103.終結
不思議だ。
先ほどまで荒れに荒れていた精神が静謐なものへ、灰色に染まっていた世界も色を取り戻し鮮やかなものへと変わって行く。
「ふぅ……」
ん、なんか頭と腰がムズムズする。
手を伸ばしてみるとふさふさとする感触が。
触り慣れたそれは獣の耳と尻尾なのだろう。
……なぜだ。
なぜ俺にケモミミとケモシッポが生えてるんだ?
視界の端で揺れる髪の毛先。
何故か灰色になってないか?
何が起きているんだろうか。
先ほどまで寒くて仕方なかったのに、今は暖かい。
それに、ふわりと香るこの匂い。
「スズ」
――ん。
傍にスズがいてくれる。
そう感じるのだ。
「イひっ、死ネ、死ネヨ!イヒヒヒヒいひひッ!」
「…………」
黒い靄を纏い襲い掛かってくる五十嵐。
つい先ほどまではそれを死に物狂いで避けていたのだが、今はなぜかその必要が感じられない。
影で創った剣で五十嵐の腕を切り裂く。
「い、イぎぃっ!?何故、何故ダ!誰ダヨオ前ハ!」
今の俺は灰色の髪でケモミミとケモシッポが生えた男に見えるのだろう。
「行くぞ、スズ」
――任せて。
五十嵐の言葉を無視し影の剣を構えて踏み込む。
一瞬にして五十嵐との距離を詰める。殆どゼロ距離まで近づけば五十嵐の表情も見えるようだ。
五十嵐の顔には驚愕と恐れの感情が見える。
あれだけ強いのに五十嵐は怯えているのだ。
「死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネッ!」
「ハァァァァァァアアッッ!」
五十嵐と黒い靄による猛攻を影を使い向かい討つ。
獣の力か、全てがはっきりと見え、はっきりと聞こえる。
どこから黒い靄が襲い掛かり、どこから五十嵐の手を伸びてくるのか。そのすべてが今の俺には手に取るようにわかる。
――右。
「おうっ」
それに、時々聞こえるスズの声が俺の死角を補ってくれる。
今の俺に死角はない。
「いいイィィィィいぃぃイッッ!!」
「っ、ハァッ、フッ!」
右から俺を捉えようと襲い掛かる五十嵐の腕。
背後から伸びる鋭く伸びた黒い靄。
頭上から降り注ぐ黒い鏃。
そのすべてを影の剣と体捌きで往なす。
「死ネヨッ、ナンデ死ナナインダヨ!」
「ハァァァッ!」
五十嵐の声を無視して影の剣を振るう。
スズ。
――何?
スズの名を呼べば返事が返ってくる。
幻聴なのか、それとも現実なのか。
――現実。
スズがそういうなら、そうなんだな。
俺には何が起こっているのかわからないけど。スズが傍にいてくれるという事だけはよくわかった。
それだけわかれば十分だろ。
――白狐憑依
白狐憑依?スズのスキルの事か?
――そう。今クロに憑依している。
でも、スズは死んだんじゃ……。
――白狐テウメが手伝ってくれてる。
そうなのか。
正直言うと、何が起きてるのかわからない。スズの現状も。
でも、スズは俺の傍にいてくれるんだろ?
――……ん、私はずっと一緒。
そうか。なら大丈夫だ。
スズと一緒なら。
反撃開始だ。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
クロ君は運命に愛されているんだろうか。
確実に死んだはずのスズくんの魂が今のクロ君に宿っている。
白狐憑依という奴かな。
テウメも一緒みたいだね。まぁ残滓と言っていいほどしか感じられないけど。
髪の毛を灰色に染め狐の耳と尻尾を生やしたクロ君がイガラシタイチ君を圧倒している。
あり得ないことだ。
今のクロ君じゃ彼に勝つのは無理だったはず。
それなのに彼はこの数瞬で強くなった。
世界のシステムを飲み込みボクの力を吸収して、更にスズくんの力も借りて。
運命に愛されているとしか言いようがない。
物語で言えば彼は絶対に主人公だろう。
世界のすべてが彼に味方する。
彼は負けない。
だからだろう。
とても安心できるのは。
「すごい、すごいよ。君は」
頬が熱くなる。
こんな時だというのに心が高鳴って仕方ない。
イガラシタイチ君の猛攻を軽くいなし、彼の腕を切り裂いた。
さらにイガラシタイチ君の指が宙を舞う。
「イギぎぃぃぃいいいイっ!いヒヒヒヒヒヒッひひぃぃぃぃいッ!!」
イガラシタイチ君は怯えたように逃げ、狂ったように笑う。
痛覚がないのか。
指を切断され、全身を切り裂かれているというのに彼は笑うのをやめない。やめられないのか。
哀れだ。
ただただ哀れだ。
今の五十嵐君にはクロ君を憎しむことしかできないのだろう。
人の憎しみは恐ろしいね。
本当に。
神をも超える力を得れるのだから。
イガラシタイチ君はもう人間ではない。
人の形をした怨念の塊だ。
クロ君に切り裂かれる。
イガラシタイチ君は笑っている。
クロ君に引きちぎられる。
それでもイガラシタイチ君は笑っている。
クロ君に殴られ抉られる。
だというのにイガラシタイチ君は笑い続けている。
もうイガラシタイチ君は言葉を発さない。
取り込んだ怨念に飲み込まれてしまったのだろう。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ――――――…………」
「……」
クロ君はそんなイガラシタイチ君を見て、無言で首を飛ばす。
イガラシタイチ君が纏っていた怨念が霧散していく。
怨念が形を保つ要石となっていたイガラシタイチ君が死んでしまったため霧散しているのだろう。
あの怨念は世界のシステムによって優先的に浄化され世界に返されるだろう。
本来あの怨念たちはすぐに浄化されるはずだったのだ。
それをアビス君が無理矢理収集し浄化されない様に加工してロベリア君にため込ませていたのだ。
一人、立ち尽くすクロ君。
ここからではよく見えないが。
僕には彼の頬を涙が伝っているように見えた。
書いてるうちにどんどん想像とは違う方へと勝手に物語が進んでいく




