101.影の化け物と反逆の白狐
井鷹悠二。この世界での名をクロ。
まだ20年も生きていない彼は幾星霜の時を生きるボクからすればとても小さな存在だ。
そんな存在にこうも心を踊らされるとは。
あの時、王国の王族が異世界から勇者を召喚すると聞き、暇つぶしにその様子を観察していた時だ。
30人近い人間の中にただ一人、存在に違和感を感じる彼。
その違和感は稀に感じるこの世界のバグ。
ボクはこの世界を創造した創造主だけど、決して全能ではない。
出来ることもあればできないことも当然ある。
現に今ボクは暇を弄ばしてるわけだし。
バグというのは無属性のことだ。
もともと無属性という属性を創る気は全くなかった。
しかしどいう訳かいつの間にか無属性という属性が生まれていたのだ。
ボクが知らないところで生まれたものだから度々ボクの意表を突く能力が生まれ、ボクを楽しませてくれた。
面白いところでは巨大化したり、逆に小さくなったり、体を金属化させたり。でもそういう能力が出るのは稀で大体は身体強化ぐらいだ。
異界から召喚された存在だ。もしかすると面白い能力を持っているかもしれない。これまでに類を見ないような、そんな能力を。
彼が持っていたのは影魔法というボクが予想した以上の物だった。
その魔法は使いようによってはとても強力な魔法だ。
紆余曲折あったがクロ君が神と同格に至れるほどの。
だというのに王国の王族はその力の凄さに気付かずにクロ君は捨てられてしまったようだ。
もったいない。
だからボクが彼を育ててあげよう。
まずは手っ取り早くレベルを上げるために突然変異のゴブリンを嗾けた。
殺されてもおかしくない程レベル差があったが、大丈夫だろう。
それにこの程度の相手に殺されるならそれまでだったということだ。
クロ君は死にかけながらも運よく突然変異のゴブリンを殺す事ができた。その代わり記憶を失ってしまったけど。
記憶程度ならどうにでもなるし。別にいいだろう。
記憶を失ったクロ君は人が変わったかのように性格が変貌してしまった。
記憶のあった頃のクロ君は周囲に合わせるような人だったのに、記憶を失ったクロ君は唯我独尊我が道を行くみたいな。
それからのクロ君は異常な速さで成長していき、半年で世界を創造したボクに最も近い存在となった。
はっきり言って異常だ。
流石クロ君としか言いようがない。
「ホント、君はボクの意表をついてくれるよ」
今ボクの目の前で神界がクロ君の影に飲み込まれて行っている。
最愛の存在と大事な仲間たちを殺されたことで力が暴走しているのだろう。
この神界はボクが生まれる前から存在している。
創造主たるボクでもこの世界には干渉することが全くできない。
できる事と言えば出入りぐらいだろう。
それに段々と僕自身が持つ創造主としての権限もなくなっていっている。
神界を飲み込むついでにボクの力まで吸収しているようだ。
膨れ上がるクロ君の影。
さっきまで僕より弱かったクロ君の力が途轍もないスピードで上がっていくのがわかる。
「グラァァァァァァアアアッッ!!」
獣のような、本能丸出しの咆哮。
「ヒヒヒヒヒッひっひゃひゃっひゃひゃイヒヒヒヒヒヒひっ」
対するは狂喜を感じさせる嗤い声。
影と負。それぞれを纏う化け物同士が今、殺し合いを始めた。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
真っ黒な世界。
何もない。
感じない。
真っ黒な世界。
見えも聞こえもしない。
真っ黒な世界。
どんどん沈んでいく。
沈んで?
消えていく。
まだ、まだ消えたくない。
消えるわけにはいかない。
あの人を、クロを、一人残して逝くわけには……。
真っ暗な世界。
何も感じないはずのこの世界で、クロの感情が伝わってくる。
悲しみと、悔しさと、怒りと、殺意と、絶望と、虚無感が。
――救いたいか?
救いたい。
――最愛の男を
救いたい。
――力を望むか?
救える力が欲しい。
――死してなお動く。それすなわち理への反逆
構わない。
――その後の保証はできぬぞ?
構わない。
――待っていれば、助かるかもしれぬとしても?
待つだけは、もう嫌だっ!
――……以前の時とは違う。守ることはできぬぞ?
構わないッ!!
――行け、小さき獣よ。我が恩恵を授かりし反逆の白狐よ




