半球型のロボット
そのロボットが、殺人ロボットだって、なぜ、みんな気がつかない?近くにいると、殺されてしまうのに。分からないか。殺人ロボットだと、分からないか。気がついた僕は、お先に逃げるよ。みんな、分からないから、殺されるよ。
キュルキュル、と静かな音を立てて、半球型のロボットが、廊下をすべるように、移動する。ガラス張りの、新しいこのビルに、この半球型のロボットは、とてもよく似合っていた。
「ロボットなんて、初めて見たよ。」
「掃除ロボットなのかな?」
「最近じゃ、防犯システムを積んでいるのも、あるらしい。」
近未来だね、と私と同僚は会話していた。ロボットにさほど興味はなかったけど、他に話題もなく、無意味にロボットの会話を続けた。
キュルキュル。
キュルキュル。
ロボットにはロボットの仕事があるようで、私たちの横を、ロボットは、静かに通り抜けていった。なめらかに滑りながら、廊下の角に、消えて行った。
私たちは、5階にある会議室で、取引先と打ち合わせがある。エレベーターに乗り、廊下を少し歩いた先にある会議室だ。「失礼します」とドアを開けると、中は暗く、電気がついていなかった。下げられたブラインドの隙間から、強い太陽光が漏れていた。
長テーブルの椅子には、取引先の社員が座っていた。
「こんにちわ。ご苦労様です。」
「…。」
社員は、私たちを無視して、椅子に行儀良く座っている。気づいてないのか。もう一度、挨拶をしたが、反応はなかった。
「…電気、つけますね。」
異様な空気に、同僚が不安そうな顔をしているのを横目で確認しながら、私は会議室の電気のスイッチを、いれた。
つかない。
電気は、つかなかった。
何度かカチカチとスイッチを押したが、反応はなかった。
「停電、かな?」
「他の部屋は明かりは、ついているんだ。点灯が、切れているだけかもしれない。」
「俺、受付の人に、言ってきます。」
と言って、同僚は、断りの会釈を軽くすると、廊下を走って行った。
暗く、静かな、この部屋に。壊れた人形のような社員と、私の、2人きりになった。
「あの…」と再度、声をかけて、返答を待った、が、返ってこない。暗い部屋で、表情は、見えない。そういえば。この社員は、なぜこうも、無視をするのだろうか。無視というより、聞こえていないという感じだ。もしかして、具合が悪いのか。そうだ。異様な雰囲気に飲まれて、考えが至らなかった。この人は、具合が悪いのだ。救急車を呼ぶべき事態かもしれない。
急に現実感を帯びて、私は慌てて、社員に近づいた。
「大丈夫ですか?」
私は社員の肩に手をあてて、軽く揺すった。社員は体を揺すられながら、顔を少し上げた。反応があった、よかった。と私はホッとした。
しかし、社員は、どこを見るわけでもない視線で、目を大きく見開いた。右へ、左へ、目玉をギョロギョロ動かして、私の方を見ることはなかった。
「なぜあのロボットを目撃してしまったんだぁ!!!」
社員は天井の方を見て急に叫び出した。
「見てはいけないのに!もう手遅れだあああぁ!!手遅れだああああぁ!!あああああああ!」
私は呆気にとられて、言葉が出てこなかった。ただただ、その叫ぶ社員を見つめていた。
「あのロボットを見てはいけないんだ。アレは、見てはいけないヤツだ。なぜ目撃した!?なぜ認識した!?」
怖い。私は心の底から恐怖を感じた。
「なぁ!?なぜだ!?なんでだよ!?なあぁっ!?なんで見ちゃったんだよおおお!!」
社員はツバを吐きながら怒鳴った。目玉をひん剥いて、身体中を痙攣させるようにジタバタさせ、終いには椅子から転げ落ちてビクンビクン跳ねながら、もう聞き取れない怒号を叫んでいる。
私は、動けなかった。足がガクガク震え、膝に力が入らない。倒れてしまわないように、腹に力を入れていたような気がするれけど、もうわからない。額から噴き出る汗を拭う余裕もなく、倒れた社員の怒号を、ただただ聞いていた。
「失礼します」
ガチャリと、会議室のドアが開いた音を聞いて、私の体は金縛りを解いたかのように、ぱっと動き、私はドアの方に目を向けた。ハアハア、といつの間にか、私は、荒い呼吸をしていた。
会議室に入ってきたのは女性社員だ。涼しい顔をしてお盆にお茶をのせて入ってきた。女性社員は、肩で激しい呼吸をしている私の横を素通りし、床で痙攣を起こす社員を避けて、長テーブルにお茶を置いた。そんな冷静な女性社員の不気味さよりも、どうしてだろう、私は、彼女の姿勢の良さが、恐ろしいと感じた。冷たいほど美しいその姿勢が怖くて、私は叫びたい気持ちでいっぱいだった。
「担当の者が揃うまで、どうぞ、お茶をお飲みになって、お待ちください。」
静かな声なのに、まるで耳元で叫ばれたような大音量で聞こえる。
「どうぞ。」
と女性社員が椅子を引いて、私に差し出してきた。狂った社員が床で奇声をあげながら痙攣しているその隣の椅子を、私に差し出してきた。私はついに悲鳴をあげ、会議室から飛び出した。
夢中で走った。どこでもいい。私は一番近くのドアを開けた。
「た、助けて!」
そこは、どこかの部署だった。数十人の人間がおり、彼らは一斉に私の方を見た。私は、言葉に詰まる。数十人の人間が、私を見つめてくる。
彼らはまるで、能面が張り付いたような、無表情で。無言で。私を見つめてくる。部屋のどこを見渡しても、必ず、私は誰かと目が合う。目が、人間の目が、私を取り囲む。私を見る。
ゾッとした。
彼らと関わってはいけないと、私の直感が言う。震える手を、震える足を、なんとか動かして、私は、ドアをあけ逃げた。部屋を飛び出すその瞬間まで、私は無数の視線を、浴び続けた。
同僚。同僚はどうしているだろう。同僚のところへ行こう。
私は走った。どうしてか、エレベーターに恐怖を感じた私は、階段から、おりることにした。
タンタンタンタンタン、と私の足音が、高い天井に響き渡り、その音が、私をあせらせる。
タンタンタンタンタン、と私の足音が、私を追いかけてくる。違う、考えるな。早く、下へ。
1階ロビーに着いて、視界が広く開けた。広いロビーには、大勢の人が、慌ただしく行き来している。ガラス張りの玄関からは、自動車や通行人が歩いているのが見える。それで、私は、日常を強く感じ、安心して、ホッとして、体の緊張がほぐれてくる。
落ち着いて見渡せば、受付嬢と話す同僚がおり、私は足早に、同僚に近づいた。
「おい。ここは、おかしい!早く逃げよう!」
「な、なんだよ、急に。取引先の会社で何を言ってるんだよ」
同僚はギョッとした表情になり、声のトーンをおさえながらも、私を叱るように言った。
…そうだ、声に出して言ってみれば、私の方がおかしなコトを言っているように思えた。ここは取引先の会社なんだ。仕事中なんだ。逃げる?私は、何から?いったい…
「ロボットから逃げるんですよ」
透き通った声で、受付嬢が言った。私は驚いて受付嬢を見た。受付嬢は訓練された隙の無い微笑みを浮かべていた。
「あのロボットは見てはいけなかったんです。なぜ見てしまったのですか?なぜ理解してしまったんですか?いけない子。お前のせいで、みんな死ぬんだああああああぁぁぁぁあっ!!!」
受付嬢が、叫んだ。
キュルキュルキュルキュル、音がする。
受付嬢が、叫んだ。
「ロボットが、殺しにやってきます。ロボットが殺しにやってきます。やってきます。お前のせいだ!!」
私は、驚いて、あんぐりと開けた口を閉じるのも忘れ、震え、動けないでいた。なんとか、目だけを動かし、同僚をみた。
「そう、あの時は、こんなことに、なるなんて、思いもしなかった。」
と同僚は言うと、ガチン、ゴチンと凄い音を立てて、同僚の体がねじ曲がって畳まれていった。
キュルキュルキュルキュル、音が、近づいてくる。
「僕の体は、こんな風に、ねじ曲がってしまってね、あの半球型のロボットに取り込まれちゃったんだよ」
キュルキュルキュルキュルキュル。
今朝みた半球型のロボットが、廊下の角から姿を現し、こちらに向かってくる。
キュルキュルキュルキュルキュル。
「なぜ僕は、ロボットを理解してしまったんだろう。」
そう言うと、同僚は、首が逆に曲がって、折りたたまれて、死んだ。
同僚はロボットに殺されたんだ。どう、表現すればいいのだろう。同僚の体は、1人でに捻じ曲がっていったのに、私は当たり前のように同僚はロボットに殺されたと感じた。ロボットがやったんだ。殺されたんだ。
キュルキュルキュルキュルキュル。
近づいてくる。半球型のロボットが、近づいてくる。私に。近づいてくる。
私の足元には、畳まれた同僚がある。受付嬢は、整った笑顔で、私を見つめている。キュルキュルキュルキュル音がする。近づいてくる。
私は、ガクガク震え、なんとか一歩後ずさり、後は、勢いに任せ振り返り駆け出した。
「うわわあわああああぁあっ!」
私は自分が叫んでいるコトも意識出来ないほど叫んだ。やみくもに走る私の背後で、ゴリゴリガリッとスゴイ音がしたので、走りながら振り返ると、ロボットが、畳まれた同僚に近づいて、上に覆いかぶさるように乗り、掃除機のように、同僚を吸い込んでいた。吸い込み口が狭いから、同僚の体も小さく解体されていた。
「…ッ!!」
私は息を飲んで、目をつむり、顔を背けた。
逃げよう。助かるんだ。私は!
玄関に向かって走り出した時、私は、背中に、強い衝撃が走った。何が起きたか分からないまま、私は床に倒れこんだ。そして水をかけられて、シャツが濡れる。
床に流れ出す液体を見て、水をかけられたのではなく、私は自分が出血していることを知る。シャツにぐっしょり濡れているのは、私の血。
意外と痛くないんだなあ、と他人事のように考えていた。ガラス張りの玄関の方を見ると、自動車や通行人が見える。でも、彼らには、私が見えていないのか、みな無関心だ。
血液のせいで、素肌とシャツがピッタリとくっついて、気持ちが悪い。
血液が、体から流れ出て行くのがわかる。意識はハッキリしていて、このまま私は死ぬんだと思ったら、これは現実なんだと思ったら、耐えきれない恐怖か降ってきた。怖くて怖くて、発狂しそうだ。だのに、私の思考は、正常に動く。
体から血が抜けていくのが分かる。床を流れる血の量を見て、私は助からないことを悟る。私の体が死んでいくのを、全身で感じる。
体が、死体のようにもう動かない。いっそ、もう…。そうしたら、こんな恐怖を感じずにすむのに。
私に意識があるなんて、誰も気がつかないだろう。肌は白くなり、目は焦点を定めず見開いて、血池に倒れる死体にしか見えない。恐ろしい。
キュルキュルキュルキュル。
背後から、半球型のロボットが、私に近づいてくるのを感じた。キュルキュルと音が近づいてくる。
死んでるよ、私はもう死んでるよ、だから、もう、何もしないで…!
私はもう助からないと確信しながらも、殺されたくないと願っていた。
そうだ、死んだふりをすればいい。それでやり過ごそう。よかった、これで助かる。
幼稚な発想だけれども、本気で私はそう思っていた。私の思考は正常だと思っていたけど、もう正常ではなかったのかもしれない。自分が狂っているなんて、自分じゃわからないのかもね。
私の死んだふりは完璧だ。なぜなら、私の体はほぼ死んでいるから。ふふ、愉快だね。
ガリガリゴリガッと物凄い衝撃が、背中を襲った。もはや、顔も動かすコトが出来ない私は、何が起きているのか、わからない。視力はすでになくなっており、暗さしかない世界。やがて唯一残っていた思考も薄れ、何も、考えられない。ただ、耳に、キュルキュルキュルキュルと、不快な音だけが、響いていた。
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キュルキュル、と静かな音を立てて、半球型ロボットは、廊下をすべるように、移動して、廊下の角に消えて行った。
私は、立ち上がった。血が流れていなければ、スーツの汚れすらない。ロビーには大勢の人間が仕事のために行き来している。何が起こったのか理解出来ない。頭が追いつかない。
私の横に、折りたたまれて死んだはずの同僚が、元気に立っていた。
「ロボットなんて、初めて見たよ。」
と同僚が言う。何を言っているんだ、こいつは。目眩がする。私はどうしたんだ。頭が痛くてクラクラしていた私は、自然と言葉が口から出てきた。
「今のは掃除ロボットなのかな?」
違う。殺人ロボットだ。私は何を言っている。
「最近じゃ、防犯システムを積んでいるのも、あるらしい。」
「近未来だね」
当たり障りのない会話が展開する。何が起きているか、私はさっぱりわからない。口が勝手に動くんだ。こんなにパニックになっているのに、私は、打ち合わせがあるから、早く5階の会議室に行かないといけないと、強く思っていた。私は、私の思考が理解出来ない。私は取り憑かれたように、死んだはずの同僚と談笑しながら5階に向かうために、エレベーターに乗った。
5階で降り、会議室につき、ドアを開けると、中は真っ暗だった。その暗闇の中に、社員が1人、座っている。私は解っていた。ブラインドの隙間から入り込んでいる太陽光が眩しい。
電気のスイッチを押しても電気はつかない。知っている。スイッチをカチカチさせていると、同僚が
「点灯が切れてるのかなあ。俺、受付の人に言ってきます」
と会議室を出て行く。
ああ、ダメだ。分かっている。同じなんだ。同じことをしてはいけないと、分かっている、のに、体が、脳が、行動が、自動的に、動く。
同僚が出て行くのを目で追うと、同僚と目が合った。
同僚は私の顔を真面目な顔で見つめてから、そして、苦く笑った。
ああ、そうか。
きっと、同僚も私も、同じなんだ。これから起きることが、分かっているんだ。だけど、私たちは、きっと繰り返す。逃げられない。
だから
私も、苦く微笑み返した。




