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前編

 耳をつんざく銃撃の音で、俺は目を覚ました。


 ここはどこだ?


 どこかの森林地帯のように思える。


 頭部カメラの映像には、同じようなロボットが銃を撃ち合っている画面が映っている。

 全長は六メートルほどだろうか、武骨なフォルムの人型ロボットだった。


 ――ちょっと待て。頭部カメラ?


 俺は何をどうやって周囲を認識しているんだ?


「システムに問題なし。一瞬画面がブラックアウトしたように見えたけど――気のせいだったかな」


 コクピットから若い女の声がする。少し高めだが、丸みのあるかわいらしい声だった。 


 俺は、俺の中に人間の女が入っていることをなぜか許容している。


 それが当たり前であるかのように理解している。


 いや、それはそうだ。


 巨大人型兵器『ソーディア』は、もともと人が乗るように設計されている。

 俺の中にそういったデータもある。


 銃器を握る自分の手を確認する。


 機械の手だ。


 今の俺は、視界に映る人型ロボットと同じような兵器――ソーディアなのだ。


 唯一の仲間だった機体がやられた。中の人は脱出できたようだが、もう戦える状態ではない。


「隊長! 無事ですか!?」

「なんとかな……お前も撤退しろ、クレア!」


 撃墜された機体が隊長のものだったらしい。無線で俺のコクピットにいる女に指示を出す。


「敵は二体だけです。やれます」

「おい!」


 二体いる敵のソーディアが俺のほうへ一斉に銃口を向ける。対ソーディア用の兵器として搭載されている大口径の重機関銃だ。


「じゃ、いくよ、『マーシャル』!」


 コクピットにいる女が、俺の固有名詞を呼ぶ。


 脚部に備え付けられた自走装置と背部のスラスターを使い、横ざまに回避運動を取らされる。


 持っていた銃の引き金を引くと、軽い衝撃とともに同じような大口径の銃から火花が吹いた。出来の悪い手品のように銃から次々排出される薬莢。鬱蒼と茂ったジャングルだからか、マズルフラッシュがよく見えた。


 ただ、銃弾は地面をえぐり樹木を破壊しただけで、敵機には命中しなかった。


 俺は、自分の意思では自由に動けない。動いたのも引き金を引いたのも俺が自分を動かしたのではない。


 動かされているのだ、俺は。


 中にいる女は、俺のコクピットをばしばしと叩いた。


「なんだか寝起きみたいに鈍い? シミュレーションと違う。ねえ、ちゃんと起動してる?」


 起きとるわ。


 だからこそ戸惑ってるわけでな。


 身を低くして樹木を盾にしながらジグザグに敵機へと肉薄する。オフロードでこれほどまでに自在でスムーズな走行は、他に類を見ない。って、なんで俺はそんなことを知っているんだ。


 俺は銃を捨てて、大振りのナイフのような武器を握った。高周波振動ブレード『ヴァスティード』だ。


 データによると、俺の機動力と攻撃力は、銃撃戦よりは白兵戦で真価を発揮しやすい。近づくメリット自体は山積みである。


「いいよ、ようやく調子が戻ってきた」


 しかし相手は二体。数は不利だが勝てるのか?


 考えていると、俺の握るヴァスティードが敵機の腰あたりを貫いた。コクピットは、腰から胸にかけての空間に存在する。貫いたのは、ちょうどコクピットがある位置だ。


 残ったもう一体の銃口がこちらをにらみつける。


 発射ファイア


 銃の先には、もう俺はいない。引き金を引くより早く、俺は二体目の懐に入り、同じようにコクピットをえぐっていた。


 目にもとまらぬほど一瞬の出来事。


 俺の中にいるまだ見ぬお姫様は、案外容赦がなかった。


「状況終了。さすがに出力が違うね、私のマーシャルは」


 内部カメラで中を確認する。


 身動きもとれそうにないくらい狭いそのコクピットに入っていたのは、髪の長い、若くて美しい女だった。

 透き通るような赤い髪の、少し飾り気のない二十歳前後ほどの女性。整った顔は、俺のコクピット内を優しくなでながら、柔らかに笑った。


 ――俺は一目で恋に落ちた。




 俺の名前は桐原改治きりはらかいじ


 もともとは人間だった。


 交通事故で腰をしたたかに打ち意識を失ったと思ったら、知らない世界で巨大ロボになっていた。


 マジでどうなってるのか知ってる人いたら教えてくれ……。


「配備されて早々遭遇戦ご苦労さま、マーシャル。大した損傷がなくてよかった」


 整備士のリタが端末で横になった俺の状態をチェックしながら呟いていた。


 俺は今巨大なカプセルのような箱に入れられており、外傷はそこで修復することができた。


 機体の整備は、この基地の設備とソーディア用のナノマシンのおかげでほどなく終了した。遭遇戦から一週間も経っていない。ほかの人員が別の仕事にとりかかり始めた中、彼女だけが俺の最終調整を行っていたのだった。


「でも、もう少し機体のことを考えて戦ってほしかったわ。結構無茶な戦い方だと思うのよね。クレアさん本人に言う度胸はないし……」


 クレアとは、俺に乗っていたパイロットのことだ。


 彼女の接近戦の動きは躊躇がなく、思い切りがあってなかなかよかった。


 俺は以前武道をたしなんでいたことがある。ああいう方が戦っている感じがしていい。

 軍隊の動きとしては、どうなのかわからないが。


「……うん、全て異常なし、と」


 俺は改めて現状を理解するため、本体に内蔵されていたデータベースから情報を読み取る。


 この国は戦争中だった。敵も味方も、『ソーディア』と呼ばれる人型のロボット兵器を戦争に投入している。

 物量に勝る敵国に対して、劣勢の我が国はゲリラ戦法と技術力の高さでどうにか生き延びている状態だ。


 俺は従来の型と違った新しい動力系統を搭載した新型ソーディアの試作機として造られた。

 新開発された『アダマント機関』という特殊な動力源を採用しており、そこから解放される出力は従来型の性能を大きく上回る。装甲はこの世界特有の金属である『マグネシア合金』とかいうのを使っている。軽く修復も容易な特殊な金属だ。


 型番は『KIP-01M』、ロールアウト後の名称は『マーシャル』。機体色はグレー。


 今の俺は無機物で、人型兵器ソーディアの一体で、マーシャルだ。


「あはぁ……私のかわいいマーシャル。ずっと倉庫に飾っていたいよう……」


 言いながら、恍惚とした表情のリタは俺に抱き着いて頬ずりをしてくる。


 この娘は、何か変だ。


 まあ触覚とかが生きていたら少しは嬉しかったかもしれない。

 誰が見ても大きいと思えるその胸のふくらみを積極的に押し付けてくるが、感覚がないので複雑極まりなかった。ただ、悪い気はしない。


「残念だけど無理ね」


 赤い髪の女性が俺とリタの間に入った。クレアだ。


「整備ご苦労様、リタ。あと私のマーシャルよ」

「う……ち、違います、私のマーシャルです!」

「私の機体なんだから私のよ」

「調整とデータの収集は私に任されているんです。だから私がマーシャルを一番よく知っているの!」


 二人とも、俺を取り合って争わないでくれ!


 言いたかったが、二人はとても楽しそうだった。修羅場って感じじゃなく、そういうやりとりをしてふざけ合っているという趣だ。

 ドーナツを取り合う子どもを見ているようだった。


 あと俺はたぶん軍の所有物であって、二人のものではない。むなしい。


「でも、なぜか白兵戦の時だけ動きがよくなったね。なんかなじんてたっていうか」

「そんな調整してないはずなんですけどね。クレアさんの感覚的なものだと思うんですが」


 なじんでいたのは、俺がやっていた武道はだいたいが接近戦メインだからだろう。それに、銃を撃つことに慣れていないのもある。


 もっとも、操作はクレアが行っているものだから彼女の性格もあるのではないかと思う。


 そう、俺は俺の力で動けない。たとえクレアに恋しようが、それを伝えるだけの、表現するだけの方法がないのだった。




 ……そこかしこから、煙がもうもうと上がっている。


 現在我が国は、一部を敵国に占領されている。そして占領されている地域から補給基地を介して次々侵略されている真っ最中なのだ。


 今回、我々はその敵の補給基地を叩くことに成功していた。初戦闘から数か月後のことだ。


 補給基地は、容易に叩けた。


 いくつかあるソーディアの小隊を中心に強襲をかけ、一気に制圧行動に入ったのだ。


 はじめは乱戦になったが、そこはゲリラ戦を得意とする我が国の土俵である。

 小規模な基地だったからか、制圧するまでに時間はそれほどかからなかった。


 無抵抗な者は捕虜にしていったが、逃走する部隊もあった。


「部隊をいくつかに分けて、撤退していく敵部隊を追撃する!」


 という部隊長からの指令。

 我が小隊もその追撃戦に加わることとなった。


 撤退する敵部隊は三つに分かれ、三方向に散り散りになって逃走していた。

 その一つの追撃を我が小隊が任されたのだ。


 撤退する敵も容易に叩けると思われたが、なかなかそうはいかないらしい。


 補給基地を出て間もなくそれは起こった。


 殿しんがりのソーディア部隊と交戦状態に入ったのだ。


 弾除けのシールドをバリケードのようにして道をふさいでいる。

 敵ソーディアは合計して四体。

 我が小隊は五体である。


 双方足を止め、激しい銃撃戦が展開される。

 敵の目的は、部隊を無事に撤退させること。弾をばらまいて弾幕を張られ、俺たちは進むに進めずその場に釘づけにされていた。


 大破したソーディア輸送用の大型トレーラーに身を隠しながら、こちらも銃弾の雨を浴びせる。


 撃ち合っているうちに、こちらの小隊長の機体が爆発四散した。


「隊長が撃墜された!」

「腕の立つ奴がいるようだな……」


 隊長は脱出したため無事だったが、いきなり司令塔のリーダー機がやられてしまった。


 トレーラーの陰から敵機を観察する。なじみのある白いソーディアたちだ。

 機体は敵国のポピュラーな量産機『オルランド』。我が国に配備されている量産機『アマディス』と同世代のソーディアだ。


 敵はやはり四機。

 しかしそのうちの一機は、機体を赤色に塗っていた。そいつは一二〇ミリライフル砲に武装を切り替える。


「まずい、散れ!」


 小隊員のうちの一人が叫んだ。

 敵はトレーラーごと俺たちを吹き飛ばす気だ。


 四方に散る俺たち。

 瞬間、トレーラーに大穴が開いて爆発炎上する。

 俺たちは分散しながら敵ソーディア部隊に接近する。敵のソーデイアは足を止めたまま弾幕の嵐。


 敵は徐々に後退しながら一定の距離を保つこともできただろうが、後退したら、撤退する部隊に俺たちを近づけることになる。

 ここで雌雄を決するつもりだろう。


 敵の二体は足を止めたまま射撃、二体は銃器を捨てて近接武器に切り替える。赤い機体は後者だ。機体と同じ色の赤い剣を手に取る。


「あの赤いのをやるよ、マーシャル」


 クレアが独り言のようにつぶやいた。


 やはりか。

 あれが一番腕が立つ奴ではないのか。色的に。


 同じように迫ってきた敵の一体は仲間が対応してくれた。一機は撃墜できたようだ。

 局地的な戦闘だけだが、俺とクレアはあれから何戦か場数は踏んできている。機体性能の助けもあって、手練れが来ても負けない自信はあるだろう。


 やるしかないのか。


 俺は単身突出しながら、ヴァスティードを手に取る。

 だが赤いのとぶつかる瞬間、敵の射撃が俺の右脚部を捉えた。


「!」


 俺はもつれるように赤い機体を巻き込んで転倒してしまう。

 手に持つナイフはコンクリートの地面を刺したが、もう片方の手は敵機の胸部を押さえていた。


「いたたた」


 うめくクレアだが、どうにか無事のようだ。


「あなた、よくも……」


 敵機から発せられるスピーカーの声を俺は拾う。

 どうやら向こうのパイロットも女だったらしい。


 俺は敵機の胸に手を置いている事実を再認識する。人間なら乳房のある位置に俺の手が置いてある。


「わ、私のオルランドに何をしてくれるの!」


 誤解だ。

 胸を触ったことは謝る。

 俺の意図ではなく中のクレアがやっているのだ。俺は無実だ。


 あとマグネシア合金のごつごつした胸を触ったところでうれしくもなんともない。本当だ。俺はメカだがメカの身体じゃエロい気持ちにはなれない。本当なんだ。


「私と決闘しなさい!」


 集団戦でそんなことをしている余裕はない。


「もらった!」


 小隊員の一人が、赤いのに向けて銃を構える。

 瞬間、その小隊員のほうの機体が吹き飛んだ。


「ストーニーさん!」


 原因はすぐに解析できた。

 スナイパーがいたのだ。

 俺の足を撃ち抜いたのもそいつだろう。


「敵は五機だったの!?」


 そのようだ。

 射線からだいたいの位置は特定できた。しかしこちらの装備では長距離の攻撃は不可能だ。


「話にあった新型でしょう? ならそれは私たちがもらうわ!」


 なおもスピーカーで訴える赤いの。


「くっ!」


 俺はヴァスティードを取り出して振り下ろす――が、ナイフと指の一部が撃ち落された。

 また狙撃だ。

 赤い奴は、腰から何かワイヤーのついたアンカーのようなものを発射する。


「くうっ」


 それが腰にかすめて、俺はよろめいた。


 まずい。


 今気づいた。腰へのダメージは、そのままコクピットへのダメージになる。

 試作機の俺には、脱出装置なんてついていない。


 もし戦闘中に腰をしこたま痛めたら、クレアの命はない。


「やってくれたわね……!」


 内部カメラで覗くと、クレアは無事だった。

 が、やや頭に血が上っている。


 落ち着け。

 言いたいのに言えない。


 スナイパーがいると思われる位置の射線に、敵の赤いのを重ならせる。

 スラスターを吹かせて無理やり立ち上がり、俺は持っていたもう一つのヴァスティードで赤いのに挑む。

 が、リーチはあちらの赤い剣のほうが上だった。

 赤い剣の切っ先が、俺の胸あたりに突き刺さる。浅かったが――


「きゃあああっ!」


 悲鳴が聞こえ、それきりクレアの操縦はぴたりと止まった。


 制御を失った俺は前のめりに倒れる。

 胸にダメージを受けたせいだろう、コクピット上部に損傷がみられた。

 バランサーもやられている。アラートがなっている。

 もう、戦える状態ではない。


 内部カメラでは、クレアは頭から血を流して動かなくなっていた。

 ――クレア! おいクレア、どうした!? しっかりしろ!

 叫べないのが歯がゆかった。


「クレア、聞こえるか!? その機体は敵に渡すわけにはいかん! 援護するから一度撤退しろ!」


 仲間の声が聞こえるが、クレアからは反応がない。


 仲間の機体はほかの敵のおかげで近づくことができないでいる。


 クレアにはまだ生体反応がある。ひとまずは生きている。が、早く治療を受けなければ非常に危険だ。


 追撃作戦はほぼ失敗だ。こちらが劣勢になってきている。


 赤いのが倒れている俺に迫る。

 捕まったらどうなるのだろう。俺は、クレアの命は、どうなるのだ。


 ふざけるな、こんなところで、終わってたまるか!


 胸のアダマント機関だけが、妙に熱かった。内部温度が今までにないような異常な数値を示している。


 ――俺の指が、まるで気絶から覚めた時のようにぴくりと動いた。


 今のは……!

 俺は死ぬ前ずっとそうしていたように、自分の意思で腕を動かしてみる。

 動く。

 俺は起き上がろうとして腕に力をこめている。


 動くのならいける。毎日かかさずやっていた武道の勘は、まだ衰えちゃいない。戦える。

 俺が俺の意思で動けることが異常な事態であることは重々承知している。しかしこの場を切り抜けるには、クレアを救うには、俺がこの場を制圧するのが一番の近道だ。

 だから――俺は戦う。


「無事なのか、クレア! 返事をしろ!」


 仲間が呼んでいるが、俺に答える機能は備わっていない。無視させてもらう。


 俺は上体だけ起こして、持っていたヴァスティードを投げナイフの要領で赤い奴に投擲する。


 赤い奴は剣でそれをはじく。敵の反応もなかなかいい。だが所詮は量産機オルランドをカスタムしただけの機体だ。ポテンシャルでは俺のほうが勝る。


 ナイフをはじかれている間に俺は膝立ちをして構える。

 足をやられているから、こちらのほうが攻撃を受けやすい。


「おい、クレア、なんだそれは! 装甲が黒くなっているぞ!」


 仲間に通信で言われて、はっと気が付いた。

 俺の装甲おはだは、アダマント機関がある胸部を中心にして赤黒く変色していたのだった。


 赤熱する胸のアダマント機関に反応して、マグネシア合金が変色しているのはなんとなくわかったが、こんなのは俺のデータベースにない。初体験だ。


「その機体に何が起こっている!? 報告しろ!」


 そんなことより今はこれを切り抜けなければ、活路はない。

 赤い奴は案の定、剣で傷のついた胸を狙って突いてくる。


 ……ところで祖父が確立した『桐原流闘術きりはらりゅうとうじゅつ』は、古武術の流れを汲んだ実戦的な武道である。


 敵は俺が立ち上がることもなくなすすべなく倒れると思っているのだろうが、とんだお門違いだ。

 俺の使う桐原流闘術は立ち膝の状態からの攻防も想定している。

 この赤いのは自分の攻撃が誘われたものだということに、気づいてもいない。

 俺があえて膝立ちで迎え撃っているということも――!


 突き出された剣は手の甲を使ってさばきつつ、俺は相手の手首を掴んだ。

 手首を取りながら俺自身が前方へと回転し、その勢いで頸部側面へ蹴りを加える。赤いのの頭部が勢いよく吹き飛んだ。


 俺はお互いに甲冑をつけた状態での立ち合いにおいて、拳で相手の甲冑を破壊したことがある。これくらいの威力は出せて当然だ。

 それから蹴りを加えた勢いと起き上がる力を利用して、手に取っていた腕の肘関節を極める。

 蹴込けりこみと関節技のコンビネーション……桐原流闘術『解薙ほぐしなぎ』!

 そしてこの赤いのを拘束したまま弾除けに使う。


「クレア、応答しろ! なんだ今の人間みたいな滑らかな動きは! 片足でどうやってそんなにバランスをとっている!?」


 俺はクレアではないんだ。すまんな。


 スラスターと片足の自走装置を使って、まだバリケードの中にいる敵機二機に向けて加速する。

 味方に当たるため銃は撃てない――が、敵機の持つワイヤーアンカーならば俺を拘束することができるだろう。


 案の定、敵機の一体がバリケードの一つをはずして俺の足元にワイヤーアンカーを打ち込んでくる。

 俺はそれをよけつつも、拘束していた赤い奴をそいつに向けて投げるように突き飛ばした。

 刺さっていたアンカーの先端を拾って、接触した二体への方へ向かう。

 二体の態勢が整わないうちに、アンカーのワイヤーを巻き付けて瞬く間に上半身を縛り上げる。


 いわゆる縄術じょうじゅつである。

 桐原流では『縄縛じょうばく旋風つむじ』という名で、戦闘中に相手を縛りあげる早業が存在する。


 あと一機。

 仲間の一人がスナイパーがいると思われる地点へ急行している。目の前の一機を倒せればスナイパーも身を引くだろう。


 残った一機は赤い剣を取り出して上段に切り下ろす。

 反応が遅い。

 いくら操縦技術を鍛えていても、操作するというプロセスを挟んでいる以上は俺よりも早く動けない。

 俺は地を蹴って相手の懐に飛び込み、振り下ろされる腕に向けて肘を当てた。剣は腕ごと敵機から離れて落ちる。


 飛び道具があるのに半端な長さの近接武器を持つほうが悪いのだ。恨むなよ。

 俺は足を軸に回転しながら無事なほうの拳を握り、勢いに乗せて相手の腹部――水月の位置に回転打を叩きつけた。


 桐原流闘術『朽葉車くちはぐるま』――!


 これもきれいに決まってくれたが、俺の拳も衝撃で砕けてしまった。

 敵機は倒れて動かなくなるが、俺もその場に突っ伏した。

 また体が動かなくなった。機体も限界だったのだろう。


「撤退部隊は戦線を離脱。作戦は失敗したが――驚いたな。半壊状態で、しかも素手で全部やっちまいやがった……」


 あっけにとられる仲間の通信がうっすらと聞こえる。

 クレアは無事に助かるだろうか――などと悠長に考えながら、俺の意識は闇の中に溶けていった。




 クレアは無事に救出され病院へ搬送された。

 俺はというと、ほとんど大破寸前だった。

 半ば融解したアダマント機関はすぐに冷却されたが、修復は困難を極める。ナノマシンのみならず、リタをはじめとした特殊な技術者による修繕が必要だった。結局ひとつしかない機関のスペアと交換し、すべて完治するまで三週間弱の時間を要した。


 クレアが退院したのもその頃だ。

 俺は再び彼女に乗ってもらうことができてうれしかったが、前線の部隊からは外されてしまった。


 護衛任務と警備を幾度か繰り返し――俺の試験機としてのデータが充実してきたころだった。

 クレアが昇進し、戦闘員が十二人しかいない特別な精鋭部隊に配属されることになったのだった。

 俺もクレアも手放しで喜んだ。


 その日の夜、クレアは俺のもとへ酒をもってやってきてくれた。俺と一緒に祝杯を上げてくれたのだ。


「マーシャルのおかげだよ。ありがとう」


 といっても、俺はコクピットで飲んでいるクレアをほほえましく眺めるだけだったが。


「そういえば外は雪が降ってたよ。今夜は冷えそう」


 クレアはグラスにワインのような酒を注ぎながら言った。

 ああ、道理で室温がいつもより低いわけだ。


「あ、そうだ……これ」


 彼女は、携帯用の端末から、幼い少女の画像を出して見せた。


「年の離れた妹なの。かわいいでしょ? もう実家に何年も帰ってないから、今はもう少し成長してると思うけど……」


 人の前だと毅然としているクレアだが、俺の前だと少し内気な少女のような性格になる。

 そこがまた、かわいいところでもあった。


「いま何やってるかな……私のこと忘れてないかなぁ」


 きっと覚えているさ。


「近いうちにまとまった休みもらって会いに行こうと思ってるけど、許可もらえるかな……」


 いいんじゃないか。行ってくるといい。


「新しい部隊、うまくいくか不安だな……」


 きみならきっと大丈夫だ。


「でもマーシャルとおわかれするのは、少し寂しい」


 俺も寂しい。


 もう俺は戦闘を経験することはないだろう。俺の兵器としての役割も、これを機に終わりになるのだ。


 俺は軍の研究施設に回され、次世代の量産機を開発するために役立てられる、らしい。

 あの時の戦いで、俺は廃棄されてもおかしくない損傷を負っていた。あちこちガタもきている。基地襲撃以来、ずっと後方支援への配置だったのは妥当な判断だった。


「なんで私こんなに機械に話しかけてるんだろ。やっぱり愛着あったのかな。なんだか機械の気がしないのもあるけど」


 まあ、心は人間だから当たらずとも遠からずといったところか。


「ねえ、あのとき、補給基地を襲撃したとき……あの黒くなった時のこと、覚えてる?」


 よく覚えている。


「私が根性で動かしたことになってるけど、あのときは完全に気を失っていた。あれは、あなたがやったの?」


 その質問に答える手段を俺は持っていないんだ。すまない。


「私を守るために戦ってくれたのなら、すてきなのにね」


 まさしくその気持ちしかなかった。君を守れて本当によかったと思っている。


「……本当は、ずっとあなたと一緒に戦っていたかったよ、マーシャル」


 クレアは浮かない顔になってため息をついた。

 苦しむ胸はないはずなのに、締め付けられるような感覚がする。

 これだけ近くにいるのに、俺はクレアのことを励ましたり慰めたりすることもできない。


 俺にも酒がほしい。

 こんな夜こそ、酒が飲みたい。

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