりは冒険者崩れのそれであり、ガタイこそ良かったが、うっすらと顔に張り付いた下卑た笑みがその性根の悪さを滲み出している。


 典型的な追い剥ぎだ――とアルは思った。

 三~五人ほどの集団を組んで、数の差に任せて通行人を襲い、衣服や持ち物を奪い取る――冒険者として迷宮に潜るよりも低リスクで金品にありつけるのだから、追い剥ぎに落ちる冒険者の数は一定数以上存在する。


 今、アルたちを取り囲む彼らは、『低リスクで狩れそうな美味しそうなカモ』――即ちアルとラナの二人を前に、舌なめずりをしていた。


「何だい? 今良い雰囲気だったんだけど、邪魔しないでくれるかな?」


「ほう、舐めた口利きやがるじゃねえか」


「ひひひ、彼女の前だからって格好つけやがってよう! 大人しく尻尾巻いて逃げりゃいいのにな!」


「まーあ、俺ら『スネイク一味』に目を付けられて逃げられるはずがねえんだけどな! はははっ」


 スネイク一味、というのが何なのかは良く分からなかったが、ろくでもない集団だということだけはアルにもよく分かった。


 そっと剣を抜く。

 すると向こうも「お、やる気かい?」と剣を抜いてこちらに対峙した。

 意外にも、こういった手合いのごろつきに有りがちな『大して強くない』パターンではなく、全員それなりに心得があるようであった。


「威勢の良い奴だな、『泣く子も黙るスネイク一味』の俺らと知って真正面から事を構えるとは、命知らずもいい所だ」


「ひひひ、だから女の前だから恰好付けてるだけって言ってるだろ? 見ろよ、あんなひょろいガキに何ができるってんだ」


「ははは、そうだぜ! 魔物一匹殺したことねぇような体付きしてやがるぜ!」


 と軽口を叩きあいながらも、その実追い剥ぎの連中は、戦いの間合いを強く意識していることにアルは気づいた。

 足半歩分のリーチの差。踏み込みの範囲がアルとごろつきとで僅かに異なるのを、上手く生かすような距離ににじり寄っている。

 流石に元冒険者、戦い慣れているのだろう。或いは追い剥ぎの過程で磨かれたというべきか。

 意外と手慣れているな、とアルは剣を構えながら考えた。


 それにしても視線が不愉快であった。

 アルは男たちがラナに注ぐ不躾な視線に辟易していた。あの下品な目でラナを眺められていると思うと、どうにも心地が落ち着かない。


 その苛立ちが彼の言葉を少しばかり過激なものにした。


「……命乞いは済んだか?」


 途端、男たちはぴくりと眉を吊り上げ「……何だと?」と不快さを隠そうともしなかった。


「命乞いは済んだか、と言ったんだ。お前たちのステータスを覗かせて貰ったが、全員軒並み、大したことのない数値だった。大方、D級冒険者になり損なったかその辺だろう。悪いことは言わない、早く立ち去れ」


「……ステータスってのが分からねえが、言うじゃねえか」


 アルの言葉に、三人のリーダーらしき男が急に真剣な表情になった。

 笑えない侮辱を叩きつけられた、というのもあるだろうが、冒険者としてどの程度の格なのかを言い当てられたことで警戒を募らせたのかもしれない。


「何だ、一人一人言ってやろうか? そこのお前は魂の器(レベル)が一番低い、つまり一番弱い。そこのお前も大差ない、所詮は雑魚だ。で、リーダーを 張ってるお前だが、お前も精々オーク狩りができる程度の腕前だ。三人集まったところで、オーガを狩れるかは怪しいところだ」


「……適当な言葉を弄しているだけだな。そりゃ街のチンピラ崩れに片っ端から『お前は精々オーク狩りで精一杯』とでも言っておけば、大体は当たるだろうよ」


「そんなことはないさ。俺は魂の器(レベル)――つまり、アストラル体(精神体)の大きさを感知できるのさ。アストラル体の大きさは体内保有魔力の大きさ。つまりそこから推定すれば、お前たちがどの程度の能力値(ステータス)なのか、推し量れる」


 アルの言葉は本当のことであった。

 人の体は魔力を帯びており、その魔力によって潜在能力が引き上げられている。即ち、体内保有魔力であるアストラル体の大きさの多寡が、その人物の身体能力の高さに比するのであった。

 魂の器と呼ばれているそれは、個人差こそあれど、この上なく分かりやすい人の強さの示準であった。


「ひひひ、俺が一番弱いって? よく言うぜ、ガキ。いいぜ、てめえは俺が殺してやる」


 男たちの内、一番弱いと愚弄された男が前に出た。

 これでお互いに一歩踏み込んで剣が届く距離になった。

 が、左半身を前に出してこちらを伺っている様子を見るに、あれは誘っているだけであろう。

 アルが飛び込んできたところを躱して迎え撃とうという算段に違いない。


 なるほど、弱くはなさそうだ。


 だが、既に連中は引っかかっている。剣を抜いたからといって、アルは自分が剣士だとは一言も言っていない。――即ち。


(アプリランチャ起動)


 脳内仮想空間に浮かび上がる数々のポップアップスクリーン。ショートカット機能を駆使して、フリック機能で魔術アプリ群を一斉に立ち上げる。

 同時に、マントから数々のタリスマン(お守り)型魔術デバイスを宙に浮かべて起動・魔術展開する。スタック構造内に一七種類のプリセット魔術をストックし、自動的に処理されるようにコマンドラインを走らせる。


「!――魔術師!」


 言うなりごろつきの一人は一気に踏み込んだが、「――がッ」と瞬時に雷魔術で体を麻痺させられ、そして呆気なく事切れた。

 この男が遅いのではない。

 アルが速過ぎるのである。

 無詠唱で魔術を行使することは、この世界ではかなり珍しいことなのだから。


「な!?」と狼狽える連中に息つく間もなく魔術を叩きこむ。

 いずれも下級魔術。ファイアアローなどの単純なものだが――しかし、掃射される数が桁違いであった。

 まるで面で叩くような弾幕の圧力。

 百を超すばかりの一斉火力は、ならず者たち三人を屠るのには十分以上であった。


「ぐぁああああああ!?」


「うぉぉおおおおお!?」


 地面に崩れ落ちる連中を、アルは冷たく見下ろした。


 その間も魔術の手は緩めない。だが顔と右肩だけは何とか残さないとまずいだろう。顔は『スネイク一味』とやらだと証明するため。右肩も、その一味だと証明するための入れ墨が入っているはずだ。後は彼らを憲兵に突き出せばいいだけだ。


 あまりに呆気ない結末。

 時間にして数秒にも満たない出来事であったが、勝負の趨勢は既に決していた。


「……が、は」


「まだ生きてるのか? 呆れた生命力だ」


 アルは足元に転がる男に言い放った。虫の息で命を繋いでいるというべきか、もはや放っておいても彼は息絶えてしまいそうであった。


「まあ、言い残すことがあれば聞いてやらんこともない。――いや、スネイク一味について教えてくれたら、少しは楽に死なせてやる。どうだ?」


「……く、そ……吐くか、よ……」


「何だ、死の際だと言うのに今更忠誠心か」


「ぅ、ぐ……」


 アルが男の忠誠心に呆れているそんな時だった。

 ラナがそっと隣にやってきて「私がやろうか?」と囁いたのだった。


(それは――あまり気が進まない)


 アルは一瞬躊躇った。

 妖精(バンシー)の一種である彼女は、恐ろしい叫び声を持っている。どんなに熟睡しているものでも飛び起きるような、心臓が掴まれるようなおぞましい叫び。

 それを耳元で食らったら、殆どの人間は正気を保っていられなくなるだろう――とアルは理解していた。


 それだけではない、彼女ら妖精族は幻影魔術に長けるので、拷問手段には事欠かないだろう。

 間断のない幻痛と幻覚。想像を絶する苦しみ。精神を直接削り取るような呪い。痛みの感覚だけで人を廃人にできるほどの力が、妖精族にはある。

 だが、それでは彼の命が――。


(結局何も聞き出せずに死んでしまうんじゃ)


「っ、が、あ゛あ゛っ!!」


「あ」


 痛ましくおぞましい断末魔と、しまったやりすぎた、といった感じの間抜けな声が聞こえた。

 アルは悟った。とにかく、ろくでもないことになったことだけは分かった。


「……あー、元より俺がやり過ぎたんだ、気にしないで」


「……ごめん、アル、許して」


 きっと幻痛魔術の加減をしくじったのだろう。よくあることだ。

 妖精はそもそも、魔術の加減が下手くそな生き物である。その上ラナと来たら、細かい作業に全く向いていない。

 半分以上予想のついた結果である。


 それにしても、最後に幻痛魔術で苦しみながら逝った、名前も知らない男には少しだけ同情の念が湧いた。

 元より人殺しも躊躇わないような連中だ、慈悲の気持ちはさらさらなかったが、それにしてももう少しまともな死に方があったかもしれない――。


 彼は、痛みのあまり口と目玉が裂けていた。

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