45.迷宮第一層
全然話がかけない
左からの引っ掻き。右の蹴り。噛みつき。それらの攻撃を紙一重でかわす。
これは最小限の動きで交わしているため紙一重になっているわけでは無い。本当に避けるだけに集中してもギリギリになってしまうのだ。
こんな危なっかしいことをしている少女、エマは思う。
(ミサキ殿怖すぎるっ)
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時は1時間前。
始まりはこの言葉からだった。
「んー。ちょうどいいしエマも一緒に強くなろうよ!」
なんとも軽く放たれる言葉。これが普通の人だったら一から強くなるための修行をしてくれるだろう。だがミサキは違った。
少しぐらいなら戦えるエマは何も教えられることもないまま魔物の前に放り出されたのだ。
魔物と目が合う。魔物が嗤う。確実に獲物と認識されたようだ。
「イヤァァァァァッァァァ!」
エマは即座に背を向け走り出した。
エマのレベルは約50。対して魔物はLv.70はあるのだ。レベル差20というのは目の前に崖がそびえ立っているようなもの。
「み、ミサキ殿助けてぇ!」
涙目でミサキに懇願するが美咲は笑顔でエマを魔物に放り返す。
「死ぬ気で避けないと死ぬよ?」
鬼である。
なんども助けを乞うが無視される。即死級の攻撃が当たりそうになれば助けてはくれるがようは即死じゃなければ助けてくれない。
スズやロベリア達にも助けを乞うが苦笑いで見守られる。この方法が手っ取り早く戦闘の経験を得られるというのがわかっているのだろう。
助けは来ない。ならどうするか。美咲の言う通り死ぬ気で避けるしかないのだ。
そう決意してから1時間。この間ぶっ通しで避けまくる。魔物もエマも体力がつきそうだった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「フングゥ…フングゥ…フングゥ…」
両者肩で息をしながら睨み合う。そして同時に前方に倒れる。
倒れながらもお互いを見つめ合う。
魔物は感じたこともない感情を感じていた。生まれて初めて認めることができる相手。お互い死力を尽くし戦ったから感じれるこの感情。魔物はエマをライバルとして認めたのだった。
右手を差し出す。魔物はなぜこのような行動を行なったのかわからなかった。だがこうしなければいけないと思ったのだ。
エマはそれに気づきフッっと笑い右手を差し出す。そしてガシッと握手する。
魔物は思った。こいつとならなんでもやれる気がすると。エマはいい笑顔を魔物に向けていた。エマも自分のことを認めてくれたと思った。
次の瞬間。グイッと体が引っ張られスパッっと音がし魔物の視界が宙を舞う。その間に見えたのは首のない魔物。自分の体だった。
ドシャっと地面に落ちる。視界にエマが映る。
「フッ、フゥ…。最後の最後に油断したな。敵に握手を求めるなど愚問」
ニヤッと嗤うエマをみて、魔物は思い出す。この世界《迷宮》は弱肉強食だったと。
「ウギィィィィィイイ……イイ…ィ…」
首だけになりながらも悔しさから叫び息途絶える。
魔物の表情はこの世を恨んでいるかのように歪んでいたと言う。
「エマ、気づいて、あげようよ」
「ちょっと魔物が可哀想だったかなぁ」
「弱肉強食の世界を垣間見たのじゃ…」
自分たちでさせておきながら何を言うのだろうかこの3人は。
「死合はどちらかが死んで決するのだ。その相手に握手など。油断するにも程があるぞ魔物」
魔物を見下ろすエマの表情はまさに幾多もの戦場を生き残った猛者。
哀れな魔物だった。




