壊れて行く日常
切間先輩の謎の言葉のことを考えていると、ノックが聞こえた。
「どうぞ」と声をかけると、扉が開き、先ほどのスーツ姿の男性が入ってきた。
「やぁ、新野仁くん」
僕の名前を呼びながら入ってきた男性は、僕の座るベッドの近くの椅子に腰かけた。
「先ほどは自己紹介をしなかったね。私は花井という。
早速だが仁くん。彼をご存知かな?」
花井さんが胸ポケットから写真を1枚取り出し、僕に見せてきた。
その写真を見て、僕は息を飲んだ。
写真に写っていたのは、大の家族だった。
大とは小学生の頃から仲が良くて、大の家も姉さんと同い年の姉がいるから、家族ぐるみでも仲が良く、一緒に大の家族と出掛けたこともある。
「志田…大。
僕の…親友、です」
どうして刑事である花井さんが、大の家族の写真を持っているんだ。
「仁くん、落ち着いて聞いてください。
今日夕方3時頃、彼の家族が、何者かによって、殺害されました」
「ころっ…!?」
「それでですね。
事件のあった3時頃、仁くんが彼の家に入って行くのを見たって人がいるんですよ」
3時頃、と言えば放課後だ。
大と一緒に帰宅していた時間だろう。
確かに僕はその時間帯、大と一緒にいた。
だけど、大の家族に会っていないし、大の家に行っていない。
「本当にそれ、僕なんですか?」
「新野仁くんだと、彼の家の隣に住む、岡山さんは言っていました」
岡山さん―――その名前に聞き覚えがあった。
大の家の隣に住んでいて、僕らが幼い頃から知っている人だ。
そんな岡山さんが、僕らを間違えるなんてあり得ない。
でも、僕は大の家になんて行っていないし、幼馴染と呼べるような程幼い頃から一緒にいたんだ、僕らは。
大好きで大事な親友も、僕に優しくしてくれた親友の家族も、殺すはずがない。
そもそも殺人は立派な重罪だ。
将来の夢なんて決まっていないけど、未来をぶち壊すような真似、するわけない。
「岡山さんは確かに顔見知りですし、話したこともあります。
ですが、僕が殺すなんて…あり得ません」
花井さんは納得したかのように、頷いた。
「岡山さんも、同じことを言っていました。
その上、見間違いかもしれないとも言っています。
ご存知かもしれませんが、あの人は眼鏡をかけています。
その日は眼鏡を朝起きた時踏んづけてしまい、かけていなかったそうなんです。
ですから岡山さんの証言に確信は…持てません」
岡山さんは50過ぎのお年寄りだ。
眼鏡がないと困るの、と嘆いていたのを知っている。
「これからも捜査は続けて行きます。
念のためお聞きしますが、当時どこにいましたか?」
「多分、自宅だと思います。
大と一緒に帰って、そのまま真っ直ぐ帰宅しましたから。
だけどそれが正確には何時だったかは、わかりません」
「わかりました。
夜分、失礼しました」
花井さんは、病室を出て行った。