73.人外の咆哮
いやぁ、気づいたら
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驚きました本当にありがとうございます
「なんなんだ…………」
急に現れたと思ったら俺たちでさえ苦戦していた相手にたった4人で同格に戦い、しかもその4人をよく見れば見覚えの奴らで。そのうちの一人は美咲で。数か月前に分かれたはずなのに、俺たちが足下に及ばないほど強くなっていて。
しかもその4人が押され始めるとあいつの仲間の獣人が光り始めたかと思ったら中から現れたのは純白の毛並みを持つ九尾の白狐で。
わけがわからない。わけが分からないのだが、一つだけわかることはある。
あいつがいるのだ。憎きアイツが。この俺から美咲を奪ったあいつが。あぁ、殺してやりたい。いや、絶対殺してやる。そしてミサキを取り戻す。
井鷹ぁ……首を洗って待ってろ。俺がお前のその首を斬り飛ばしてやるまで。
「美咲…………」
男、五十嵐汰一はそう呟く。嫉妬と憎悪と独占欲と、様々な負の感情にまみれたその呟きを拾うものは誰もいなかった。
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思考がどんどんクリアになっていく。
今まで本能を邪魔していた無駄な思考がなくなっていくのだ。
うすうす感じていた。
今までの私では人の身を超えることはできない。
しかし思考することをやめられない。
私は今まで、クロに出会うまで思考をとめたことはなかった。とめられなかったのだ。
どうすれば死ななくて済むのか。どうすれば私は生きれるのか。
クロと出会うまでは町の中でも死は存在したのだ。私は禁忌。世界中から忌み嫌われる存在。
中には過激なものがいて、過去に何度か殺されかけたことがあるのだ。それも町の中でだ。
町にいても殺されかけ、外にいても命を狙われ。
しかし街中にいるときよりは外にいるほうが幾分から降った。
外には明確に敵が存在するからだ。
町の中だと誰が敵かなど襲われてからではなければわからない。
だから私は思考をとめたことはない。
クロと出会うまでは。
クロと出会ってから、街の中は敵地ではなくなった。クロが私の髪を染めてくれたからだ。この世界にも染料というものは存在する。しかしその染料では私の髪を染めることができなかったのだ。
何にも染められることはない白髪。私はそれが大っ嫌いだった。
今までこの忌まわしき白髪は私を傷つけることしかなかったのだから。
しかし初めて私の存在を認めてくれたクロが現れた。両親でさえ褒めてくれなかったこの白髪を、奇麗だと褒めてくれた。
クロに奇麗だと言われたとき、チョロいと思うが私は初めてこの白髪を認めることができたのだ。
生まれてから一度も好きになれなかった白髪を、私は好きになることができたのだ。
もう町では死の危険はほとんどない。だから思考をとめても問題ないはず。
しかし長年思考し続けていたためそれは癖として私の体に浸み込んでいた。
癖を消すのはとても難しい。それも死をリスクとしていたため私のそれは根を深く張り巡らし離れようとしない。
しかしそれが今、消えていく。野生の本能が、人としての思考を上回ったせいだ。今まで私の枷となり続けたそれが取れた今、体が軽い。いや、実際は変わっていないのだが、思考という手順を毎回挟んでいたため遅れていた行動が、簡略化されたことでより早く動いているだけだ。
それだけで私のスピードは倍に伸びる。
それに加え、白狐が私の体に憑依し人の体ではなくなったため、ステータス自体が大幅に上がっているのだ。
奴はいまだ本調子ではない。それもまだ半分程度だろう。
これがさらに二倍になる。そうなれば今の、白狐九尾憑依に慣れていない私では相手にならない。今のうちに蹴りをつけたい。
四足歩行となり戦場を奔る。
今の私たちにミサキたちはついていけないだろう。
しかし急に変化した私に驚くもすぐに支援魔法を送ってくれるミサキ。今の私でも喰らったら結構なダメージが入る攻撃を身を挺して守ってくれるゼロ。とにかく自分の仕事をこなそうと巨人の気を引いてくれるエマ。
この3人が一緒なら、どうにかなるかもしれない。いや、どうにかする。
私と巨人の力は今はまだ互角。しかしまだ巨人は上限に達していないのだ。明らかに不利だ。
でもやるのだ。
――行け、選ばれた娘よ
――ほかの誰かを助けるためでなくていい
――自分の欲のためでも
――それがお前を強くする
――今はまだ奴に勝つことはできないだろう
――しかし、この力に慣れることができれば
――お前はさらに強くなれる
『強く、なれる……』
――手段を選ぶな
――でなければ人外には至れない
――お前が望むのは人外の領域
――愛する者に近づくのだろう?
『そう、私は、クロの隣に並ぶ!』
――目指せよ小さきもの
――我らの領域は生半可なものではない
――人をやめ、独自の価値観を得るのだ
『私は白狐、禁忌である』
多くの人に嫌われる?
どうでもいい。
クロが私を見てくれるのなら、私は禁忌を受け入れよう。
人をやめる?
上等。
私が目指すはそのさらに上。
私は今、人外の領域に一歩足を踏み入れる。
「――――――――――――――――ッッ!!」
言葉でできない、威圧感を含んだその咆哮は。
まさに人外の存在が放つ歓喜の叫びだった。
一歩踏み出す。それだけで今まで感じたことのない、いや、一度クロに抱かれながら滅びの領域に向かったときのようなスピードで巨人へ突撃する。
常人の目には映らないそのスピードは、しかし腐った巨人は捉えていた。
振るわれる腕。飛び散るその体液はジュッと音を立て地を溶かす。
私はそれを避けない。何故?
ゼロがいるからだ。
ゼロは漆黒の鎧に罅を入れながらその攻撃を受け止めてくれた。その首に兜は存在しない。
ゼロの兜は今、ミサキの側に置かれているのだろう。
ゼロ達が間近でこのスピードを捉えることはできない。だから距離をとった。間近ではとらえられないスピードも、距離があれば如何にか捉えることができるからだ。
こんなことができるのはデュラハンであるゼロだけだ。
ゼロが開いてくれた道を駆ける。巨人の視線はいまだ私を捉えている。この中で私が一番脅威になると分かっているからだろう。
しかしその視線は逸らされる。突如巨人の眼前に現れたエマの御蔭で。
私に注目していた巨人は背後で飛び上がったエマに気付かなかったのだろう。
繰り出される槍による一撃。それは巨人の目を穿つ。
「ギャァアアッッ!」
生物にとって基本敵に目は弱点だ。それは巨人も同じようでエマの一撃でも痛痒を与えることができていた。
そして巨人が私から目をそらしているうちに、一閃。
巨人に隙があったからこそできる、溜めの一撃は巨人の右腕を肘の少し上のあたりから斬り飛ばした。
私と同化した短剣の鋭さは、ステータスの恩恵を受け何十倍にも鋭くなっている。
そのおかげで巨人の腕を斬り飛ばすことに成功した。
「――――――ッッ」
声にならない悲鳴を上げる巨人。それは先ほどのエマによる一撃を凌ぐ証明。
当たり前だ。腕を、体の一部を欠損したのだから。
体というものは絶妙なバランスでできている。
そのうちの一部、腕が一本でもなくなればバランスというものは容易く崩れてしまう。
これでさらに巨人に隙ができる。
一つ不安なのが巨人の動きがどんどん速くなっていることだ。
その上がり方は先ほどの倍。
このままでは数十分もせずに本来の力を得てしまう。
それまでに何とか倒しきる。倒せずとも、もう2、3本は手足をもっていってやる。いや、巨人の下半身は地に埋まっているから足は取れないのか。なら首でいい。
「――ッッ!」
私は力を籠め腕、今は前足となった物を振るう。しかし先ほどのように溜めることができなかったため浅く斬るにとどまる。
巨人が頭突きをするが、真横から飛んできた空気の塊によりその軌道は逸れ、私にダメージを与えることはない。
ミサキだ。ミサキの魔術はどれだけステータスに差があろうと効果を示す。流石勇者にしてクロの幼馴染。魔術の腕は異常だ。
私は巨人にできた隙を突き炎の塊を放つ。私もこれでも魔術は使う。その炎の塊はただの塊ではない。一瞬にして圧縮、増幅を数度繰り返し、その温度は万物を溶かす。
放たれた炎塊は巨人の横腹を溶かし削り穴をあける。
「グアアアァァァァアアアッ!」
悲鳴を上げる巨人。すでに右腕を失い、左目も見えず(元々見えていたのかわからないが)、更に横腹に穴まであけているのだ。
すでに勝敗は決した。そう周りは思っているのだろうが、そう簡単に終わるわけがない。
巨人の雰囲気はまだ死んでいない。
「ガァァァァアアアアアア!!」
巨人が突然叫びだす。それは痛みによるものだはない。
次の瞬間。巨人の傷口が蠢き、一瞬にして塞がってしまった。穿たれた左目も治り炎塊によってあけられた穴も塞がり、斬り飛ばされた腕は断面から触手が伸び互いを引きあう。そして右腕も元のように引っ付いてしまった。
その他の小さな傷もたちまちに完治してしまった。
ニヤリと巨人が笑う。
次はこちらの番だというかのように。
かかってこい。
その再生が追い付かないほど、
私が切り刻んでやるから。




