後編
一年後、俺のデータをもとに、次世代の量産機『ヘリアス』が誕生した。暴走しないよう出力を制御したアダマント機関を搭載している、最新鋭の機体である。
これで我が国はソーディア技術において敵国の一歩先をいったことになる。
といっても予算が足りないため、段階的に量産していき徐々に軍へ配備されることになっている。
最初に量産された十二体は、クレアのいる精鋭部隊へと送られた。
俺はというと、ずっと軍の研究施設にいた。そこは戦いとは無縁の世界だ。機体じゅうをいじくりまわされ、各部装甲や内部装置の検証実験に使われ……とさまざまな実験を通して俺は割と長生きしていた。
しかしそれももうすぐ終わりだ。
俺は廃棄されることはなく、研究資料として保存されることになった。
平和になったら博物館に飾られて、軍のイベントで活躍するようになるのだそうだ。一応は、そのときまで整備はしてもらうことになった。
「……長い間お疲れさま、マーシャル」
つきっきりで俺の世話と研究をしてくれていたリタは、俺のボディーを撫でながら笑顔を向けてくれた。
「ここまでソーディアの研究に貢献してくれるのは、研究主任として鼻が高いわ」
こちらこそ世話になった。ありがとう。
「でも、どうも腰が悪いわよね、きみ」
わかるか?
人間のときだって疲労が腰にたまりやすかったからな。そのせいだと思う。
怖かったな、ヘルニア。
なにせ労災が下りなかったうえに、一週間寝たきりになって何もできない。ただのくしゃみや咳が危機的ダメージを生む。まあロボならその心配はないだろうが。
「ここだけ常に最新のものに交換しないと、ほかの部分より反応が少し鈍くなる。車とかでも機嫌の良し悪しは人によっては感じられるみたいだけど……なんだろう、ちゃんと説明つかないよ。まあそれだけ現役時代に激戦を潜り抜けてきたってことかもしれないけど」
といっても前線での稼働期間は結構短いぞ。
「んー、まあ動けばいいか。もう戦わないし。……それに弟君もいるから寂しくないだろうしね」
俺の隣にはヘリアスの試験機が鎮座している。クレアたちに渡ったのとほぼ同性能の機体で、性能は俺より幾分か上だ。
こいつもいずれ、軍に配備される。
そしてきっと、ずっと俺はこいつと比べられる人生を送るのだろう。
できた弟を持つと兄は苦労するな。
……クレアはたまに会いに来てくれていたが、ここ半年はずっと来ていない。まあ俺に会いに来たというよりリタに会いに来ていたのだが。それでも来てくれた時はうれしかった。
彼女に会える日をずっと待っていたが今日までついにその日はこなかった。
きっと仕事が忙しいのだろう。一段落すれば会いに来てくれるはずだ。
「クレアさんね、今日大規模な作戦があって、それに参加することになったそうよ」
リタは物憂げな顔でぽつりと漏らした。
「敵にヘリアスの力をみせしめるいい機会になるって……きっと激しい戦いになるわ。いえ、もう戦いは始まってるわね」
そうか。
クレアはまだ戦っているのか。俺の弟、ヘリアスに乗って。
まあ暴走の危険がある俺なんかに乗せるよりは安全だ。
……そうとはわかっていても心配なのだが。
娘を嫁にやる父親というのはこんな気持ちなのだろうか。
考えていると、突然施設に警報が鳴り響いた。
「何っ!?」
リタも気色ばんだように顔をこわばらせた。
何が起こったかは、爆発音と地響きですぐわかった。
――敵が、この研究施設を襲撃しに来たのだ。
リタは避難するためか、ここから姿を消した。
何かあったときのために研究データを削除しなければならないらしい。俺の心はデータベースとは別なのでさほど影響はないが、データベースから情報を閲覧することはできなくなるだろう。
自爆装置とかを組み込まれないでよかったが、俺が何もできない以上、敵に鹵獲されたら結局分解されて廃棄される未来しかない。その前に襲撃のときに破壊されるか。
「研究施設が襲撃を受けた!?」
「すでに複数のソーディア部隊に囲まれている!」
「馬鹿な!」
「非戦闘員の避難は終わったのか!?」
警備兵たちが武器を持ってせわしなく駆けていく。
リタはちゃんと逃げられただろうか。俺と施設を守るために最後までシステムの面倒を見ているとか、そういうのはやめてくれよ。
しかし外の様子も内部の様子もわからないため、この研究施設がどの程度制圧されてしまったのかは定かではない。
ただ銃撃音がひっきりなしに聞こえ、そのたびにどこかが破壊されるような不穏な爆発音と、兵たちの断末魔がどこからか響いてくるだけだ。
じき俺のいる場所も破壊されるか制圧されるだろう。
破壊されるのをただ待つなんて……思っていると、いきなり俺が起動した。アダマント機関に熱が入って、システムが立ち上がるのがわかる。
誰かが俺を遠隔で起動させたのだ。
見ると、隣りのヘリアスも起動させたらしかった。
コクピットがゆっくりと開いていく。
『パイロットが到着次第、ここから離脱すること。もし一定時間かかって来なかった場合、機密保持のためにアダマント機関を暴走させる』
俺のシステムにメッセージが入っていた。
俺は言ってしまえば機密の塊。いざとなったら秘密を守るために誰かが乗って逃げる算段になっていたらしい。
だがパイロットらしき人物は来ない。
ここを守っている兵ならいるが、訓練されたパイロットではないため操縦はできない。
ここに来るまでに襲撃を受けてしまったのか、何らかの理由で来られないのか……。
「おい、どうした!?」
「ヘリアスだ! ヘリアスが一機この研究施設を守るために戦ってくれているらしい!」
ここを守っている兵たちが口々に歓声を上げた。
どうやら先んじて駆けつけてくれた味方がいたらしかった。しかもヘリアスということは、クレアのいる精鋭部隊のうちの一人だろう。
だがひときわ大きな破壊音がして、
「うわああっ」
ここを守ってくれている兵たちから悲鳴が上がる。
兵たちに被害はなかったようだが、非常事態だった。
戦っていたヘリアスが撃墜されこちらに倒れてきたのだ。
倉庫の屋根から壁が破壊されて、大破したヘリアスが倒れている。
さすがに多勢に無勢だったらしい。爆発は免れたものの、戦闘の継続はできそうになかった。
コクピットが開いて、中の人物がよろけながら出てくる。
あれは……クレアだ。
パイロットスーツとヘルメットでぱっと見ただけではわからない。
だが俺にはわかる。忘れるはずがない。
クレアが守ってくれていたのか。
しかし腕をけがしているのか、血を流しながら片手でそこを押さえている。
「なんだか、すごく久しぶりな気がするな……」
クレアは言いながら、おぼつかない足取りで、それでもまっすぐに俺のところへ歩いてきた。
「マーシャル、あなたが無事でよかった」
俺のボディに手を当てて、クレアは微笑んだ。
「今、ここは敵の部隊に囲まれている。ソーディアを乗れる人は少ない。それに味方は、来ないよ」
なんだって?
「私が独断で研究施設を守るために隊を離れたの。だから、私がここを守らないといけない」
きみは相変わらずそんな粗忽なことをしていたのか。
無理するな。乗っている機体は大破した。残っている者と一緒に逃げるべきだ。
「私は運がいいわ。ちょうどよく、まだ戦える機体があったんだから」
彼女は、出来のいい俺の弟のことなんて目に入っていないかのように、俺のことをじっと見つめていた。
おいおい、まさかとは思うが、引退した俺にムチ打つような真似をさせるわけじゃあるまいな。
隣りに新品のヘリアスがあるだろう。それだってちゃんと起動している。あちらのほうが性能もいいし安全だ。使うなら、あちらを使ったほうが断然いい。
どちらを選べばデメリットが少ないか、普通に考えればわかることだろう。絶対にそうするべきだ。
「マーシャル、私に力を貸してくれる?」
――もちろん、お安い御用だ!
俺の操縦には生体認証キーが必要だったが、俺がシステムに介入して情報を書き換えた。
クレアを乗せた俺は立ち上がる。
「乗ってた頃と基本は変わらないみたい。でもなにこのナビゲーションシステムって。いろいろ変わってるからわからないな」
『平気だ、クレア。俺がサポートする』
「へっ? なにこの合成音声?」
目を丸くするクレア。リタが追加したイベント用の装備である。機体の性能などを説明するために導入されたのだが、俺に組み込まれたことで自由にしゃべれるようになったのだった。
しかも人間に近い声色である。俺によって抑揚がプラスされれば、人間の男の声とさほど見分けがつかなくなる。
『敵は十機か……さすがに多いな』
外に出た俺は状況を把握する。
しかしこちらにかかってこようとしているのはとりあえず四機だ。
『建物を盾にして、敵を引き付けながら各個撃破するぞ』
「なんていうか、リタはすごいシステムを追加したみたいね。本当にしゃべっているみたい」
本当にしゃべっているんだがな。
「撃破するっていっても武器は?」
『ない。機体の研究が目的なんだ。武装はすべて取り除かれている』
「それじゃどうしろっていうの!?」
『そもそも君は腕に傷を負っている。そんな状態じゃまともな操縦はできないだろう』
「う……確かにそうだけど」
『MAドライブを使ってくれ。システムを起動させるだけでいい』
建物を利用して逃げながら、俺に組み込まれた新しい装置の使用を提案する。
敵四機は、うまい具合にほかの六機と引き離されているようだ。
「『MAドライブ』?」
『機関の出力を制御するためのリミッターのようなものだ。アダマント機関を暴走一歩手前まで持ってきて、一時的に出力を底上げする。暴走したときの出力を再現しようとして試験的に組み込んだものだ。正式名称は「マーシャル・アーツプログラム・ドライブ」――通称「MAドライブ」だ』
ヘリアスのアダマント機関を安定させるために試験的に俺に組み込まれたものだ。それをもとに、アダマント機関を安定させるシステムと機構ができあがった。
『アダマント機関の温度を上げるのは本来出力を上げるという機能しかないが、俺に限っていえば例外だ。それはきみが一番よくわかっているはずだ』
「――! まさか……」
『ああ、俺が自分の意思で動いて、戦闘のアシストをする。きみは増援の要請を頼む』
「……はは、なんか本当に意思を持ってるみたい」
『すごい装置だろう?』
武器は取り外されているが、俺には武器なんて必要ない。
俺は武器を持っていないほうが強いからな。
「じゃ、行くよ、マーシャル」
『ああ、君みたいに無骨に戦うファイターには、俺が一番似合っている』
「それどういう意味!?」
クレアは眉を吊り上げながら、MAドライブを起動した。
グレーの装甲が、赤黒く染まっていく。
角を曲がり、立ち止まって追撃を待つ。
一機目の構える銃が見えた。俺は腰をやや低くして、角から飛び出す。
『桐原流闘術――』
飛び出してきた先頭の奴の腕をとった。
そのまましゃがむように身体を丸め、ひねりを加えて一本背負いのように投げる。
投げたあと腕の関節を極めながら、拳で相手の後頭部を破壊した。
『合捕・破胴!』
続いて、俺に反応して一番先に銃の標準を向けた機体に金的をくらわせる。ダメージと衝撃はコクピットにまで及ぶだろう。
こんな乱戦だと、銃は味方に当たる恐れがあるから撃てない。残った二機は赤い剣を抜刀するが――遅い。
俺は三機目の懐に入って中段の位置に当身をする。拳はコクピットを貫いて大穴を開けた。
こちらに来た四機のうち三機は血祭りに上げた。残り一機。
俺は敵の一体が持っていた銃を奪って、刀を抜く直前のように腰に添えて構えた。
身を低くして加速。
『桐原流闘術――小太刀之型・一文字!』
敵が引き金を引くのとほぼ同時、俺が持つ銃を居合切りのように横一線に振るった。
脇腹の位置に銃身がめり込み、銃を乱射しながら最後の一機は倒れる。
『あと六機。こちらにきた奴から仕留める』
「さすがに強いね……」
『ただの反応速度の違いだ。それに、リタがこっそり俺用に調整してくれたおかげだな』
俺が意思を持っていることは、彼女にも知られていた。というか、合成音声を入れてしゃべれるようになると、俺が教えた。
『彼女に頼んで、手甲を追加してもらった。これが盾代わりになる』
見た目はそれほど変わらないのだが、腕だけは強化してもらった。
手甲のような形の追加装甲を両腕につけてもらったのだ。銃弾をある程度防いでくれたりするほか、俺の打撃にも耐えられるように設計されている。
演武用にと思って提案したのだが、実戦で使うことになるとはな。
『MAドライブには制限時間がある。時間内に全て撃破するぞ』
「それはいいんだけど、桐原流って何?」
『俺が祖父に習っていた武道だ』
「?」
『全ては過去のことだから気にしないでくれ』
追加で出てきた二機を倒すと、その二機の後方についてきたらしい機体と鉢合わせた。ほかと形状の違う、赤い機体だった。長い砲身のライフル砲を持っている。
あれは、まさか……。
「敵の新型『オリヴィエ』。アダマント機関に似た物を搭載したタイプよ。あれがさっき、私と私の乗ったヘリアスを倒した」
クレアが解説してくれる。
「ようやくその機体を手に入れることができるわ! さあ私にそれを渡しなさい! でなければ、私に破壊されなさい!」
わざわざスピーカーで声を上げている。やはりずっと前に出てきたあの赤いののパイロットか。
半身に構えると、オリヴィエはライフルの銃口をこちらに向ける。
俺は自走装置とスラスターを使いオリヴィエに肉迫する。
轟音を伴う敵ライフルの発射音。
俺は身をひるがえすようにしてそれを回避した。
「かわした!?」
残念だが俺には撃つ気配というのがわかる。連発できるマシンガンなどをよけきるのはさすがに無理だが、撃つごとに間の空く単発のものならば気配を読んで回避ができるのだ。
こちらから攻撃させるように仕向け、タイミングを調整。それから、攻撃しようとする意識の起こりを悟って回避運動に入る。
かわしてすぐ、間合いに入った。
『桐原流闘術奥伝――』
俺は手刀を作って、オリヴィエの胸めがけて突き上げるように繰り出した。
追加装甲とMAドライブによって強化された腕はたやすく相手の赤い装甲を貫き、心臓部であるアダマント機関みたいなやつを抉り取った。
『抜身手・鎧通!』
本来武器で行うような技を、己の拳でも可能にするのが桐原流の神髄だ。そういう無茶振りのせいで門下生は減っていったのだが、生前の俺の修業はそれさえも可能にしていた。
殺気を感じ取って、俺はとっさに後ろに引く。
「敵機来たよ!」
クレアが叫ぶ声と、銃弾が俺の赤黒い装甲をかすめていったのはほぼ同時だった。
やってきた残りの敵三機は散開した。
俺は建物の陰に隠れながら、動かない機体を拾って盾にする。
身を低くして、残りの機体に突っ込もうとする。
そのとき、遠くからの援護射撃で、敵の一体は爆散した。
「!」
赤いやつに負けないくらいの長い銃身を持つライフル砲を手に持ったヘリアスが、駆け付けてくれたのだ。
「ニーナ!?」
「援護が間に合ってよかったのだ!」
クレアの通信による呼び掛けに応答したのは、幼い少女の声だった。
ヘリアスに乗っていることから、どうやら同じ精鋭部隊の隊員らしいことはわかった。
俺はそのまま身を低くして加速する。
遠くで銃を構えていた機体が、さらに別のところから発射された弾幕に直撃して倒れる。
「クレアさん、マーシャル、無事ですか!?」
リタの声だ。
リタはこの施設に保存されていたヘリアスに自ら乗って、援護してくれていた。ただ、敵の攻撃を受けてしまっていたのか無傷ではない。
『恩に着るぞリタ!』「リタ、ありがとう!」
「なんなのだ!? 誰かほかに乗ってるのだ!?」
ニーナと呼ばれた声は、事情が分からず戸惑っていた。
敵機はナイフ状の近接武器に持ち変えるが、それと同時に、俺は伸びていた腕の脇あたりに肘当てをくらわせる。
少しよろめいたところに鉤突きを腰付近へ打ち込んだ。腕部を無力化しながらの二連撃。
『桐原流闘術――虎連龍撃!』
これで十機。生身の制圧部隊の方は警備の兵たちに任せるしかない。
MAドライブが限界時間を迎える。アダマント機関は冷却され、装甲の色もグレーに戻った。
それによって、俺の意思による機体の制御も途切れる。
「駆け付けてくれてありがとう、ニーナ」
「なんかうるさいやつがいるのだ! 誰なのだ!」
「マーシャルの中の人っぽい」
クレアは初めての人にはわかりにくい一言で全てを済ませた。
「わかったのだ」
わかったのか。すごいな。
「そんなことより、急いで帰るのだ! 戻りながら状況を伝えるのだ!」
ニーナは焦燥感たっぷりの早口で告げた。
どうやら不測の事態が起こっているらしいな。
リタは本来非戦闘員である。途中で、安全な場所へと非難するために別れた。
クレアとニーナの二人は、十数分後に、その現場へ駆け付けた。
「……ここの中心にいるのが、疑似アダマント機関を搭載したもう一機の敵の新型『ローラン』なのだ」
戦場は思いのほか静かだった。
なにせ動ける者がほどんどいない。動物さえも、姿を消している。
かつてそこには市街地があった。
しかし今では建物は倒壊し、赤黒い色に変色して硬質化してしまっている。
ビルだった瓦礫の山も自然も地面も、そこにあったあまねくものは赤黒くて硬い無機物と化していた。
まるでマグネシア合金がアダマント機関の熱に反応したときのような色。
話では、ローランとの戦闘中にローランのアダマント機関が暴走し、周囲を黒く変色させながら街を壊滅させていったらしい。
そして市街地の中心に陣取り、こうして周囲を変色させていっている。
「なにがどうしてこうなったのか、リタに解説願いたいわね」
「今も少しずつ周りを黒くしていっているのだ。これは新手の敵の戦術かもしれないのだ」
たしかにニーナの言うことも一理ある。
たとえ被害が出ても我が国の領土だ。相手国にとっては痛くもかゆくもないだろう。
赤黒く硬い組織がじわじわと地面を侵食していっている、その境界線上まで俺たちはたどり着いた。
「今はこうしてゆっくりだけど、最初は爆発するみたいに一気に黒いのが街を呑み込んだのだ。そのせいで、街も味方もほとんど全滅したのだ」
「そんな……」
「どこからか鞭のようにしなりながら襲ってくる十本の触手『デュランダル』に注意するのだ。この街の黒い部分すべてがローランの機体だと思った方がいいのだ」
『なんでもありだなもう』
俺が言うのもなんなのだが。
「クレアか?」
男の声で、俺の機体に通信が入る。
「野暮用は終わったのか?」
「はい、ただいま戻りました」
どうやら上司のような人物らしい。
「機体が変わっていることについては何も言わん。作戦は聞いているな?」
「はい。すぐにでも実行できます」
俺も道すがら、ニーナに作戦を聞いていた。
手には、特殊なライフル銃が握られている。一応拳が使えるようにベルトで肩に提げている状態ではあるが。自衛用にヴァスティードも一本もらっていた。
作戦はこうだ。
敵の攻撃範囲は街と同じ規模を持つ赤黒い地帯すべてだ。
しかしながら、敵の攻撃方法は現状十本の鞭デュランダルしかない。残ったヘリアスで同時多発的に攻撃をしかけ、デュランダルの攻撃を分散させる。
ヘリアスの機動性なら、どうにかデュランダルに対抗できる。
いや、ヘリアスの機動性でしか、デュランダルに対抗できない、といったほうが正しいか。
町の外周にスタンバイした俺たちが、散り散りになってローランのいる中心部を目指し、装備している特殊な凍結弾の入ったライフルを撃ち込み、暴走した疑似アダマント機関を外部から冷却する。
「空軍部隊も全滅した。残ったのは、ヘリアスに乗っている我々だけだ。増援は間に合わんが、被害をこれ以上広げるわけにもいかん。つまり――」
「私たちがしくじれば、すべて終わる」
残ったヘリアスは八機。同時に入ってデュランダルの攻撃を分散させ、生き残った誰かがライフルを撃ち込む。
誰か一機だけでも中心部にたどり着ければ、俺たちの勝ちだ。
ただし、黒い侵食は俺たちの機体にも及ぶ。完全に機体が侵食される前にたどり着かなければならない。
「マーシャル、MAドライブは?」
『すでに機関は冷却されている。再使用は可能だ』
ただ連続使用は俺の機体に多大な負担がかかるが、全員命を懸けているからには弱音など吐けない。
「マーシャルとかいったのだ?」
近くにいるであろうニーナが通信でしゃべりかけた。
『そうだが?』
「話には聞いてたけどしゃべれるとは知らなかったのだ。あとで私とお話しするのだ」
『お互い生き残れていたらな』
奇特な奴だ。クレアの周りはこんなのが多いな。
「十から数えてゼロでスタートする。覚悟を決めろよ。テン、ナイン――」
隊長の声が、時を刻んでいく。
「ねえ、あなたって、人間なの? それとも機械?」
コクピットから、クレアが俺に問いかけてきた。
『かつては人間だったが、なぜか今はこうしてロボットになっている』
「人間だったんだ。なんだか不思議。やっぱり人間に戻りたいって思う?」
『よくわからない』
「そっか……」
『よくわからないが、今はあなたのマーシャルだ』
「うん」
クレアは安らかに微笑して頷いた。
『いい笑顔だな』
「って見えてるの!? どこから!?」
赤面するクレアの慌てようは、見ていて楽しかった。
「ゼロ! 行くぞ!」
隊長の声に、残った隊員たちが「了解!」一斉に応えた。
「行くよ、マーシャル!」
『クレア』
「なに?」
『愛している』
「ぶっ!」
MAドライブが起動し、俺は走り出した。
赤黒い地帯に入ったとたん、弦のような、細い触手のような黒い鞭がしなって襲ってきた。
ずいぶんリーチがあるが、動きは単調だ。
軽く躱すと、赤黒い地面にめり込んでから消える。
『これが例の「デュランダル」か。侵食した場所をどこへでも移動して攻撃できるようだな』
どうなってるのか知らないけど。
「……ずっと避けられそう?」
『造作もない』
一度ではない。どこからともなく現れて音速を超える速度でどこかを叩いて消えていく。それを何度も繰り返されている。
こんなものにかまっていられない。
俺は走りながら、回避したり手甲で受け流したりしながら進む。
『怪我は平気か?』
「うん、大丈夫。仕事はちゃんとこなすよ」
腕の怪我は決して軽いものではなかった。ただ応急手当はしてあるから、少しの間動かすことくらいはできるらしい。
俺は射撃の腕はからっきしだ。もしたどり着いたら、クレアにすべて任せるしかない。
「誰か、助け――うわああっ!」
「援護を! こんなの避けられるわけが――」
通信で助けを求める声のあと、仲間の機体の反応がロストした。
「たどり着けるわけない! 一人二本でも、手数が多すぎる! くそがああぁっ!」
これでこちらの被害は三機目。あと五機か。
そして機体が少なくなっていくということは、一機あたり相手にしなければならないデュランダルの数も増えるということだ。
「ニーナ、無事!?」
「平気なのだ! でもかなりきついのだ! 撃ち落としても撃ち落としてもキリがないのだ!」
こちらもだんだん余裕がなくなってくる。
全力疾走は難しい。走るペースを落として、攻撃回数の増えてきたデュランダルに集中する。
自走装置とスラスターをうまいこと使って、踊るように進む。
そうこうしているうちに、もう二機のヘリアスもやられてしまった。
残っているのは、俺と隊長機、それにニーナの機体だけだ。
「くっ、まだ目的地にはつかないの?」
『いや、ゴールは見えてきたみたいだぞ』
ビルの陰に、ソーディア二体分ほどはあろうかという巨大な機体が姿を現す。
カメラのスコープを使ってその詳細を視認する。
膝をついて倒れているような姿をしたそれは全身が赤黒く染まっていて、原形をとどめておらずほとんど地面と同化していた。
「あれが『ローラン』?」
球体を模っている胸の部分がひときわ赤く、そこから血管のような赤い筋が走っている。
あのまがまがしい球体にむけてライフルをぶちこめば全て終わりだ。
「クレア、ニーナ、あとは頼んだぞ!」
「隊長!」
反対側から同じような位置にたどり着いていた隊長機の反応が消失した。
十ある触手のうち三本は、胸の赤い球体を守るために常にローランの周りに生えている。
デュランダルは、たどり着きそうな俺に標的を絞ったらしい。
四方八方から、五本のしなる刃がひっきりなしに襲う。
『桐原流闘術外伝――千矢捌之型!』
もう少しでライフルの射程内だ。俺は身を低くしながら手甲を最大限使って、デュランダルをさばいていく。
「いける! コントロール委譲のタイミングはマーシャルに任せるわ」
『――ッ!』
突然、MAドライブが解除され、俺は派手に転倒した。
「きゃああっ」
機体の各部がMAドライブの負荷に耐えられなくなり、安全のために強制的に解除されたのだった。
『くそっ、クレア、無事なら操縦を頼む!』
「う、わ、わかってる……」
こんな時に体の節々にガタがきやがって……。
俺はクレアの操縦で立ち上がろうとする。しかしその動きは機械的で、内部のダメージがひどいのか少々ゆっくりだった。
そんな姿をローランが見逃してくれるはずがない。
一斉にデュランダルが襲い掛かり――
「!」
しかし刃が届く前に、三本の刃は撃ち落とされた。
クレアはヴァスティードで残りの二本をどうにか退ける。
「無事だったのだ! 立つのだクレア!」
ニーナ機も、ここまでたどり着いたらしい。援護射撃をしてくれたおかげで事なきを得た。
「ありがとう、ニーナ!」
「でもこっちは大丈夫じゃないのだ」
ニーナ機は、右腕がなくなり、頭部が著しく破損していた。
「腕を一本持っていかれたのだ。機体バランスが安定してないから、ライフルは狙って撃てないのだ!」
それに、機体を見ると、赤黒い侵食が下半身の半分ほどまで進んでいた。脚部はすでに赤黒く染まっている。ほとんど移動もままならない様子だった。ここまで来られたのが奇跡だろう。
ニーナは凍結弾の入ったライフルを俺に渡した。自分は普通のマシンガンを手に取っている。
『これは……そうか』
「全てクレアとマーシャルに任せたのだ!」
『わかった。――クレア、おそらく凍結弾は、デュランダルにも有効だ』
言うと、クレアも気付いていたらしい。
「うん、わかってる!」
立ち上がって、ライフル二丁を持ったままローランに向けて走り出した。
両脇からデュランダルが襲う。
もらったもう一丁のライフルを発射し、触手に命中させる。
触手はみるみるうちに凍り付き、その場から動けなくなった。
同じ要領で近くのデュランダルを凍らせていき、ニーナの援護射撃が触手を撃ち抜き、ローランに迫った。
一丁目のライフルの弾が尽きた。捨て置いて、もう一丁を構える。
――胸の球体をとらえた。ロックオン。照準補正。
『射程内だ!』
「いっけえええっ!」
ジグザグに走行しながら、クレアは俺を使って凍結弾をローランに打ち込んでいく。
一発、二発、三発……八発すべて打ち込むと、ローランを含めた周囲一帯が凍り付き、機能を停止させた。
同時にニーナの機体が大破し、脱出装置が作動する。
「ニーナ!」
「無事だったのだ!」
『!』
俺は殺気を感じ、とっさに自分の脱出装置を作動させた。コクピットが排出され、パラシュートが開く。
リタに頼んで組み込んでもらっていてよかった。
すんでのところで、デュランダルの最後の一本が、俺の腰を貫いた。
「マーシャル!」
力を振り絞ったデュランダルは俺を貫くと力尽き、そのまま崩れていく。
大破したニーナのヘリアスからは、赤黒い侵食はもう見られなかった。
ローランの暴走したアダマント機関は、完全に停止した。
だが俺は腰に深刻なダメージを負い、その場に倒れ、爆発し炎上する。
「マーシャル! 返事してマーシャル!」
もともと腰は悪かったんだ。これがちょうどいい終わり方かもしれない。
取り乱すクレアの呼び声が、心地のいい子守歌のように聞こえた。
なんだかブラック企業に就職したような心持ちだった。
大破した俺は、次に農耕用のパワードアーマーとしてよみがえった。
パワードアーマーは大きめの強化外骨格といった感じで、ソーディアよりは一回りも二回りも小さい。主に災害用や救助用、宇宙探索用にと用途は幅広く、ソーディアと比べて一般人にも手に入れやすい手ごろな価格となっている。メンテナンスも容易だ。
パイロットはパワードアーマーを着るような感じで、乗るというより装着するという表現のほうがしっくりくる。
幅広いジャンルで使われているのになぜ農耕用になったのだ。
納得いかないまま、俺は午前中にやらなければならない分の畑仕事をようやく終えた。
「お疲れさま、マーシャル」
俺に入っていたクレアは、俺から出てくると額の汗をタオルで拭った。
……ローランとの死闘の半年後に、戦争は終わった。
正式にはまだ続いていて、休戦状態に入っただけだ。しかし我が国はそれからは脅威にさらされることなく平和な日々を取り戻していった。
クレアは腕の負傷が原因なのか、休戦のあと軍をやめた。故郷で農業を手伝うことにしたらしい。
俺は大破後に廃棄される予定だったが、リタが俺の残骸を買い取ってこうして作り変えられ、クレアの家に引き取られたのだった。
ちなみに装甲はソーディアの頃のままだがアダマント機関は取り外された。
パーツさえ揃っていれば俺は大丈夫らしい。もはや俺の定義がどうなっているか知りたいところだが、誰もわからなさそうなので忘れることにする。
そうして、ローランとの戦いから二年ほどが過ぎた。
「お姉ちゃん、マーシャル、お疲れさま!」
クレアの妹のエステラが水筒にお茶を持って駆けてくる。
まだ小学生くらいだろうか、クレアによく似た幼い少女だった。
「ありがとうエステラ」
『まったく骨が折れる。戦いより重労働かもしれない』
俺は備え付けの人工音声でため息をついた。
「仕事はまだ終わらないよ」
『ああ、そうらしいな』
うんざりしたように周りを見ると、視界には一面麦畑が広がっている。
まだまだ収穫する量はたくさんあった。
腰が心配だ。相変わらず俺は腰回りだけ妙に壊れやすい。
「あとまたニーナが遊びにくるって!」
「また?」
クレアは苦笑いしながら水筒のお茶を口にした。
ニーナはまだ現役で活躍している。今度新しい精鋭部隊の隊長になるらしい。
「またマーシャルとお話ししたいって言ってた」
「ふうん」
クレアは含みのある表情で俺を見た。
『なんだ、別に話すくらいいいじゃないか』
「いいけどね。いいんだけどねぇ」
俺とクレアの関係は相変わらず乗って乗られる間柄だった。話していたら少しは仲良くなれたがそれくらいだ。
告白の返事も聞きそびれているが、しょせん機械と人間の関係だからそこは曖昧でもいいといえばいいかもしれない。こうして支え合って生きていけるだけでも俺としては満足だ。
『なんだよ、感じ悪いな』
「ふん」
クレアは俺のボディを肘でついてくる。
『痛いからやめてくれ』
「痛いの感じないでしょ」
なんだか親しくなるにつれ、クレアは少しいじわるになったような気がする。
ただまあ、一緒に平和の中に身を置くのも悪くない。
俺は午後に待っている仕事にげんなりしながら、青空の下弁当を食べ始める二人をほほえましく眺めた。
でも本当、腰が悪くなるのだけは勘弁してほしいんだがな。